16:M V P











朝日が昇りきってやっと家まで戻ってきた。


「よ、おかえり。遅かったなぁ」


俺たちを出迎えたのは、玄関先で新聞を取り出していた金色の髪の男・・・


「なー!!ななな、なんで?!!」
「徹夜でもげんきなボンやわ」


眠気も吹き飛ばして驚く俺の頭を、新聞で撫ぜるシゲを前にして俺は後ずさった。そんな俺を押しのけて、は開かない目をこすりながら、シゲに何の疑問も持たずに家の中に入っていった。


「なななんで?!!!」
「うっさいデカイ声出すな。もー寝る」
「食事は?」
「食って寝る」
「あ、えーしはん、俺にも頼むわ」


一人で騒いでいる俺が馬鹿みたいに置いていかれ、みんな家の中に入っていった。
でも、謎はそれだけじゃなかった。


「・・・。」
「なにさ。ごはんがまずくなるからジロジロ見ないでくれる?」


みんなの後をついてキッチンに入った俺はまた目をみはった。
いつもみんなでごはんを食べていたテーブルの奥に、いつもそこに座っていたが今はいないはずの翼が、朝食を食べていたのだ。


「ええ?!なんで翼が?!なんでここにいるの!?」
「なに、いちゃ悪いわけ?あれだけ走ってもうるさい奴だな」
「なんで?!なんでなの!!」
「英士、お茶」
「どうぞ」
「えーしはん、俺冷コーがえーねんけど」
「ない」


俺以外はみんな、いつもの日常を繰り返していた。俺だけがサッパリ状況が掴めずに、取り残されていた。


「もー大変だったんだから。そっちが決着つく前に見つからないように灯台出てさ、逮捕解除しなくちゃいけなくて。シゲはバカみたくとばすし」
「おかげで間に合ったやないか」
「もうこりごりだよ、ドロケイは。次のゲームは決まったの?」
「まだ」


みんな俺だけ除け者にして、普通に食事を取る。俺は現状を理解出来ないのと、疎外感で部屋の隅でうずくまった。


「誠二、食べないの?」


そんな俺に声をかけてくれるのはやっぱり英士で、俺は英士に泣きつくように英士の隣に座った。


「つまり、ワイは敵やなかったんや。敵地に潜入し仲間と見せかけて実は内部から敵を崩し、最後にはに勝利をもたらす布石やったんや」
「よっくゆーよ。本気で捕まえようとしたくせに」
「まぁ雇われの身としてはそこそこ仕事もこなさなんと」
「そんな作戦だったの?!」
「ちゃうちゃう、ワイの独断のナイスプレーや。それをショーコに今回のゲームでワイの評価はガタ落ちやっちゅうねん。次のゲームのレギュラー復帰も危ぶまれとるわ。次はワイも誘てや?頼むわホンマ」
「でもは気づいてたんじゃないですか?」
「まーなんとなく」
「なんで?」
「まず思ったのはお前の盗聴器だな。どーせなら発信機付けりゃすぐ捕まえられたんだから」
「あ、そっか」
「もっとズルくすりゃ捕まえる方法はいくらでもあった。それをわざわざ泳がせるって事は何か別の目的があるって事だろ」
「なるほど〜」
「そもそも俺がの敵になるなんてありえへんのやって〜」
「よくゆーよ」
「じゃあシゲがあの時翼だけさらっていったのは翼を先に助けるためだったんだ」
「ああ、それに翼の体力じゃてっぺん着く前にヘバってたやろしなぁ」
「うるさいな」


翼はそう言い捨てると、食べ終えた食器を片付けて席を立った。それに続いても大きくあくびをして立ち上がる。


「あー寝る。限界眠い」
「俺のベッド使ってください」
「あぁ、ワリ・・・」
「えーしはん、ワイはどこで寝ればえーんかなぁ?」
「ここで寝る気なの?」


フラフラが歩いて消えていくと、奥の部屋からボスンとベッドに倒れたんだろう音が聞こえた。俺の目の前では食後にお茶を嗜むシゲと、片付けながらそれを軽くあしらう英士が、さっきまでの緊迫感とはまるでそぐわずに馴染んでる。

なんか、すごくヘンな光景だ。夜が明けるほんのさっき前まではあんなに怖く見えていたシゲなのに、今はもう跡形もない。なんか俺だけわからないことだらけで、納得いかないなぁーと引っ掛かりを覚えながらキッチンを出ていくと、先に2階へ行ったはずの翼が階段の下に立っていた。


