4:car chase
パソコンを叩く少年は、目の前に設置されている3つものカーナビもつけた。
「うわ、駅前が1キロ渋滞。中央交差点もせいぜい時速30キロ。光ヶ丘団地は工事が延長中」
「堤防沿いは?」
「堤防なんて一本道じゃん、囲まれたらどうするの?」
「うしろを撒けばいいでしょ」
「撒ける?アレ」
「少し手荒になるけどね」
車がこれだけスピードを出しているのに、うしろのフェラーリはピッタリと付いてきていた。
というかまだスピード出す気ですか。俺は改めてシートにしっかり掴まり、その後車はグンとスピードを上げた。
「結構やるじゃん。誰?あのフェラーリ」
「さぁ」
前の席でごくごく普通な会話が飛び交っている。そして隣の少女はシートに乗り上がってうしろのフェラーリを見た。
「はは、アレ伊賀ちゃんじゃん?」
「イガ?誰それ」
「ほら、何回か前のー・・・、ああ、借り物ん時だったかな」
「、座っててください」
「ハイハイ」
なかなか思い出せなくて悩んでいた少女は、運転手に注意されおとなしくシートに座りなおした。
「翼、この環状線は普通に走ってる?」
「環状線?」
「ああ」
「・・・電車ね、オッケー」
にやっと自信のある笑みを浮かべた少年は、膝の上のパソコンをカタカタと操作しはじめた。でもやっぱり俺は訳がわからず黙ってその状況の中にいるだけだった。
車は次の信号で右折して大通りから外れた。住宅街の中の細い道なのに100キロを越すスピードで車は走っていく。でもちゃんと後方にはあのフェラーリも見えていた。
「しぶといなー。腕上げたね伊賀ちゃん」
少女は窓を開け外に頭を出してうしろのフェラーリを見て言うけど、その窓が自動的に閉まり少女は車内へと戻された。
「いーじゃんちょっとくらい」
「おとなしく、座っててください」
おとなしく、を強調されて少女はふくれっつらでドサッと背をつけた。
「英士、環状線は問題なく走ってるよ。いっこ前の駅も時間通りに出たし、今も時間通り走ってる」
「そう」
前の2人は何か作戦を立てて、細い道を猛スピードですいすい走る。
「さて、あのキンキン頭はどこまで読んでくるかな」
隣の少女が頭のうしろに手を組んで、楽しそうに呟いた。
振り返ってうしろのフェラーリを見ると、うっすらと運転席にひとりと助手席にひとり、そして後部座席にあの金髪の人が見えた。
「くそ、早いな。こんな細い道でなんてスピードだ」
「相手は元プロだから仕方ないだろ」
「でもあんなにメンバーが揃ってるこのチャンスをみすみす逃すのは上が許さないだろ」
自分たちのフェラーリに比べて、追いかけている車は車幅も大きいのにこの細い道をすいすいと走っていく。いつまで経ってもついていくのがやっとで、次第に焦りを見せていた。
「・・・この音・・・」
「なんですか?」
後部シートに座るシゲが小さく呟く。大きな音をたてるフェラーリのエンジンに混ざって別の音が耳に入ってきた。
追いかける前の車はさらに細い道に入っていく。そしてやっと細い道を抜けて広めの道に出ると、目前の黒い車が突然グンとスピードを上げた。
その先に、あの音が聞こえてきた。
「あ!」
スピードを上げてどんどん引き離していく黒い車の前に、踏切が現れた。そしてその踏み切りはカンカンとサイレンを鳴らしバーが下がり始めている。
「まさか、あれを通る気かよ?!」
「もっとスピード上げろ、引き離されるぞ!」
ぐんとアクセルを踏みこんで何とか前の車に追いつこうとする。2台の車が踏み切りに向かって猛スピードで走っていくけど、踏み切りはバーが完全に下りその線路の果てから電車が見えていた。
「よし、奴らも踏み切りに引っかかったぞ!」
助手席の男が強く拳を握った。
しかし前の車は、進路を遮るバーにも迫ってくる電車にも躊躇せず、踏み切りに突っ込んだ。横切るバーは真ん中からバキッと折れ、その断片がうしろに吹っ飛んでうしろのフェラーリのフロントガラスに突き当たり、バシッと全面にひびが入り視界が曇ったフェラーリは急ブレーキを踏んだ。
電車が耳をさすブレーキの音と警笛を鳴らし、そのまま折れたバーを轢き込み踏み切りを通過していった。
「くそ!無茶しやがる!」
ドン、と助手席の男がダッシュパネルを叩き、通過する電車を見ながらハンドルを握る伊賀がうしろのシゲに振り返った。
「どうする?シゲ」
「ええよ。電車が過ぎる頃にはもう見つからんやろ」
「しかしこのままでは、反対側に人をやりましょう!」
諦めきれない助手席の男は無線機に手を伸ばす。
「俺がええ言うてんねん」
その行動を、シゲの低い声が冷たく制止した。
たった一言で行動を支配されて、男は無線機から手を離した。
「焦らんでもええ。次の手はちゃんとうってあるよってな」
くそっと悔しがる助手席の男のうしろで、シゲはもう何も見えなくなった踏切の向こう側をサングラスの奥から見ていた。
