見上げればいつもそこにあるのに、それがどんなに壮大なものかなんて、気づかなかった。
誰もが知ってる、誰もが見たことのあるもの。

側にいすぎて、気づかなかった。
ごく自然に、当たり前なほどにそこにいるから、本当はずっとずっと遠かったのに


手を伸ばしてみて、初めて気がついた。
届かないんだということに。


だから、例えこれがニセモノだとしても、追い求めてやまないよ。


思い浮かべて、目を閉じるよ。










Planetarium











初めて会ったときのことは、覚えてない。
だって俺ももちっちゃくて、親たちが撮った写真やビデオで理解してるから、実体験というよりもどこか客観的。とにかく写真の中の俺たちは純粋な姿のままにそこにいて、少しずつ、そしてあっという間に大きくなっていった。

そう少しはまともに物心がつき始めると、ようやく俺の中で人格と記憶というものが形成された。家が隣だと逆にお泊りってことは少なくて、たまに俺の家にが泊まりにきてた日のことは覚えてる。あれは確か、小学校入った時くらいだったか。

あとは、運動会は毎回二人でリレーの選手に選ばれた事とか、学校のサッカークラブに一緒に入った事とか、あいつが絵で賞取った時に俺が調子に乗ってその表彰状破っちゃって殴り合いになった事とか、うちでお好み焼きパーティーしてて気がついたらぐちゃぐちゃにして遊んじゃって母さんに怒られた事とか。それは過去から現在に近づくほどにはっきりとして、増えているような気さえして、でもそんなの、なんてことない日常だったから、一つ一つを深く覚えてるわけじゃない。

一番鮮明にあいつとの事で覚えている事っていったら、あれかな。
夏が過ぎて授業中に窓を開けることもなくなって、学校の周りの木が黄色や茶色に変わって太陽が弱まって。そんな小学5年の、冬の一歩手前。



「え??」
「うん、何かあったのかな。知らない?」


給食をさっさと食べ終えてサッカーボールを持って一目散に教室を出ると、 のクラスの担任の先生に呼び止められた。俺あの先生好きだったなぁ。優しかったし、サッカー良く付き合ってくれたし。(ヘタクソだったけど)


「休み時間も一人でいること多いし、最近たまに学校休むでしょ」
「んー、まぁ。でも先月休んだのはほんとに風邪ひいたからだよ」
「ああ、あれはそうだったね。でもさ、なんか様子が変だなーとか感じたことない?」
「んー・・・。べつに?」
「そっか、」
「うん」
「圭介ー、早くしろよおいてくぞー」
「おー」


先生はまだ気にしてそうな感じだったけど、廊下の果てから友達に呼ばれたもんだから俺はそっちに走っていった。小学校の昼休みは休み時間の中でも一番長かったけど、サッカーするだけのグラウンドを取るには早く行かなきゃいけなかった。そのために給食だって競うようにして早食いしてた。


「あれ、あっくん行かないの?」
「俺いーや。寒いもん」
「大ちゃんたちは?」
「今日はやらないって」
「なんだよみんなしてー。人数足りないじゃん」
「他のクラス回って集める?」
「そーだな」


寒くなると外で遊ぶやつが少なくなるのが難点だった。そうでなくてもサッカーは人数がいる。そんなわけで、せめてチーム分けできるくらいの人数を集めようと昼休みの残り時間を惜しんで急いだ。みんなが友達に片っ端から声をかけて、俺も迷わずに4組の教室に走った。


ー!」


まだ給食の片付け途中の4組の教室に叫ぶと、クラスのやつらがほとんど全員振り向いた。そんなやつらの一番奥、窓側の席では同じようにこっちに顔を上げた。


「なにー?」
「サッカーやろーぜー、人数足んなくてさー」


ボールを掲げながらに近づいていくと、はもう給食は食べ終えていて、見覚えのある透き通った紺色のビニール板を手にしていた。


「あ、それ理科の授業で貰ったやつだろ」
「うん」


その時俺たちは理科の授業で星座の勉強をしていた。授業でみんなに配られた、日にちと方角を合わせると空の星座の位置と名前がわかる、星座盤。は一人で教室の隅の机でじっと見つめていた。


「お前今はまだ昼だよ?星見えるわけないじゃん」
「分かってるよそんなこと」


そう言いつつもは何を見てるのか、目の前にかざして空に透かした。確かに星の授業は楽しい。今までの二酸化炭素がどうとかアルカリがこうだとかいう授業よりよっぽどマシ。俺もこの星座盤を貰ったときはこれ持って星見に行こうって思った。(思っただけで行ってないけど)