「翼、寝たんじゃなかったの?」
「このゲームには印象点ってのがあるの知ってる?」
「印象点?」
「マスターが各プレーヤーの報酬を決めるんだけど、その中には印象点ってのがあるんだ。つまりどれだけゲームに尽くしたかって事だね。それには俺たちレギュラーもポイントを入れられるようになってて、一人1点、一番印象に残ってる奴を指名するんだ」
「へぇー。スポーツで言うところのMVPみたいなもん?」
「まぁそうだね。それで褒美のレベルも上がったりするんだ」
「はー。色々考えられてんだねー。で、それがなに?」
「・・・。べつに。まぁいくら新入りのアンタでもそれで少しはレベルが上がればいーんじゃない?」
「は?」
「それだけっ。俺も寝る!」


なぜだか急に怒り出した翼は、俺にそう吐き捨てて階段をノシノシと上がっていった。
なんなんだありゃ。


「つまりはそのMVPにあんさんを推薦するってことやろ。翼なりの礼のつもりや」


首をかしげる俺のうしろで、ドア口からシゲがクックッと笑って言った。


「俺べつにレベルなんていいんだけど」
「なんでや、位が高いほーがいい待遇受けられるんやで?今のあんさんならあのダチも越しとるんとちゃうか?」
「ふーん」
「ふーんて、あんさんそのダチを助けるためにゲームに参加したんやろ?」
「え?」
「願い聞いてもらうにはそれなりの成績を修めなならん。せやからあんさんは塔の潜入をかって出たんやなかったんか?」
「あ、そうか!俺が竜也のレベルを超せば竜也を助けられるんだ!」
に聞いてなかったんか?」
「全然」
「・・・は、らしいなぁ」


シゲは少しだけ明るさを落として、金色の髪をかきあげリビングに戻っていった。
初めて見るあんな表情。シゲはいつも余裕に微笑んで、軽く喋って、真意を隠して、そんな感じがしてたのに。
ソファでタバコに火をつけるシゲは、煙を吸い込んでふーっと宙に吐きだす。その背中もなんだか、今までより小さく見えて、俺も同じようにシゲが座ってるソファに座った。


「ホンマはな、今回俺が敵側についたんは、が俺をレギュラーから外したからってのが一番やったんよ」


タバコの先の火を見つめて、シゲはそっと話し出した。


は本心を見せん。俺のこと仲間やと思てるのか、傍にいて欲しいんは誰なんか、どれだけ付き合うてもいまいち掴めん。実際選んだ翼や英士に、俺が劣るとでもゆーんか。そんな疑問が頭から抜けんくてなぁ」


時折煙を吸い込み、気を紛らわすように頭をかき、シゲは内に秘めた感情が流れ出るのを、必死で抑えようとしているように見えた。きっとシゲも、ここにいる誰もと同じで、素直に自分をさらけ出すことなんて普段は絶対にしないんだろう。


は俺を仲間やない言いよる。好きにさせとけ、会いたない言いよる。本心か照れ隠しか、天邪鬼な姫さんやからなぁ。そんなアイツを、誰より理解しとるのは俺やと思とったんや。でもアイツは突然俺をレギュラーから外しよった。そんなこと初めてでなぁ」
「それで俺にあんなこと言ったの?」
「・・・」


―ホンマにお前を仲間と思っとるとでも?


あの時、シゲは俺にへの気持ちを疑わそうとした。
でもそれは、シゲも答えを求めていたのかもしれない。


「長い時間を共有すれば理解し合える空気っちゅーもんがある。それでも人は人を疑わずにはいられんのや。目に見えん心よりも、形ある言葉を求めてしまうんや。厚い壁を持つアイツと付き合うんは簡単な事やない」


シゲは灰皿の上でタバコの先をトンと弾いた。
ハラッと、灰が踊るように落ちる。


「・・・なのに、お前はの隣におった。出会って数日のアイツなんぞ、アイツであってアイツでない筈やのに。お前の隣に存在しとったアイツは確かにやった。状況が重なって・・・、ということもあるやろが、はお前をえらい気遣いよる。軽いあてつけのつもりで敵側についたんやけど、結局深みに嵌っただけやった」


