紫が先生に相談して、今回の件はちゃんと解決に向かいそうだった。
でもがしたことはやっぱり見過ごせないからと、謹慎のまま夏休みに入りそうだ。










Planetarium











窓の下に座り込んで、はガラスを叩く雫越しに灰色の空を見上げていた。
平日の昼下がりはとても静かで、目覚まし時計の針が動く音がコチコチ聞こえるくらいだ。
頬杖ついて空を見ている目を少し横に流せば、カーテンレールにかけられたパーカーに目を合わす。圭介に借りて借りっぱなしになっていた。返さなきゃ、なんて思っていると、部屋の中にポーン・・と呼び鈴の音がした。時計はまだ2時。父親が帰ってくる時間ではないし、ましてやチャイムなんて鳴らさない。玄関にかけていってドアについた丸い穴を覗くとやっぱり、向こうには圭介が見えて、ドアを開けると圭介は雨をバックにニコリと笑って、水が滴るビニール傘を持った手を「よ、」と上げてみせた。


「メシ食った?なんか食いに行かないかね?」
「テスト中じゃないの?」
「たまには息抜きしないとさぁ」
「息抜きするほど勉強してんの?」


まーぼちぼち。とあさってのほうを向いて言う圭介は嘘くさいけど、きっとそれなりに勉強してはいるんだろう。これでも一応勉強はするヤツなのだ。まったくしないような悪行に堪えられる神経は持ってない。

雨の中ファミレスに向かったけど、期末テストが始まったこの時期、店内には同じ学校の生徒がちらほらいて、中には入らずに店を出た。仕方なくコンビニで適当に買い揃えて公園の屋根のあるベンチで食べるいつもののスタイルとなってしまった。


「今年は梅雨長いね」
「テスト終わる頃には晴れるって言ってたけどな、朝のお天気お姉さんが」
「来週か、来週まであるかな」
「何が?」
「天の川」
「・・・ああ、そーいや今日七夕か」


今日は7月7日。七夕だ。空の上で、一年に一度だけ織姫と彦星が天の川に導かれて出会える日。でも天の川が一番綺麗に見えるという七夕は、何故か毎年いつも雨だ。折角天の川が一番綺麗に見える日なのに、重い雲は空を泳いで、ぽたぽた雫を漏らすばかりだ。


「天の川、見たことある?」
「ちゃんと見たことはないなー」
「あたしもない」
「ほんと星好きな、お前」
「だっていつでも見れるのって星だけだし。月はずっと同じだけど星は季節があるし、厭きないよ」
「なるほど」
「天の川ってどんなのかなぁ、見たいなぁ」


屋根を叩いて先から落ちてくる雨を見上げて、がつぶやいた。うーん、と考える圭介は同じように雨雲を見上げて、そしてパッと思いついたように表情を明るくした。


「あそこ行こうか」
「どこ?」


にしし、と悪戯っぽく笑う圭介は昼食に買ったものを袋に詰めて片付けると、雨の中傘を広げを引っ張って歩き出した。どこ行くの?と後ろについて駆けるに「いーからいーから」と楽しそうに走っていく。そのまま駅に入っていくと電車に乗って、人もまばらな電車に揺られて圭介はフンフン鼻歌交じりに窓の外を見ていた。近づくにつれも行き先が想像ついて、そうして着いた先はやっぱり

プラネタリウム。


「・・・あー」


ぽたりぽたり傘と地面が濡れる中、同じように濡れる、看板。
『本日休館日』


「・・・休みかよ」
「・・・休みだよ」
「なんで?めちゃくちゃ平日じゃん」
「平日だからじゃない?」


ぬー!!
鬱憤を吐き出すように圭介が叫ぶと、ぬーって何、と斜め後ろでがケラケラ笑った。折角喜ばそうと思ってやってきたのに、プラネタリウムは休みだし、空は相変わらず雨だし、天の川どころか空すら欠片も見えないし。どうしたものか。他に何か、何か・・・


「・・・よし、作ろう」
「え?」
「星、作ろうよ!」
「どうやって?」
「んー、あ、あれあるじゃん。星の形のさ、光あてて暗闇で光るヤツ」
「・・・ああ、」
「アレ買ってプラネタリウムを作ろう。な!」


思いついたらすぐ行動、な圭介はまたを引っ張って来た道を戻っていく。
駅ビルで目当てのものを捜し歩いて見つけ、思いのほか値が張るそれを財布の中の寂しい残金で買いこんで帰った。天の川、とまではいかないかもしれないけど、綺麗な星空くらいは作れるだろう。圭介とは袋を濡れないように抱きかかえて急いで家に戻っていった。






