10:Enter 波の音が小さく聞こえる真っ暗な港。 その港にそびえ立つ高い灯台から少し離れたところに静かに車を止めて、俺と英士は降りた。 「地上12階、地下3階。入り口は1階に正面と裏のふたつ。過去何度かゲームの本拠地として使用されていただけに中は警察でいっぱいだろうね。2階以上には窓もなく、最上階の展望台まで建物の内側を沿うように階段が延々と伸びてるんだ」 「じゃあ、上に逃げたら道塞がれるんだ」 「そういうこと。おそらく翼は地下にいる。塔への入り口、地下への入り口にはセキュリティーがあるからまずはそれを突破しよう」 「塔はこのパスでいいんだよね。地下はどうやって?」 「地下を守っているチームを知らなければならない。それさえわかれば後はこちらでハッキングするよ」 「まずそれを探ればいいんだね」 「・・・大丈夫?」 「やってみる」 多紀にもらったカメラつきのゴーグルをつけて、おし、と気合をこめた。 「無理はしないようにね」 「大丈夫。翼は絶対取り戻すから」 英士は俺に手を差し出し、俺はその英士の手をグッと握った。 そして灯台に向かって歩き出す。 俺は意外にも落ち着いていた。緊張や局面に対して妙な免疫が出来てしまったようだ。 たちに振り回されたおかげかな。 《誠二君、聞こえる?》 「聞こえるよ」 耳につけたイヤホンから、多紀の声がした。 《まず塔の入り口でさっき渡したパスを出して。チェックを受けたら中に入れる。パスワードも忘れずにね》 「うん」 カード状のパスに書かれた名前を覚えて、反復しながら入り口に立っている見張りに近づいていった。 「遅れてすいません、マースチームです」 「お疲れさん、マースは1階裏担当だ。急げよ」 「はい」 渡したパスの行方を見ながらドキドキして、でもパスは機械をスムーズに通ってパカッと青いランプをつけた。 どうやら問題なく通れるようだ。 「あ、待って。パスワードは?」 「あ、えと・・プラネットホール・・・」 「え?」 見張りがきょとんとした顔をするもんだから、ドキィ!!とかなり心臓が高鳴った。 すると見張りは自分の腕時計を見て、ああ、と何かに気づく。 「もう2時間経ってるんだな。ゴメンゴメン、行っていいよ」 「はい・・どうも・・・」 背中にじわりと滲んでた汗が、一気に冷えた。(やーめーてーくーれー) この中の合言葉は2時間単位で変わるらしく、覚えるほうも大変。 《じゃあ次は誰かと会話してみて。話しやすそうな人でいい。中には同じくらいの年の子もいるだろうから、簡単な世間話でいいよ》 入り口をパスして、塔の中を見渡しながらそろそろ歩いていった。 点在する警察の装備の人の間で、確かに背丈も近い若い子が見える。 その中で、話しかけやすそうな同じ年くらいの男の子を見つけて、寄っていった。 「なぁ、レギュラーを捕まえたって本当?」 「ああ本当だよ。お前知らない顔だな、どこのチーム?」 話しかけた男の子は気軽に答えてくれた。 胸のワッペンを見ると”Y・WAKANA”と書いてある。 「俺はマースチーム。入ったばっかでさ、さっきやっと連絡きたんだ」 「俺はサルト。サルトってわかる?ゲームマスター直属なんだぜ」 し、しまった・・・! いくら同じくらいの年頃とはいえ、ゲームマスター直属の奴に声をかけてしまった、ようだ。 「も、もしかして、レギュラー・・・?」 「いや、俺の親父がレギュラーなんだ。よーするにコネ?お前はなんでゲームに参加したの?」 「ああ、俺は私立の学校受験考えてて、何かと金かかるから資金稼ぎに」 ほ・・・。何とか最悪の事態は免れた。 「へー。でももう報酬はだいぶ減ってるって話だし、入ったばっかじゃはした金だろ」 「だなー。絶対金になるって聞いてきたのにさ」 「今回のゲームの相手があのだったってのがまず誤算だよなー。はゲームマスターになって負けナシだって言うし。そーと知ってりゃ俺だって泥棒側に行ったのにさ。そりゃリスク高いけど、どーせやるならスリルが欲しいじゃん?警察はラクだけど報酬低いしー。それに俺まだ会ったことないんだけど、ってトビキリ美人だって話だし!」 「はは、美人も何もまだ中学せ・・・」 「なに?」 「い、いや、それよりシゲって人はここにいるのかなぁ!俺シゲって見たことなくて、会ってみたいな!」 「シゲのことはわかんないな。あいつは組織プレーなんてしないし、何よりあんま近づきたくないしな。知ってるかー?あいつレギュラーの一人を病院送りにしたらしいよー?そのレギュラーがシゲに の仲間だった奴を信用できるかってハブったらしくて、そしたら次の日にはトチ狂っちゃって病院行き。