「ねぇ、3年生の時にさ、社会見学でプラネタリウム行ったの覚えてる?」
「あー行ったなー。あんま覚えてないけど」
「あたしもあんまり覚えてない」
「うんまぁそんなもんだ」
「そんなもんだ」


星座盤から目を離して俺を見たは普通に笑った。
その顔は、うん、いつもどおりのだと思う。


「お前さぁ、なんかあった?」
「え?」
「さっきお前んとこの先生に呼ばれて、最近お前の様子おかしくないかって聞かれた。何かあったのかなって」
「何それ。なんでケースケに聞くの?」
「直接は聞きにくかったんじゃないの?」
「なんかヤダ、そーゆーの。探られてるみたい」
「まぁそーゆーな、気にしてくれてんじゃん。何も知らないって言っといたからさ」
「何そのオトナぶった意見」
「オトナだもーん。そんなことでヘソ曲げる誰かよりずぅーっと」
「べつにヘソ曲げてなんかないよ」


そう言ってまた外を見るの顔は、やっぱり不機嫌だ。
は確かに、ここのところ様子がおかしいっていうか、元気がない。それは俺も気づいていた。でもそれを先生に言うとあいつは怒りそうな気がしたから黙っといた。はそういうとこ、あるんだ。先生とか、近所のおじさんおばさんとかに対して、やたら人見知りが激しい。話しかけられたりするといつも俺に任せて自分はさっさといなくなってしまう。昔はそんなことなかったんだけどなぁ。普通に喋って笑ってた気がするのに。でもその時の俺はもうのそんな態度にも慣れてたから、仕方ないヤツ、なんてため息ついてた。


「でさ、何かあったの?」
「何も」
「ウソつけー、お前なんか隠してるだろ」
「隠してないよ」
「いーや、その顔は何か隠してるね。お兄さんの目はごまかせんよ?」
「あたしのほうが誕生日先だもん」
「そーゆー問題じゃなくて、もっとこう精神的なな?」
「あー圭介いたー!」
「あ」


つい喋ることに気を取られていると、ドアのほうから、サッカーをしに行くはずだった友達が呼んだ。そうだった、サッカーやるやつを集めにここに来たんだったっけ。


「何してんだよー、時間なくなっちゃうぞ!」
「あーごめーん、俺も今日はやめとくわー」
「はぁー?」
「ごめんなー、ほれボール!」


友達に向かってボールを投げると、みんなちょっと怒っていなくなった。ありゃりゃ、あとで謝っとこ。


「行きなよケースケ、サッカー誘いに来たんでしょ?」
「んー。まぁサッカーは明日でもできるしな」
「行きなってば」
「今日はヤル気失せたのー」


は何度も行きなよって繰り返して、それでも俺は立ち上がらなかった。そうするとは諦めたのか、ぷいっと顔を背けて口を閉じる。


「そーだ今日、星見に行こーか」
「え?」


の手から星座盤を取ってやると、その星座盤を目で追うは俺に目を戻した。


「俺も行こうとしてたんだよな。これ持って行こーよ」
「どこに?」
「んー、公園とか?あ、屋根の上でもおもしろくねー?」
「・・・うん、おもしろそう」
「よっしゃ決定!じゃあ今日の夜うち来いよ。あ、お前んちのほうが屋根上りやすいか」
「・・・。ケースケの家がいい」
「ああ、じゃあうちな。暗くなったらうち来い」


な。
そう笑ってやると、もうんって小さく言って、その顔はうれしそうだった。


「なぁこれ何?」
「北極星。北極星は星空の中心だから、夏でも冬でも見えるんだよ」
「っへー」
「一番大きい星なんだよ」
「っはは!俺みたいだな!てか夏と冬で星って違うの?」
「アンタ今なに勉強してんの?」
「なんだよ、バカにすんな!」
「バカじゃん」


そうして普通に喋ってる間は、どんどん元気も取り戻して元のあいつに戻っていった。
きっとは、何があったのかって何回聞いても答えないんだろう。それをずっと聞き続けると、はまた機嫌を悪くすることも、その頃の俺はわかってた。とにかく笑ってるしどうでもいーか、なんて思ってしまう俺は、単純だったかな。












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