2:Team mate くらくら、夏の日差しは痛めた頭には毒としか思えない。 強烈な日差しの下をグラウンドに向かって歩いていくと、部室の前で一人ボールを蹴っている小島がいた。サッカー部のマネージャをしてくれているけど、本人もすごいサッカーが好きでうまい。そのくせあの容姿だから、サッカー部に留まらず全校区の人気者だ。 「藤代、どうしたの?練習するの?」 「ちょっと部室片付けにさ」 「もう?早くない?夏休みだって練習来るでしょ?」 「でももう俺たち引退だし」 「何言ってんの、アンタが来なきゃ2年だけじゃ絶対ロクな練習しないって。今の2年に気合入ったヤツいないじゃん」 「はは、相変わらず辛口だねぇ小島サン」 サッカーが好きで、ずっと女子のサッカー部を作ろうとしていた小島。でもメンバーはなかなか集まらなくて、とうとう俺たちの在学中に女子サッカー部は叶わなかった。それでも今までやってきた甲斐あって、今後も女子サッカー部を作ろうという動きは後輩に受け継がれたようだ。高校では女子サッカー部のあるところに行って、思いっきりサッカーを楽しんでもらいたいものだ。 「ねぇ、ちょっと相手してよ」 「ゴメン、俺今死にそうなほど頭痛くて・・・」 「何、病気?」 「いや、さっき壁で思いっきり頭ぶつけて」 「ったく、よくケガするなー。アンタといい水野といい」 「あはは」 これはもう、笑うっきゃない。 「よ、元キャプテン」 「小鉄〜、あんまり入り浸ると1・2年が入ってこれないだろ?」 部室には同じく引退したはずの部員たちがいた。 中学最後の大会で負けて、あとはもう受験一色なのだが、みんな馴染みあるここによく集まってくる。 「あっちぃなぁ〜。藤代、プール行かない?プール」 「あーゴメン。俺今から水野んとこ行くから。風祭と二人で行っといでよ」 「ぇえ?」 「ぇえって何だよ、ぇえって!」 「水野君のとこに行くの?」 机に乗り出してくる小鉄をよそに、風祭はさらりと話題を変えた。 「あいつ結局大会間に合わなかったもんな〜。あいつがいれば俺たちももう少しは・・・」 「まー仕方ないよ」 「よろしく言っといて」 「うん」 ロッカーの中を片付けて、着替えやタオルをカバンに詰め込んだ。それと一緒に、俺の隣のロッカーから使い古されたサッカーシューズをシューズバックに入れた。「水野」と書かれたロッカーを、パタンと閉めた。 中1の春。サッカー部に入って、初めて竜也と出会い俺は救われた。小学時代のサッカーのレベルを目の当たりにして、この中学でも大して期待してなかったこの部活に、竜也がいた。 『なぁお前、名前は?』 『俺?水野竜也だけど』 『水野ね。俺藤代誠二、よろしく!』 『ああ、よろしく』 先に興奮して声をかけたのは俺だった。 竜也も幼い頃からサッカーをしてきて、でも小学校にはサッカークラブがなかったらしい。今まではずっと父親と二人きりでサッカーをしてきたらしく、まさに俺と同じだった。(竜也の父さんはプロだけど。)しかし期待して入ったサッカー部のレベルに落胆する。そこまで俺と一緒。 『お前は他のヤツとは違うな。お前がいればまぁ何とかなりそうだ』 『何とかなるって?』 『全国制覇』 『ぜ、全国?』 『しっかりついてこいよ』 竜也は新入部員の中で飛び切りうまくて、一人浮きまくっていた。 一人で試合をひっくり返せるくらいうまくて、みんながヒガミを通り越して尊敬してしまうほどだった。 誰の目も惹きつける魅力、プレースタイル。落ち着いて見えて、実は誰より人一倍負けん気が強くて。