18:Re START!! 「さっみー、しぬー!」 「今日今年一番の冷え込みだってさ」 白い息をマフラーから洩らしながら、うっすらと積もる雪の道に足跡を残していく。 あの日から、みんなと別れたあの日から、半年の月日が経った。 「ってか俺らってマジ天才じゃない?」 「天才天才。すっげー奇跡だよ」 「奇跡ぃ?天才なのに?」 「お前は奇跡。俺は天才」 雪のついた靴で隣の竜也を蹴ると、「なにすんだよ」と竜也が怒った。 あの後すぐに病室で目を覚ました竜也は、やっぱり本当にゲームに参加していた記憶も、そんなゲームの存在すら忘れていた。 その後は鈍った体を鍛えなおし、毎日サッカーに明け暮れる。そしたら何の幸運か、武蔵森から直々に技術テストの誘いを受けた。そして、このたび晴れて武蔵森合格通知が二人の家に届いた。二人揃って学校に合格の報告に向かってるなんて、奇跡だ。 「なんか、中学ってあっという間だったな。ほとんど寝てたからってのもあるけど」 「だなー。3年なんて一番あっという間だった」 「っていうかやっぱ俺、入院する前の事全然覚えてないんだけど」 「えっ?」 竜也は常々言っていた。なんで事故ったんだっけ?全然記憶にないんだけど。 記憶をなくすと言っていた英士の言葉は本当だった。どーやったんだろ、催眠術とか?ヤバイ薬とか?それはないか。いや、やっててもおかしくないよーな世界だからなぁ・・・ 「なー、俺ってどこで事故ったの?」 「あ!!今週のジャンプ、竜也だからな!忘れんなよ?!」 「はぁ?今週はお前だろ?」 「え?そーだっけ?あ、そっかぁー!」 だから俺はそれを聞かれる度に必死で誤魔化すけど、ほんとこーゆーの向いてないなぁと思う。 「お父さんいつこっち戻ってくんの?」 「来週。なんか急に連絡よこしやがってさ。ヨーロッパ行って一からやり直してたっつーんだから、しょーがない親父だよ。それならそーと一言くらい言えばいいのにさ、迷惑なオヤジだよ」 「竜也に似て意地っ張りなんだねー」 「どこがだよっ」 「素直に喜べよ」 「るさいなぁ」 「でも良かったじゃん。見つかって」 「・・・まーな」 竜也のお父さんは、あの後すぐにヨーロッパで見つかった。サッカー選手として壁を感じていたお父さんは、それを家族にも言えずに一人で悩んでいたらしい。そしてヨーロッパの下部リーグで一人サッカーを続けていたという。 それがあまりにあのゲーム後すぐだったものだから、もしかしたら、たちが見つけてくれたのかななんて、思ったりもした。ひょっとして、の代価って、これだったんじゃないかって。なんて、調子よく考えすぎかな・・・ 本当言うと、あれからもずっと俺は、キョロキョロ周りを見ながら生きている。またどこかで、あの意味不明なゲームがはじまってるんじゃないかどこかで逃げたり隠れたり、追ったり追いかけられたりしてるんじゃないかって、そんなことばかり考えて生きてる。 「はぁ?今日?!」 学校について先生たちに合格を知らせた。その後学校を出ようとしたら、竜也のケータイがなって竜也が電話に出ると素っ頓狂な声で叫んだ。どうしたのって聞いても、なんか驚いてるような焦ってるような顔をして。 「なんか、父さんが今日帰ってくるんだって」 「え!今日?今から?」 「らしい。どうしよう」 「どうしようって、早く家帰りなよ!」 「あ、ああ・・・」 竜也の背中を押し出すと、竜也はためらいがちに下駄箱のほうへ走り出した。緊張してるのか、顔を強張らせて、それでもうれしいんだろう、マフラーに顔うずめてはにかんで竜也は走っていった。 やっぱり、竜也の願いはが叶えてくれたんじゃないだろうか。 そう思いたくて仕方ない。 「さっみー!」 俺も帰るか、と足取り軽く廊下を歩いていった。下駄箱で昇降口のドアから吹き込んでくる寒い風に身をすくめて、上着ごとグッと体を引き締めて、ちょっと鼻歌交じりで靴を履き替えて、つま先をコンコンと地面について昇降口を出た。外はさらに寒かったけど、心はホクホクしてたから顔ははにかんでいた。 「・・・」 門を出て道を歩き出した時だった。 目の端に黒い何かが入った。 ばっと横を見ると、黒くて長いコート。 黒い髪、寒さで一層白く見える顔。 