望むけど、見透かして




三上くんてなんで彼女いないの?
信じられないよね、チョーイケメンなのに。ほんとはいるんじゃないの?
サッカーやってるんでしょ?カッコいいー!
試合ないの?見に行きたーい。みんなでいこーよー!

・・・飲み会ってのはどうしてこうも毎度毎度同じことの繰り返しなのか。
野郎同士の席ならこんなメンドくせぇことないのに、女がいるとキャッキャ飛び交う声が耳に痛くてしょうがない。

「すげー、イケメン一人いるだけで女子の食いつきって全然違うんだなぁ」
「お前、そんなことよく平気な顔で言えるな」
「え、なんで?」

中村はビール片手に平然と言ってくるが、他の諸先輩方々は明らかに不機嫌顔。

「いやぁさすがイケメンのスポーツマンはモテるねぇ!」
「じゃあイケメン三上くんにいっちょイッキでもいってもらおーかぁ!ウーロンなんてカッコつかねーぞお!」
「や、俺は・・・」

笑いながらもこめかみに青筋立ててる先輩たちがジョッキを俺に持たせ煽ってくる。
つか女が群がってくるのは俺のせーじゃねーよ!
俺は普段仲間内でしか飲みに行ったりしない。社交性のなさは自覚してる。こんな慣れないメンバーでの飲み会は嫌いだし、バイト上がりのメシについてきたのだって今日が初めてだ。なのになんで今日はこんなバイトの打ち上げに顔出したかっていうと、まぁ強引に誘われたってのもあるのだが・・・

「こらー、イッキ禁止!ていうか未成年に飲ませるな!」
「あー?お前まだ二十歳なってねーのか、2年だろ」
「誕生日1月なんで、一応」

俺が握らされたジョッキをふんだくったさんはあたりに泡を巻き散らかして料理にかかる。
当然だ、この人は現場責任者なんだから、未成年に酒飲ませたらこの人のほうがクビになる。
でも飲み会の席でそんなことをしたらもちろん、

「じゃーもちろんさんが代わりにいってくれるんスよねー!」

そんなノリになって手拍子にイッキコールが沸き起こる。

「もーしょうがないなぁ」
「おい、ちょっと・・・」

周りに煽られてジョッキを高々と掲げるさんを止めようとするが、逆に俺が隣の中村に止められた。大丈夫だからと。 そしたら本当にさんはジョッキ一杯のビールをものの5秒ほどで空にしてしまった。

「うーんまずい、もう一杯!」
「うおおー!さすがちゃん酒豪ー!」

ジョッキ一杯飲み干して顔色一つ変えない女って・・・。
社員であるさんがアルバイトたちの飲み会に顔を出すことはそうないらしいが、今日は今年最後の仕事とあって他にも何人か社員の人がいる。 それなら・・・とついてきたが、実際社員たちは奥の席で固まって、俺は男ばかりの設備班で会話すら聞こえない距離。 名前もしらねぇうるさい女子はウザいくらいいるのに、酒も飲めずあまり楽しいとは言えない。
けど俺からビールを取り上げたせいでやっと近くに来た。・・・と思ったのもつかの間、ジョッキ一杯飲み干してさんはそばにいたもう一人の後輩社員に「ちゃんと見張ってなさい」と頭をはたいてすぐ元の席に戻って行ってしまった。

さんって前の仕事してる時、接待で飲みまくって仕事取れたことあったんだって」
「なにそれ、ちゃんチョーウケる!」
「マジ強いよね、酔っぱらってるとこ見たことないもん」

酒が回りだし、周囲の会話もにぎやかになりだした頃、前の席の女子たちの会話。
そういえば俺はあの人がいつからこの仕事をしてるかとかその前は何をしてたとか全然知らない。

さんてずっとこの仕事してるんじゃないんですか」
「うん、ちゃんもここ入ったの1年前くらいだもん。その前はどこか知らないけど、そこそこ大きな企業で働いてたって聞いたけど」
さんも色々あった人だからねー」
「え、なになに知らない、何があったの!?」
「セクハラだよセクハラ、上司にセクハラされてやめたんだってさ」
「うっわ何それサイテー!ほんとにそんな人間いるんだね」
「ていうかなんでセクハラされてちゃんのほうがやめるわけ?おかしくない?」
「そーだよ、そんなやつ訴えてクビにして慰謝料取りまくっちゃえばよかったのにね」
「・・・」

