恋人になる予感




それは、どっぷり夜も更けた深夜0時の出来ごと。

「・・・なんだ?」

携帯電話がメール受信の音を奏で、開いてみるとそこには「黒川柾輝」とあった。

『たんじょうびおめでとう。ステキな1日のはじまりはじまり』

・・・たしかに、今日は私の誕生日だ。
それを柾輝がちゃんと覚えててこうしてメールをくれたことも嬉しい限りだ。
だけど、この若干理解不能なメールはなんだ。ステキな1日ってなんだ?
そう小首をかしげながらも、一応「ありがとう」と返信しておいた。

柾輝は去年もご丁寧に私の誕生日を覚えてくれていた。
去年はアイスをおごってもらった。そのあとすごくテキトーに付き合おーぜとか言われて、ムカついてアイスを投げつけてやったことも、今じゃ懐かしい記憶だ。

もうあれから1年経ったのかと懐かしく思いながら深夜ドラマを見ていたら、またケータイが鳴った。時計は1時を差していた。

『じょうだん通じないとこ』

・・・はい?
私は一層眉をひそめ、たった一文だけの柾輝のメールを見つめた。
途中で送ってしまったのか?それとも何かの嫌がらせか?
もしや1年前のことを言ってるのか?と色々考えて、また何か送ってくるかと思いちょっと待ってみたけどその後メールは来ず訳が分からないまま、けどまぁいっかと私はベッドに入った。

・・・なのにまた、私はケータイの音で目を覚まされた。
普段ならカバンの中に入れっぱなしだから寝てるときに鳴っても気づかないけど、寝る直前に柾輝からメールがあったせいで枕元に置いていたのだ。まんまと眠りを妨げられた私は怒り気味にケータイを遠くのクッションに向かって投げつけすぐにまた眠りの世界へ身をゆだねた。こんな時間にメールしておいて返信なんて期待しないだろう、内容すら見なかった。

・・・しばらく経ってまた、私はケータイに呼び起こされた。
目を開けるともう部屋の中は明るかった。そんな中のケータイ音だったからアラームかと思って咄嗟にケータイを掴んで時間を見た。6時だった。

「・・・はあ?」

ケータイにはメールが5件も届いていた。
そしてそのどれもに「黒川柾輝」の名前がついていた。

『よからぬことをたくらんでる時の顔』

『うそつくとき目が泳ぐとこ』

『びみょうな前髪』

『おなかすくと機嫌悪くなるとこ』

全部がそんなたった一文だけのメールだった。
なんなんだ、何が言いたいのだコイツは。
寝起きの険しい顔でケータイを睨みつけてみたけど、あいつの思慮などサッパリ分からない。

そもそもあいつは悪ぶってる割に冷静に先のこととか考えてたり、年下のクセに私をバカにしたり、なのに次の瞬間途端に冷めてしまったり、仲間内でゲラゲラ笑って楽しそうにしてるかと思えば突然一人でフラッといなくなったり、なんだか掴みどころがないのだ。二重人格と言ってもいい。

とりあえず「なんなの?」とメールしてみた。
けどやっぱり返事はなく、私は余裕あり過ぎる朝の時間に学校へ行く準備をして、着替えてカバンを背負いケータイを掴んで部屋を出ようとしたところで、またいつの間にか受信していたメールに気づき開いてみた。

『めんどいこと押しつけられてんのに気付かずヘラヘラ笑ってるとこ』

・・・ケンカ売ってんじゃないか、さては。
ミシッとケータイを掴む手を強めていると、ふとあることに気がついた。
最初に来た深夜0時のメールから、全部ちょうど1時、2時、3時、と毎時間ごとにメールが届いていた。今回のメールも7時ちょうどに来ている。なんだコイツ、こんなことのために徹夜してんのか?どんな手の込んだ嫌がらせだ。

誕生日だからとまた六助たちとふざけて遊んでるんだろうか。
1個ずつここ直せよ的な事柄を上げてそれを誕生日祝いだとでも言う気なんだろうか。・・・腹が立つプレゼントだ。

「また来た」

通学途中の午前8時。
思ってた通りに柾輝からメールが届いた。

『でんしゃの中で何にも掴まらないで倒れないように一人で遊んでるとこ』

込みあってる電車の中でバッと周りを見渡したけど、同じ制服が溢れる中で柾輝の姿は発見できなかった。あのいつも仲良く固まってる集団はどこにいたって目立つはずだし、柾輝がいるということはかなりの確率で翼もいるはずだからこんな中にいれば嫌でも女子たちが騒いですぐ分かるはずだ。

