5:tactics 壁に飾られた大きな振り時計が、ボーンと一回音を鳴らした。 「なんで、竜也のこと知ってるの?」 「そんなことはどーでもいい。約束を守るか守らないか、決めてよ」 「・・・アンタたちも俺のことつけてたの?」 「・・・」 少女は俺の質問には全く答えてくれず、ただ自分の質問の答えだけを待っていた。 「俺、帰る」 「約束は守るんだな」 「・・・」 立ち上がって部屋を出ようとしたけど、少女の言葉にドアに伸ばした手を止めた。 「なんで竜也まで巻き込むんだよ、竜也は関係ないだろ?」 「巻き込みたくないならお前が約束を守れば良いだけさ」 「俺だってアンタたちが勝手に巻き込んだんじゃん!」 「・・・」 少女は俺の言葉には全く耳を傾けなかった。 約束を守れば良いだけ?あれだけ脅しといて、街中であんなに無茶に車とばしたり線路に平気で飛び出したりしてもなんとも思わないような連中に、何をされても約束を守れというの? 「・・・」 自信ない・・・ 「別にここにいてくれたって構わないんだよ、こっちは」 「・・・」 「どうする?」 竜也は、半年前からいつ覚めるかもわからない眠りについた。竜也のお母さんも、竜也の目覚めを待ちながら働きづめの毎日を送っている。 「・・・残る」 「決まりだな」 なんだか悔しくて、ぐっと拳を握った。 ここに残ることを決めたあと、少女、は部屋を出ていった。 「あ、もしもし母さん?俺、うんゴメン。えーと、今日、友達んちに泊まる。いや、もしかしたら・・・ちょっと、帰れないかも・・・。いやあのね、」 電話を借りて家に電話をかけて、母さんに事情を説明しようとしたけどなんと言えばいいかわからずにしどろもどろで話してた。今日は終業式だけですぐ帰ってくる予定だったから、やっぱり母さんは心配してたみたいでかなり怒ってた。その上今日は帰らない、もしかしたらこれからずっと帰れない、なんて、どうやって説明すればいいっていうんだ。 何も思いつかず困っていると、俺の手の中から電話が奪い去られた。 「すいません突然、風祭将の父です。実は明日からキャンプに出かけるんですが、うちの子が誠二君も一緒にと無理に誘ってしまいまして。子供たちも夏休みですし、帰りはちゃんと家までお送りしますから。いえ、ぜんぜん構わないですよ。ええ、ではお預かりします。誠二君に代わりますか?はい、では失礼します」 コロッと声色を変えて、すらすらとウソを並べたてた英士という人は話を終えて電話を切った。 ていうか、なんで風祭の名前まで・・ 「お前その程度の言い訳でよく今まで生きてこれたね。親に嘘くらいついたことないわけ」 ソファに座る男の子、翼は馬鹿にしたような口調で手の中の本から俺に目を移して言う。 「ないよ、そんなの」 「幸せなヤツ」 何故か俺にやたらとつんけんしている翼は、ツンと顔を背けて分厚い本に目を戻した。 とりあえず家の心配はなくなって、本を読む翼とお茶を飲んでる英士から少し離れた場所に座る俺は、どうして時間を潰していいかわからず大人しく座っていた。するとドアが開いて、が戻ってきた。 「登録済みました?」 「ああ」 「食事用意してありますよ」 「いらん。ハラ減ってない」 「駄目です。ちゃんと時間に食べてください」 「いらねーって」 「駄目です」 英士に頑として説き伏せられるは機嫌をそこねた顔で食事が用意してある隣のダイニングルームに歩いていった。 「そーだ英士、これそいつに返しといて」 「はい」 は英士に何かを投げて部屋を出ていった。 そして英士は俺に近づいてきて、渡されたものを俺に見せる。 それは俺の腕時計だった。 「いつの間に・・・」 「ここ見て」 英士は腕時計をひっくり返して裏面を見せた。 