晴れやかな恋愛模様




すっかり眩しくなった外にも関わらず、ベッドの中でぬくぬくと眠っていた休日の午後のこと。

「ちょっと、何これ」
「・・・あ?」

突然ふとんをひっぺ返され襲ってきた冷気と、妙にド低い声。
寝ぼけた頭でも枕カバーやすぐそこで垂れ下がってるカーテンの色で、自分の部屋でないと自覚する。家まで帰るのがメンドくてこっちに来たんだった。

「なんだよさみぃよ」
「これは何って聞いてんの!」

ふとんの中にはちょうど良い温度があるが、外気は素の肌をチリチリ責めるほどに寒い。
ふとんをかぶり直そうとしても引き留められ、代わりに携帯電話を目前につきつけられる。

「お前、いつから人のケータイを勝手に見るよーな女になり下がった」
「見たくて見たんじゃないもん。朝からずうーっとなってるから気になっただけだもん」
「一緒だっつーの」

目の前に突きだされたケータイを取り、冴えない目で直視するとメールを受信していた。
昨晩からすでに3・4件、知らないアドレスが羅列している。
さすがに内容までは開いてないようだが、並ぶタイトルだけでコイツが怒ってる理由が分かった。

「マリちゃんて誰かな?」
「知らん」
「きのうは楽しかったって」
「知らん」
「じゃーなんでこんなメールが来るのかな?」
「知らん」

きのうは中学時代のサッカー部の一部で集まり、辰巳のバイト先で飲み騒いでいた。
珍しく都合のついた渋沢と藤代や、中西や根岸なんかの下のヤツもなんだか大勢いて、ひとり働いてる辰巳が不機嫌に無表情になるほどに飲みすぎの大騒ぎだった。
特にあとの方なんてはっきりと誰がいたとか、その場の詳細なんて覚えていない。
知らん、と同時に寝なおそうとすると、思い切り枕を引っこ抜かれ顔面にぶつけられた。

「てめぇ・・・」
「きのーはみんなで飲み会って言ったじゃん!何これ合コンだったのっ?」
「ちげーよ、近藤も渋沢もいたっつーの」
「渋沢の名前出せば安心するとでも思ってんのか!」
「んなこと言ってねぇ。つか声でけぇ、頭いてぇ」
「バカ!浮気者!何なのよこの女子メールの山はぁ!」
「山って、たった3件じゃねーか。昔に比べりゃ少ないもんだろ」

冗談めいて言ったつもりが、痛恨の枕殴打が飛んできた。
昔、中西のバカが俺のメアドをトイレの壁にラクガキしやがって、その噂を聞きつけた女子が放課後や朝方の人のいない時間帯に男子便所に忍び込み写メるという世にも恐ろしい出来事が起こったのだ。
その後は知らないアドレスから「メールしちゃいました☆」「サッカーがんばってください!陰ながら応援してます★」的なメールが山のように送られてきて散々な目に遭った。

けどそれを俺以上に怒髪天ついたのが、コイツで。
普段メンドくて滅多にメアドを変えない俺が、面倒な手間をかけさせられる羽目になったのだった。

・・・ん?こいつに言われてメアド変えたんだったか?

「きのうは楽しかった☆ また会いたいなーハァト」
「・・・」
「メールしちゃった☆返事くるといいなぁーハァトハァト」
「・・・」
「いつもあそこで飲み会するの?今度また一緒に飲もうよーハァトハァトハァト」
「・・・」

すぐそこでメールを読みあげてる声を聞きながら、無視して昔の記憶をたどった。
・・・あ、

「おい待てっ・・・」
「てぇーいっ!!」

バキーンッ!・・・

勢いよく起き上がったが、時すでに遅し。
両手で持たれていた俺の携帯電話は、持たれたまま、左右に引き離された。
まん中でバッキリ半分に折られた携帯電話の破片がシーツにコロコロ転がる。

今さらだけど、はっきりと思いだした。
こいつはあの時も、山のように送られてくる女子メールにブチギレて、俺のケータイを破壊したのだ。だから俺はケータイを新調しメアドを変える羽目となったのだ。

