それは、パチパチ、踊るようにはじける蒼いソーダ水。
理科室は独特のにおいがする。
薬品の匂いとか、埃の匂いとか、水道の匂いとか、いろいろ。
「」
「・・・んー?」
理科の実験は好き。
科学って結構好きだし、座り授業より楽だし面白いし、何より、
「それちょうだい」
「えー」
「えーじゃなくて」
いつもは後ろの後ろの席のが、目の前に座るから。
「ていうかさ、少しは協力しようよ」
「してるよー」
「ずっとそれ見てるだけじゃん」
「研究だよ、研究」
「なんのさ」
「なんで炭酸水ってしゅわしゅわするのかなーって」
「炭酸が入ってるからでしょ」
「笠井君・・・」
机にあごを置いて、目の前に置いてる炭酸水の入ったビンを見つめていたは、くいっと俺に目をあげて、なんか、気の毒そうに見てきた。
「なに」
「いーえ、べつに」
「なにさ」
「・・・。ねー藤代ー」
しばらくじっと俺を見上げてたは重々しく頭を持ち上げて、椅子の上でくるりと回って後ろの机で同じく実験をしてる誠二に声をかけた。実験してるやらしてないやら、とにかくケラケラ笑ってる誠二はうしろのに気づいてなにー? とノンキに言う。
俺は、喋ってる途中に唐突に後ろを向かれた挙句、誠二に声をかけにいったに少し、納得いかない顔をする。
「ねぇねぇ、なんで炭酸水ってしゅわしゅわするんだと思うー?」
「そりゃーお前、しゅわしゅわしたほうが楽しいからだろ」
「あは! うん、楽しいかも」
「だろー?」
ケラケラケラケラ。
窓からたくさんの午前の光が差し込む明るい理科室に、負けじと明るい笑い声がふたつ響く。
俺から見たふたりは窓側にいるせいか、妙に清清しく、キラキラして見えた。
「タク? 何怖い顔してんの?」
二人から見て俺は廊下側、暗幕がかかったほうにいるせいか、むすっと暗く見えたらしい。
「が真面目に実験しないからだよ」
「こらー、タクを困らすんじゃないよ」
「へーい」
それでも俺は、言い訳がうまい。(この二人が細かいことにこだわらないだけかもしれないけど)
誠二に言われて机に向きなおしたは、炭酸水のビンを両手で持ち上げて俺に「何しましょうか」と問う。
「その試験管にそれ入れて」
「はーい」
俺の言ったことを忠実にこなすは、ビンのふたを取って、ぷしゅっという空気ににかっと笑い、アルミのふたをピンっと机の上に放って、そーっと細い試験管の中に炭酸水を入れた。
「あー見て見て、しゅわしゅわいってる」
「当たり前じゃん」
「炭酸が入ってるから、だよね」
「そうだよ」
ゆっくりゆっくり、たかが炭酸水を試験管に入れるだけの仕事に何分かけるんだ、というの前でせっせと俺は着実に実験をこなしていく。他のみんなもだらけてるから、ほぼ俺一人でやってる。
でも、それに関してはちっとも、気にならない。
「はい! 出来ました笠井先生!」
「よろしい」
の手から液体の入った試験管を受け取ると、はまた、にかっと笑った。
そのの笑みが、俺にもうつる。
は、すごく気持ちよく笑う。すっきりしてて、清清しくて、さわやかで。
そうだな、それはまるで・・・
「ねー笠井ー」
「ん?」
が残った炭酸水のビンを持って、また俺に背中を向けて、上に腕を伸ばして、ビンを高々と掲げる。の手の中でビンに入った炭酸水は、しゅわしゅわ泡をのぼらせて、ビンの向こうの、窓のそのまた向こうの、青い青い空の色を、その泡に滲ませた。
「青いソーダ水〜」
きらきら、ぴかぴか
の手の中で炭酸水は、空色に光った。
しゅわしゅわ、まるでダンスを踊るように、その揺らめく世界で綺麗にはじけた。
そう、そんな感じ。
爽快な空のように真っ青で、踊るようにはじけるように、は笑う。
体をぐいっとねじらせて、俺に顔を向けて、「ね」と、は笑う。
そんなにまた俺は、つられて笑う。
「ほら、バカやってないで次やってよ。今度はこれ入れて」
「笠井くーん・・・」
「そんな哀れな目で俺を見ないで」
ちぇ、とは口を尖らせる。
そうやって俺はの笑顔に引き込まれないように、何度でもの笑顔を消してやる。
だって君は何度でも、ぱちんぱちん、はじけるように笑うから。
そのくらい強いこと、知ってるから。
「ねーこれも入れる?」
「うわ、ストップ! それ塩酸っ!」
「へ?」
そうして俺は何度でも、君のその、笑顔を見て、つられて笑う。
君のその笑顔。