8:nocturne その夜、事態は突然加速した。 翼が出ていった日、ちゃんと3人で夕食を終えて今日も何事もなく終わろうとしていた。俺は毎週楽しみにしていたテレビ番組を見ていて、あのソファではがやっぱり寝ていて、開いたドアの向こうでは英士が夕食の片づけをしている。そんな、まるで家にいるのと変わらない和やかな空気を、突然引き裂くようにビーッ!!と部屋中にけたたましい音が鳴り響いた。 「え?何?何事?」 少しうとうとしてた俺は文字通り飛び起きてあたりを見回すと、静かに寝ていたもカバッと勢い良く起き上がった。何事かと問う俺なんてまったく無視しては部屋から出ていって、キッチンにいたはずの英士の姿も見えなくなっていて、俺ひとりがそこに取り残されてしまって、とにかく俺はの後を追って2階へ上がっていった。 は、今は俺が使わせてもらってる自分の部屋に入って電気もつけずに部屋の隅の機械の前にしゃがんでいた。暗がりの部屋で目を凝らすとはヘッドホンを耳にあてていた。俺は何がなんだかサッパリわからないままドア口でただ突っ立っていた。 「切れてるな」 「何?どうしたの?」 「他のヤツらとの通信が切れた」 「それって、どういう・・・?」 「返事がないとなると、全員上げられたかな」 「上げられたって?」 「捕まったってことだ」 「ええっ?!」 「デカイ声出すな」 はヘッドホンを耳にあてたままジロリと睨み、俺は慌てて口を押さえた。 「捕まったって、どうして?」 「知るか。あたしらの他にあと5チームくらいあるけど、3チームが一斉に切れた」 「それが・・・なんで捕まったって事になるの?」 「各自が持ってる発信機の電波が切れるとこうやって音がなってこっちの親機に知らせるようになってるんだよ。捕まりそうな時は機械類からこっちの居場所を掴まれないために切るよう指示してる。だからおそらく捕まった」 「」 暗い中でを呼ぶ声がして、振り返るといつの間にかうしろに英士がいた。英士も体勢を低くして、警戒心たっぷりに声を潜ませる。すぐにこの状況を理解してるようだ。 「駄目です、反応の消えたチームは全部呼びかけても返答してきません。残ってるのは不破と渋沢さんのチームだけです」 「残ってるヤツら全員の居場所の確認。あと状況報告しとけ」 はい、と英士は指示を受けまた階段を下りていった。 「誠二、お前も英士についていけ」 「は?」 「いーから行け」 は俺にそういいながら、部屋の中を見渡し何やら部屋中を調べはじめた。階段前では英士が俺を待っていて、こんなときに離れ離れになるのは危ない気がしたけど、今一番足を引っ張りそうなのは俺だし、俺はにいわれたとおり英士と一緒に階段を下りていった。 今まであまりに普通に過ごしていたから忘れかけていたのだけど、ここはこういう場所だった。俺なんか何も出来ない。ただ言うことを聞くしかない。 英士と一緒に1階まで下りてくると、英士は階段下のクローゼットを開けた。そのクローゼットはただの物置だと思っていたんだけど、英士の後について入ってみると中は意外に広い。こんなところに何があるのかと前の英士の背中だけを見ていると、段ボールをどけた床に小さなドアがあって、英士がそのドアを開けた。ドアっていうのかな、床についてるから変な感じだ。 そのドアの先は床下のように真っ暗で狭くて、でも狭い場所を抜けると階段が現れてどんどん広くなっていった。なんか、隠れ家みたいだ。 暗い階段を下りていくとまたドアが現れ、英士がドアの横のキーを押すとその機械はピピッと音をたて鍵を開けた。 「うわぁー」 開いたドアの向こうは地下と思えないくらい広くて、丸い部屋が機械で囲まれていた。 壁に何枚もモニターが組み込まれていて、機械独特の小さい音が響いている。