「あースッキリ」
「おまえ・・・」

ポイっと放られ、ただのゴミと化した携帯電話。
学生時代なら友達に数件変更メール送るだけで済むが、今は立派な社会人。
人脈とか仕事とか付き合いとか、手間は昔の比ではないというのに。
こいつ・・・、あの頃から成長の兆しゼロか。

「新しいの買ってあげるネ」
「いい笑顔で言うな」

買ってやるというだけ、少しは大人になったと思うべきなのか。
昔から変わらぬイビツな愛情を、喜ぶべきなのか・・・。
そうして、まだ冴えない脳みそ引きずって、眩しい休日にケータイを買いに出かけた。
真新しい携帯電話にしっかりメアドまで決められ、ようやくコイツの機嫌も直る。
面倒すぎるから近藤にだけメールして、飲み会の場にいたヤツに回しとけと言っといた。
登録件数の減った新しい携帯電話は、身軽に感じた。

「わあ!ねぇ見て、同窓会だって」
「あ?いつの」

ポストに入っていたハガキを見てパッと表情をきらめかせる。
高校の同窓会のお知らせ。

「うわーうれしー、絶対行く!ね、行くよね?」
「確実仕事だよ」
「あ、ちょうどよかったじゃん、みんなに新しい番号教えられて」
「人の話聞いてんのか」
「みんな来るかなー、メールしよーっと」

ルンルンと足取り軽く家の中に入っていくコイツに、もはや数時間前の己の悪態など記憶にない。
やれやれとドアを閉めると、真新しいケータイが何の変哲もない音程で着信を知らせた。

「だれ?」
「・・・中西」
「あは、早いな。なんて?」

届いたメール画面を見せてやる。

『まさかまた折られたんスか?(笑)
 かわいーメアドになっちゃって〜^▽^』

「あ、すごいな。意味分かったのかなあのメアドで」
「そーゆーとこ妙に勘のいいヤツだからな」

勝手に決められた女避けメアドは、まるで暗号のようでさして意味をなしていないようにも思える。
それでも本人は満足そうだ。また変えるのも新しいの考えんのも面倒だし、ほっておく。
すると今度は、テーブルに置きっぱなしだったコイツのケータイが音を鳴らした。

「あ、やっぱ置きっぱなしで出かけちゃってたー」
「ケータイの意味ねーって言ってんだろ」

ケータイをちゃんと携帯しないコイツは、よく失くしたり俺の家に忘れていったりする。
俺よりずっと物持ちのいいコイツのケータイは、高校のころから変わっていない。

「わっ、よっさんだ!」
「・・・は?」
「やーんひさしぶりー!」

届いたメールに目を通し、上機嫌で返信する。
待て、今、誰からだって言った?

「同窓会来るんだって、うれしー!」
「よっさんて・・・城光?」
「日帰りかなぁ、九州から来るのにもったいなーい」

同窓会ハガキが届いて、行く?と言い合うなんて、普通ごく身内だけだろ。
俺の名前も顔も覚えてないような見知らぬアドレスとは比べ物にならない。

「ケータイ貸せ」
「なんで?」
「折る」
「何言ってんのバカじゃないの」
「テメェどの口が言うんだコノヤロ!」
「いやー!触んないでよバカー!」

俺の手から逃れて部屋中をバタバタ走り回る。
身軽になった真新しい携帯電話と、古い思い出の詰まった携帯電話。
ただの通信機器のクセして、存外、人の生活に食い込んでくる。心の内にも。

昨夜の酒の残る脳内とか、シーツに残る携帯電話の破片とか、バタバタ騒がしい室内とか。
いつまでもコイツのケータイに居座ってるあいつとか。
仕事が決まってる日の、あいつがくる同窓会とか。

いろいろ穏やかじゃないけど、そんなことにはまるで素知らぬ顔で、天気がいい。
そんな休日。





晴れやかな恋愛模様

チャット派生ネタですので意味不明です^^
中学は武蔵森で高校がハイ笛3というややこしパラレル設定。