14:hope










「ゲームマスターだ!!」


目の前に現れたに警察は目の色を変えた。
長い間硬直状態だったゲーム。このまま逃げ切られて終わりかと思われていた極限にゲームマスターが現れたのだ。こんなチャンスはもう二度とない。


!?なんで来たのさ、状況わかってんの?!」
「後だ後!とにかく全力で走れ、捕まったら終わりだぞ!」


警察を撒いて走っていくはこんな局面でも笑っていて、叫ぶ翼と3人、俺たちはの後をついて力の限り走り続けた。うしろから数え切れないほどの警察が、黒い津波のように押し寄せてくる。


「ちょっと、上に行ってどーすんだよ!」
「入り口はどこも塞がってんだよ」
「だからって上に行っても追い詰められるだけじゃないの?!あれ全員倒す気?!」
「そう出来りゃいーけどな!あの人数はムリだ!」
「もぉ〜!行き当たりばっかりなんだから!」


翼は息を切らしながら嘆いた。
地下2階から走り通しで限界に近いのに、は更に上へと引っ張っていく。


「な、なんだ?!」
「うわ、!?」


2階を警備していた警察が俺たちを見て驚きを隠せずに慌てふためいた。はそいつらに躊躇することなく突っ込み体当たりして一人を倒し、でもその隙にもう一人がを捕まえようとしてきて、すると翼が地面に手をつきその男の膝に蹴りを入れて男の膝をガクンと崩した。その男をが階段の下に向かって蹴り落とし、上から落とされた男が追いかけてくる警察の波の上に圧し掛かって狭い階段でどどっと人が雪崩のように崩れていった。


「な、なんだよ翼、強いじゃん!」
「当たり前じゃん。こっちは小さい頃から誘拐されないように武術習ってんだよ」
「なんかつっこみどころ満載だけどカッコいー!」
「バカ言ってないで行くよ!」


薄暗い階段をまた駆け上がってゆく。すると、階下からエンジンをふかす音が石の壁に反響して聞こえ、俺たちは下を振り向いた。


「うわっ・・・!!」


下から大きな振動とエンジン音と共に大きな黒いバイクが俺たちの間を突き抜け、俺とは壁際に避けた。黒い車体の上に輝く金色がなびき、翼がうしろ襟を掴まれると翼の体がフワッと浮いた。


「翼・・・!!」


翼を掴んだまま走り去ったバイクは2階のフロアにすべるように突っ込んだ。階段入口の向こうで止まったバイクはフロアの明かりでしっかりとあの金髪を照らし、翼の襟を掴んだまま振り返るシゲはニコリと笑む。


「久しゅう。会いたかったわ」
「あたしはべつに会いたくなかったよ」


そっと言葉を交わすふたりは目の奥を見るような目で、見合っていた。
・・・シゲはの部下だった。は、翼や英士よりも長く付き合ってきた仲間を、敵になったシゲを目の前にしている。


「返せよ」
「腕ずくでどうぞ」


笑みを崩さないシゲには少し目をつり上げて息を止めた。しかしうしろからは追いついてきた警察の足音が迫ってきていた。


「早よ逃げんと捕まってまうで。いくらアンタでもあの人数相手に数分ももたんやろ。仲間を獲り返しに来てマスターが捕まったんじゃシャレにもならんわ。おーかたそいつをエサにして潜ったつもりやったんやろけど・・・」


もー少し人選は慎重にするべきやったな。
そう、シゲは薄い水色のサングラスの向こうで俺を見た。シゲはまたバイクのエンジンをふかしてクルッと狭い廊下でバイクの向きを変え、廊下の奥へと飛ばしていってしまう。


「翼!!」


連れ去られた翼を追いかけようと走り出した俺を、が腕を掴んで止めた。そのまま俺を引っ張って、階段を上に走り始っていく。


「ちょ、、翼は!?」
「階段はここしかない。フロアに入ったらそれこそ道はない」
「でもこれじゃ何のためにここまで来たのさ!」
「いいから走れ、捕まるぞ」
「だけど・・・!」


うしろを振り返る俺を掴んで、はひたすら階段を上り続けた。上へ上へ駆け上がり、もうシゲのバイクの音も聞こえなくなった。その代わりにいくつもの人の足音が地鳴りのように塔の中に響いていた。

このまま翼と離れてしまうの?
せっかくここまで来たのに?

俺の頭にフッとシゲの言葉が甦ってきた。


―そんな考えの人間に人生かけてついていく理由がお前にあんのか?


「離して、翼を取り戻さなきゃ・・・、翼が捕まっちゃう!」
「いいから黙って走れ」
「よくないよ!翼が捕まったらどうするんだよ、俺はいいから!刑でも何でも受けるから!」
「黙れ!」


俺の襟をぐっと掴み上げて、目の前での声が石造りの塔に響いた。


「捕まえたぞ!」
「!」


その時、突然うしろから人が現れての体が浮いた。大きな男がの首を腕で締め上げ体を羽交い絞めにする。


っ!」
「・・走れ、先に行けっ」
「イヤだ、駄目だよ・・!」
「行けっ!」


までおいてくなんて・・・、これ以上仲間を見捨てる事なんて出来ないよ・・・!