「・・・・・・」
うしろの惨劇を見て、俺は唖然としていた。
「あれ?追ってこないねシゲ。こんなにあっさり手を引くとは思えないけど。どこかに仲間が隠れてんのかな。どうする?」
「ん?まーいいんじゃないほっといて。追ってきたらまた撒けばいいし」
「ったくノンキなんだから」
それでも、この車内の人間は誰もさっきの状況を気にも留めてないようで、普通に会話が飛び交っている。
「ちょっと、あれ、いいの?壊しちゃったよ、踏み切り・・・」
「あーゆーのはあいつらが片付けるからいいよ」
「でも、もう少しで電車とぶつかるとこだったんだよ?あのフェラーリが突っ込んできてたら・・・、電車もブレーキ踏んで止まりそうだったし、乗ってた人がケガしてるかも・・・」
「それもあいつらが始末するよ」
「・・・なんなの?アンタたち・・・。なんであんなことしてまで逃げなきゃいけないの?」
「着いたら説明してやるよ」
「・・・」
なに、なんなの、この状況。
こんな、同じくらいの年でなじみやすい会話のテンポで、落ち着きはしないでも緊迫はしてなかったのに、交差点を無理やり曲がったときも、さっきの踏み切りも、普通にありえない。
理解できない。普通じゃない。
俺の頭の中では、この人たちにいろんな想像が飛び交って膨らみ、車内の隅でただジッと高鳴る心臓を抑えていた。
車はどこかの町の住宅地へ入っていき、ある家の前で止まった。それに気づいて窓の外を見ると、空からはもう光が引いて薄暗かった。
隣の少女と助手席の少年が車から降りて、俺も車を降りた。二人は家の中に入っていくけど俺はどうしていいか判らず立ち尽くし、すると俺のうしろから運転していた人が、玄関のドアを開けて俺にどうぞと言った。
家の概観も中も、どこにでもある普通の住宅だった。家の中にはこの3人しかいないようで、先の二人は玄関からすぐのリビングに入っていって真っ先にクーラーと扇風機をつけて暑さをしのいでいた。
「どこでもどうぞ」
「あ、うん・・・」
運転してた人は俺を座らせて、別の部屋に行ってしまった。奥の大きなソファには少年が足を伸ばして座っていて、窓辺の一人がけソファに座る少女が扇風機の風をひとりで浴びていた。
「で、どーすんのコイツ」
「どーしよっかね」
こっちも向かずに頼りない返事をする少女に、目の前の男の子は深いため息をついた。
「あの、俺なにも関係ないんだよね?だったら帰りたいんだけど」
「帰ってもいいけど、またあいつらに狙われるかもしれないよ」
「なんで?あいつらってなんなの?アンタたちはなんなの?」
「それはまだ言えない」
「・・・」
ついたら説明してくれるって言ったのに・・・。
俺が顔をしかめていると入ってきたドアとは別のドアが開いて、運転手だった人が飲み物を持って入ってきた。どうぞと俺にジュースを出してくれて、そのままみんなにも飲み物を配り、俺と少年の間のソファに座った。
「、まさかコイツここに置いておく気じゃないよね?」
「でももうここを知ったわけだから、次またさらわれたらこの場所を吐かされる可能性が高いよ」
「さ、さらわれる?」
「しかもシゲだしね。どんな拷問が待ってることやら」
「ご、拷問っ?」
とうてい俺の耳には入ったことのない言葉が平気で飛び交う。
「そういう訳だけど、どうする?」
「どうするって言われたって・・・。でも俺、帰らないと母さんとか心配するし・・・」
「なにお前、おぼっちゃま?」
ずっと目の前の扇風機であーあー遊んでた少女が、やっとこっちに振り向いた。
「、普通の中学生はおぼっちゃんじゃなくても心配されるもんなんだよ」
「へー。世の中捨てたもんじゃないねー」
少女はケラケラと笑う。何がおかしいのかわからないけど、笑い終えた少女はソファのひざ掛けに頬杖着いてようやく本題を話し始めた。
「とまぁそんな訳で、お前に帰られるとこっちの心配事が増えるんだよ。どうしてもって言うなら仕方ないけど、帰るならそれなりの方法取らせてもらう」
「方法って?」
「たとえまたお前が奴らに捕まったとしても、もうあたしたちは一切助けない。あたしたちのこともここのことも一切喋らないって約束してもらわないと帰せない」
「よく、わかんないけど、何も喋らなけりゃいいんだよね」
「待ってよ。コイツが口割らない保証なんてないじゃん。今の僕たちはコイツに構ってる余裕なんてないし、今はもう末期だよ?少しのミスも許されないんだから」
「末期って・・・、何の話?」
「こっちの事情で、ちょっとでもあたしたちの情報が漏れるのは困るんだ。でも無理に引き止める気はないから、帰るって言うなら保険かけさせてもらうよ」
「ほけん・・・」
「もしお前があたしたちのことを洩らしたら、それ相応の代償を負ってもらう」
「代償って?」
「例えば、水野竜也の身柄とか」
「・・・」
なんで、この人の口から、竜也の名前が出てくるんだ・・・?
|