1:First contact








今日は、今年一番の暑さだと朝のニュースで言っていた。
白い制服のシャツがまぶしいくらいに光って、ぬるい風に煽られてカーテンが舞う。
受験という荒波の中にいながらも、夏休みが待ち遠しくて心を躍らせていた中3の夏。
この夏は、俺にとって、忘れられない思い出をくれたんだ。


「残念だったな。そのケガさえなければ、今年は決勝だって行けただろうに」


担任の山ちゃんは、暑い職員室でうちわをはためかせながらぼんやり言った。
やる気があるんだかないんだか、この山ちゃんのテンポは結構好きだ。


「それでな、さっき武蔵森のコーチの方から連絡があって、推薦の話は、見送るそうだよ」
「やっぱり?大体想像はついてたけどね」
「でも他からは結構誘いきてるんだぞ?県内なら竹里に塩崎第一、県外は大宮学園に海楊高校。どこも県予選ではベスト4まで顔を出す強豪だ。武蔵森にこだわることないんじゃないか?」
「んー・・・、でも俺やっぱ武蔵森じゃないと。推薦がダメなら受験で行くからさ」
「あそこは中学からのエスカレーター式だし結構な進学校だから受験は大変だぞ?」
「だね。今から猛勉強しなきゃ」
「どうしても武蔵森がいいんだな」
「うん」
「・・・水野のためか?」
「俺が行きたいんだよ」
「そうか」


山ちゃんが眉毛を下げて笑った。


季節はもう夏真っ盛り。
3年の俺たちは初めて人生の選択というものを迫られていて、みんな少なからず受験や将来に不安を抱いている。
中学の3年間をサッカーに費やしてきた俺は、それなりの成績を修めてきた。
その甲斐あってか東京の、その中でもトップクラスの強豪といわれている武蔵森学園から編入の誘いをもらったのだった。

思いがけない話に胸を高鳴らせていた。だって武蔵森は、俺たちの夢だった。
でも、今年こそ優勝するぞと意気込んでいたこの夏の大会で膝を痛めた俺は、予選3回戦で負けてしまった。それが原因かはわからないが、武蔵森編入の話は消えたのだった。


俺がサッカーをし始めたのはずっと小さな頃だった。
ずっとサッカーをしていた父さんに、毎日毎日飽きもせず相手をしてもらっていた。
父さんは決して簡単に勝たせてはくれなくて、それだけに父さんを初めて抜いたときの喜びは今でもよく覚えている。

でも、同じ年の友達とのサッカーは、正直簡単だった。
ほとんどが年上なのにボールを持った俺に誰もついてこれない。
フェイントをかければあっさりと抜けて、シュートを打とうとしても誰も止めに来ない。

父さんとサッカーをしているときはあんなにもワクワクするのに、何かが違う気がしていた。
俺のしたいサッカーは、そこにはなかった。










「藤代ー、帰ろうぜー」


教室に戻っていくと、中から桜庭と上原が出てきた。


「ごめん、俺ちょっと部活顔出すから先帰ってて」
「部活?なんで?」
「明日から夏休みだし、部室も片付けなきゃいけないからさ」
「そっか、じゃー先帰るな」
「うん、そのうち遊ぼうな」
「お前受験生に向かってノンキなことゆーな!俺たちはお前と違って魔の夏休みなんだよ!」
「え、もしかしてサクちゃん塾とか行くの?」
「うはは、似合わねー!」
「うるせ!」


みんなは笑いながら教室を出ていった。
といっても俺も受験をすることになりそうだから、塾くらい行かなきゃいけないんだよなぁ。
武蔵森は文武両道で勉強にも力を入れているというし、今までのほほんと生きてきた俺にとっては、富士山よりも高い試練だ。そんなとこに試験で入ろうっていうからには、今からじゃ遅いくらいだろうなぁ・・・。
ほんと俺ってのん気だなぁ、と思いつつ、帰りの用意をしていたかばんを背負って教室を出ていった、その時。


「!」
「うわっ!!」


ドアを出ようとしたすぐそこで、廊下を走ってきた人影が目の前に迫ってきた。
ぶつかるかと思ったが、俺のこのスバラシキ反射神経が何とか緊急回避をして咄嗟に避けた。
しかしそのおかげで、うしろの冷たい壁で後頭部を強打した。


「ぎッ・・・!!」


激震する脳ミソが、体中のありとあらゆる穴から飛び出てくるかと思った。
あまりの痛みに声も出ない。涙を浮かべて頭を押さえてうずくまった。


「大丈夫?」
「いっ、あ、だ・・だいじょ・・・」


とても上げられない頭の上から、女の子の声がした。
よかった、ぶつからなかったようだ。
でも、大丈夫だと言ってあげたいのは山々なんだけど、頭がガンガン響くから声が出せずにいた。


「ホンマに大丈夫か?コブ出来てるんと違う?」
「だい、・・・え?」


俺の頭はまだ激しく響いているが、二度目に降ってきた声はさっきまでの声ではなかった。
男の声で、しかもすごいクセ。
俺は溢れる涙を抑えて、がんばって上を見上げた。


「あ・・・あれ?」
「どないした?」
「さっきは・・・女の子だったような・・・」
「ああ、さっさと走って行きよったで。無礼者やなぁ」
「はぁ・・・?」


何がなんだかよくわからないが、とりあえず痛みは少しずつマシになってきて、頭を押さえて立ち上がった。

というか、この人も誰なんだろう。
うちの制服を着ているけどぜんぜん見覚えがない。
身長や雰囲気からして下級生には見えないんだけど、とはいえ同じ3年で見たこともないヤツなんていないし・・・?


「ところで、そのさっきの女の子は誰やったか見た?」
「え?いや、一瞬だったから誰かまでは・・・」
「ほーか。ちなみに君はどこの誰?」
「俺?俺は3年2組の藤代、ですけど・・・」


俺はその正体不明の人に何故か敬語で喋った。
どことなくかもし出すオーラが只者じゃないような気がしたのだ。


「そーか。あ、頭お大事に」
「はぁ」
「ほな」


そうしてその人は手をフリフリ、廊下の果てへと消えていった。
なんだったんだ・・・?


「ぁいって!!」


後頭部はまだズキズキと痛みを帯びていて、触ると完璧にコブが出来ていた。











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