大して吸いもせずに短くなったタバコを灰皿に押し付けて、シゲはまた頭を掻く。


「”嫉妬”・・・っちゅーんかな、これは」
「・・・」


クッと、シゲは笑みで表情を隠した。でもその奥に見えるは目は悲しげで寂しそうで、穏やかさの奥に深い狂気を漂わせていた。

でも俺は本当に鈍感で、そんなシゲの深い深い痛みなんて、まったく気づかずに。


「俺だってを疑わなかったわけじゃないよ。最初は突然訳のわからない事に巻き込まれて、逃げようとしたら竜也を持ち出されて、は人の命でさえゲームだって言うしで全然信用なんてしてなかった。みんなバカみたいにを信じてて、みんなおかしいって本気で思ってたよ」


あの頃は何もかもが非現実的で、本当に漫画かテレビゲームの世界にいるようだった。


「でも英士は俺を助けてくれて、翼も何だかんだで受け入れてくれて、少しずつみんなの気持ちがわかってった。その二人が俺にの話をいっぱいしてくれて、頭っから信じないって心閉じてたけど、ちゃんと向き合ってみようかなって思わせてくれた。そしたら一緒にいるうちに、俺にもみんながを想う理由が少しずつわかってきた。うまく言えないんだけど、違和感がないって言うか、余計なものは何もなくて足りないものだけくれて、ほんとは俺もずっとここにいたのかもみたいな気になってさ」


に仲間が集まってくるというより、も翼も英士も求めるものを求め、あるべき場所にいるだけで、自然と集まったみたいな。この世に空気があるように、雨が流れて海になるように、雲が溶けて風になるように、たった一つのキッカケからと言う結果が出た感じで。

たまに恐ろしく変わって見えることもあったけど、それは例えば紅すぎる夕日や大きすぎる月を見たときの感覚で、俺にはおかしく感じても、それには必ず訳があってそうなってたものなのかなって。


「俺ずっとシゲは怖い敵なんだって思ってた。英士や翼でさえシゲが寝返ったって思ったくらいだからシゲの演技は本物だったんだよ。でもは違ったよね。シゲが疑っても疑ってもを信じちゃうように、もシゲを信じたんだ。じゃなきゃあの時、危険でも翼を追っていったよ」
「あれは、最後のカケのつもりやった」
「俺思うんだ。自分が思いつく事って、結構みんなも思ってる事なんじゃないかって。も全くシゲを疑ってなかったわけじゃないと思うよ。も悩んだり疑ったりして、それでも表には出せなかったんだよ。なんたってゲームマスターだし」
「・・・」


シゲはまた煙を吸って、そしてふと笑った。ゆっくり煙を吐きながら、トンと灰皿に灰を落とす。


「ちゃうな。はマスターになる前からそういうとこがあった。深い考えを持っとっても何も考えてないフリする。酷く傷ついても隠そうとする。大事なもんを軽く扱って、ただの石ころを拾う。あいつの生涯と環境がそれらを作り、それがあいつの曲げられん習性なんや」


シゲは今までの曇った表情を消し、ゲーム中に何度も俺たちを惑わせたあの笑顔で返した。それはシゲ自身も何か答えを見つけ出したような。きっと、と手を組んでいた頃のシゲなのだろう。


「まぁ、お前はかわしようがないくらいに単純で、頭捻る必要もないくらいダマされやすいよって、も考えてしゃべんのがアホらしくなったんやろなぁ」
「それ褒めてんの?けなしてんの?」


俺の返しにシゲは声を出して笑い、その後でふと目を細めた。


「あんさんにわかることさえ、俺はわからんくなってたんやなぁ・・・」


その言葉は、心の中からポロッとこぼれ出てきたような。今までは吐き出したくても吐き出せなかった言葉だったんだろう。


はみんなが思ってるよりずっと単純だと思うんだ。シゲは裏の裏まで読みすぎなんだよ」
「癖やからなぁ。もーこれは治らん病気や」
「あと、話して欲しけりゃ自分もいっぱい話すことだね。お互いに言いたいことぶつけ合うほうが気持ち探りあうよりずっとラクじゃん?」
「お前のいいとこはそこやろな。まず自分をさらけ出す。結果を恐れん」
「俺はホラ、隠す事なんもないし!」


っはは
シゲはまた、声を上げて笑った。


「確かに、は誰よりもシンプルなんかもしれん」


シゲはタバコとライターをポケットに入れると、立ち上がってドアのほうに歩いていった。


「お前のベッド借りるで」
「えっ、俺は?」
「お前ならそのソファで事足りるやろ?」


そう言ってシゲは振り向きもせずに手を振って、階段を上がっていった。
もーここの連中は!
まんまとベッドを取られて、俺はソファに寝転がって天井を仰いだ。


「・・・」


まぁ、いっか。なんか楽しいし。










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