優しい伝染




01. ほどけないかたち

時計を見上げイライラする私と、ノンキにPSPをイジッてるケースケ。

「もーバス来ないじゃん!時間過ぎてんのに!」
「道込んでんじゃねーのー」
「だからって5分遅れるとかありえないし!」
「ありえるよ、この辺この時間込むし。あっ、やーらーれーたぁー」

ドカーンと軽い爆撃音がケースケの手の中で鳴って、でもめげずにリプレイするケースケ。
ああもうコイツは、どうしてこんな時にゲームなんてしていられるのか。
バスは定刻通りに動いてこそバスだろうが!

「もう映画始まっちゃうよ!予告から見たいのに!」
「時間いっこずらせばいーじゃん」
「そしたら次までの時間がまた空いちゃうでしょ!」
「メシでも食いに行きゃいーじゃん。ケーキ食べたいんだろ?」
「もーなんでアンタはそんなノンキなの!」

いつもいつもそう。せっかちな私と、何ごとも受け止めちゃうケースケ。
私はうまくいかないとすぐにキーッとなるけど、ケースケは落ち着いて地道に解決策を探してる。

「あのなぁ、俺はノンキなんじゃなくて、お前が怒ってるから怒らないだけなの」
「は?」
「お前が怒ってなけりゃ俺が怒ってるよ。俺の分も怒ってくれてありがとさん」
「・・・」

そんなこと言って、怒ってるケースケなんてまるで想像つかない。
でも確かに、もしケースケが爆発したら私は落ち着きなさいよと冷静に止めるかもしれない。

「なんか・・・怒る気失せたわ」
「はは。あーっ、またやーらーれーたぁー」

ジュドーンとケースケの手の中で2回目の爆撃音が鳴って、バスが来た。







02. ひとつとして

なんて土砂降りの雨。さっきまでガンガン青空だったクセに。
これが噂のゲリラ豪雨か。たしかにゲリラだ・・・。
あまりに突然過ぎて、グラウンドにいた部活の子たちもびしょ濡れ。
私はまだ昇降口から出る一歩前だったから救われた。
しかしどうしてくれよう。この傘立てに置きっぱなしのどれか一本くらいもらっていいかしら。

「うわ、なにこれスゲー雨」
「サイアク、濡れちゃうじゃん」

後から来た子もみんなこの突然の雨に困ってる。
そうだろうそうだろう、なにせゲリラだから。

「このへんのカサ差してきゃいーんじゃね?」
「そーしよ、どーせ忘れもんじゃん?」

そしてみんな考えることは同じで、すぐそこにある傘を手にする。
チラッと魔が差した考えを、サラッと実行できちゃう子たちがある意味羨ましい。

「コラコラー、人のだろそれは」

バレなさそうなボロい透明傘を引きぬく同級生たちを止めたるは、山口圭介。
隣のクラスの彼は、私が見たとこ爽やかさナンバー1のステキ男子。

「いーじゃんべつに。どーせ置きっぱなしなんだしさー」
「その傘を手に取るか取らないかでお前の人生決まるぞー?取るのか?取っちゃうのか?」
「そんな言い方するかフツー」
「ハイハイ、清く正しく、濡れて帰ろうじゃあないか」

ブーブー文句たれながら、けど誰も傘を手に取らずに歩いていった。
当の彼も学ランの裾をまくりあげて、走る準備運動をして。

バシャッと水たまりを踏みしめ、あっという間に遠ざかっていった山口圭介。
通り雨だから、きっと数分も経てば雨は止むんだろうに。

「ある意味ゲリラだわ・・・」

奇跡ともいえる数十秒。
なんだかとても揺るぎないものを見た気がした。







03. 花びらに埋もれるみたいに

地面が揺れるくらい、隣の人の声も聞こえないくらいの、大歓声。
大きな爆発音が響くと、暮れかけた空に紙吹雪がバッと広がって、芝生にハラハラ落ちていく。
メダルを首に下げる選手たちは手をつないでサポーターに向かって手を上げて、汗だくの笑顔で何か叫んで頭を下げるけど、彼らに捧げられる拍手と歓声が大きすぎて選手たちの誰の声も聞こえない。

きっといろんな思いが胸に詰まって、ビジョンにアップで映るケースケの目に汗と涙が光って見える。斜め前のオジさんが大きな声で「MVPはお前だー!」と、ケースケに拍手と称賛を投げつけた。

さすが決勝戦は入りきらないほどのサポーターで、大きな旗がブンブン振られていつになく熱気を放っているから、観客席に向かって手を振ってるケースケもチラチラとしか見えない。あっちからじゃ余計に、私がどこにいるかなんて見えていないだろう。