セクハラ・・・。
テレビや新聞なんかでよく見かける言葉だけど、俺には実感などなくマンガやドラマレベルの話にしか聞こえない。

「でも仕事辞めたのはどーやらセクハラだけじゃなかったみたいなんだよなー」
「え、なになに?まだ何かあったの!?」

酒も回り人の気を引くための噂話が増える先輩たちに好奇の目を輝かせ食いつく女子たち。
野暮な人の噂話なんて馬鹿馬鹿しくしか思っていなかったけど、止めはしない。たぶん俺が一番真剣に聞きたがってる。
・・・けど。

「はーしーづーめぇー・・・!」
「うわっ!あ、ははっ・・・」

意気揚々と人の噂話をリークしかけた先輩の頭をガシッと掴み、怖い笑顔を浮かべさんがその人の口を止めた。
普段気さくなこの人も仕事中は当たり前に社会人だと感じることは多い。でもバイトを長く続けている人たちとはやはり打ち解けてる感がある。特にこの橋爪さんはバイトの中でも一番古株だそうで、途中入社のさんよりも長いらしいから同期のような感覚で仲がいい。というか、傍から見ててもわかる。この人はさんを上司とはまた違う目で見てる。


飲み会は閉店近くまで続き、酔いつぶれる人も出る中ほぼ社員のオゴリで解散となった。
動けない人間をタクシーに詰め込み、歩いて帰れるやつは駅に向かう。
あれだけ酒を浴びながら多少ふらつく程度でご機嫌なあの人は、長い髪を風になびかせジャケットを肩からかけて前を歩いてる。

「みんな地下鉄?」
「そーでーす」
「じゃー気をつけて、家近い女の子はちゃんと送ってあげてよー」
「はーい、お疲れさまーっす」

駅に着きバラバラの方向へ散らばっていくアルバイトたちを見送って、さんはふぅと息を吐いた。

「あれ、三上くん。君はどこだっけ?」
「あっち」
「あら、一緒だったのね。君は酔ってないの?」
「未成年ですから」
「あ、そーそー、君はまだピチピチの10代でした」
「・・・」

おばさん発言。とか言ったらブンとカバンが飛んできて、俺はそれを避けたけど同時にさんの肩からジャケットが落ちた。それを拾って汚れをはたきながら、みんなが向かっていった改札とは別の線の駅へ歩いた。

「うー、飲みすぎたぁ」
「飲みすぎっすね、明らかに」
「いつもはこんな回らないんだけどなぁ。疲れてんのかなぁ」
「・・・」

黙ると今度はさんの手が飛んできてコートの背中にボスッと当たった。

「いってぇな、なんすか」
「今またおばさんって思ったでしょ」
「思ってないし」
「いーやその顔は思ってる。君わりと思ってること顔に出るからね。いいですよーだ、ハタチやそこらのお子様からしたらどーせおばさんですよ」
「だから思ってねーって。つかそっちこそお子様とか言うな」
「そっか、ゴメンゴメン」

笑って一度くるりと俺に振り向きながら駅の改札を通り抜け、俺もICカードを押しつけながら改札をくぐった。よかった、普段使ってるカードで通れる路線で。
日曜の夜だからかわりと込み合ったホームにすぐ流れ込んできた電車に乗り込んだ。車内もけっこう込んでて、座る場所も取れずドア口に取ったスペースにふらつくさん立たせた。 仕事中じゃないからか酒が入ってるからか、目元をぬぐう仕草もしゃべり方も普段と違う。力が抜けてる感じ。

「三上くんは、アレだ、明日は、学校?」
「昼から」
「学校たのし?」
「小学生か」
「あそっか・・・、サッカー楽しい?」
「似たよーなもんだし」

眠いのか気分がすぐれないのか、背を壁に預けながらもガタンと電車が揺れると間々ならない足が態勢を崩す。 そのたび俺は手を出しかけるけど、大丈夫と元の立ち位置に戻る体に触れることはない。暖房が利いていても外は凍りつきそうな温度で、腕を撫ぜたさんに俺は持ったままだったジャケットを肩からかけた。どっかのブランドの高そうなジャケット。立派な社会人、大人の女。

「三上くんが来るのめずらしいね、こういうの苦手そう」
「苦手っていうか嫌いっすね」
「ふふ、正直。でもなんかそんな感じ。モテるのに」
「関係あんすかそれ」
「あるでしょ。女の子みんな君に興味津々。三上くんに近づきたーいって子ばっかりだった」

電車が次の駅に着いてさらに人が増える。吊革につかまってた俺は一歩前に詰めて、さんの耳元の壁に手をつく。 これが込み合った電車の中じゃなけりゃこのままキスでもしそうな姿勢と距離。 電車の中だからもともと声小さくしゃべってて、それだけでもこの狭い距離感にためらうくらいだったのに、今度は体ごと近くなる。