でもヘンなとこ大人びてるってゆーか、冷めてるってゆーか。 『あの監督バッカじゃないの、新人戦だからって1年を全員出してやることなんてないんだ。準決勝だぞ?あの瀬戸際であのメンバー交代はどーかしてるだろ、なぁ水野!』 『わかるけど、仕方ないだろ。みんな試合に出たいのは一緒だ』 『そういうとこが所詮部活動なんだよなぁ。勝つためにはうまいヤツを出すしかないんだ。出たけりゃうまくなるしかない、そうやって全体のレベルを上げていくもんだろ?』 『それは理想だな。気の持ちようってのは人それぞれだ。部活動なら部活動レベルに合わせてやるしかないんだよ』 『お前・・・、もっと熱くなれ!』 竜也は誰よりもサッカーが好きで、うまくて、一生懸命なのに、どこか冷めてて。俺が試合や練習の後に怒ったり熱くなったりするのを、いつも隣で笑って見てた。 『藤代、お前高校はどこに行くか決めてるか?』 『高校?ううん、だってまだ1年じゃん』 『だったら、一緒に武蔵森行かないか?』 『武蔵森?』 『武蔵森学園。東京の学校でさ、毎年全国に顔を出すサッカーの名門校だよ。サッカー部専用のグラウンドや寮まであるんだ。そこは中学から受験なんだけど高校からでも編入試験があるし、推薦もらえれば勉強もナシで入れる』 『水野は、高校そこ行くの?』 『ああ。そこはオヤジの行ってた学校でさ、そこなら完全実力制。うまいヤツや上に行きたいヤツが生き残っていくんだ。武蔵森でレギュラーとって全国に行くのが俺の当面の目標だ』 『へぇー』 『へーじゃなくてさ、一緒に行こうぜ。お前がいれば絶対いいとこいけるって』 武蔵森の話を聞いたのは、そのときが初めてだった。 竜也が言い出したことだった。 竜也は公にサッカーをする機会がなかったために、スカウトの目に留まるはずもなく中学から入れなかった。こういうところは全く抜けてる。 『俺早く親父みたいになりたいんだ。だから誰よりもうまくなりたいし親父の歩いた道を歩きたい。だから高校こそは絶対武蔵森行きたい』 『竜也のお父さんはサッカー選手なんだっけ』 『まぁな。でも今は海外でやってるからたぶんわかんないよ』 『海外!スゴイじゃん!』 『まーな』 父親を語る竜也は誇らしげで楽しそうだった。本当にお父さんが好きなんだと思った。俺も父さんが好きだからよくわかる。俺と竜也はいろんなところが似ていて、それが絆のように感じていた。竜也がいて、俺はサッカーがもっともっと楽しいものだとわかったんだ。 俺たちは一番の仲間で、親友だった。 学校を出て駅に向かい、電車で病院へ行った。 3階の病室、一番奥の部屋のドアには「水野竜也 様」と書かれている。 「あら、誠二君?」 「おばさん、こんちは」 俺が病室に入ろうとすると、中から竜也のお母さんが出てきた。 「もう学校終わったの?」 「今日は終業式だけだったから」 「あ、そうか。もう夏休みだものね」 「うん、だから竜也の荷物持ってきたんです。俺らもう部活引退なんで」 「ありがとう。あ、ケガは?治ったの?」 「はい、もうぜんぜん」 「そう、良かったわ。私、今から家に戻るんだけど、竜也に渡してあげてくれる?」 「はい」 そこで竜也のお母さんと分かれて病室に入った。 おばさん、また少し痩せてた。 でも俺が何言ったって気を使わせるだけだから、俺は、何も言わないようにしてる。 病室の中は個室だけどそう広くなく、窓際のベッドで部屋の大半は埋まっていた。夏の風が窓から差し込んで、生暖かい空気が狭い部屋の中でぐるぐる廻る。 「よ、久しぶり。