もっと愛しあいましょう




ゆっくり上がっていくエレベーターがチンと音をたてて指定の階数で止まると、壁の鏡につけていた背を離して開いたドアから出ていく。すぐそこのドアに鍵を差し込み開けると中は当たり前に暗く、電気をつけてリビングにつながる廊下を歩いていった。
カーテンが開きっぱなしの窓は、街明かりがチラチラと見えるだけでもうすっかり夜の色。リビングの明かりをつけてとりあえずカバンをソファの上に置こうとした、ら、その瞬間にソファに寝転がってたに気づいて、間一髪のところで放り投げる手を止めた。

「ビックった・・・、なんだよ、早ぇな」

スーツのジャケットはソファの背もたれに掛かっていたけど、その影になっているまでは見えなかった。まだスーツを着たままソファで横になっているは、俺のこの声にも反応せずにまだ眠っている。そのあまりの寝入り様に覗きこむように顔を近づけてみるけど、まったく起きる気配なし。
いつもなら俺の部活以上に帰りは遅く、俺より早く帰ってくることなんてそうそうないのに、こんな稼ぎ時の日曜日にもう帰宅してるなんて、奇跡に近い。

「おい、

疲れてるのか、なんだか寝苦しそうに見える寝顔に呼びかける。
はまだ目を開けないけど、苦しそうな咳をした。
その咳が落ち着いたところでようやく目を開けて、化粧がはげて目の周りを黒くした顔でぼんやり俺を見上げ、寝ぼけた口調でおかえりと呟いた。
いつもなら疲れて帰ってきてもまずすぐに風呂に入るのに。
スーツを着たままで寝てしまうなんて滅多とないのに。

「早いな、いつ帰ってきた?」
「ん…、昼間」
「昼間?仕事は?」
「なんか、体調悪いみたいで、帰ってきた…」
「みたいってなんだよ。どこが?」
「喉痛くて、胃が痛くて、頭痛い」
「なんだよ、カゼか?」
「んー…」

重い体を起き上がらせながらゆっくりしゃべるの声は枯れている。
そう言えばきのうの朝から喉が痛いとは言っていたっけ。
熱は?と聞いても計ってないと言い、薬はと聞いても飲んでないとだけ答える。
使い物にならない体を引きずって家まで帰ってきて、そのままソファで寝落ちて、今に至るようだ。

「ちゃんとベッドで寝ろよ。服も、シワんなるぞ」
「んー…お風呂入る」
「いやダメだろ。悪化するだろ」
「大丈夫、そこまで重くないし」
「やめとけって。ハラ減ってないの、なんか食わねーと薬飲めないぞ」
「んー…」

薬が入ってる棚から風邪薬を探して、裏面を見るとばっちり食後と書いてある。
しかし本人は食事より風呂に入りたいようで、俺の言葉も聞かずにシャツのボタンをはずしながら歩いていく。もう一度止めるけど、すぐ出るからと言うこと聞きゃしない。
浴室までついていくと、髪を結び上げるは化粧を落とし始める。
仕方なく、熱い湯に入れておけば冷えることもないかと湯船にお湯を溜めた。
浴室に湯気がこもっていくと、化粧を落とし顔を洗ったがタオルで顔を拭きながら豪快なくしゃみを飛ばした。

「ほら見ろ、服脱ぐのが早いんだよ」
「さむい…」
「汗かいたから冷えたんじゃん」
「ん・・」

まだ半分も溜まっていないけど、このままじゃ余計に悪化してしまう。
俺に捕まってストッキングを脱いでるを早く湯船に入れようと思うけど、ストッキングとスカートを脱ぎ捨てるは今度は俺のシャツの裾を掴んで巻くし上げ、俺も脱がそうとしてきた。

「なに、俺も入んの?」
「はいるの」
「分かったから、先に入ってろって」

シャツを引っ張り脱がされて、ベルトにまで手をつけようとしたの手を止めて、先に浴室へ入れた。大きな音をたてて湯を溜めているバスタブの中へと入っていくは力なくぐったりと半分しか溜まっていない湯船のヘリに体を預けていた。やれやれと小さなため息を付きながらが脱がそうとしたジーパンを脱ぎ、中に入るとお湯の中で目を閉じて寝てるの傍らで先に体を洗った。熱で汗をかいていたとはいえ、より数段、グラウンドを駆け回ってた俺のほうが汚いし汗臭い。
だんだんとお湯の量が増していくバスタブの中で、の体がだんだん沈んでいく。
はバスタブのヘリに腕を出して目を閉じていたけど、いつの間にかぼんやりと薄く目を開けていた。