もしかしたら今は、ケースケの頭の中にも、私はいないかもしれない。
ケースケにとってこの栄光が、まだまだ頂点でないのなら、芝生を踏んでるうちはケースケの頭の中にサッカー以外何もない。私も、今のケースケと同じ涙が流れているうちは、それでいい。

最後までサポーターに手を振り返し、サインに応え、幾度も頭を下げる。
ボールを蹴り始めたころと変わらないケースケが、そこにいる。
ケースケの足が満足し止まる、いつかまで。
私はこの多くの支える人たちの中で、一緒に、ただひとつの拍手と涙を送り続ける。







04. なんでも言って

明かりもつけてないベッドルームであおむけに寝転がり、頭の下に両手を重ねて敷いている。
暗い天井をジッと見つめて、いつも見てるテレビ番組さえスルーしてジッとしているケースケ。
一度、どうしたの?と声をかけてみたけど

「うん」

と、可も不可もない答えしか返ってこなかった。
めずらしく何か考え込んでるケースケは、それからしばらく続いて、ごはん食べたり洗濯物を手伝って干したりおフロを掃除したり、普段通り動いているつもりなんだろうけど、でもやっぱり気がつけば、ベッドの上であおむけになって寝転がっているのだ。

「ケースケ」
「うーん?」
「どうしたの。なに考えこんでるの?」

ベッドの上に手をつき天井を見つめるケースケのそばにより、暗がりの中でその顔を覗きこんでみる。ケースケは私に一度目を向けるけど、また天井に目を戻して「うーん」と唸る。

「私に言えないこと?」
「そーじゃないけど」
「私に言いたくないこと?」
「うーん・・・、それはあるかも」
「なによ、気になるなぁ」

ケースケの横にゴロンと寝転がり、同じように天井を見つめてみる。
ケースケほど上手にまっすぐ見つめられず、頻繁にケースケに流れてしまうけど。

「怒らないから言って」
「怒られるようなことじゃないよ」
「じゃあ泣くようなこと?」
「泣く、かなぁ。泣くかもなぁ」
「なによ、さらに気になるなぁ」

こんな風に黙って考え込まれるくらいなら、なんでも言ってほしいものだ。
怒ってしまおうが泣いてしまおうが、こんな風にケースケの横で寝転がれなくなる未来より怖いものなんてないのだから。

気がつけば私は天井じゃなく、まっすぐケースケを見て寝転がっている。
ケースケはまだ「うーん」と唸って、天井を見つめている。

そしたら突然ケースケはゴロンと転がって、すぐ目の前で私と向き合った。
上手にまっすぐ天井を見つめていた目と同じ眼差しで、今度は私をジッと見る。
何を言うかと少しドキドキしてたら、ケースケは今度は突然ぎゅッと私を抱きしめて、噛みつくみたいなキスをして、離れたらまたまっすぐ私を見て。

ヘタクソに笑って。
でも結局、何も言わなかった。







05. 優しい伝染

「いやいや、いまどき手紙はないんじゃないか?」
「だって携帯知らねーんだろ?」
「そーだけど・・・。でもさ、字きたねーなとか思われたら、マイナスじゃない?」

委員会が終わって、カバン置きっぱなしの教室に戻ろうとしたら、中からボソボソと男子の話声が聞こえてきた。もうほとんど誰もいない教室で、まだ誰か残ってるみたいだ。

「誰も手紙に全部書けなんて言ってないよ。どこどこ来てくださいって呼び出すだけ」
「どこどこってどこだよ」
「そりゃー、あんま人目につかないとこ?校舎の裏とかさ」
「校舎の裏・・・。雨降ってきたら終わりだな」
「そんな心配してんなよ!バカか!」
「だぁって!カッコ悪いの嫌だし!」

なんか・・・聞く気はなかったんだけど、聞こえちゃって・・・。
しかも話の内容的に、割り込んじゃいけない気がした。
どうしようなぁ、カバン置いたままだから、帰れないしなぁ。

「計画立てたってその通りにはいかねーんだって。サッカーも一緒だろ?」
「バカ言うな。俺はサッカーはだいたい計画通りに点入れるぞ」
「ハイハイスゴイですねー日本代表しちゃってる人は。だったら告白くらいサラッとしちゃえよ」
「出来るか!告白だぞ!一世一代の大勝負だぞ!サッカーなんかと一緒にするな!」
「サッカーなんかってお前・・・。目血走ってるぞケースケ」

ケースケ・・・。ああ、山口くんか。
山口くんなんて、すごい人気者じゃないか。告白なんて、断られることないんじゃないかな。そんな人でも、緊張するんだ。ていうか好きな人いたなんて、知らなかったな。
それにしてもどうしような。このままじゃ帰れないな。

