12:Escape 翼を連れて階段を上がっている途中、それは起こった。 「多紀?あれ、多紀?聞こえる?」 小声でマイクに呼びかけるけど、応答が全くない。 「どうしたのさ」 「多紀の声が聞こえなくなっちゃった。なんでだろ」 「はぁ?」 翼と一緒に2階まで上がってきてて、連行されている振りをする翼も俺のセリフを聞いて勢いよく振り返った。 英士が言ったとおり、俺はもしものときの対処が何も出来ないのだ。 「どうしよ、翼」 「どうしよじゃないよ、なんでこんな役立たず送り込んだんだよ」 「役立たずはないんじゃないの?助けに来たのに」 「助けれてないじゃないか」 「・・・とにかく、地上に出ないと逃げられないんだからまずは上に出ないとね」 「どうやって?」 「それは・・・走って?」 「はっ。犬並みの知能で泣きたくなるよ」 「じゃあどーするんだよっ。お前ルート専門だろ、なんかいい案考えろ!」 「ルートは階段1本しかないだろ!そこをどう行くかは専門外なんだよっ!」 「それをどうにかするのがレギュラーの実力だろ!」 「僕はタダの小学生なんだよ!と違ってね!」 「こんなときだけ小学生になるなよなっ!」 「誰かいるのか?」 つい声を張りげてしまって、その声を聞きつけたのか誰かの声がした。 「ヤバ、とにかく上、行けるとこまで行こうよ」 俺と翼はさらに階段を駆け上がって地下1階まで走った。 緊張の中の階段は思いのほか体力を消耗させて、しかもなんだか息苦しくてうまく足が上がらない感じ。二人して息を落ち着かせて、地上に繋がるドアを見上げた。 「見て翼、下からは自由に行き来出来るみたいだよ」 俺が入ってきた地上へのドア。 そのドアから地上に出ていく人がいる。 「でもあのドアの向こうには警察がウヨウヨいてさ、デカイヤツがいたんだよ、ロンゲのさ」 「鳴海だろ。サルトの指揮官。あいつはレギュラーだよ」 「・・・へぇー」 「なに?」 「や、べつに」 あいつ、やけに威圧感があると思ったけどレギュラーだったのか・・。 見つかったなんて言ったらまた怒鳴られるだろうから、黙っておこう。 背に汗を感じながら、この際忘れようとこれからの問題について集中することにした。 あのドアからどう出るか。そしてどう逃げるか。 ここを走って突破しても、あの警戒じゃすぐに捕まってしまう。 俺だけならまだしも、翼は面が割れてるだけに絶対にヤバイ。 「他に出入り口は?」 「地上へはあそこだけだったよ。外への出入り口は裏と、俺が入ってきた正面とふたつ」 「正面から入ってきたの!?」 「え?うん。そのほうが怪しまれないって多紀が」 「あのヘンタイメカヲタク、完全に遊んでるよ・・・」 そのヘンタイメカヲタクとは、いまだ連絡がとれないままだ。 俺たちは八方塞りで、上にも下にもいけずにその場で立ち往生。 でもそうしてると、地下への階段下がやけにざわざわと騒がしくなってきたのに気づく。 「僕がいなくなったの気づかれたかな。シゲはどこに行ったの?」 「え?知らないよ?」 「どこに行くか聞かなかったの?!」 「うん」 「うわぁ、じゃあどこにアイツがいるかもわかんないの?ヤバすぎ。どうする気なのさ」 「どうしよ」 「だからどうしよじゃないってば!」 どうにもこうにもお先真っ暗な俺たちは、やっぱりただの小学生と中学生なのだ。 でもそうこうしているうちに、下はどんどん人の気配が濃くなってくる。 人の声も、何を喋っているのかはっきりわかるほど近づいてきた。 「探せ!地上ドアは通っていない、地下にいるはずだ!」 「シゲが連れて行ったんじゃないのか?」 「捕虜はヤツの管轄じゃないだろ!とにかくシゲも探せ!」 どんどん張り詰めていく空気。 下から駆け上がってくる足音。 俺たちはひとまず階段前のロッカーに隠れて身を隠した。 なんでこんな役立たずを・・・と何度も人選に文句を言う翼は、牢屋よりも狭いロッカー更にハラを立てる。 「でもシゲもいないみたいだな、出てったのかな」 「が近くにいるとふんで探しに行ったんじゃないの?