「洗いたーい」
「しばらく浸かってからな」
「亮の体、洗いたい」
「…。肩までちゃんと浸かってろ」

そう、肩を出してるの頭を押しやって、ちゃんと湯に浸からせた。
頼むから、熱に侵されていながらそんな発言しないでください。
俺は足の先を洗うふりをして、膝と胸とをくっつけた。
そうでもしなきゃ、たったあれだけのの言葉で煽られてしまった、俺の発情がバレてしまう…。

は時折咳を繰り返し、その度に口を手で押さえてその手をお湯で流した。
やっぱり本格的な風邪のようだ。
風呂を出たら軽いメシ作って、薬飲ませて寝かせよう。

頭も体も洗って湯船を見ると、は口元まで浸かって目を閉じている。
もう充分に注がれてる湯の中でが沈んでいきそうで、湯を止めた。
頭を傾け耳の中に入ってしまった湯を出しながら、ぽたぽた湯が落ちてくる髪をかき上げた。に向かい合うように湯船に入ると、俺に気づいたは脚を折り曲げ俺に場所を開けて、またぼんやりした目で俺を見る。

「気持ち悪くない」
「ん」
「出たらちゃんと熱計れよ」
「ん」

低い体勢で脚を抱え、鼻下まで湯に浸かってるの口はそれしか言えない。
そう大きくないバスタブの、ヘリに頬杖ついてを見ていると、も割りとはっきりした目で俺を見てる。俺たちの間でぷかりと湯面から出ているの膝に、湯をかけながら手を置いて、指先で辿るようになぞる。

「亮って…、かっこいいね」
「…ハ?」

思わず笑いながら答えたけど、はほんのり火照った赤い頬でマジマジと俺を見上げていた。掻き上げてた髪の先から冷たい雫がぽたぽた肩に落ちてきて、なんだかそう言うの全部が照れくさくなって、誤魔化すように頭を掻いて髪をおろす。

「ほら、お湯も滴っちゃういい男」
「やめろっつーの」
「肌もきれいー…」

腕を伸ばし俺の頬を指先で撫でるの、手を握り取る。
バスタブのヘリについてる左腕をそのまま滑らせてに近づいてくと、俺たちの間での脚が窮屈そうに折れる。ちゃぷんと湯面が逆立って。俺の胸との脚がくっついて。

「全部お前のじゃん」

の目が、ころりと落ちてきそうなくらい丸くなる。
そしてはまたさらに口まで沈んでいって、丸い目が細くなって。

「今すっごい、ポッてなった」
「濡れた?」
「そーゆーことじゃなくてー」

はそう、胸のあたりを押さえて。
半分浸ったお湯の中でふふと笑う。

「亮」
「ん」
「キスして」
「これ以上近づくと、入っちゃうけど?」

の両腕が俺に向かって延びて、その手に捕らわれながら近づいていく。
俺との間で、それ以上の接近を遮っているの膝は俺が近づくとさらに湯面から飛び出て、俺はの膝裏から手を滑らせて脚の間のそこに指先をつける。これが湯船じゃなくベッドの上なら間違いなく挿入3秒前な体勢。

しかしまぁ、キスをせがむのほうが優先なので、そのまま膝を立ての濡れてる口に近づいていった。あまりに強く押し付けてしまうとがそのまま沈んでしまうから、顎を上げさせて、何度も何度も。苦しいくらい俺に腕を回すの、気が済むまで、深く深く。

やがて俺との間に収納されていたの脚は、俺の体の横へと逃げ道を見つけ、何の障害もなくなった俺たちの体は容赦なく重なった。は病に侵されてるせいか、風呂のせいか、いつもより高い温度で、深い包容力で俺を包み込む。

「あっ」
「あ?」
「あたしカゼひいてるんだった。ダメダメ、口洗って」
「…」

のそこも充分緩んで、脚を上げさせて、今度こそ挿入3秒前…なところで、突然夢から覚めたようなが俺の鼻先で声を上げた。

「今さらぁ?もうどんだけお前のカゼ菌飲み込んだことか」
「ほらーダメだよ、亮だってそんな強くないんだから」
「…じゃー後で薬飲んどくんで」

今はこの、熱い体内に同居させて。




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