「あーやっぱダメ!今日はムリ!」

教室のドアの前で困っている、私の目の前のドアがガラっと開いた。
いきなりで隠れるヒマもなくて、ドアを開けた山口君と、しばらく見つめ合ってしまった。
山口くんの顔はだんだん崩れていって、目の口もぽっかり開けて。

「な、なん、なんっ・・・?」
「ええと、ゴメン、カバンを取りにきてね、聞くつもりはなかったんだけど・・・」
「どっ、どっ、どっからっ?」
「え?えーと、どこからだっけな・・・」

山口くんは、ちょっと怖いくらいの形相で、口パクパクさせて私を見下ろす。
うわわ、やっぱり聞かれたくなかったよね。どうしよう、怒られるかな。とりあえず謝ろう。

「なんだ。ケースケ、呼び出す手間はぶけたじゃん」

・・・うん?

「いや、なんだ・・・、その、えーと!」

混乱する山口くんの顔がみるみる赤く染まっていく。
必死に言い訳を考えてるんだろうけど、何ひとつうまい言葉は出てこない。
そんな彼を前にして、奥でクスクス笑ってる男子の顔も相まって、私もだんだん、頬の熱が上がっていくのを感じた。







06. 泣き虫なひとにあげる光

同じ家に住んでいるというのも、時として厄介なものだ。
今までなら見過ごせたことも気になってきちゃうし、したくもないのに言い合いになるし、ケンカしても治まりつかないし、一人で泣ける場所もない。

本当はケースケだけが悪いと思っているわけじゃないんだけど、一度決壊した感情はなかなかとどまることを知らないものだから、思いの限り泣いてしまわないと治まりつかないタチだ。ケースケもそんな私を分かってるから、私を無理に泣きやまそうとはしない。

・・・だけど、どうにも、冬の夜の真っ暗な公園は、寒すぎた。
感情より寒さが身を締め付けて、涙も凍ってしまいそうだ。
もう戻ろうか。いやしかし、まだ10分も経っていないのに、涙が寒さに負けたというのも情けなさ過ぎる。なんだってこんな季節にケンカなんてしまったんだろう。

寒い、寒い、寒い。目頭だけにしか温度がない。
ケータイを握りしめてる手も噛みしめた口もカチカチ震えてたまらない。
・・・そんな、寒い真っ暗な世界で、キラキラと光った私の手。

いや、手じゃなく、握ってたケータイだ。
真っ暗な夜にピカピカ光るそれを涙目で見つめ、鼻をすすり、これがケースケからじゃなかったらここで凍え死んでやると噛みしめながら、開いた。四角い光の中にポツンと名前を残す「ケースケ」。たった一言だけのメール。

「泣き虫」

心の中で読み上げると同時に、ケースケの声がそれを読み上げて、振り返るより先にケースケの両腕が私から寒気と涙を奪っていった。







07. 果てしなく

「だから・・・、あんまり、こっち見ないで・・・」
「なんで?フツーだよ」
「・・・それでもムリなの。あっち向いてて」
「なんでだよ」

だって、それが乙女心というものだ。男の人には分からない。
初めて好きな人の前で化粧を落とす瞬間が、どれだけ勇気がいって、怖いかなんて。

「よくゆーじゃん。男は化粧してないほーが好きって」
「それは・・・、本当にしてなくても大丈夫な人に言えることで・・・」
「俺がヘーキって言ってんだからいーじゃん」
「それでもムリなの!ジッと見ないで!」
「ま、どーでもいいけどさぁー」

ど、どうでもいい?どうでもいいって言った?いま!
マジマジと見られるのも恥ずかしいけど、どうでもいいってのもどうなの!

「だいじょーぶだいじょーぶ、カワイイカワイイ」
「もういいよ、わざとらしいから」
「そんなことないって。かわいーかわいーかわいー」
「もういいってば・・・」

それでもケースケはニコニコ笑って、これでもかと顔を近づけて。

「かわいいかわいいかわいい」
「・・・」

それはまるで呪文のように、不貞腐れた心と頭をとき解いていく。
何回でもくり返して。がっちりと腕の中、つぶやくようにキスをして。

かわいい、かわいい、かわいい。

小さい子に言って聞かせるみたいに。言ってる本人がうれしそうに。
思わずぽろりと笑みがこぼれてしまうほど。
すべてを君に、溶かしてしまいたくなるほど。







08. 春のぬくもり

テーブルの上に置いた携帯電話がブブブと振動して、着信を知らせる。

「はいはい?」
『ヤバい、バス乗り遅れた!』
「寝坊した?」
『いや寝坊は・・・ちょっとしたけど、出がけに下のおばちゃんに捕まってさ!』
「あはは、それはそれは」