そこには薄い1センチ四方の鉄板のようなものがついている。あまりに小さく薄いそれはぱっと見ではわからないほど。 「これは発信機。これをいつでも身に着けてて。もし君が行方知れずになっても発見できるから」 「へぇ、じゃあ迷子になっても大丈夫だ」 発信機なんてものもやっぱり俺は初めてで、でもなんだか子供心ながらに興味を惹かれそれをまじまじと見つめた。ここら辺の土地勘がないから思わず言ってしまったことなんだけど、俺が言ったことに英士は小さく笑いながら「そうだね」言った。 「幸せなヤツ」 またボソッと翼が呟く。 「何が?」 「お前が脱走しても捕まえられるようにするために決まってんじゃん。なんでそう幸せな方に物事考えられるわけ?」 「え、そうなの?」 「これは全員が身につけてる。俺も翼も、も。これは持ち主の居場所を特定するもので、その用途はその時々による。君が迷子になれば君を助けるために役立つし、翼の言うとおり脱走すれば捕まえることに役だつ」 「そっか、俺脱走するかもって思われてるんだ」 「気にしないで。翼が捻くれてるだけだから」 「ちょっと英士、何さそれ」 納得のいかない表情を返す翼に俺はプッと笑ってしまい、するとまた翼ににらまれた。 「なんだ、ずいぶん和んでんな」 「!コイツ仲間にしたって何の役にも立たないよ!」 「は?べつに役立てようなんて思ってないし」 大した時間も経っていないのにが戻ってきた。ちゃんと食べたんですかと嗜める英士にハイハイと生返事をして、俺を指差し怒る翼の前をペットボトルを片手に通り過ぎた。窓辺の一人がけソファ。そこはの居場所らしい。 「ちょっと、そのままで飲まないでよ」 「いちいちうるさいねお前は」 ペットボトルにそのまま口をつけて飲むに翼が怒る。それくらい俺でもするけど、翼はひどく潔癖なようだった。 「何度も言うけどは行儀悪すぎ!オマケに自分勝手すぎ!」 「お前は潔癖すぎの怒りすぎ」 「が何度言っても聞かないからだろ!?」 「何度言われてもなんともならん。やめろ」 「直そうと思えば直ることばっかりだろ!?」 「思わん!」 の凛とした態度に翼はますます怒りを募らせる。 険悪なムードを漂わせるふたりを目の当たりにして俺は焦ってしまうけど、隣で英士が「何言っても無駄だから気にしないでいいよ」と平気な口調で言った。日常茶飯事らしい。 「、それより彼に説明を」 「まだ話してなかったの?」 「の口から聞いたほうが良いと思いまして」 「べつにどーでもいいだろ。えーと、あたしたちが何モンかって?べつに何モンでもないんだけどな。フツーの庶民」 「フツーの庶民は車で暴走しながら逃げたり線路突き破ったりしないんだけど」 「お前ケードロ知ってる?」 相変わらずは俺の言葉を聞かない。 「ケードロって、あの警察と泥棒に分かれてやるあれ?」 「そうそう。あれってお前らもケードロって言う?たまにドロケイってゆーヤツいるよな」 「俺の子供の頃はドロケイでしたよ」 「翼は?」 「そんな遊びしたことない」 「おぼっちゃんだねぇ。お前は?」 「俺もドロケイ」 「マジ?やっぱドロケイが一般的なのかなぁ」 「あの、それがなんなの?」 「ああ、だからそれやってたんだよ」 「・・・は?」 「あの金髪が警察で、あたしたちは泥棒」 「・・・」 俺の頭の中には、友達や部活の仲間と休憩中なんかに和気藹々と遊ぶ光景が広がっていた。間違っても、この数時間で体験したようなハードさなんて、ないはずなんだけど。 「それ、本気で言ってんの?」 「マジ」 「だって、普通そんな遊びで車使ったり、町中走り回ったりしないよ」 「まーやってる人間が普通じゃないからな。