シゲは喋るだけで精神破壊するんだって。親父もアイツだけには近づくなって言ってた」 「うわー、マジ?」 「マジマジ!あっぶない奴だよなー。ぜってー友達いねーよ。あ、これナイショな」 「はは、うん」 「でもちょっとカッコいいよな?」 「うん、カッコいいかも」 「だよな?でもあいつってさー、・・・」 それから数分、俺は自分の任務も置かれた立場も忘れて、その子と話し込んでしまった。 「なかなか心臓の強い子だね。面白」 俺の会話と送られてくる映像を見ながら多紀が笑った。 隣でも同じようにモニターを見上げていると、俺の見送りから戻ってきた英士が部屋に入ってきた。 「ほら見てよ、すっかり敵に溶け込んじゃってるよ」 「どれだけ怒ってても次の日には忘れてしまうようなヤツだからね」 「あれじゃシゲじゃなくても性格判断簡単だよね。面白いなぁ」 「それより早く次の指示を出してやってよ」 さらりと英士に冷たくされて、多紀はハイハイとモニターに向きなおす。 その二人よりずっと後ろのほうで、は壁を背に腕を組み、静かにモニターを見上げていた。 《どうやら翼は地下に間違いないね。サルトは戦闘向けのチームなんだ。そのあたり、つまり地下入り口付近に配置されてるのはそんな理由だろうね。これでマースとサルトは消えた。地下警備は別のチームか》 さらに、塔の中を奥に進み地下への入り口を探した。 塔の中は結構明るくて、人の雰囲気も意外に落ち着いてるように見える。 泥棒に比べて警察はリスクが少ない。そんな気の緩みがそうさせているのかもしれない。 廊下のカーブを歩いていくと、重そうなドアが見えてきた。 ドアの前にまた見張りが立っている。おそらくあれが地下のドアで、また厳重に守られてる。どうしたもんか。 「なんだ〜?お前どこのチームだー?」 「!」 地下へのドアをこっそり見ていると、うしろからそんな間延びした声がした。 バッと振り返るとすぐうしろに、警察の装備をつけた人が俺を見下ろしてる。 デカい・・・ 長髪をかきあげるその人は、高い位置から俺を見下ろした。 「サルトか?スイか?」 「いや、あの・・・」 「こんなとこで何してんだ。厳重警戒中だぜー?遊び半分じゃ困んだよな〜」 「はい、すいません・・・」 ヘラヘラ口元に笑みを携えているけど、どこか迫力がある顔をその人はぐいっと近づけてきた。 「お、俺、・・・地下警備担当なんです!」 「地下?ってこた、スイか?じゃあなんでこんなとこにいるんだよ」 「え?それは、ちょっと事情で遅れて・・・、さっきついて・・・」 「はーん?」 明らかに俺に疑いの目を俺に向けて、その人は俺の腕をぐっと掴んで引っ張っていった。 「指紋照合受けてけよ〜」 「え!!なんで?!俺早く配置に戻らないと・・・」 「どーせやんなきゃ地下入れねーよ」 力強いその腕は引き離すことも出来ず、ずるずると連れて行かれた。 そしてその地下への入り口横に設置されていた、台のような機械の前でやっと手を離された。 「手、置け」 「ぅえ・・・」 「早くしろって」 そう言われても・・・ ここで機械に手を置けば、俺が警察じゃないってバレちゃうんじゃないの? こんなとこで捕まったら翼を助けるどころか監獄行きだよ〜・・・ 「置けって」 俺は恐る恐る、言われるがままゆっくり手を出した。 ここで逃げるべき? でも、このドアの向こうには翼がいるはず・・・ 意を決して、えいっとその台に思い切って手を押しつけた。 すると機械はピピッと音をたてて、画面に俺の顔写真を映し出した。 「・・・スイじゃねーか」 「は・・・はは、ね!だから言ったでしょ!?」 「ちっ、さっさと配置つけよ」 「はい・・・」 おえ・・・、心臓が口から飛び出るかと思った・・・ 「間に合った、良かった・・・」 「危なかったー。直前で地下警備がスイだってわかったから良かったよーなものの、ヘンな汗かいたー」 モニターの前で、英士と多紀が揃ってうなだれた。 「ようやく地下か、先が思いやられるな」 「でもなかなかよくやってるよ。悪運が強いってゆーのかな」 「その悪運がどこまでもつかな」 「え?」 が一番端のモニターを見てつぶやいた。 画面右端。塔の外を映し出しているモニターには、黒いバイクでやってきた金髪の男の映像が映し出されていた。 「シゲ・・・」 「急いで誠二君、早く翼を見つけてくれよ〜」 「外に注意をそらしましょう。塔の周りにおとりを撒いて・・・、?」 に返答を求めた英士がうしろを振り向いたが、もうそこにはの姿はなかった。 ・・・・・・・ 結人と鳴海でした。 |