こんな部屋が地下にあったなんて、まるでアニメに出てくる秘密基地みたいだ。 「多紀」 口を開け部屋中を見渡してる俺の前で、英士が部屋の隅の白くて丸い何かに向かって声をかけた。 その丸い機械はガチャリと動いて前面部分が開き、その中はもっと入り組んだ機械の山だった。 「は?」 「まだ上」 その中から細い声が聞こえてきた。でも声は聞こえるけど、どこにいるのかわからない。 「その子が誠二?」 「ああ」 「よろしく。僕は多紀。機械専門」 「え?どこにいんの?」 俺がそう言うと、その中の機械が小さく音をたてて動いて中が明るくなった。そこに見えたのは、四方八方機械に囲まれた真ん中で色の白い男だった。といっても体の至るところが機械につながれていてどんな人かなんて全くわからないんだけど。 「多紀、残りのメンバーの確認できた?」 「渋沢さんと不破君は連絡取れたよ。でも他は駄目。捕まったね、確実に」 多紀はカタカタと機嫌良く機械をいじっていた。ゴーグルみたいなのを目につけて、その隙間から赤や青の光が漏れてる。 するとうしろでドアが開いてがやってきた。は入ってくるなり俺を押しのけて多紀に問う。 「状況は?」 「B・C以外は捕まったね。警察無線が騒がしい。今不破君に確認に行ってもらってる」 多紀の報告を聞いてはガシッと頭をかいた。どうやら状況はよくないらしい。 俺はこそっと英士に寄っていって「不破って?」と聞くと、主に調査が仕事のメンバーだと教えてくれた。思えば俺はここにいる人たちしか知らない。他にもたくさんいるって言ってたし、レギュラーもあと2人いるんだっけ。多紀はレギュラーなのかな。 「でも捕まったのは下っ端ばかりだし、ほっといてもここのことはバレないと思うけど」 「どうしますか、?」 「でも上げられた人数は結構多くてその位置も散らばりすぎてる。全員助けるのは難しいよ」 「でも、助けに行かなきゃ!このまま捕まってたら竜也みたいに刑受けちゃうんでしょ?」 深刻に話す英士と多紀の間に入って思わず口を出してしまった。でもは考え込んで返事もしてくれなかった。 「多紀、翼はどこだ」 「翼?翼は海外行ったんでしょ?」 「現在地確認しろ」 「まぁ、いいけど」 「どういうこと?翼がどうしたの?」 俺がの隣でいちいち聞きたがるとは「うるせぇ」と叩いてきた。ひどい。 「あれ、おかしいね。翼まだ日本にいるよ。4時半の便だって言ってたのに」 「現在地」 「それが発信機が反応悪くて。無線は生きてるから日本にいるのは確かなんだけどつながらないし」 「調べろ」 「うん」 の表情が少し、堅くなった。 「どういう事?もしかして翼になんかあったの!?」 「翼は他の連中の居場所を全部把握してるわけじゃないから、翼が捕まって一斉検挙されたわけじゃないな」 「連中は前々からすでに他チームの情報を掴んでたんじゃないですか?」 「かもな。下をいくら捕まえたってここを特定するのは無理だからヘタに捕まえてこっちに警戒させたくなかったってとこか」 「そして今回、翼が一人で行動するこの機会を狙って」 え、ってことは・・・ ・・・どういうこと?(難しくてわかんない) 「一斉検挙で動揺を誘い警戒させ、あわよくば助けに来させようとする。私たちは翼はイギリスに行っていると思ってるから、翼はノーマーク」 「え、じゃあ翼が危ないってことっ?!」 「でもそれこそどうやって?翼は飛行機ではなく自家ジェットで行く予定で搭乗券も何もあったものじゃない。どうやって翼の情報を得たと?それに翼がまだ日本にいるのなら連絡くらいしてくるでしょう」 「ねぇ、そんなことより早く翼を見つけようよ!捕まってたらどうすんの!」 「・・・」 翼が危ないかもしれないというならそんなノンキに推理なんてしてる場合じゃない。