3:kidnapping










まるでジェットコースターにでも乗ってるかのような感覚で、バイクはスイスイと車の間を抜けていく。目の前をなびくブロンドはヘルメットに包まれることもなく、きらきらと夏の空に透けていた。


「あの・・、どこまで行くんですか?」
「あ?何、聞こえん!」
「どこ行くんですか!!」
「ホテルや!」
「ホテル・・・?」


そのまましばらく走ると、バイクはきれいな庭園を横切って大きなホテルに着いた。西洋めいた豪華なホテルで、万が一でも俺が来ることなど一生なさそうな建前。

バイクを下りると導かれるままに中へと入っていく。天井は突き抜けるほど高くて、椅子やテーブル、じゅうたんやカーテンや調度品までいかにも高級!といった感じ。こんなところで何があるんだろうと思っていると、金髪の人はホテルのロビーのソファに座った。颯爽とやってきたボーイに差し出されたメニューを見下げる。


「あの、俺に何か用なんですか?」
「よーってほどでもないんやけどな。なんか食う?俺昼食うてへんねん」
「えーっと、じゃあジュース」
「ほなランチと冷コーと。あとオレンジジュース」
「はい」


メニューを下げて、ボーイは引いていった。 レイコーって何?と聞くと、目の前の金髪はアイスコーヒーのことだと教えてくれた。


「あの、まさかうちの生徒じゃないっすよね?」
「ああ」
「じゃあなんでうちの制服着てたんすか?」
「うーん、まぁわかりやすくゆーと、一種の趣味ってヤツ?」
「・・・ヘンなシュミ」
「アンタ、誠二いうたっけ?今中3やろ?サッカーやってんねんな、高校でもやるんか?」
「なんで知ってんすか?」
「俺も昔サッカーやってたなぁ。学生ん頃は海外住んでて本場のサッカーよう見に行ったもんやわ」


この人は、俺の質問を聞いているのか・・・?


「一番よう覚えてんのはやっぱ最初に行ったブラジルかなぁ。ガヒンシャって知ってる?」
「いえ・・・。」
「ブラジルサッカーは昔はスポーツっちゅーより戦争みたいなもんやってな、観客もガラ悪ぅて罵声ばっかやったんや。そんでもブラジルサッカーが世界一やて言われはじめた頃、そのガヒンシャって選手はオモロイ選手でなぁ 監督の言うこと無視してドリブルしてって、敵を抜くと止まってまたマークが付くのを待つんよ。そったらまたそのマークを抜くねん。 ポーズつけたりものスゴイ足技使こたりな、そんな風にして観客がどんどん笑ろてくようになってな。 今のブラジルサッカーの礎を築いた言われてんねん」
「へぇ、かっこいい」
「やろ?」


サッカーの話をするその金髪は、サングラスの奥で目を輝かせて、本当に楽しそうだった。


「サッカーはやっぱゴールが見せ場やけど、その人のサッカーはゴール以外にも楽しさがあるって事を教えたかったんや。ドリブルじゃその人の右に出る選手はおらんかったんちゃうかなぁ。今で言うロナウジーニョやな」
「なるほどー。カッコいいなぁ。」
「興味あるなら今度連れてったるわ」
「え、ブラジルに!?」
「ああ。いつでもえーで」
「うわぁ!」
「はは、ええなぁあんさん、素直で」
「え?」
「いや」


そこへ注文したものが運ばれてきて、その人は食事を食べながら話を続けた。ヨーロッパサッカー、貧しい国のストリートサッカー、女子サッカーの進歩。どれも興味をそそる話ばかりで俺はすっかりその人の話に聞き入っていた。だからだろう。俺は何故自分がここに連れてこられたかなんて疑問をすっかりと忘れていた。

そんな時間がしばらく続いた。


「もうこんな時間か。スマンかったなぁ、つき合わせて」
「え?あ、ほんとだ」


腕時計を見るともう6時だった。外はまだ夏の明るさを保っているけど、終業式だけで帰るはずだった予定にしてはだいぶ遅い。入り口で待ってろというその人の言葉を聞いて俺もソファから立ち上がった。

