星の数 月の数




やっぱり誕生日だからいろいろ考えるじゃない。
プレゼント何にしようかなとか、ごちそう作らなきゃとか、ケーキ買わなきゃとか。
当日は、幸運にもケースケは試合があるから思う存分に準備ができる。
私はずっと前からこの日だけはと仕事の休みをとっておいた。

料理の材料は金曜のうちにたくさん買い込んだ。
なんだかとりとめなく和洋折衷だけど、今までケースケがおいしいと言ってくれたものは全部作ってしまおうという魂胆。ケーキも作ろうか迷ったけど、そんな作りなれていないものを作って失敗したら洒落にならないから冒険はやめておいた。

一緒に住みだしてもう2年。いくらなんでも一緒に住んでいてサプライズなんてできない。材料を買い込んだ時点で私がケースケの誕生日を祝おうとしてることは嫌でもバレるし、ケースケはケースケでプレゼントはこれがいいとテレビのCMを見ながら指定してきたのだから、もうビックリも何もないのだ。まぁ、悩む手間が省けてよかったけども。

ピピピピピ…

遠くで目覚まし時計が鳴っている。その音がだんだん近づいてくるにつれ、私は眠りの世界から引き戻されて、目を開けられないまま手さぐりにそれを探して音を止めた。まだまだ眠くてしょうがない、痛みさえ覚える瞼を無理やり開けて時計を見ると針は12時を示すところにあった。その時間の意味が分からなくてしばらく時計を見つめる。

12時て、いつの12時?
カーテンが閉め切られていてもこんなに明るいからには昼なのだろう。
ていうかまさか時計止まってないよね。
確かめようと枕もとの携帯電話を開いたら同じ職場のニノから着信が残っていた。
音を消していたから気付かなかったんだろう、3回も電話がかかってきてる。
とりあえず画面の時計は同じ時間を表示していた。

隣にケースケは・・・いない。
全く物音はしないし少しあいてるドアの外の部屋にも人の気配はしないから、ちゃんと自分で起きて仕事に行ったんだろう。ちゃんとごはん食べてったのかな、起こしてくれればいいのに。


ベッドの中でうだうだしていると、再び携帯電話が光って着信を知らせた。通話ボタンを押そうとすると、それと同時に自分が一糸纏わぬ無防備な姿なことに気付かされた。真昼間の明るい時間、誰もいない寝室のベッドの上、ひとりきりの私。なんだか恐ろしくかっこ悪い。

そうだ、こんなにも時間の感覚と記憶が狂っているのも、おかしな睡眠時間のせいだ。きのう、ケースケは練習から帰ってくるなりお風呂に入って寝てしまったのだ。いつもならそんなことないのに、きのうはごはんも食べずにまだ明るいうちからぐーぐーと眠りについて、私はその寝息を聞きながら一人で夕食を食べた。

太陽が沈んで部屋の電気をつけても、いつもゲラゲラ笑ってるバラエティ番組が始まりそして終わっても、ケースケは寝室から出てこない。疲れたからちょっと寝る、レベルじゃない。本格的に睡眠に付いてしまっている。おいおいまさか朝まで眠りこけるつもりか?いったい何時間寝るつもりなんだ。あんなにも楽しみにしていたクセに、時計の針は確実にてっぺん目指して回っていくというのに、ケースケは一向に起きてくる気配がなかった。

なんだか時間を持て余して、お皿を洗ったり部屋を片付けたりしてしまう。
一応隠してあるプレゼントの袋を見て、いつあげようかと考える。
明日は午後から試合があるし、帰ってきてからでいいか。

そっと寝室のドアを開けるとケースケはふとんを蹴飛ばしてぐっすり眠っていた。真っ暗な部屋。ケースケはいつも小さな明かりを灯して寝るけど、今日はまだ外が明るいうちから眠りこけたから豆電球ひとつついていない。

私が寝ていなくても、ケースケは半分スペースを空けて寝る。
ぐっすり寝ていてもベッドの片側に偏っている。
その、ベッドの空いているところに寝転がって、ケースケの顔を覗いてみる。
寝息もないくらい静かに寝ていて、しばらく見つめていると何か気配を感じ取ったのか、ぎゅっと力を込めたあとでぱかりと目を開け、目の前にいる私に気づいた。

おはようと声をかけると、眠そうにシーツに顔をこすりつけながらおはようと返す。 寝すぎだよと鼻先で言ってやると、少しずつ意識を覚ましていくケースケは少し枯れた声で今何時と呟いて、私はケースケの向こう側にある目覚まし時計に手を伸ばしケースケに見せながら今が真夜中の12時半であることを教えてやった。

・・・あれ、おれ誕生日だ。
うん、おめでとう。
えー、12時ぴったりに言ってもらうのがいーのに。
言ってあげたよ、ぐっすり寝てる間に。
起こせよー・・・

シーツの上でぐずぐずと転がるケースケは、そのまま私に腕を回して顔を近づけて、もっかい言ってとねだる。

おめでとう

額を当てたまま息がかからない程度に呟くと、ケースケはくしゃりと笑った。
今度は私に寝起きの顔を押し付けて、口をうずめながらもういっかい、もういっかい、を繰り返す。私はケースケが欲しがるだけおめでとうを繰り返して、ケースケはおめでとうの数だけキスをして。星の数ほどの愛撫と、月の数だけの誓いが、私の髪先から足の先までを大きく包み込んだ。