なんだかどっかでこっそり見張られてる気がしてドキドキしてきた。
私がひとりおたおたしてるところを遠巻きに見てみんなでゲラゲラ笑い転げてるんじゃないだろうか。タチの悪い手の込んだイタズラをするヤツらだ、可能性は否定できない。

だけどまぁ、柾輝やそのほかのサッカー部の連中は発見できず、学校について2年生の下駄箱で「黒川」のくつ箱を確認してみたけどやはりまだ来ていないようだった。ていうかいつも遅刻ギリギリにしか来ることはないけど。

「おーっす

昇降口で立ち尽くしてた私の後頭部にバコーンと軽いカバンがぶつけられ、痛い部分を押さえながら振り返り見ると思った通りに直樹がいた。そのうしろには翼と畑兄弟もいて、そうなればもちろん柾輝もいるだろうと覗いてみたけど、そこにヤツはいなかった。

「柾輝は?」
「柾輝?さー、見てへんけど。なんで?」
「きのうからずっと意味不明なメールが届くんだけど」
「意味不明なメール?」

私がきのうから届き続けているメールを見せると、それを直樹が受け取りメールを1個ずつ読み上げた。それをうしろから畑兄弟が一緒になって覗きこみ「なんだそりゃ」と顔を見合わせながら首をかしげた。

「たしかに意味不明だな」
「お前今日誕生日なの?」
「まぁ」

こりゃ手の込んだ嫌がらせだな、と直樹は私と同じ結論に至って私にケータイを返し歩いていった。
やっぱりか・・・、だんだん怒りが込み上げてきて、柾輝を見つけたらうしろから蹴っ飛ばしてやろうと心に決めた。


「え?」

そんな私の前にいた翼は、なぜだか意味ありげにニッと笑顔を見せた。

「たぶん柾輝、今日は来ないんじゃない?」
「なんで?」
「はずかしーから」
「恥ずかしいって何が?」
「俺が言えんのはそこまで。乞うご期待ってヤツだ」

笑みとともに意味深な言葉も残して、翼は直樹たちを追いかけていった。
乞うご期待?今日1日ずっとこのメールが届き続けるってことか?

翼が言った通り、始業ベルが鳴っても授業が始まっても、柾輝は姿を現さなかったそうだ。
まさか、私にこんなメールを送り続けるために学校サボる気なのか?
ヘンに心配する私とは裏腹に、生徒ひとりが無断で学校に来なくても気も留めずに着々と時間は過ぎていった。私はため息ついて、窓の外の青空を頬杖ついて見上げた。
・・・するとカバンの中でチャラチャラと音楽が鳴り、私はビクリと驚いた。
しまった、音を消すのを忘れていた。教室の時計は9時を指示している。
クラスのみんなが音の出所を探ってキョロキョロして、先生が誰だーと怒っている。スイマセンと謝りながら急いでケータイを取り出し音を止めマナーモードに切り替えた。毎時間メールが来ると分かっていながら音を切っておかなかった私が悪いのだが、柾輝め・・・とまた沸々と怒りは込み上げた。

そんな私の背中がツンツンと差され、振り返るとうしろの人に紙切れを渡された。
そのノートの切れ端らしき紙を開いてみると「柾輝なんて?」というだだくさな文字がでかでかと書かれていた。教室のうしろの方を見てみると翼がまた意味深な笑みをこっちに向けていたから、きっとこれは翼が寄こしたんだろう。私はコッソリ机の下でケータイを操作して届いたばかりのメールを開いた。

『とおくの黒板が見えなくて酷い顔してるとこ。メガネ買え』

・・・やっぱりケンカを売っている。
授業中に怒られる私をどこかで隠れて見ながらくっくと笑ってる柾輝が容易に想像できた。
私はその通りの文面を紙きれの裏側に書き、うしろの人に翼まで回してもらった。
それが翼の元まで行きつくと、どっと教室の後方窓辺あたりが笑いに満ちた。
翼始め直樹や五助までがゲラゲラ笑って、クラスのみんながそのほうに振り返り先生が静かにしろと私のケータイに次いで授業を邪魔され怒り狂った。これで完全にやつらのオモチャになってしまった。あいつらなんかに見せるんじゃなかった・・・。