北極星どこにしようか。
真ん中がいいんじゃない?
北斗七星ってどんな形だ?
べつに本物のままじゃなくていいよ。
そーだよな、俺たちの星作っちゃおう。

ベタリベタリ、天井や壁にプラスチックの星が貼られてっていった。最初は星座盤を見ながら作っていたのに、だんだん形も構成も崩れだしてめちゃくちゃになっていったけど、そのほうが楽しかった。


「これ俺な!」


一番大きな星を手に取った圭介は腕を伸ばして天井の真ん中にペタリ、星を貼り付けた。


「そういえばケースケ昔、北極星が自分みたいだとか言ってたよね」
「そんなこと言ったっけ?」


言ったよ。星空の中心。夏でも冬でもそこにいる、唯一の星が自分みたいだと。昔を思い出してが笑う。

ありったけの星をすべて貼り終えると、しばらく電気の明かりを吸い込ませ光が宿るのを待った。 もういいかな、とは部屋のカーテンを閉めて外の明かりを閉ざして、いくぞーと部屋の明かりをパチンと、消した。


「・・・うわ、結構いいじゃん」
「うん」


狭い部屋が一瞬暗くなると、薄緑に光るプラスチックの星が、天井や壁でぼんやりと光を放った。それは安っぽくてちっぽけで、まさかプラネタリウムだなんていえないものだろうけど、いつもいる部屋に星が光っていること、世界中ここ以外どこにもない星を模っていること、自分たちが作り上げたことが、まるでいつかの星空を一緒に見上げた時のような思いが胸に沈んだ。


こっそり上った屋根の上で見上げた、満天の星。
部屋の隅で肩を並べて見上げる、偽物の星。

不思議なんだけど、あの時の星にだって、負けてないんじゃないか、なんて。たまに見上げる夜空も、プラネタリウムで見た星たちも、何故かあまり響かなかったのに、オモチャの星がこんなにも、思わず手を差し伸ばしたくなるほど光り輝いて見える。

ああ、そうか。あの時も、今も、一緒に見上げているからかな。
二人が一緒に、見上げているからかな。


「なぁ、知ってるか?」
「何?」
「ほんとーに好きなやつとキスすると、星が見えるんだってよ」


次第に弱々しく光を失っていくプラスチックの星の下で、暗い中では小さくドキッとした。圭介の口からそんな言葉を聞いたのは、初めてだ。しかも圭介の口調はちっとも冗談めいていなくて、こっそりと隣の圭介の顔を見上げてみると、暗い中で星を見上げる圭介はやっぱり素のまま、自分が口走ったことを理解してるんだろうか。まるで物事の意味を理解してない純粋な子供みたいだ、とは笑った。


「少女シュミ」
「あ、バカにしたな?」


暗い中ですぐ隣から聞こえたの声が笑って揺れていて、圭介はゴンと肘で頭を突いてやった。

そりゃあ夢だって見るさ。愛だって語るさ。まだまだその程度には子供でいたって良いだろう。大人になったってしてやるさ。大事なのは結局、こんな時代を生きた今だと思うんだ。何年経っても心に根付くのはきっと、こんな風景なんだから。

本物でも偽物でも、こうして一緒に見上げてる。
好き・・・、とか、まだいまいちピンと来ないけど、ずっとこうして同じものを見上げていられればいい。同じものを見て、同じように感じて、同じように感動できれば、きっとそれが一番いい。

こんな狭い世界が、永遠のように感じた。外の雨なんて忘れて、肩から伝わる温度だけちゃんと確かめて、雲の上を想像した。プラスチックの星がその光を失ってもずっと。

ずっと。


「俺プラネタリウム作る人になろっかな」
「何言ってんのバカ」
「なんだと?」
「アンタはスーパースターになるんでしょ」
「だってほら、俺ってもうスーパースターだし」
「バァカ」


この部屋でこんなに笑ったのなんて、どれくらいぶりだろう。いや、初めてかもしれない。この家でも、笑っていると、明るいんだな。今見えてる星はちっぽけだけど、隣に眩しすぎる星がいるからな。
ケラケラ、叩きあいながら笑い声が部屋に響いていた。
・・・でもふと、がそんな口を止めた。

ガチャガチャ、ガチャン。

玄関の鍵が開く音がした。

















 

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