お待たせしましたと冷たい紅茶が運ばれてくる。
窓から注ぐ春の陽光に反射する氷がカランと崩れる。

「いいよ、そんな走んなくて」
『いーや、時間にはぜぇったい間に合う!バスより早くついてやる!』
「やめてよ、事故にでも遭ったらどうすんの」
『事故に遭わないよーに全力で走る!』
「だからいいってば、本当に」

待ってる時間だってデートの内ですよ。
まるでハナウタでも奏でるかのように電話口で言うと、息切れと一緒に聞こえていたケースケの声が消えた。

『ひとりでデートすんな!俺としろ!』

こくり、喉を通った紅茶が冷たく落ちてく。
そんなの敵わないくらいポッと胸の中を熱くした、ケースケの弾む息。







09. 「また明日」とほほえんでくれるだけで

カラッといさぎよく笑う、気持ちのいい人だと思った。
サラッと冗談言って、フザけて大笑いして、人を巻き込む力を持ってる。
集めたプリントの上下を一枚ずつ丁寧に合わせる、妙に几帳面なとこもあって。
そのくせ暑いとガバッと平気でシャツを脱ぎ棄ててしまう、おおらかな人。

まぁまぁと人をなだめる仲裁役もするのに、熱くなってケンカすることもあって。
授業中隠れてマンガ読んじゃうクセに、テスト前はしっかりと教科書に向き合う。
本当はすぐサッカーに行きたいのに、頼まれると掃除当番を代わってあげたりする。

「おっはよーう!」
「いった!もー!」

人の頭をパシンと叩いても笑ってる、ちょっとズルイ人。
嫌だと思うことは素直に顔に出てしまうけど、口に出さずに浄化する。
傍から見てると、誰が好きで誰が苦手が一発で分かっちゃうくらい、単純。
サッカーボールを追いかけてるときはキッと男の子らしい目をして。
好きな子を見ているときは、ちょっとだらしないくらい、柔らかい顔をして。

きっとこの人には、想像できないくらいの眩しい光が待ってるんだろうなって。
この人に好かれる人は、きっと、とても幸せなんだろうなって、思わせる。

「お、また明日なー」
「バイバイ」

私はたかだか、クラスメートその1ですけども。
そんな確証が、あるのです。







10. 明るく照らしてくれますよう

学校終わってソッコー帰って、エナメルのカバンを担いでバスに乗る。
ちょっと天気悪くて心配だったけど、着いたころにはみんなほぼ集まっていた。
けど準備運動と走り込みと基礎練やってる最中、やっぱりポツポツ当たりだして、中止になった。

「そーいやアイツも今日塾って言ってたっけなぁ」
「なに?」
「あ、いや、なんでもねー」

スポーツタオルを頭からかぶって家に帰る途中、灰色の空はゴロゴロ唸りだす。
あいつ雷の音ダメなんだよなぁ。ピカッと光ったときからビビってるし。
今頃ギャアギャア叫んでるかも。そっちのがでかいっての。

「なに笑ってんのケースケ」
「いや、べつに、思い出し笑い」
「急に笑うなよ怖いな」
「ゴメンゴメン」

そーいやあいつも、授業中急に笑い出して先生に怒られてたっけ。
俺が書いたラクガキをあいつの背中目がけて投げたら、ソッコーウケて。
バツとして問題解かされたんだよな。それも超苦手な数学で。
授業終わったあと何回謝ってもぜんぜん許してくれなくて。

「今の時期試合なくてつまんないよなぁ。早く来年になんないかな」
「基礎練ばっかだし、学校はテストだし。いいことないなー」
「ケースケんとこもそろそろテスト?」
「うん、再来週から」

あいつの苦手な教科と俺のダメな教科はぜんぜん違って、それって結構いいことだ。
俺が歴史や理科を教えてやって、あいつが英語とか家庭科とか教えてくれて。
お互い、いいとこ分け合って。ダメなとこ埋め合って。
おお、俺らなかなかいいコンビじゃんって。

「あーあ、テストない国にいきてー」
「てゆーか学校がなくなればいーのになー」
「いや、それはダメだろう」
「は?なんで?」

ダメだろう。テストだって学校だって、俺の世界には大事なものだ。
明日もあさっても、ずっとあってもらわないと困る。
だって学校なくなったら、会う機会ないもんな。
学校じゃないと、会うことないもんな。

「・・・」

そうだ。明日、告白しよ。
そしたら学校関係なしに、会えるようになる。

明日もあさっても。雨の日も風の日もテストの日も。
君に会える。





2010/10/10 100年に一度のケー誕(笑)を祝って希姫ちゃんに捧げました。
Title : 黄昏に紅