あれ、そー言えば何しにここに来たんだっけ。

ホテルの前で空を見上げたとき、ようやく元の疑問を思い出した。ちょっと考えてみたけど、楽しかったし、まぁいいか。帰るのが遅くなってしまった、帰って勉強しなきゃ。

そう思いながら傾きかけていた太陽を見上げている時だった。
目の端でチラッと人影を捕らえた。玄関ホールの両脇に立つ大きな柱。その影に見知らぬ少女が立っていた。同じ年くらいの女の子。肩に少しかかるくらいのまっすぐな髪がすとんと落ちていて、遠くの夕日に照らされて栗色に光っていた。


「おまえ、あの男と何話した?」
「え?」
「何を話した?」


その少女からはイメージから少し外れた、ハスキーな声が出てきた。


「何って、べつに・・・」


今日はやけに知らない人に声をかけられる日だなぁ。今の状況も、少女が言ってる意味もわからずに俺は首をかしげ、俺からたいした答えを得られなかった少女は怒ってるみたいに眉間にしわを寄せた。


「ゲ、ゲームマスター!!」
「え?」


突然、ドアの横に立っていたホテルマンが酷く慌てて叫んだ。


「何突っ立っとんねん、捕まえんかい!」


すると自動ドアを押し開けて、あの金髪がホテルから飛び出てきた。 他にも制服を着たホテルマンや、ただの客だった人たちまでが、一斉に俺たちに寄ってくる。


「え?えっ?」


その中心にいながら、まったく状況を把握できずに俺はその場でくるくる回っていた。一番近くにいたホテルマンはそんな俺の前を走って、あの少女の腕をがしっと掴む。でもその少女は掴まれた腕を逆に掴んで引き込み、前倒れになったホテルマンの腹に思い切りヒザを蹴り入れた。


「う、っわ!」


少女の前で倒れるホテルマンに、俺はビックリしてよろめくように後ずさった。うずくまって腹を抱え、苦しむホテルマンを見下げる少女は、今度は俺に振り返り、腕を掴む。


「お前、ちょっと付き合え」
「えっ、なにっ?なんなのアンタっ」
「いーから」


そして少女は俺を引っ張って、ホテルの門に向かって走り出す。


「ちょっと、なに、なんで逃げてんのっ」
「あとだあと!いーから走れ!」


混乱する俺の質問を全く無視して、少女はどんどん俺を引っ張っていった。これでも俺は、学校の中じゃ1・2を争うほどの足の速さを持ってるよ?でもこの少女はそんな俺すら引っ張るようにして走った。うしろから走って追いついてくる人たちは、誰も俺たちに追いつけない。

そうして走っていると、後ろからバイクのエンジン音がした。


「来たか」


振り返る少女と一緒にうしろを見ると、俺が乗ってきたあの黒いバイクと、あの金髪がキラリと光った。


「英士、正面だ、車回せ」


少女は襟元からぶら下げていた、黒くて小さいイヤホンみたいなのを手にとって言った。そのままホテルの外へ走り出ると、突然道の先から黒い車が猛スピードでこっちに突っ込んできて、俺たちの前でキッと止まる。
少女はその車に俺を連れて乗り込み、ドアが閉まりきる前に車は発進しまた猛スピードで走っていく。車はどんどんスピードで道路を駆け抜けて、細い横道に入っても変わらぬ速さで突き進んでいく。うしろから追いかけてきていた誰も、勿論あのバイクも、もう見えない。


「ほら見ろ、だから罠だって言っただろ!」


何も見えないくらい早く通り過ぎていく窓の外を呆然と見ていると、前の助手席から威勢のいい、でもまだどこか幼げな声が飛びこんできた。


「あんな公衆の面前で堂々と人さらうなんて、俺たちに気づかせようとしてるのバレバレじゃん!」
「まーいーじゃん、捕まらなかったんだから」
「良くない!」


俺の右側に座る少女に身を乗り出して怒鳴るのは、その声の印象通り、まだ少さな男の子だった。座っていればシートに隠れて頭すら見えないような、小学生くらいの男の子。・・・男の子、だよな?髪長めで、女の子っぽくも見えるけど・・・。


「だいたい、そいつ何なの?誰かもわからないのに連れてきちゃって、撒き餌だったらどーすんのさ」
「違うよな?」
「え?」


少女が俺に振り向いて聞いてきた。でもその子は俺が答える間もなく、違うよ、たぶん。と勝手に自己完結する。そんな少女のマイペースさに「たぶんで動かれちゃたまんないよ!」と少年は憤慨して、どさっとシートに体を戻した。