いないほうがいいよ、あんなヤツ」 「じゃあなんでここに来たんだろ。翼に会いに?」 「知らないよそんなこと。アンタは気楽でいいよね、シゲだけ気をつけてればいいんだから。アンタの顔知ってるのシゲだけなんだし」 「あ、じゃあ俺が外に出て翼に逃げられたって言い回るってのはどう?シゲがいないならちょっとくらいハデに動いても大丈夫だよな?んで、翼に装備取られて警察に化けて出てったって言えばみんな外に探しに行くんじゃない?」 「シゲがどこにいるかもわからないのにそんな作戦は賭けすぎるよ。失敗は許されないんだから、もっと慎重になってよね」 「あそう。じゃー、えーと・・・」 きっと俺、翼の辛口に慣れてしまったんだ。 もはや何を言い返すこともなく、また作戦を考えた。 「・・・でもいいかもね。その作戦。アンタが捕まっても大した損害じゃないし、何より俺が助かる確率はグンと上がるし」 「お前ね・・・」 「だってそのつもりで来たんだろ?運が良けりゃアンタも逃げれてみんなハッピー♪」 暑くて暗いロッカーの中で苛立つ翼の声が初めて軽快に聞こえた。 言わなきゃ良かったと後悔したのも束の間、あたりは人の足音が増える一方。 なので、このフェアじゃない作戦は決行される事となる。 「じゃあ先行くから、捕まるなよ」 「お互い様」 「ああ、上で会おうな」 着ていた警察の装備を脱いで翼に渡し、ロッカーを開けて周りを見渡してロッカーから出ていった。 「・・・本当に行きやがんの。お人よしなヤツ」 少しだけ広くなったロッカーに翼だけを残して。 ロッカーから出た俺は、叫びながら廊下を走った。 「大変だ!捕虜に逃げられた!」 「なんだと!?」 地下に配置されていたスイというチームのメンバーが、ほとんどこの地下1階に集まってきていた。 叫ぶ俺の周りに一斉に見張りたちが寄ってきてヒヤッとするけど、どうやら俺の言うことは疑ってない様子。 「何してんだバカやろう!」 「俺の装備を取られて、警察に化けて地上に出たかもしれないです」 「何だと?!地上に出たのか!」 「出口を塞ぐように上に言え!スイの装備をつけているヤツを全員捕まえて確認しろ!」 地下は混沌としはじめ、続々とスイのメンバーがドアから地上へ出ていった。 あれ、作戦成功? 「捕虜が逃げたぞー!みんな地上に出て探せって命令だー!」 「何だと?逃げられただぁ?!」 「探せ!塔からは出てないはずだ!!」 みんな面白いくらいにひっかかって、ちょっとどころかだいぶ愉快になっていた。 地下の見張りたちはどんどん地上へ出ていって、地下はもう誰もいなくなったようだ。 よし。 足を止めて、そろそろ俺も上へ行こうかと戻ろうとした。 「翼に逃げられたって?」 「そう!俺の装備を奪っ・・・て・・・」 カキン、 思考も体も凍りついた。 「おかしいなぁ。スイのメンバーはあんなボンに逃げられるよーな訓練は受けてないと思うんやけどなぁ」 「ひっ・・・」 シゲだった。 塔の中からバタバタと、慌てた様子で大勢の人が出てきていた。 その様子を映し出すモニターを見ていた多紀たちは、何かあったんだと椅子から立ち上がる。 「なんだろう、騒がしくなってるね」 「駄目だ、全く誠二君と通信が取れないよ。翼の時と同じだ」 「シゲか?」 「だとしたらヤバイね、二人とも」 地下に入った俺との連絡が取れなくなって、多紀も英士も中の状況が掴めなくなっていた。 塔の外もなんだか様子がおかしく、気持ちは悪いほうにしか進まない。 《・・・キ、多紀!》 その時、別の無線ランプが点滅して篭った声が聞こえた。 「?今どこにいるの!」 《こっちの事はいい。それより至急用意して欲しいもんがある》 「もしかして塔の中?今誠二と連絡が取れなくなって大変なんだよ。どこにいるんだよ、このままじゃ翼まで・・・」 「なんですか、。用意するものは」 状況を聞きだそうとする多紀を遮って、英士はの指示を聞いた。 「そろそろ終幕だ」 |