番外編:英士
 Trying snow











「・・・昔っからヘンだったんだね、って」
「そりゃもう。俺も最初は誠二と同じ事ばかり考えてたよ」
「だよねー、俺はスゲーマトモだったよね!」


カーテンを閉め切った間から、昼のまぶしい光が漏れていた。その明るい日差しに目を細める英士は、思いを馳せるように、また少しだけ笑った。









夜明けが近づいて空が白んでいく。見渡す限り全てのものが下にあるこの屋上で、俺はその少女と向き合っていた。


「よーしいくぞー」
「・・・待って、そんなことして何になるの?」
「お前死にたいんだろ?だったらビシッ!と勝てばいーんだよ」
「でも、君には関係な・・・」
「やりにくいな、座れ座れ」


少女はまた、落ちるほんの10センチ手前にドカッと座り、自分の前を指差して座れと指示した。


「いくぞー。最初はグー、ジャンケン・・・」


俺の言う事に構う事なく、ジャンケンを始める少女につられて俺は手を出してしまった。
数回のアイコの後で、勝ってしまって、あっちむいてホイ!と指差すと、少女は指につられて俺の指の先を見た。


「っだぁー!」


少女はあまりに単純に引っかかった事を悔やんで、頭を抱えてうずくまる。

もー、実はこーゆーゲーム超ニガテなんだよなぁ。そもそもジャンケン弱ぇんだよなぁー。
少女は悔しがりながらぼやいて、膝をパンと叩いて心を切り替えた。


「よし、次はだいじょうぶ。最初はグー、ジャンケンホイ!」


ジャンケン勝った少女は、あっちむいてホイを外し、その後またジャンケンで俺は勝ち、でも今度はあっちむいてホイを外された。


「よーしよーし、今度は大丈夫だった」
「・・・」


少女に言われるまま、なぜこんなゲームを始め、いまだ付き合っている俺は何を考えているのだろうか。自分でも不思議な自分の行動に、疑問を隠せないまま目の前で仕切る少女に言われるまま、あっちむいてホイを繰り返していた。

その次は、あっちむいてホイ、と指を差したほうに少女は首を回した。
この少女、自分で気づいているのかいないのか、不意を突かれると左に向いてしまう。
2−0と追い込まれた少女は、状況を心底悔やんでドッと肩を落とす。


「あ〜ヤバイ、負ける」
「・・・負ければ、生きれるんだろ?」
「は?」
「なぜ、勝ちたいの?飛び降りるのは勝ったほうなんだろ?」
「バカかお前。負けてうれしーかよ」
「・・・」


少女は、ただ勝ちにこだわっていた。
嘘か本当か、勝てば飛び降りると設定したのは自分なのに、それでも勝ちたいと。


「よし、大丈夫。次は勝てる」


少女はまた気持ちを入れなおしてフッと息を吐いた。

ジャンケンホイ、あっちむいてホイ!
少女の指の先を見てしまった俺の前で、少女は拳を握って顔をくしゃっと歪めた。


「2−1。まだまだ行くぜぃ」
「・・・」


勝てば飛び降りる

負ければ二人分生きる


「ジャーンケンホイ、あっちむいてホイ!っしゃあ!!」


負ければ、


「よーし、マッチポイントだぜ。お互いな」


二人分・・・


「じゃーんけん」
「君は、」
「あ?」


最後の勝負を前に口を挟んだ俺を、少女は鬱陶しそうににらんだ。


「何がしたいの?俺を死なせないようにこんなことしてるの?」


俺は、風に揺られる屋上で、さっきまでジャンケンに出していた手を震わせていた。
完全にビビっていた。


「死にたいんだろ?」


風にはためく髪の奥で、少女はさっきまでただゲームを楽しんでいた笑みではなく、まるで死神のような顔をした。
背筋に寒気が走る。


「まさかやめるなんて言わねーよな。ちゃんと飛べよ。そのためにここ来たんだろ」
「・・・」
「勝てば飛べるんだぜ」


勝利を、確信しているのか。

力強い微笑・・・


「いくぞ」


少女は首をコキッとほぐす。


「ジャーンケンホイ、」


勝てば飛ぶ


「あっちむいて」


死にたく


「ホイ!」


・・・俺は、少女の指の先を向いていた。

負けた。


「っおし!!」
「・・・」


先に3勝した少女は、また拳を握って満面に笑顔を放った。
俺は寒さからか恐怖からか、歯をカチカチと震わせて、ぼんやり顔を背けたままビルの下を見ていた。


「なぁ、ジャンケンなんて時の運。そう思わねぇ?」


少女の言葉で、俺は視線を元に戻す。


「神が生きろってさ、お前に」


生きろ


「お前の死に場所はここじゃねーんだよ、きっと」
「・・・・・・」
「生きろよ」


こんな、年端も行かない少女に、教えられるなんて

こんな、無意味なゲームで、人生を変えられるなんて


「ああ・・・」


なんて、単純なんだ。


なんて・・・。
















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死に際に子供と屋上であっちむいてホイ。
誰がするんだ誰が。(それを言っちゃオシマイ)
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