でもはまだ何か考え込んでて動こうとしなくて。 そうしていると、は突然俺に目を向けた。そして急にペタペタと俺の体中を探ってきた。 「え?何、なんなのっ?」 「連中の狙いは翼。ならその情報はどこから?翼の情報を得られるのはここでしかない。でもこの家に情報が漏れるようなものは何もなかった。だとすると考えられる可能性は家ではなくここの誰か」 「ちょ、俺疑ってんのっ?」 ひどい!! と訴えるけど、はまたうしろ向け!と殴った。 文句言いたい気持ちを押さえうしろを向くと、はがさがさ俺を調べてく。 「お前を私たちの前でさらい、奪い返させる。お前が水野竜也と親しいことを判ってる私たちはお前を帰そうとしないだろうと考えた」 「、もしかして・・・」 「えっ?なになにっ?」 「お前の性格上、お前は私たちの元に居座るだろうと考えた。だからお前を使って罠をしかけてきた」 「罠・・・?」 は俺の上着の襟で何かを見つけ、そこに手を入れた。 そして、ゆっくりと手を引く。その手には小さな、黒い機械があった。 「それは、盗聴器?」 「と、とうちょうっ?」 の手の中の小さな機械。はそれに向かって薄く笑みを浮かべ、口を開いた。 「そんなところか?シゲ」 「え・・・」 シゲ・・・!? 暗い暗い部屋の中。外の月明かりだけが差し込むそこで怪しい金色の髪が揺れていた。 機械に囲まれた狭い空間に1本の黒くて細い線が、その金色の髪の下へ伸び耳に繋がっていた。 「ピンポーン」 椅子に大きく背もたれ頭のうしろで手を組みながらシゲは軽快な声でつぶやいた。 バレた、なんて微塵も感じられない声色。ギィギィと椅子を揺らしながらいつまでも薄い笑いが響いていた。 「翼発見。翼は父親と一緒に資産家の婚約披露パーティーに呼ばれ出発を明日の朝に延ばしている。今もそのパーティーに出席中」 突然声を上げた多紀の周りに俺たちは集まった。多紀は部屋のモニターに地図を映し出し、その地図の真ん中では翼の居場所を示した赤い点滅が繰り返し光っている。 「翼は今どうしてる?」 「出席していることは間違いないけど、連絡が取れないからどうとも。無線が何かに妨害されて全く使えなくなってるんだ」 「予定が変わったなら連絡くらいしてくるでしょう。それすらないということは、しないのではなく出来ないのかもしれない。だとすると、」 「このパーティー自体がフェイク。おそらく翼が海外に出るのを止めたくて適当な資産家を使って翼を招待してきたんだ。だとすると翼が危ないよ。おそらくパーティー会場にいるほとんどが敵だろうね」 「やっばいじゃん!、助けに行こうよ!」 「・・・」 「ってば!」 それと同じ時。 空へ突き刺さるような高さの豪華な明るいホテル、とは正反対に夜の闇をありのまま抱く静かな庭園。 緑が溢れ噴水が咲き乱れる庭園は、きっと昼なら眩しい光を背負って綺麗な虹を描くだろう。でも夜の帳は噴水の音すら冷たく流し、庭園を囲む林は外界とは隔離するように深みを持つ。 「はっ、はっ、・・・!」 その暗い林を駆ける、小さな足音。 喉から漏れる空気は狭いそこを押しのけるように掠れて毀れる。 ガサガサ、木の間、草の上を駆け抜ける足音と、それに迫ろうとする多くの足音。 「も・・、なんでなんだよ・・・!」 滑る芝生で倒れそうになりながらもひた走る小さな足音。うんともすんとも言わない無線機に業を煮やし、電源を切り捨てた。翼は感じていた。迫り来る何かを。 激しい息つぎ。はち切れそうな鼓動。迫る影。暗い行先。 「っ・・・」 うしろにいたはずの人影は、すでに前も横も取り囲んでいた。 助けて、っ・・・ はるか上で浮く三日月に祈るように、翼は見上げ呟いた。 でもその視界は、月が雲に隠れるより早く、消えた。 |