「イケメンでサッカー上手で、モテモテ人生だったでしょ」
「べつに、そーでもない」
「そうなの?」
「うちには俺より話題性あるやついるから、そっちに目ぇいくんじゃね」
「どんな人?」
「知らない?鹿島アントラーズの渋沢。日本代表にも入ってる」
「あーあー、え、あの人が大学にいるの?」
「大学行きながらプロやって日本代表。バカみたいだろ」
「バカみたいって。友達なの?」
「中・高は同じチーム」
「そっかそっか、武蔵森っていえばサッカーの学校だもんね。じゃあ三上くんもほんとに上手なんだね、すごいね」

せっかくいい距離感でいい雰囲気だったのに、嫌な話題になった。
気持ちが少し冷める。

「同じチームで同じ練習して、あっちはプロで日本代表。こっちは大学のサッカー部。なんもすごくねぇだろ」

近い距離でまっすぐ見下ろしてたのに、初めて窓の外に視線を逸らした。
完全話題間違えた。女口説こうって時にする話じゃない。
・・・けど、すぐ近くでふっと息遣いを感じて、また視線を目の前に戻した。
さんが小さく笑ってた。

「君は、あれだね、かなりプライド高いね」

あんな愚痴のような呟きをプライド高いと受け取ってくれたのは、優しさか同情か。
どうだろうと、心地いい反応だった。
そういうとこが、気に入っている。見た目が好みだとか良い女だとか、それもまぁ大事なことだけど、それ以外のものが的外れじゃ興味はなくなる一方だ。この人の答え方、内容、雰囲気、笑い方、判断、そういうの全部、いちいち俺のツボをついてくる。いや、俺の許容なんて超えて目を覚まされるような。

「私次降りるね。帰り道気をつけてね」

電車がゆっくりとスピードを落として、次の駅が近づいてくる。
中はもう空いていて、込んでた時ほど距離を詰める必要はなかったけど、離れはしなかった。
真っ暗な中に光り眩しい駅のホームに、ドアが開いてさんは降りていく。
一度振り向き笑ったけどすぐうしろの人並みで見えなくなった。
ドアが閉まります。ご注意ください。機械的なアナウンスがこのドアを閉ざそうとする。
新たに乗りこんできた人とすれ違い、ドアが閉まる直前に俺も外に出た。

ホームから出て暗い夜道を歩いていく人たちがそれぞれに散らばっていく中、白い息を吐き出しながらあの細い背中を探し、夜闇に溶けそうな長い黒髪を見つけて追いかけた。
酔いが回ってるのか、覚束ない足取り。うしろから人に追い抜かされていくたびふらりと歩道の隅に追いやられてカバンを肩にかけなおした。その背中を捕まえようとした時、俺の隣を自転車が通り過ぎていく。その自転車はもちろん、俺の前を歩くあの人の横も通り過ぎようとして、けどあの人はうしろの自転車に気づいてないようで。

「わっ・・」

自転車がギリギリに横を通り過ぎようとしたところを俺はさんの腕を掴み、引き寄せて自転車とぶつかるのを阻止した。

「三上くん・・・、もう、ビックリしたぁ・・・」

いきなり後ろから腕を掴まれヒヤッとしたさんは電灯も少ない暗い中で俺を見上げて胸の動悸を押さえた。

「どうしたの、もう遅いんだから早く帰らないと、明日も学校でしょ」
「・・・」

たぶん、さんは分かってる。俺がこの電車じゃないこと。家がこっちじゃないこと。俺が今からしようとしてること。言おうとしてること。だから、たぶん、電車の中でまともに俺と目を合わせようとしなくて、俺のこと子供扱いして話逸らそうとして、俺の空気から逃げようとしてた。

どうしたのかなんて、自分でもよくわからない。
今まで女欲しいとかやりてーとか思ったことあるけど、

「好きなんだろうな、やっぱ」

この人が欲しい。この人に触りたい。この人とキスしたい。この人とやりたい。
そう思ったのは、初めてだ。

「ちょっと・・・ちょっと待って、」

だから、相手の気持ちとか立場とか、自分の立場とかその先とか。
色々考えるより先に、いや考えたけど結局全部がどうでもよくなって。

「三上く・・、」

逃げる体を捕まえて、長い髪を絡め取って、引き寄せて、迫って。
ガタガタガタ、頭の上を大きな電車の音が通過していって、光と闇が交差しながら。
あれ、キスって、こんな緊張するもんだっけ、なんて。その行為の意味を身に染み込ませながら。

音と光が遠くどこかへ吸い込まれて、やがて消えて、冷たい真っ暗な冬の夜中。
体中の全部の皮膚と神経が鼓動のたびに熱を上げ沸騰しそうなくらい、力加減も分からないまま。
熱に侵された頭で思っていたことはただ一つ。





望むけど、見透かして