It's the fallin' in love.




日雇いで給料はその日払い。登録しておけば仕事内容の詳細がメールで届き、前日までに出席を希望すればすぐ働けてそこそこ給料も良い単発アルバイト。イベント系の会社で主な仕事は会場設置や案内、ビラ配りなんかの雑用がほとんど。予定が変動しやすい、特に俺のような条件の悪い大学生が小金を稼ぐにはもってこいな好都合バイトだった。

「三上聞いたかー?明日の試合中止だってよ」
「ああ、聞いた」
「みんなジム行くって言ってるけどどーする?」
「俺はいーや、バイト入れちまった」
「なに、三上バイトしてんの?」

週末はほぼ練習か試合。天候不良でもなけりゃ休日に休日らしいことができるなんてそうそうないのが部活組のサガだ。ヒマがないから遊び金が飛ぶことは少ないけど部活に経費はつきもので、学生寮とはいえ一人暮らしのようなものだから普通の学生以上には金がかかる。大学生にもなって親にオンブにダッコというのも何とも情けないから常々なんかいいバイトは無いものかと探してはいたんだけど、大学生が出来るバイトなんてほとんど休日が主のサービス業ばかり。面接以前に書類で落ちるレベルだ。

「ちはす」
「あら三上くん、めずらしいご出勤で」
「雨で試合つぶれたんスよ」
「よかったー、今日人少なくて困ってたのよね。せっかくのライブが雨なんてサイアクって思ってたけど思わぬラッキー拾っちゃったわ」
「俺もまぁラッキーッスよ。危うく部費滞納するとこだったんで」
「武蔵森なんて良い大学行っといて相変わらず苦学生してるねぇ」

悪条件極まりない俺にこのバイトを紹介したのは大学で同じ講義を受けてるヤツで、バンドをやっているそいつはライブの会場設備を請け負うことも多いこの仕事をもうずいぶん長くやってるらしい。長年働いてるそいつの口利きがあってこそありつけたバイトだった。このバイトもイベント関係である以上仕事はほぼ休日で、やはり俺は雇って得する人間ではなかっただろうから。

「いいんじゃない、三上くんがそういう条件だって最初から分かってたことだし、そういう子のための登録制なんだし?希望出した日の仕事にはきちんと来てくれるじゃない、それだけでじゅーぶん」
「また誰かブチったんスか」
「そーなのよ!休みの日は入れます、がんばります、なんて言ってさ、2日目には姿も連絡もプッツリ。まったくどういう教育受けてんのかね最近の若モンは」
「うわ、おばさん発言」
「なにっ?」
「何でも」

きっとこの上ない幸運だった。
紹介してくれた友だちも、悪条件を飲んでくれた会社も、そして理解ある上司も。

「今日は天気が悪いので足場は普段以上にしっかりと組んで、決して事故の無いように十分注意して作業してください。雨が降りそうなので配線にも気をつけて、ケガは絶対にしないように、お願いします」
「うーっす」
「じゃあ設備班は作業に取り掛かってください。ビラ班は倉庫にチラシが届いてるので会議室に運んで作業してください。たくさんあるから台車使って、雨に濡らさないよう気をつけて」
「はい」

現場には指示を出す社員が一人か二人いるだけであとは全員がアルバイト。学生もいれば社会人も、メインでやってるヤツもいれば片手間にやってるヤツもいる。その日の人数やメンツによるが男はテント張ったりイス並べたりステージ作ったりと力仕事が主で、長年続けてる人が多い男くさい現場だ。どの班に振り分けられるかは当日にならないと分からないが、体育会系の男ならまず設備班に配属される。

「あ、三上くん。君、今日はビラ班で」
「は?」
「段ボール結構重いから運んでやって」
「なんでッスか、俺外がいい」
「たまにしか来ないのにワガママ言わなーい」

設備班がひとつずつ軍手を取って外に出ていくのに倣って俺も軍手を取ろうとしたら、女子が多くいる集団に向かってトンと背中を押された。目線の先で振り向いた女子たちがキャッとにわかに盛り上がる。その中に男も3分の1程度にはいるが、なんだかとてつもなく嫌だ。

さん!」
「命令!さっさと仕事する!」
「チッ」
「いま舌打ちしたかコラァ!」

この女・・・は、最初の現場からほぼ毎回担当になっている社員だ。
普段はスーツに身を包んでいるけど設備班に混ざって重い機材運んだり高い足場に登ったりもする少々女ッ気の薄い、けどそこそこ美人な上司。仕事上相手にするのがほとんど年下なせいかアネゴ肌というか男勝りというか、気さくで融通が利いてでも他の社員より頼れて学生バイトには非常にウケがいい。

最初の現場でこの人が言ったことを俺は今でも覚えている。
この仕事は気軽に出来る仕事だけど、そのうしろには本気で取り組んでる人たちがいて、適当な仕事なんてひとつもないの。自分の行動にはきちんと責任を持つ。それが一番の条件です。
・・・俺の労働条件を見た時は正直使えないと思ったんだろう。それとも誰にでも言っていることなのかは分からないが、こういった登録制の単発バイトは気軽に出来る分、当日になって現場に来ないとか連絡なしにやめるとかが頻繁にあるらしい。仕事の決定はメールで送られてくるけど最初この人はわざわざ電話で知らせてきた。今では俺を少しは信用したのかメールだけになったが、今でもバイト始めのヤツには一人一人電話をかけているところをよく見かける。確か26とか27とかそんくらいの年だったと思うけど、社会意識とか責任感とかプライドとか、普段ヘラっと笑ってる割に一言一言が重い人だ。

「こら、仕事が荒いぞ。やりたくないことでもちゃんとこなすのが君でしょ」
「勝手に俺を作り上げないでもらえますか」
「これ針が文字にかぶってるやり直し」
「ハイハイ」
「返事は1回でいいのッ」
「いッてぇな針で刺すな!」

とまぁ、そんなことを思ったのは、すべて後付けで。
もしかしたら良いとこだけしか見えてないってのもあるかもしれない。
良いようにしか見えてないかもしれない。

「お疲れ三上くん。設備班の子たちごはん食べに行くらしいよ、一緒に行ったら?」
「や、俺設備班じゃないんで」
「もー良い男がいつまでも根に持たないの。せっかくの良い顔が台無しよ」
「大丈夫っすよ、どんな顔でも良いって言われるタチなんで」
「うわぁ、自覚したイケメン・・・いっそ気持ちがいいね」

自分には絶対にあり得ないことだと思っていた。
自分にどころか、この世にそんなものあってたまるかと思っていた。

「まぁ君は今日は帰りなさい。雨も降ってることだし」
さんこそスーツ濡れてますよ。雨の中張り切りすぎじゃないッスか」
「だって設備班の人数が足りなくてさぁ」
「じゃーなおさらなんで俺外したんすか」
「あはは」

馬鹿馬鹿しいとさえ思っていた。
だってそんなの、程度の低い、浅はかな、夢見がちな思い込みだろ。

「じゃあお疲れ。試合がんばってね」
「・・・試合のためかよ」
「なに?」
「べつに」

まさか、だ。





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