15:GAME END











薄日が差すてっぺんを見上げて、勝利を夢見ていた・・・


「上に逃げ場はない、あの女を捕まえれば俺たちの勝ちだ!」


最上階に近づくにつれ、追う警察も疲労に体をふらつかせ、足音もだいぶ減っていた。長い階段を上り、屋上へのドアが重々しく立ちふさがる。


「体制を組みなおせ。油断するなよ、全員で取り囲むんだ」
「狙いはゲームマスターのみだ。いきなり攻撃してくるかもしれん、気をつけろ」


荒れる息を抑えて最後の扉に手をかける。


「行くぞ、開けろ!」


掛け声で錆びた鉄の扉は少しずつ開かれる。その間から漏れる光に目を細めると、それと共に強風と轟音がドアの前にいた連中に届く。


―バリバリバリバリバリバリバリ・・・


「な・・・」


風が押し寄せる風圧と音に混ざって、風を切るような機械音が地鳴りのように響く。光と風の中で目を開けきると、そこには今にも飛び立とうとしている黒いヘリコプターが大きなプロペラを回していた。プロペラは更に速度を増し機体は徐々に浮いていく。


「あんなもの、いつの間に・・・」


全員がただ目の前の光景を呆然と見ている前で、その大きなヘリコプターは風を切って宙に浮いた。


「何してるんだ、上がる前に捕まえろ!!」


誰かの声で思い出したように全員が走り出し、向かい風に抗いながら近づこうとした。でも、ヘリの中の少女は風に髪をはたつかせながらニコッと笑い、ヘリのドアを閉めた。ヘリは高い灯台の屋上から更に上昇し、まぶしい陽光のほうへと飛び立っていった。


「まさかヘリまで用意しているとは・・」
「まだだ!あのヘリを追うように連絡しろ!全支部に連絡して・・・」


大空にヘリが溶けていくように遠ざかっていく。東の空から覗いた太陽に照らされる機体は輝きを放ち、そのまぶしさに目を伏せる警察にはもう立ち上がる気力などない。誰もの脳裏に敗北を確信させた。

次第に消えていった風の音に混ざって、いつまでもなりやまない波の音が灯台を包み、朝日が昇った。







「間に合いましたね、なんとか」
「上出来上出来!ナイスタイミングだよ英士。もーちょっと遅かったら捕まってたぞ、あれ」


朝焼けと光る波のまぶしさの中で、彼女らしからぬ軽快な声が機内に響いていた。屋上に着くや否や着陸してきたヘリに驚いていると、何ほうけてんだ、と殴った事など、すでに忘れてる。


「いきなりヘリを用意しろは無茶ですよ。翼の力なしに拝借するのは手間取りました」
「それでもやってのけんのがお前!」


ヘリを操縦する英士のうしろ、俺の隣では上機嫌でケラケラ笑っていた。
でも俺は、英士が口にした翼の名前を聞いて翼を思い出した。


「おい誠二、何しょげてんだよ。お前はよくやったぞ。お前の功績はちゃんと上に報告してやるからさ」
「どうでもいーよ、そんなの・・・。結局翼は捕まったままになっちゃって、どーすんだよ翼の3年間。あいつまだ小学生なのに、これじゃ助けに行った意味なんもなかったじゃんかよ・・・」
「あのなぁ、あたしらはそんくらい覚悟の上でゲームしてんだよ。3年で済みゃ安いモンだっつーの。何度も言わせんな」
「ひどい!!大体なんなのさこのゲーム!なんでこんなゲームに命かけてんだよっ!!」
「もー堂々巡りだなお前の話は」


俺の涙ながらの訴えも、相変わらずこの少女は飄々と・・・いや、いつになく清々しい顔で笑った。


、本部から連絡です」
「おお」


英士の渡す無線を取ると、は立ち上がってサブシートに座った。


「ねぇ英士、翼はどうなるの?」
「拘留なら何らかの理由をつけて身動きの取れない状態にされるよ。それがルールだから」
「やっぱり・・・」


竜也と同じだ。やっぱりあの時何が何でも翼を追いかけるべきだった。可能性が低くたって、ないよりはマシだったはず。なんであの時翼を放って逃げたんだろう・・・。
俺はまたそう自責して涙した。


「―はい、どうも。では」


恨みがましい目で前のを見ていると、話し終えたは無線機を英士に投げ返した。


「ゲーム終了だ。向こうが投了した。あいつも間に合ったそうだ」
「そうですか。おめでとうございます」


英士の言葉にはとても小さく、それでも年相応にかわいい笑顔をこぼした。


「とりあえず帰るか。どっかで適当に降りろ」
「はい」


英士は無線機でまたどこかに連絡を取って進路を大きく変えた。その隣からがうしろに戻って俺の隣に座る。


「良かったな、だいぶ早くうちに帰れるぞ」
「・・・。そーだ、勝ったら何でも願いを叶えてくれるんだよね?!じゃあそれで翼を・・・」
「バァカ。願いのでかさは位の高さと功績に比例するんだよ。お前ごときのレベルで翼が免責になるか」
「じゃあが・・・」
「ヤダ、べー」


そう舌を出すに俺は無性にハラを立てて睨む。

くそぅ、何がゲームマスターだ、何が逃げる義務だ、仲間一人も助けられないで・・・


、多紀から連絡入りました。渋沢さんの部隊も無事仕事を終えたそうです」
「おー、さっすがダンナ。手際がいいねぇ」


それを聞いてはまた高笑いをした。


「渋沢さんって、レギュラーの一人だっていう?」
「渋沢さんは北のほうの地域を任せてるから俺らとは全く別行動なんだよ。俺たちの中でも一番と手を組んで長い人だよ。じきにマスター入りするとまで言われるしね」
「へぇ。仕事って?」
「翼が捕まる前に下層部の一斉検挙があったでしょ。俺たちがここで騒がしくしてる間、そっちの救出に向かってもらったんだよ。


翼や俺たちに気を取られてほとんどノーガードだろうからって、の指示」
「そうだ・・・。翼に頭いっぱいで忘れてた」
「個人だけ見てるわけにゃいかねーんだよ、マスターサマは」


なはは!
は俺の頭をなぜながら勝ち誇るように笑う。
そりゃ俺の小さな視界では到底に敵わないだろうけど、それでもは個人だって見過ごさないと思っていたのに。一人のためにだって動いてくれる人だと、そう思ってたのに・・・。
そんなのは俺の妄想なのか、は徹夜と勝利でおかしいくらいに笑っていた。


「見ろ誠二、いー朝だ」


隣で目を細めて遠くを見るの声で、俺は英士の肩越しに正面の窓の外を見た。
薄い青色の空に白い雲が溶け込み、立ち並ぶビルや家々の上にオレンジ色の太陽がすっかり顔を出していた。思えば死ぬほど長い夜だったけど、いつものように昇る朝日が新しい一日を知らせていた。


「なんか死ぬほど長い夜だったなー」


隣でが俺と同じ事を言った。


「今日はみんな休ませて、そのうち全員集めてくれよ」
「はい」
「長かったからな、今回のゲーム。みんなよくやったよ」
「特に誠二ががんばりましたからね。誠二には何か特別手当でもつくんじゃないですか?4日だけの参加にしては異例だし」
「特別手当って?!」
「次のゲームの参加権とか?」


うれしくないっ
ジトッとを睨むと、はまた笑った。


ヘリは近くの飛行場に着陸して、車で家に帰った。

車の中ではすっかり寝落ちてしまい、緊張が解けたせいかその姿は今までとは似つかない、かわいい子供のような寝顔だった。









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