『うるさいとこ』

その後もメールはやっぱり10時、11時にと毎時間届いた。
そして柾輝はやっぱりお昼になっても放課後になっても来なかった。

『いちばんぼし見つけて喜んでるとこ』

『いまだに自転車乗れないとこ』

『かんたんに騙されるとこ』

『げんきないねって言ってくるとこ』

『にんじん食べれないとこ』

柾輝の言葉がケータイに溢れていく。
放課後になるといい加減、疑問も怒りも飛び越えて、今度は何を言ってくるんだろうという気になった。

たとえばこれが指摘だろうと、直せと言ってるんだろうとも、柾輝から送られてくるメールは全部私にしっかりと当てはまっていた。柾輝はこれだけ思いつくほど私のことをよく見ている。知っている。

それは純粋に、柾輝の好意だと思うのだ。
あいつはわざわざ他人のためにこんな手の込んだことしないだろう。
明るいみんなの中にいたって、ひとりで窓の外を見てたりするようなヤツだ。
軽く付き合おうなんて言っておいて、この1年ずっと私を構い続けたヤツだ。

『つめがきれいなとこ』

「つめ・・・」

画面の文字を見つめ、自分の爪を見てみた。
きれいなのかな。
そんなこと言われたことないし、人と比べたこともないから分かんないや。

「・・・あ」

目の前にかざした手を陽が暮れていくオレンジに透かして見ていると、指の隙間から部活の声を張り上げるグラウンドに気がついた。たった数人しかいないサッカー部が転がるボールを追いかけている。たった数人。・・・そこには柾輝もいた。

部活は出るのかよ。
狭いグラウンドの隅でボールに向かって手を上げてる柾輝を遠くに見てボソリとつぶやいた。
でもなんとなく、ホッとした。
部活はちゃんと出てることが嬉しかった。

『きれると手がつけられないとこ』

『あほっぽく振る舞ってるとこ』

『つっぱる割に涙もろいとこ』

柾輝からのメールは、やっぱりその日ずっと届き続けた。
家に帰っても、ごはんを食べても、宿題してても、必ず届いた。
あいつはまだ部活中だろうにと思いながら、私はケータイを片時も離さなくなった。
もう「なにがしたいの?」などと送り返すこともなくなった。

学校でいっぱいおめでとうと言ってもらって、たくさんお祝いメールをもらって、夕飯がちょっと豪華でケーキもあって、それはこれまでくり返してきた誕生日と何ら変わらない風景でありながら、でもなんとなく、私はこの15回目の誕生日を忘れないだろう。柾輝のせいで。

『てがあったかいとこ』

濡れた髪を乾かしながら、今日という日が柾輝一色だったことを自覚する。
こつこつ音を立てる時計の針を急かしてしまいそうなほど。
だけど12には到達しないでほしいと思ってしまうほど。

『くちびるの形』

鏡の中の自分を見つめてしまう。
柾輝が見ている私。

『れんあい怖がってるとこ』

柾輝が紡ぐ言葉ひとつひとつにドキリとさせられる。
1年前、柾輝がフザけて言った言葉にだってドキリとさせられた。
初めて言われた言葉だった。それが冗談だったことと、それが柾輝だったことの、私はどちらにショックを受けていたんだろう。・・・きっと両方だっただろう。

『よく笑うとこ』

時計が12時に向かって止まらない。
今日という日が終わっていく。
これまで何度も繰り返した1日と同じだけの時間を過ごして、終わる。
今日1日でたまった24通のメール。くり返す「黒川柾輝」の名前。

「・・・あ」

ふと気付き、最初のメールまでさかのぼった。
ひとつひとつ、目で追って行きながら、1通目から24通目まで。

「・・・」

ぽかりと口を開けたまま、柾輝の言葉を思い出した。
1年前にあいつが言ったこと。また別の胸の高鳴りが起こり始めた。

すると携帯画面がぼんやりと光を放ちまた音を鳴らした。
誕生日が過ぎた深夜0時。でも今度はメールの音じゃない。

「わ、わ、どうしよう、どうしよう!」

どうしよう。どうしよう。
やつが、答えを聞こうと電話をかけてきた。





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