それが夜通し続いて、続いて、やっと眠りについたのはもう日が昇った今朝だった。明日試合でしょと言ってもずっとやめなかったケースケは、まるでそのために帰ってそうそう眠り続けたかのようだった。

「・・・あ、ニノ?おはよう」

ふとんで体を包みながら起き上がり、まだ呼び出してる携帯電話の通話ボタンを落ち着いて押した。実は丸裸の状態でともだちとしゃべるのはものすごく落ち着かない。

「うんごめん、今まで寝てた。ああ、ケースケ試合出てる?うん、寝てる間に行っちゃったみたい。あはは」

嫁失格、ってニノに言われるけど、だって私まだ嫁じゃないもん。
そりゃあ当たり前に、そろそろなぁって、考えるけど、まさかそんなの私から言えることじゃないし。ケースケにはケースケが思う時期ってものがあるだろうし。

ニノはなかなかのサッカーファンだ。試合もよく見に行くらしい。
私があの山口圭介と親しく、さらに付き合っていて今じゃ一緒に住んでるなんて事実は、サッカー、それもジュビロファンだというニノには絶対に言えないと思っていたけど、サッカーにそう詳しいわけではないのにリーグや代表戦の日程だけはやたら理解してる私にニノは次第に疑問を持ち始め、私が彼氏のことをひた隠しにする怪しさも合わさって、数ヶ月前にその事実は明るみに出てしまったのだった。

「あー勝ってるんだ、よかったね。今日はどことやってるんだっけ?」

その程度の関心しか寄せていない私に、ニノはテレビつけなさいよ!と怒り狂う。
ニノにチャンネルまで教えてもらって、左手でふとんを抑えたまま携帯電話を掴んでる手でリモコンを取ってテレビをつけると、そろそろ前半戦が終わろうかとしている時間のようだった。画面の上の表示では確かに1点勝っている。当のケースケは当たり前のようにレギュラーで、元気に芝生を走り回っている。あれから私は爆睡してしまったけど、ケースケも寝たのかな。まさかあのまま行ったのかな。

「へぇ、この1点ケースケが取ったんだ。すごいねー、誕生日だからはりきってるんじゃない?」

ロスタイムになって、それでもケースケはボールを前へ前へと蹴りだして、どうやらもう1点欲しいようだ。試合開始早々に1点入れたそうで、その時にテレビの実況の人がバースデーゴールと騒いだらしいから、テレビを見ているすべての人が今日がケースケの誕生日だと知っているらしい。自分でプレゼントを量産するとは、さすがは看板選手。

「え?なにそれ、そんなことしたの?」

ケースケが試合に出ているからと言って、ニノが毎度毎度私に電話をかけてくるわけではなかった。だけど今日3度も私に電話をかけてきたのは、ケースケが1点取った時に、いつもならしない、左手にキスをする仕草をしたからだという。ニノが言うには、得点をした選手が何か芸をしたり指輪にキスをしたりすることはよくあることらしいのだけど、まさかケースケは今までそんなことしたことない。第一あいつは指輪なんてしていない。

見間違いか、ただ偶然の仕草ではないのかとケラケラ笑うと、目の前のテレビが突然わーっと湧き上がり、画面に大きくGOALという文字が飛び出てきた。私はうっかり試合から意識を離していたから分からなかったけど、電話の向こうではニノも騒いでいるし、どうやらまた得点が入ったらしい。おお、ケースケが映ってる。どうやら2得点目もケースケが入れたらしい。すごいすごい、はりってるなー。

あ、ほら見て!これ!
ニノが電話の向こうで叫ぶ。チームの人たちに囲まれて高々と手を挙げてたケースケが嬉しそうな顔で、もみくちゃにされながらも自分の左手の、指の上に口唇を落としたのだ。

ほんとだ、こんなのするんだー。
そう、テレビの中の小さなケースケを見ていた、その時。
私はふと何かを感じて、ふとんの中からごそり、左手を出した。

「・・・」

テレビは2回目のバースデーゴールで大きく湧き上がっている。
それと同時に前半終了のホイッスルがフィールドに響き渡っている。
電話の向こうでニノが私の名前を呼んでいる。
私の声が聞こえなくなったから。

「・・・うそ」

右手に携帯電話を持ったまま、左手まで上げてるとふとんがずるりと肩から落ちかける。
だけどそんなの気付かないくらい、私はそれに釘づけになった。
七色に光る石が眩しい午後の光に照らされて、さらにまばゆく滲んでいた。

?ちょっと聞いてんのっ?
今じゃもう遠い私の右手でニノが騒いでる。
前半のハイライトではずっとケースケが映ってて、やっぱり左手にキスしてた。
12時の瞬間を寝過して、プレゼントすら悩ませてくれないのに。
自分の誕生日に、なに私を喜ばしてるんだ、あいつは。





星の数 月の数

彼女があんまサッカー見ないと知っててそんなことしてるケースケ、愛。