17:So long










夕焼けでカーテンが赤く染まってきた頃、ソファの上で俺は目を覚ました。
時計を見るともう7時。ほぼ半日寝てしまった。


「おそよう」
「・・・あれ、翼、おはよう」


ボーっとしていると横から声が聞こえて、俺はゆっくりと振り返った。そこには翼がいて、なんだか小難しい本を読んでいた。


「早いね翼、もー起きたの?」
「何言ってんの、アンタ以外みんな起きてるよ」
「え?」


そう言われて見れば、隣のキッチンからはごはんの匂いがしてるし、タバコの残り香もしていた。


は?」
「シゲと本部行った。報告とか事後処理とか、いろいろあるんだよ」
「へぇー。ねぇ翼、報酬で何するの?どのくらい貰えるの?」
「俺は一回捕まっちゃったからね、少ないよ。500くらいかな」
「500って、500万?!えええ、英士は?」
「さぁ、1200万くらいじゃない?」
「ひっ!!」


なんてバカげた世界!!


「そ、そうなると、の金額を聞くのがすごく怖いんだけど・・・」
もだいぶ減ってると思うよ。何だかんだで半分は捕まってるわけだし。それにはもらってもすぐ代価に変えちゃうから」
「代価って?」
「金額を物に変えられるんだよ。例えば俺の500万いらないから一流大に入れてくれとかね。オーナー会員にそーゆーとこの社長とか会長とかがいれば結構簡単」
「世の中金かっ!」


翼と喋っていると、キッチンから英士が俺たちを呼んで3人で夕食を食べはじめた。
そうしているととシゲも帰ってきて、まるで家族団らんのようにみんなで食卓を囲む。


「なーなー、俺って報酬どのくらいもらえんの?」
「アンタは友達起こすのに使うんだろ」
「それに全部かかっちゃうの?」
「半額にする?高校受験間に合わないよ」
「いえ、結構デス!」
「自分のために使えばえーのに。50万ありゃ中坊ならソコソコ遊べるやろ」
「ごじゅーまん!!?」
「世の中金だよね」


ニコニコとさわやかにそう言われていると、本当に世の中金なような気がしてならない。



「もー頭ついてかないよ、絶対おかしーってー」
「次は最初っから入ってみれば?ゼロがもう一個増えんでぇ?」
「ひぃ!誘惑か!試してるのか!?」
「世の中金だよ〜?」
「ひぃ〜!!」


最後の食卓は、今までにないくらいに賑やかだった。
シゲと翼と騒いで、英士も笑っていて、この仲間に俺はすっかり溶け込んでいた。
おかしくて楽しくて、でもそれが、最後の食卓だった。


「誠二」


が静かに口を開いくと、俺たちの笑い声はふと止んだ。


「なに?」
「お前、もう家に帰れ」
「え?」
「もう終わったんだ。ここにいる理由ないだろ」
「・・・そりゃそうだけど」


この食卓が、いや、俺の心の中が、水を打ったように静かになった。


「英士、送っていけ」
「はい」


はカチャンと箸を置くとキッチンから出ていった。


もうここにいる理由がない。
当たり前だ。俺は元々ここの人間じゃないし、このゲームにも自分から参加したわけじゃないし。そりゃ、そうなんだけど、そうなんだけど、・・・。

そんな簡単に、出てけって言うんだ。


「・・・」


が出ていって、みんなも静かになってしまって。

理由がないから、俺も言えなかった。

もう少しここに、なんて。












「水野竜也の件はすぐに処理するよ」
「うん」
「その人にゲームの記憶はないから、そのつもりでね」
「え?あ、わかった」


英士に送ってもらって車に乗っていた。
あっという間に家について、車に乗っている理由さえ失った。


「送ってくれてありがと。今までもいろいろ」
「ううん」
「じゃ、元気でね」
「誠二も」
「・・・」
「じゃあ」
「うん」


最後に言わなきゃならないことなんて、そのくらいしかなくて、そうすると英士はすぐに車を出して夜の闇に消えていった。それでなんともあっけなく、あの世界は去っていった。夜の空はあまりに静かで、きのうとはまるで別物で、こっちのほうがニセモノの世界みたいで。


「夢だったのかな・・・」


本当に、静かさで耳に痛くて。
あんなに怒涛だった数日が遠ざかっていくのがわかった。

俺だけ、普通の世界に戻された。
帰りたかった日常に、戻された。

俺が住んでた世界に。












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