「英士・・・」 間違いなく英士だった。 「英士!なんで、どーしたの?!」 「久しぶり」 「久しぶりだけど・・・なんで?何事?!」 英士は近づかないと分からないくらいそっと笑った。 ああ、英士らしい笑い方だな、と思った。 「実は、ちょっと話したい事があって」 「話?俺に?」 「の事で」 「?元気?」 「・・・」 英士はポトッと表情を落とした。 「は、もうゲームマスターじゃない」 「え?」 ビュウッと冷たい風が吹くと、風が英士の髪をなびかせた。 「どうして?なんかあったの?」 「前に話した事、憶えてる?は冬はあまりゲームにさえ参加しないって」 「ああ、そういえばそんな事言ってたね」 それで確か、それはなんで?って聞いた仲間を、刺して殺しかけたんだっけ・・・ 「それでも近頃はそんな様子もなくなって、あの後も普通にゲームを指揮していたんだ。でも、今行われているゲームの最中に、突然姿を消してしまった」 「姿を消したって、いなくなったって事?」 「もちろん俺たちはすぐに探したし、もすぐに見つかったんだけど、でも彼女は今までの彼女じゃなくなってた」 「どういうこと?」 「何を言っても口を利かない。話すら聞いてくれない。目も開けようとしない。ただ部屋にこもって、完全に俺たちを拒絶するようになってしまった」 「なんで・・・」 「・・・」 なんでって、それを聞いたら、きっと英士はここにいないんだよな・・・ 「でもまだゲームは続いてるんだ。指揮官を失っても、ゲームをやめるわけにはいかない。相手チームにはの事は伏せて俺たちだけでゲームをやってるけど、下のほうにも彼女の事が洩れはじめて、もう俺たちだけでは統率がとれなくなってる」 「そんな・・・」 「誠二、俺たちの、指揮をとってもらえない?」 ・・・え? 「指揮って、そんな・・・無理だよ、俺に出来るわけないよ!」 「作戦とか、そういうものを組み立ててほしいわけじゃないよ。俺たちでカバーできる事はする。でもがいなくなった今、全メンバーを留めておく力がないんだ。このままじゃ内部から決裂するかもしれない。寝返る奴も出てくるかもしれない。あのゲームの後、誠二の事がだいぶ話題になったんだ。今の誠二ならみんなを振り向かせるくらいの力はあるよ」 「そんな、無理だって!俺にの代わりなんて!」 「の代わりをしてほしいんじゃない。誠二は誠二であればいいんだ」 「でも、だからって俺に何が・・・」 「頼むよ、力を貸して」 そんなことを言われたって、俺がの代わりになるわけがない。俺にはなんの力もないし、そんな、・・・ でも、英士の顔は酷く辛そうで、そんな英士が俺に助けを求めてて・・・。 「他のみんなは?」 「レギュラーはいつもどおりだよ。翼もシゲも。今もあの家を拠点に動いてる」 あの家、俺が最初に連れて行かれた家、が貸してくれた部屋とベッド。みんなで集まったソファ、みんなで囲んだ食卓。あの時のまま、今もあそこに・・・ 「突然無理なことを言っているのはわかってる。とりあえず一度来てくれない?」 「みんな、いるの?」 「うん」 会いたい会いたいと思っていたあの仲間たち。 突然別れたからロクに話も出来ずに、今までずっと引きずっていた。 「行く」 ずっとみんなに会いたかった。 窓の外の景色は、あの時連れて行かれた、あの団地に入っていった。 たった半年しか経ってないのに、酷く懐かしい気がした。 家に着いて、英士と家の中へ入っていった。あの門、あの玄関、あの廊下、あの階段、あのリビングのドア、あの時のままだ。ドキドキしながらみんないるんだろうリビングのドアをそっと開けて、中を見る。 「あ、・・・」 「誠二」 ソファには翼とシゲがいて、二人とも俺を見て顔を上げた。 「久しぶりやん、元気やったか?」 「うん」 「すまんなぁ、いきなりで、ビビったやろ」 「うん」 なんとか笑ってるようなシゲが俺にそう言葉をかけてくれる。そんなシゲ越しに翼に目を向けるけど、俺と目を合わせた翼はすぐに目を伏せて膝に顔をうつぶせた。部屋の中は薄暗くて、ほんのり冷たい空気が漂っていた。 「ねぇ、はどこにいるの?」 「なぁ、は・・・」 「・・・」 「もう、俺らじゃなんも出来ん。あんなは初めてや。誰も、なんも出来ん」 「そんな酷いの・・・?」 