急に学校に来なくなるのは、隠せないところに傷を負った時で、学校で一番ハードな部活に入ったのは、家に帰りたくなかったからで、先生や近所の人にやたら人見知りが激しいのは、大人が怖いからだった。 Planetarium 季節は梅雨へと移り変わったのか、ぐずついた天気が続くここ数日。 「あー、久しぶりじゃーん」 「ほんとだ、おはよー」 「おはよー」 傘の花が咲く合間で、久しぶりに顔を見せたはヘラリと笑った。 「アンタ大丈夫なの?もーすぐテストだよ?」 「あ!そっか、忘れてた」 「忘れるなって、また夏休み補習で潰れても知らないよ」 「家にいたって勉強しないからね、そのほうがお得かも」 「はー?夏休みまで学校来るなんて絶対イヤー」 じきに1学期の期末テストが近づいていることなど、はちゃんと分かっていた。でも夏休みなんて、そう楽しみなものでもない。 下駄箱で靴を履き替えるは、隣の列の下駄箱から出てきた紫とばったり顔を合わせた。目を合わせる紫は静かに、その表情を曇らせていく。はそれに気づいたけど、それでもおはようと笑いかけた。でも紫は、返事も出来ずに視線を外して、そのまま通り過ぎていった。 「何あれ、無視?態度わるっ。なんかあったの?」 「・・・さぁ、」 どーしたんだろーね。 首をかしげて笑うは、同じように他の生徒の波に乗って廊下を歩き出した。 「お、ー」 教室までやってくると、廊下にいた圭介がを見つけて手を上げた。その前には紫もいて、こっちに歩いてくる圭介の後ろで紫は教室に入っていった。圭介は今までとなんら変わらない笑顔で目の前まで来て、じっとの顔を覗き込む。 「よし、もー痕残ってねーな」 ポンと軽く頭を叩いて、圭介はまたニカリと笑顔を見せた。 「・・・」 でもはとても笑う気にはなれず、圭介からすと目を逸らし、隣を通り過ぎていく。背中で圭介が不思議そうな声で呼ぶけど、振り返りも止まりもせず教室に入っていった。教室では久しぶりに会う仲間たちに囲まれて、いつものようにふざけて笑って、いつもどうりを繰り返す。がどんな顔をしてやってきてもいつもどおり迎えてやろうと思っていた圭介だけど、素通りされるとは思っていなかった。 は休み時間も授業中も、今までとなんら変わりはない。やっぱり先生に怒られて、授業も聞かずに寝て、騒がしい友達の中にちゃんと混ざって。・・・でも圭介とは、会話をしなければ目も合わさない。極端なほど。 「」 昼休みになって、圭介は弁当を持っての席まで来ると前にどかっと座った。 「お前まともにメシ食ってなかったんだろ、ちゃんと食わないといいタイムでねーぞ」 「・・・」 弁当の包みを開けて、圭介は相変わらず笑顔で箸を差し出してくる。 「いいよ、自分で買ってくるから」 「いーから食えって。お前好きだろ、うちのたまご焼き」 「いらないから」 は椅子から立ち上がり、目も合わさずに教室から出て行ってしまう。さりげなくなんてものじゃない。完璧に圭介から離れようとしていた。なんなんだよ、と首を傾げながら、圭介もを追いかけて立ち上がり、教室のドアを出たところで紫と鉢合わせた。 「圭介、お弁当食べよ」 「あー・・・」 紫は二つの弁当を持って、圭介を見上げた。廊下の先を見るとが一度こっちに振り返ったのが見えたけど、そのまま角を曲がって見えなくなった。 「ゴメン、ちょっと待ってて。がなんかおかしくてさ」 「・・・さん」 「ごめんな、先食ってていいから」 目の前から走っていこうとする圭介を紫は呼び止めようとしたけど、その声は圭介には届かなかった。