13:Coll ドキドキドキドキドキドキドキドキ・・・ 目の前に、一番出会ってはならないヤツが立っている。 「ホンマお前には驚かされるわ」 薄暗い地下の廊下で二人きり、目の前でシゲが笑った。 「ゲームの怖さが全然わかってへんらしいけど、その勇気は賞賛に値するわ。ルールもなんもかも聞いたんやろ?出来へんでフツー」 「・・・」 笑みを浮かべながらも、シゲはヒヤリと冷たい声を響かせた。 俺はといえば、一刻も早くこの人の前から逃げたかった。 だって、塔に入ってすぐ出会った少年の言ったことが頭に残っていたから。 ―シゲは喋るだけで精神破壊するんだってー に、逃げたい・・・ 「お前がここにおるっちゅーことは、やっぱも来てんねんな」 「い、いないよ。俺だけ入ってきたから」 「でも近くにはおんのやろ?まさかお前みたいなシロートを単身乗り込ませるわけはあらへんわなぁ?」 「・・・」 シゲの笑みはほのかでやわらかいのに、一言一言が背筋を辿るようだ。 薄い水色のサングラスの奥で光る、笑ってない目が身を刺すようだった。 「だいぶ静かになったな・・・」 誠二が階下でシゲと直面している頃、地下1階廊下のロッカーの中で翼が外を覗いた。 さっきまで多くの足音が目の前をバタバタと行き交っていたが、今はもうすっかり静まってロッカーの隙間から見える範囲では敵の姿は見えなかった。 「だからってこの地下の人が全員外に出てったわけないし、どうしよう・・・」 このロッカーを出れば、すぐに見つかるかもしれない。 あの地上へのドアの外にはなだ大勢、敵がいる。 また捕まる。 翼はロッカーのドアを開けられずにいた。 「・・・」 ―助けに来たんだ なんであいつは、こんな中に入ってこれたんだろう。 なんであいつは怖くないんだろう・・・ 翼はそっとロッカーを開けた。 あたりを見渡すと人の気配も物音ひとつしない。地下からは本当にみんな出ていったようだ。 ―上で会おうな 翼はロッカーから一歩踏み出した。 あいつはどこに行ったのかな。もう外に出たのかな。 翼は周りに気を張り巡らしながら、地上へのドアを見上げた。 あそこを出なければ意味がない。逃げなければ終わりだ。 「〜・・・、ー・・・・・」 ドアを見上げていると、静かな地下の空気に乗って誰かの話し声が聞こえてきて、翼はバッと顔を引っ込めた。 でもそれは上からじゃなく下から。 まだ誰かいるんだ 高鳴る心臓を押さえていると、聞こえてくる声がやけに、聞き覚えのある声だと気づいた。 恐る恐る下を覗いて階段を下りていくと、嫌というほど目に付くあの、金髪が見えた。 ヤバ・・・!! 翼は階段を下りる足を止めて、あの金髪のうしろ姿から逃げようとした。 が、そうはいかなかった。 だって、そのシゲの対面には、誠二の姿も見えた。 「あのバカ、なんで会っちゃいけない唯一のヤツに会うんだよっ」 俺は必死に考えていた。 でもシゲを目の前にして大した考えも浮かばずに、涙目でただ立ち尽くす事しか出来なかった。 「しかしあいつらも冷たいことするなぁ。お前なら捕まってもええってか?」 「違う、俺が自分で行くって言ったんだ」 「でもキッカケを与えたんは誰かやろ?・・・多紀、あたりか?」 「それは・・・」 なんで、わかるんだ。 「やっぱな。お前の装備が物語ってるわ。この世界、多紀くらいのメカニックはザラにおるで。しかも翼で失敗した機械をそのまま使ってきよった。所詮は三流のメカニックや」 そう言いながらシゲは、自分の左肩を指差して何かを促した。 俺はゆっくり自分の左肩に目をやる。 そこには鉄線で出来た薄い網のようなものがくっついていて、なんだろうとそれを手に取った。 「それで無線の電波遮断出来んねん。翼のときも同じ手使わせてもろたわ」 「こんなのいつの間に・・・」 ・・・あ、 翼が捕まってた部屋の前で、シゲが俺の前を通り過ぎてったとき? そういえばあの時シゲに肩を叩かれた。 「え、じゃああのときから俺に気づいてたの?」 「お前らが翼を取り戻しに来るんは軽く予想ついたでな。