「それより、どうするつもりですか。彼を連れて行くんですか?」


騒がしい二人(いや、ひとり?)の間に割って、この車を運転してる男の人がバックミラーで俺に目をよこしながら口を開いた。静かな瞳で落ち着いた雰囲気のその人は、俺とそう年も違わなそうなこの少女にやけにかしこまって話す。


「どーしよっかねぇ」
「放り出せばいいじゃん。関係ないんだから」


まだ怒り止まぬ少年はすっぱり言い捨てる。隣の少女はうーんとうなりながら、何を悩んでいるのかよくわからない。運転手の人もそれきり口を挟まなくなって、車内は沈黙に包まれた。

そんな空気の中、あのー・・・、と恐る恐る、口を割った。


「これは、なんなんでしょーか・・・?」
「何って?」
「だから、あなたたちは誰で、俺はどーしてここにいるんでしょーか?」
「あー、まぁなんだ、勘違い?勇み足?」
「は?」


少女はシートの上でひざを抱えて、続けた。


「だってお前がシゲと一緒だったから、なんかあったかと思ってさ」
「シゲ?」
「さっきの金髪。まぁほっといても大丈夫だとは思ったんだけど、アイツがお前のことをあたしたちの仲間だとか勘違いしてたらメンドーだなーと思って」
「誤解したとしても、本当に俺たちとそいつは何の関係もないんだから、それは向こうのミスだろ?わざわざこんなとこまで来て連れ出す必要なんてなかったんだ」
「いやー、あたし昼間シゲに見つかっちゃったから。そん時コイツもいたし、何かバレちゃったかなーと」
「シゲに見つかった!?いつ、なんでそれ早く言わないのさ!」
「あれ、言わなかったっけ」
「聞いてないよ!」
「あのー」


また俺が話を割ると、助手席の少年はギッ!と俺をにらんだ。


「俺、いつ君に会った?」
「覚えてないの?昼間学校で会ったじゃん」


また学校。確かあの金髪の人もそうだったっけ。


「頭大丈夫か?思いっきりぶつけたろ」
「頭・・・」
「あん時はシゲに追い詰められててさ、逃げるしかなかったんだよ」
「・・・あ!あの時のっ!?」
「思い出した?」


今日学校で、ぶつかりそうになって避けて頭打った時、最初に声かけた女の子、あの時の声だ!


「俺あの時はあまりに頭痛くて、イマイチ記憶がおぼろげで」
「すげー音してたもんな」
「覚えてなかったんなら余計に助けることなかったんじゃないか。ムダに敵の前に出て、面倒かかえちゃって」
「早速ヤバイかもな」
「え?」
「追いついてきた」


少女が車のバックミラーを、あごでさす。


「英士、3台うしろの赤のフェラーリ」
「撒きます」


バックミラーで車を確認した運転席の人は、ギアをふたつ下げ、すると車はまたグンとスピードを上げた。その反動で体を後ろにとられ、車がぎゅんっとカーブを曲がるとよろめいて、シートの上で転げてしまう。


「おい、掴まってないとまた頭打つぞ」
「そ、そんなこと言ったって・・・、これはちょっと、スピード出しすぎ・・・」


一般道をひた走る車のメーターは、軽く130キロを振り切っていた。いやいやいや、普通にありえない!そんなスピードで広くもない道を走っていく車。そのうしろを、例の赤いフェラーリはピタリとついてきていた。
大きな交差点に差し掛かると車は赤信号ぎりぎりをぶっちぎって、反対車線にターンする。対向車側を走っていた普通の車たちがキーっとけたたましく急停車して、クラクションを鳴らしている。


、どこへ向かいますか」
「帰る」
「はい。翼、コース」
「結局連れてくわけ?メンドウなことになっても知らないからね」


うしろの窓から見える風景は、一般車が大変なことになっている。なのに誰も慌てる素振りすら見せず、助手席の少年はまだ俺のことに文句を言いながら膝の上のパソコンを開いた。


「な、なんだっつーの・・・?」


わかんない
わかんない

何にもわかんない

誰か説明してくれ!












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