紫の手からひとつ弁当が落ちて、転がるけど、圭介は振り返る様子もなく走っていった。 階段を駆け下りて1階まで下りてくると、パンを売っている購買の前に人だかりが出来ていた。でもその中にはいない。どこにいったんだろうと辺りを見渡してまた走ると、窓を叩き続けている雫の向こうに、中庭にが見えた。 ドアに背をつけて、屋根から落ちてくる雫の寸前に座り込むはまたうずくまって見える。がもたれているドアの隣を開けると、はそっと伏せた目を上げ、圭介を認識すると顔を上げた。 「何してんの、ついてこないでよ」 「だってお前ヘンだし」 「やめてよ、なんで来んの?本気ウザイんだけど」 「、」 「佐伯さん迎えに来てたじゃん、早く戻りなよ」 立ち上がり中に入ろうとするの手を掴むけど、はすぐにその手を引き払った。 「なぁ、お前何気ぃ使ってんの、どー見てもお前のほうが・・」 「あんたこそ余計な気回さないでよ、私は別にあんたに何もして欲しくない」 「気にするのも駄目だって言うのかよ」 「ケースケが大事にするのは私じゃないでしょ」 「・・・」 大事にするのは、じゃない・・・ 「・・・じゃあ、誰大事にすればいいんだよ」 大事にするのは、じゃない? 「誰か一人だけ大事にしてりゃ、それでいーのかよ。俺が、お前を大事に思うのがそんなに悪いかよ」 「・・・」 「俺だって自分に何が出来るかなんてわかんねーけどな、お前より大事なやつなんていないんだよ、お前が痛い思いしてんの見過ごしてまでヘラヘラ笑ってるほど薄情じゃねーんだよっ!」 ・・・ずっと、昔からそうだったはずだ。 楽しければいい、面白ければいい、明るければいい。そんな世界を作り上げてきたのは全部、昔からどこか、なぜか、暗い顔をするお前が、隣にいるお前がそうであればいいと思って・・・ あの時、まだ小さい身体と心でどうしようもないものに気分を沈まされていて、それでも星を見上げたお前は、そんなの忘れるくらい笑ったから。一面に光る、降ってきそうな星たちを見て、嬉しそうに笑ったから。俺のあげた星座盤を握り締めて、泣きながらも笑ったから。 「・・・」 俺は、お前にそんな顔をさせられる、星であれればと・・・ 「ケースケ?」 そうだ、そうだった。昔から何も変わらない。俺も、お前も。大事なのは、”俺”でもなく、”お前”でもなく、”俺たち”だったはずだ。 俺はそれを、決して忘れていたわけじゃない。もっと愚かに、気づかなかったんだ・・・ 「俺・・・」 そしてお前は、それをちゃんと分かってた。だから俺のクセひとつ、俺の幸せすら願えて、そこにただ、いた。 そうだ。 そうだった・・・。 「俺、ちょっと行ってくる・・・」 「え?」 上の空のような顔をして、圭介はドアをくぐると廊下を走っていった。階段を駆け上がって、3年の教室が並ぶ廊下をまた走って、教室のドアから騒がしい中を覗いた。 「紫」 紫のクラスの教室で、後ろのほうの机で友達と一緒にお昼を食べていた紫を呼んだ。クラス中が振り向いてしまって、その中で紫は圭介に気づき、周りの友達に冷やかされているようだ。ちょっといいか、と声をかけると紫は箸を置いて駆け寄ってくる。 「何?」 「・・・」 笑いかける紫を見つめて、ゆっくりと身体の中を巡る血液が詰まる感覚がした。詰まって、滞って、渦巻いて。 「・・・ごめん、紫」 「え?」 ごめん 「俺と別れて」 「・・・」 ごめん、ごめん、何回謝ったって許せないだろう。 大事にしようと思ったし、傷つけるつもりなんてまったく無かった。 ・・・けど、 「ごめん・・・」 あの時、俺に星は見えなかったんだ。 |