シゲは、さっきの英士と同じように辛そうな顔をした。テーブルの向こうのソファで、翼も両膝を抱える手をギュッと強めて、小さく肩を震わせる。 「ねぇ、なんでこんな事になっちゃったの?には英士も翼も、シゲもいるのになんで・・・」 「・・・結局のとこ、俺らじゃなんも、の役に立たんかったってことや」 「そんな、そんなことないよ!はあんなに仲間信じてやってた、みんなの事大事に思ってやってたのに」 「それでもあいつの心は俺らじゃ手がつけられんくらいに深かったんや。あいつは絶対俺らに弱み見せん。俺らの事、頼りにせーへん」 「そんなことない、はそんなヤツじゃないよ」 「・・・せやかて、」 「絶対そんなことない!だって、だっては・・・」 ねぇ、 竜也のお父さんを探してくれたのは、だよね? 竜也を起こすために俺をここに連れてきたのは、俺たちを助けるために、危ない橋渡って助けに来てくれたのは、だったよね? は仲間を傷つけやしない。 仲間を裏切ったりしない。は絶対に負けたりしな・・ 「に会わせて」 「え?」 「を元に戻そうよ、はきっと戻ってきてくれるよ!」 「でも、はもう・・」 「俺が、俺ならなんでもするから、俺がここにいるからっ」 「・・・」 「を元に戻してみせるからっ!」 「あーうるせぇっ!!」 ・・・・・・・・・・へっ? 「朝っぱらからゴチャゴチャうっせーんだよ、静かに生きれねーのかお前は!」 「な、なっ・・・」 うしろから怒鳴られて、俺は前のめりに倒れた。 その声、その口の悪さ。リビングのドアにもたれてが立っていた。 「え、え?ええっ?なん・・・ええっ!?」 「あーもー頭イテぇっつーのに起こしやがって、マジコロスぞ」 「な、、ええっ?!」 「「っぶ!!」」 俺が脳内てんやわんやでこんがらがっていると、俺の隣に立っていたシゲが口を押さえる手の下から噴き出した。うしろのソファでは翼も震える肩を解放して噴き出す。 「「あーっはっはっはっはっは!!!」」 「・・・・・・ええっ?」 「なーんや。もー起きてきたん?折角乗ってきたとこやったのにー」 「シゲってば、はもう・・・なんつって!!あーっははは!!」 「・・・」 これは・・・ひょっとして・・・ 「やー、俺役者なれるんちゃうかな。やっぱ関西人はコメディアンの血が騒ぐんやなぁ、笑いのためなら何でも出来る気ぃするわー」 「・・・」 「もう僕笑いこらえるの大変だったんだから、あーダメ!おなか、おなか痛いっ、あははははは!!」 「・・・」 「英士、ハラへった」 「はい」 「・・・」 「あー笑った。笑ったらワイもハラ減ってきたかもー」 「僕まだダメ、も、おかしくておかしくて、ぶふっ・・」 「・・・・・・」 俺はゆっくりと立ち上がって、リビングの棚の上に置いてあったデッカイ壺を持ち上げた。 「うわ!なんやねん、ちょっとしたカンゲイやんけ!落ち着け!」 「バカーっ!シゲも翼もバカー!!」 「誠二、落ち着いて」 「なんだよ、ってことは英士もグルだったんだな!?」 「俺は元々ここの人間だけど?」 「ひっ、ひど・・・!」 「まだまだ英士のことわかってないねー」 「うわーん!!」 シゲに抑えられる手を振りかざして、翼曰く国宝級に高いというその壺を半泣きで振り回した。 悔しい!! 翼やシゲだけならまだしも英士まで俺を騙すなんてっ!! 「うっ、ううっ、」 「なーんも泣く事ないがな、楽しかったやろ?」 「ううっ、楽しくなんかないよ、俺、本気で心配したのにっ、ううう・・・」 「いやー、お前があんまり真剣なツラしよるから、ついこっちも力入ってもーてな?名演技やったで!!」 「うえっ、演技じゃないも・・・」 「スマンかったってー、泣くなやー」 俺がこんなに深く傷ついているというのに、はさっさと台所に行ってしまって、英士はごはんの支度をして。翼はまだ笑いを引きずりながら小難しい本を読んで・・・ 「まぁまぁ、がゲーム降りたんはホンマやねんよ」 「うう・・・、え?」 「あいつ、あんなんやん?ちょっとガタきてもーてな、降板してもーたんよ」 「体、どうかしたの?」 「ああ。精神的にちょっとな」 「・・・」 俺は立ち上がって台所に走って、英士の並べる食事を前で頭を伏せているに駆け寄った。 