泥棒側はゲーム開始時は30人くらいいたかな。今は半分くらいが捕まって、残りはあたしら含めて13人だ。あ、お前で14人か。警察側はその10倍くらいいて、あっちは数が減ることもないし全国に300人くらいいるんじゃないかな」 「さ、300人っ?全国って、ここだけじゃないのっ?」 「逃げる範囲は決まってないよ。まぁ海外まで行くヤツはあんまいないかな。みんな普段はフツーに暮らしてるフツーの市民だからそれぞれ生活があるし。その中で逃げたり追いかけたりしてるってわけ」 「なんで、そんなことしてるの?」 「べつに、楽しいから」 「楽しい・・・」 「大元を辿れば金持ちの道楽だよ。ヒマな金持ち連中がそれぞれに専属のチームを持ってて、ゲーム決めて他のチームと対決させる。あたしたちはただのゲームのコマで、勝てば金が入る。みんなたいていそれが目的だな」 そんな漫画の中のような話を、はちっともうそ臭くなく話し、翼も英士も普通に聞いてて、どこにも疑う余地はなかった。 「あたしと英士に翼、あと他に二人いてその5人がレギュラーメンバー。その5人が捕まればあたしたちは負け。制限時間はない。諦めて投了したら警察側の負け。普通のケードロと同じ、ただのゲームだ」 よく理解できなかった。普段は普通に生活をしている人たちの中にそんなゲームをしている人たちがいたなんて。 ・・・でも、 「ただの、ゲーム?」 「そ」 「ただのゲームに、事故起こしたり踏み切り壊したりするの?」 「まぁあれは仕方ねーっつかさ」 「仕方ない?あれのせいで電車に乗ってた人がケガしてたかもしれないのに?事故してたかもしれないのに?」 「言っただろ。そーゆーのは全部あっちが処理するよ。実際の泥棒だって逃げてる最中にモノ壊したって弁償しに来るか?仕事中に警官が死んだってただの殉職だろ?」 「あんたたちのはただのゲームだろっ?」 「ルールは基本的に本物と一緒。こっちだって捕まれば拘束される。負ければ役職の大きさだけ実刑がある」 「そんなこと聞いてるんじゃないよ!アンタたちはただ自分が楽しんでるだけかもしれないけど、そんなことに巻き込まれたらたまったもんじゃないよ!自分たちが楽しければ他の人が傷ついても良いってわけ?人のことなんだと思ってんのっ?」 「傷つけても良いとは思わないけど、駄目だとも思わないな。人なんて勝手に死ぬし人同士勝手に傷つけあうさ」 「そんなことアンタに言う権利ないだろっ」 「勿論。あたしにもお前にも、誰にも権利なんてないさ。ただの個人論だよ」 には何を言っても、耳以上のところには届かないようだった。 だけじゃない。英士も翼も、誰もの言っていることに疑問なんて抱いてない。 「おかしいよアンタ。アンタたち全員」 「そう言うな。これからはお前の居場所になるんだ」 俺は我慢が切れて、ソファから立ち上がった。 「嫌だ。俺は帰るよ。アンタたちと一緒になんかなりたくない」 「・・・」 「安心してよ、味方にならないけど、向こうの味方もしないから。勝手にやってればいい!俺と竜也は巻き込まないでよ!」 「確かにお前を巻き込んだのはあたしだけど、水野竜也は巻き込まれたわけじゃないよ」 「・・・え?」 また、の口から竜也の名前・・・ 「どういうこと?」 「お前よりずっと前に水野竜也はここにいたんだ。自分からね」 「うそだ」 「本当だよ。金が目的でね」 「うそだ!竜也はずっと前から事故に遭って入院してるんだ、その竜也がどうやって、・・・」 事故・・・ 「もしかして、竜也の事故って・・・」 「事故っていうか、ゲームに参加してあいつは捕まったんだよ。だから事故と銘打って眠ってもらってる」 「え、じゃあ、竜也は本当に事故に遭ったわけじゃないの?