お前のシューズ持ってきてやったぞ」 ベッドで寝ている竜也の顔を覗いて、シューズをベッド脇の棚の上に置いた。 「もー夏休みだよ、俺らも部活引退。ちょっと前に入学したばっかな気するのにな。って俺オヤジくさい?」 すぐ隣の窓から日差しが差し込んで、竜也の右腕を照らしていた。暑そうな日差しが竜也の白い腕をまぶしく照らしてて、カーテンを引いて日差しを閉ざしてやった。 「あのなー、ヒジョ〜に言いにくいんだけど俺武蔵森の推薦外されちゃった。やっぱ3回戦負けはイタかったみたい。でも俺絶対武蔵森行きたいし、受験するよ。今から勉強漬け。サッカーばっかしてらんねーんだよ受験生は。お前は体力をまず回復させないといけないから俺より大変だぜ?寝てる場合じゃないっつーの」 夏独特の湿気を感じながら、せみの声に重ねて一人でしゃべる。 竜也にしゃべる。 「おばさんまたちょっと顔色悪いな、夏ばてかな。早く起きてあげなきゃ。そしたらおばさん絶対に元気になるよ」 「 」 「・・・そろそろ半年かぁ。早いな」 竜也は、返事どころか何の反応も見せずに、ただ真っ白いベッドの中で眠っていた。 半年前、交通事故に遭った竜也はそれからいつ覚めるかもわからない、深い深い眠りについてしまったのだ。 一方的に喋りつくした後、俺は病院をあとにした。外はやっぱり夏の暑さが目から頭をさして、ちょっとクラッとくる。竜也を思うと、胸もちょっとグッとくる。一年前の俺たちは、こんなことになるなんて想像もしないで、こんな天気の中走り回っていたのに。 家に帰ったらちょっと勉強をして、父さんが帰ってきたらサッカーの相手をしてもらおう。 そう思って電車を降りて改札を出ていった。 そのときだった。 「お、おったおった、藤代誠二?」 「え?」 突然うしろから名前を呼ばれて振り返った。 そして驚いた。目を細めたくなるほどに輝くまぶしい金髪が目に飛び込んできたから。 俺が声も発さずに目を丸くしていると、その人は眼にかけた水色のサングラスの奥でニコッと笑った。 「だ、誰?」 「あれー、いややわぁ。さっき学校で話したやん」 「学校・・・?」 こんなサプライズな人を忘れるほど俺は衝撃的な人生は送っていない。 でもこの関西弁、どっかで・・・ 「まぁあん時はミョ−な格好しとったから思いだせんくてもしゃーないかなー。ああ、頭だいじょーぶやった?」 「頭・・・?」 頭と言えば、忘れていたけど、今も後頭部には忘れるはずもないコブがそこに・・・ 「あ、ああ!・・・え?」 俺はあの時の記憶は痛みが先走ってうつろなのだが、この関西弁はちゃんと覚えている。 でもあのときの人?は、こんな金髪ではなくて、もっと普通の、ほんと普通の人だった。 「思い出してくれた?」 「あのときの?でもぜんぜん・・・」 「今からちょっと時間くれる?立ち話もナンやし付きおうてや」 「え?なんで?」 「まぁまぁ」 「え?え?どこ行くんスか?」 「まぁまぁ」 ちゃんと会話も成り立たせることなく、その人は俺の肩に手を乗せてどんどん歩いていった。通り過ぎる人はみんな俺たちを・・・もといこの人を振り返る。こんなきれいな金髪もめずらしいし、メチャクチャ派手で目立つからだ。 その奇妙な男に引かれて駅を出ると、出口のすぐそこに置いてあった真っ黒なボディのバイクの前で立ち止まった。そして俺にヘルメットを渡して、乗れやと促す。強引さに押されて、訳がわからないままバイクに乗ってしまった。バイクは、まるで急流下りともいえる激しさで道を駆け抜け、俺はあっさりと拉致られてしまったのだった。 |