「、体悪いの?大丈夫?」 「だいじょーぶじゃねーよ、鼻水とまんねーし頭イテーしノドイテーし」 「・・・」 「ってかお前も鼻水出てんぞ、きったねーな」 「・・・・・・」 それは、ひょっとして、ひょっとしなくても・・・ 「だから早めに薬を飲めって言ったでしょ」 「あんなモン気安く飲めるか」 「そんなこと言って、今年のカゼは酷いそうですよ?」 「そんなの毎年言ってんじゃねーか」 「・・・・・・」 ドアの向こうではまたシゲががっはっはと笑い、翼が本の影で肩を震わせていた。 ま た 騙 さ れ た っ ・・・ !! 「、あの事を誠二に」 「あー」 「何っ?」 あまり期待はしてませんケド!! 「内々のパーティーがあって、お偉いさん方がお前に会いたいんだと」 「俺に?なんで?」 「なんだか結構評判になってるみたいだよ」 「俺が?なんで?」 「面白いからじゃない?」 「それならシゲ出したほーがオモシロイんじゃないデスカね!」 「まぁそう邪険にならないでよ」 「パーティーって、いつ?」 「今日」 「きょお?!」 「だから迎えに行ったんだよ」 「それであの手厚いカンゲイですか」 「、コレからパーティーやっつーのになんもメシ食うことないやん」 「英士のメシしかノドとーんねー」 「スガに診てもらったら?」 「ヤダ。あいつ絶対ヤブだもん」 「あーやっぱ?ワイあいつに何度注射打ち損なわれたかわからんもん」 「それはわざとじゃない?」 「なに!?」 「なんか恨みでも買ったんじゃないの?」 「スガのお菓子取ったとかね」 「そんなんで注射打ち損ねる医者がおってええんか?!」 英士の出すお茶を飲みながら、みんな和気藹々と机を囲んだ。 それは、あの日のあの時の、あのままだった。 「誠二」 「え?」 「座ったら?」 「・・・うん」 英士が俺の分のお茶も用意してくれる。翼がカップを片手に俺を見る。シゲが俺にいすを引いてくれて、は重そうな頭を抱えて苦しんでいた。 「なんか、夢みたいだな」 「は?」 「またみんなとここでこんな風に、することないって思ってたから、こんな日はこないって思ってたから、夢みたいだ・・・」 「・・・」 俺がぼんやりとそんなことをつぶやくと、みんな笑った。 ・・・なのに、隣のはゴン!っと俺の頭を殴った。 「いっだ!何すんのさっ!」 「よかったな夢じゃなくて」 「もっと他にやり方ないの!?」 「ない」 「もー!!」 外はちらちら、また雪がちらつきはじめていた。 「パーティーって何時から?」 「6時だからまだまだ時間ある」 「ほなどっか遊び行こかー」 「この寒いのに?」 「そうや、誠二高校どーやったん?合格したか?」 「あ、うん。俺も竜也も」 「へぇ、裏金でも払ったの?」 「払うか!世の中金じゃないんだぞ?努力と根性だ!」 「金だよ」 ほんとは、あの技術テストが受けれたのだって、この人たちのおかげじゃないかって思ってる。 「この寒いのにまたゲームやってなぁ。今度はなんや?」 「さぁ、なんなの?」 「しらね」 「缶蹴りだよ」 「うげ、まーた外か」 「ってかマスターが知らんでえーんかいな」 「いつもの事じゃん」 そうやって文句を言いながら、この人たちはまた命がけのゲームを笑ってやるんだ。 「ねーねー、それって俺も出ていいの?」 「あ?なんで」 「だって受験も終わったし、今度は最初っから参加してみたいし」 「そーいやあんさん、MVP賞もらったんっちゃったっけ?」 「え?俺なんももらってないよ?」 「辞退した」 「え!何それ聞いてないよ」 「だってお前いらねーっつったじゃん」 「そんなこと言った?」 「言っただろ」 「えー?いつ?」 「ゲーム終わった時、ヘリん中で」 「えー?言ってないよー?」 「言っただろ!」 そこに俺もいる事がまだ夢みたいだけど、それは確かな現実だった。夢みたいな現実を俺は確かに体験したんだから、このくらいなんてことないよな。あしたもあさっても変わらず、ここにあるんだろうな。 あしたもあさっても、みんながここにいる限りずっと。 非常識で狂ったゲームに命をかける変わり者たちが、また俺の未来を変えようとしている。 ----------------- Thank you!! |