竜也はただ眠ってるだけなのっ?」 「ああ、何の外傷もない」 「ほんとに?じゃあ早く起こしてよ!」 「それは出来ない。それが捕まった者の刑だからな」 「なんで、竜也をこんなゲームに・・・」 「間違うなよ、入れてくれって頼んできたのはアイツだ。こっちはあんな捨て駒にもならないガキ仲間にしてリスクしょったんだ。父親探しだかなんだか知らないけど、頼みを聞いてやったのはこっちだ」 「父親、探し・・・?」 「アイツの父親が行方不明なんだろ?ゲームのクリア報酬で父親を探そうとしたらしいよ。まぁあんなガキがほんの1・2ヶ月ゲームに参加したところで大した報酬が出るとも思わないけどな」 「行方不明って、何言ってんの・・?竜也のお父さんは海外でプレーしてて」 「お前がどう聞いてるか知らないけど、あたしにはそう言ったんだ」 「そんな・・・」 竜也のお父さんが、行方不明・・・?そんなの、竜也は一言だって・・・。 「・・・」 どうして、俺に言ってくれなかったの・・・ 「竜也のお父さんは、探してくれるの?」 「あいつは捕まったんだ。捕まったヤツに刑はあっても報酬があるわけないだろ」 「そんな、じゃあ竜也は何のために・・」 「それは結果論だ。今何を言ったってどうこう出来るもんじゃない」 「なんで竜也を守ってくれなかったの?」 「作戦上犠牲になることもあるさ。レギュラーが捕まることを思えばリスクが少なくて済む」 「自分たちが助かるために、竜也を犠牲にしたって言うのかよっ」 「だからこその捨て駒だろ」 カッと頭に来て、に詰め寄った。でもその前に英士が立ちはだかって、止められた。 「あたしたちはただのゲームを命がけでやってるんだ。勝つためなら多少の犠牲は厭わないし、負けるくらいなら自分が犠牲になるくらいの覚悟がないと困る」 「竜也の人生潰しといてよくそんな・・・!!」 また詰め寄ろうとした俺を英士は頑として制止して、でもが立ち上がり英士をどかせ、俺の前に立った。 「それがあいつが望んだことだ。何の事情も知らされてなかったお前に文句を言う権利があるのか?お前に何が出来んだよ!」 「っ・・・」 くそ・・・ 「文句があるなら最初にあたしたちに首を突っ込んだあいつに言え。お前はおとなしくゲーム終了までここで隠れてろ。2階の階段上がったすぐの部屋が空いてる。そこ使え」 くそっ・・・!! ずっと掴まれていた英士の手を払って、俺は部屋を出ていった。 「・・・部屋に行ったようですね」 その足音を聞いて、英士が言った。 「どうしたんですか、むきになって」 「べつに」 すぐ傍の英士から離れ、はソファに座る。 「あーあ、僕も部屋に行こうかな」 「うち帰れよ」 「い・や」 ずっと口を挟まずにいた翼はソファから立ち上がり、静かにドアを閉め出ていった。 「どうするんですか、自分の部屋を貸してしまって」 「あたしはどこでも寝れるよ。誰かみたくベッドじゃないと寝れないおぼっちゃんとは違うんだよ」 「俺の部屋使ってください」 「いーってば」 言葉の端に苛立ちを含ませるは、抱えているヒザに顔を伏せた。 その傍らに英士は添って、小さな頭を見下ろす。 「大丈夫です。全てが終われば彼もわかってくれる」 「そんな心配してねーよ」 「ゲームマスターであるあなたは生き残らなければならない。他の何を犠牲にしようとも。それが俺たちの責任です」 「・・・」 「俺たちはあなたの言うとおりに動きます。」 「・・・ん」 英士の隣で、はまたきゅっと体を小さくした。 すっかり陽が落ちた空に月が出ていた。 でもそれは細くて遠くて、夜の空は真っ黒だった。 その分、星が一面に輝いていた。 皮肉だと思った。 |