「走れ誠二、敵が迫ってんだぞ、全員捕まるぞっ」
・・」
「勝手にしろ、こいつさえ捕まえれば他はどうだっていい!」
「行け!塔の上に出ろ!」
「ぁ・・・」


どうしたら・・・

どうしたら・・・



―疑うな・・・



「・・・」


ギュッと目を瞑って、振り切って階段の上に走り出した。うしろを気にしながらも、俺を見て小さく笑うを信じて走っていった。


「あんなガキを逃がして何の得がある、お前が捕まれば全て終りだ」


首を締め付けられて顔を歪めるは、それでも笑って声を出した。


「あるさ。うちには捨てる駒なんてない」


絞まる喉の奥から声が搾り出されると、の腰元からキラリと光るものがまっすぐ縦に走り、の首に回されていた男の腕に線状に傷をつけた。


「ぐっ!!・・・」


腕に走った痛みでを離した男は、腕を押さえると次の瞬間に目の前に現れた何かに気づいた。しかしそれが何かと頭で認識するより前にそれは顔面を襲い、威力に蹴倒され階段下に転げ落ちた。


「それと、もうひとつ」


落ちていく男は、段で頭を打ち後頭部を押さえながら痛みにもがいた。


「あいつがいるとやり辛いんだ。こういう手は」


暗い階段で、の手にあるナイフは光もせずに姿を闇に溶かした。ぽたりと小さな音がその先端から落ち、はそれを腰にしまうと未だ圧力を感じる喉に手を当てた。それほどまでに男の力は強かった。


「いてぇな」
「っ・・・」


首を撫ぜながらはコツッと階段を下りる。しかしその先の階下から押し寄せる足音を耳にして、荒れた息遣いまで聞こえるほどに迫っているうしろに気づいて足を止める。


「見つけたぞ、ゲームマスターだ!」


を見つけて追いついてきた警察が叫ぶ。


「な、天城?!」


階段を上ってきた警察たちは、倒れている男を見て足を止めた。そしてその前に静かに立っているに目を上げる。


「どうした、こいよ。マスターが目の前にいるんだぞ」
「・・・っ」
「何やってんだ!女一人にビビってんじゃねぇ!!」
「だ、だって・・・」


先頭を走っていた集団は青ざめた顔で倒れている男を指差した。
は静かに体を翻し、天へと上る冷たい空気に乗るようにひらりと階段をかけていった。誰もに手は出せずに固まって小さな足音は遠ざかり消えていく。


「何してんだよ!」
「だってあいつ、天城を倒したんだぞっ?」
「な・・天城?!」


段を遮るように倒れ血を流している男は、警察レギュラーで一番強い男と言われていた男だった。





塔はまるで、天まで続いているようだった。どこまで行っても切れることのない階段。高くそびえ立つ塔の内壁を沿うように伸びた階段を見上げて、張り切れそうなほどの苦しさの中そう思った。喉が焼けそうなほど熱く、血の味がする。苦しさを押し殺して重い足を何とか上げ続けるが、出口の見えない暗さに気力をどんどん奪われる。

終わりが見えない暗闇。どこまで行っても同じ壁。
本当に出口なんてあるんだろうか。

不安と痛みが全身を襲う。


「も、足、上がらな・・・・・」


震える膝が全身の疲労を支え、ちょっとでも気を抜けばすぐにでも倒れる。心臓の響きに合わせて血が沸くように血管を通る。


・・・」


うしろを振り返った。
うしろも前も、同じ壁。

の姿も確認できない。自分がどこまで登ってきているのかもわからない。このまま上に行ってどうなるものでもない。も翼も置いてきてしまった・・・

俺だけ逃げたって何になるわけでもないのに、俺だけ助かるわけでもないのに、俺は何に向かって走ってるんだろう・・・


「も・・・、走っても仕方ないのかな・・・」


壁に手をついて足を止めて、膝を崩した。

疲れた・・・


目に熱が集まって、涙がこぼれそうになる。全身で大きく息をして、地面に手をついた。


静かな塔の中で、ヒヤリと風が流れる。

耳鳴りか、風の音か、頭の中でぐるぐる回るように騒音がする。



「情けないな」



その声はまるで天から降ってきたように聞こえ、見上げた塔の先にまぶしい光が見えた。


「・・・・・・?」
「そんなんじゃサッカー選手になんてなれないぞ」


その光の中に、を見た。


「・・・!?」
「ちゃんと数えて走れよ、もうあと1階だぞ?」
、捕まらなかったの?大丈夫だったの?!」
「だからここにいるんだろ。ほら立て、まだ追ってきてんだから」


は俺の腕を引っ張って立たせた。

あ、俺の膝、立った・・・


「大丈夫。もう終わるから」


はふと軽い声でつぶやいた。するとなぜだかあたりが急に明るく見え出した。さっきまであんなに暗闇のようだったのに、まるで朝焼けを見ているかのような光が俺たちを包んだ。が大丈夫だと言うと、自然とそんな気がしてきた。


翼、これがのくれるもの?
を信じるということ?

だったら俺も、を信じてたってことかな・・・


まだ下からは押し寄せる足音が聞こえるけど、怖くなんてない。
もうすぐてっぺんだ。
あの光の向こうには、希望か、絶望か・・・


一段一段、ゲームは確実に終わりに近づいていく。









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