まぁ、まさかお前とは思わんだけど。お前を潜らせるんに誰も反対しやんかったんか?どー見たってムチャやろ」 「反対はされたよ。でも俺がどうしてもって言ったんだ」 「なんでや。他にもっと動ける駒くらいいくらでもおったやろ。入ったばっかの、しかも何の知識も技術も希望もないお前を使う理由がどこにある」 「時間がなかったんだ、早く翼を助けないと翼が・・・」 「お前のダチのときもそうやった」 「!?」 負けじと必死に虚勢を張っていた俺を、シゲは一瞬で砕いた。 「玲っちゅー女、知っとるか?、英士、翼、あと渋沢っちゅーダンナとその女。その5人が側のレギュラーやった。その女がゲーム開始直後に捕まってなぁ。まぁあれは完璧俺らの運が良かっただけやけど。そんで、そのときの救出に使われたんがお前の友達やった」 「それって、竜也のこと?」 「他にいくらでも腕利きはおった。なのにはそいつを使った。なんでや?」 「・・・」 「今回もお前が乗り込む言い出しては止めたか?それどころか、そいつん時の汚名晴らそ思てお前を使ってきた。違うか?」 「それは・・・」 「お前の友達もお前も、捕まってもゲームに支障はない。それがの考え方や。そんな人間に人生かけてついてく理由が、お前にあんのか?」 「・・・・・・」 が竜也を捨てた・・・? 今回の俺みたいに、竜也を敵地に送り込んで、それで竜也は・・・? ―作戦上犠牲になることもあるさ。レギュラーが捕まることを思えば犠牲が少なくて済む ―勝つためなら多少の犠牲は厭わないし負けるくらいなら自分が犠牲になるくらいの覚悟がないと困る ―だからこその捨て駒だろ 捨て駒だろ 「がお前に何をしてくれた?」 「は・・・」 「あいつちょっとでも自分のこと話したか?ホンマにお前を仲間と思っとるとでも?」 「・・・」 俺の頭は、でいっぱいだった。 シゲが薄く笑う。 ドガッ!!・・・ 「えっ?!」 突然、階段口から翼が走り出てきてシゲの背中を一蹴した。 スタッと着地して、体勢を崩すシゲから逃げて俺に走ってくる。 「何やってんだバカ!いつまでもシゲなんかと向き合ってんな!!」 翼が俺にそう叫んで、俺の手を掴むと階段を一目散に駆け上がっていった。 「翼、は・・・」 でもそのときの俺の心はすでにシゲの手中で、酷く揺れていた。 俺の心は何にも支えられず、ぐらぐら、ぐらぐら、・・・ 「疑うな」 前で俺を引っ張って走る翼が、荒れる息の中で吐き出した。 「何が起こっても、誰に裏切られても、信じられなくても、は疑わない。それが俺たちのたったひとつのルールなんだ。たとえ最後にどんな結果が待ってたって、このゲームにより信じるものなんて何もない」 「どうして、そこまで・・・」 のぼる階段の先は、眩しかった。 地上へとつながるドアが、やけに大きく見えた。 「信じたいんだ。何を信じていいかわからないこの世の中で、それでも俺たちはバカみたく、誰かを信じたいんだ。俺たちにとってそれがなんだ。なら、俺たちちゃんと信じていられる。少しはこのゲームの意図が見える気がする」 「このゲームの意図・・・?」 地上へのドアは軽く、簡単に開いた。 「どんなに生き辛い現実世界でも、生きていける気がする」 「・・・・・・」 暗かった地下に光が溢れ差し込んだ。 ドアの外は大勢警察がいて、突然走り出てきた俺と翼はその間を縫うように走る。 そんな俺たちに気づいたやつらが俺たちに迫ってきて、手を伸ばして、捕まえようと。 襲い来る手を払いながら走るが、行き先塞がれて、追い詰められて俺たちは奥へと走るしかなかった。 そのときだ。 天から降るように、塔の天辺から光が舞い降りた。 「こっちだ、昇ってこい!」 薄日の差す塔のてっぺんを見上げると、朝陽が昇りかけた陽光の中、小さなシルエットが俺たちの前に降り立ち、捕まえようと攻めてくる手を蹴散らした。 なぜ? 理由なんて要らない。 他人には不思議な事だろうけど、信じていたいんだ。 全身全霊をかけて、この人を・・・ 「!」 |