星なんてずっと小さい頃から知ってるし、何度も見上げてきたものだ。 子供の頃によくある、一種のブームみたいなもの。 それでもにとっては、大事な、大事なものだった。 Planetarium サッカーの練習が終わって家に帰って、ごはんを食べてるうちに外はどんどん暗くなっていった。そんな外をちょっとわくわくしながら見てると、母さんに「何ニヤニヤして」とか言われて俺はさっとごまかす。ごはんを食べ終えて風呂に入り、出てくるともう外は真っ暗だった。さすがはもうすぐ冬。夏に比べて日が落ちるのは早かった。 「寒い寒ーい、夜はやっぱさすがに寒いなー」 「寒いのになんでコーラ?」 「文句ゆーなよー、お前の分もとってきたのに」 「ケースケ目的そっちでしょ」 「バレた?」 2階の部屋にいると、隣の家からが出てくるのが見えて、インターホンを押される前に家の中に入れた。家族の目を見計らってコソコソ遊ぶのは子供心ながらに楽しくて、こっそり二人で2階のベランダから屋根に上った。 俺はコーラとお菓子を服の中に入れて、はあの星座盤と懐中電灯を持って、三角にとんがった屋根のてっぺんまで上ると、少々下に恐れながら座り込んで、ドキドキする心臓の音を聞いた。イタズラに誰かがひっかかるのを待ってる時のような、隠れて秘密基地を作ったような、そんなドキドキが胸に広がっていた。 俺たちは二人でへへっと笑い合って、あの星座盤で日にちと角度を合わせて、一緒に空を見上げた。その日は都合良くも見上げた真上に雲もなく、星を見るには絶好の夜だった。 ・・・うわあ、 そんな、二つの声が重なった。俺たちはその折角合わせた星座盤を使うことなく、首が痛くなるほどただ呆然と上だけを見つめた。 その、あまりに眩しく光る星に二人して目を奪われてしまったんだ。 「星って、こんなに見えたっけ・・・」 「うん・・・」 星なんていつでも見えるし、今までだってたくさん見てきたはずだ。なのに、その時の衝撃をどう言ったらいいのか・・・。まるで顔面に水鉄砲をくらったような、驚きと一緒に衝撃が走って、光る星が目に焼きついて、言葉が喉に詰まった。 「えーなんだよ、こんなすげーもんだっけー?」 「すごい、プラネタリウムみたい」 「それ以上だよー。すげーよマジでー」 俺たちは興奮してしまって、その言葉しか知らないくらいずっと「すげぇすげぇ」ばかりを繰り返した。さっきまでのドキドキとはまた違う、ただ純粋な感激で、ずっと空を見つめていた。 本当にチカチカ、数え切れないくらいの星がはっきりと見えたんだ。目を閉じても浮かんでくるほどの星が瞬いていたんだ。まるで宇宙の一部になってしまったような、夜の世界に飲み込まれてしまったような。 「すっげぇな。俺生まれて初めて星見た気分だよ」 「あたしも」 「だーよなぁ、俺これ絶対忘れらんないもん」 ひたすら上を見続けて、持ってきた星座盤もお菓子もすっかり忘れていた。も白い息を吹き出しながらも、寒さなんて忘れて目を輝かせていた。 「圭介ー?」 「っげ、母さんだ」 すっかり時間が経つことも忘れて没頭していたようで、家の中から母さんの声が聞こえて、バレないうちにお開きにしようということになって、上るより数段恐ろしい下りをそろそろと下りて静かに中に戻る。まぁその後でやっぱり見つかって、二人で必死にごまかす羽目になったのだけど。 でも絶対に屋根に上ってたことは、俺もも言わなかった。だってもしバレれば絶対にもうするなと言われる。二人の秘密がばれるのも、内緒の場所を奪われるのも、あれだけの星が見えるんだということも、全部隠しておきたかった。それはきっとも同じで、だから俺たちはどんなに怪しまれようとも、頑なに口は閉ざし続けたんだ。 あの時の感動がいつまでも忘れられなかった俺たちは、次の日も、その次の日も屋根に上るようになった。毎日見ればやっぱり最初ほどの感動は受けなくなって、次第に目的は星からお菓子へと移っていってしまった。 それでもあの、最初の感動はずっと忘れられなかった。 きっと何年経っても忘れない、そんな気がした。 それから何日か経って、授業で星の勉強をするのも終わって、俺は星よりサッカーのほうに意識が戻って、気がつけば屋根に上ることも星を見上げることも、いつの間にかなくなってた。最初の夜の感動は確かに忘れていないけど、何故あんなにも夢中になっていたのか不思議に思ってしまうほど、ブームはいつものように去っていったのだった。 それからしばらくした、冬がもっと深まったある日のこと。 いつものようにサッカーの練習を終えて家に帰ると、隣の家の裏にが、この寒い中コートも着ずに座り込んでた。 「?何してんだよお前、寒くないのか?」 そう寄っていくと、顔を上げたにドキッとした。はガタガタ寒さに震えながら、ぐちゃぐちゃに泣いていた。 「な、なに?どーしたんだよ」 俺の言葉と心臓は激しく揺れた。が泣くとこなんて何度も見てるし俺が泣かしたことだってあったんだけど、なぜだかすごくビックリした。 「星の、星座盤・・・」 「星座盤?ああ、あれ?あれがなに?」 「あれ、捨てられた・・」 「は?誰に」 「お母さん・・・」 「は?なんで」 そのときの俺にはもう、そういえばそんなものもあったなくらいの存在になっていて、それがどうかしたかとさえ思った。でも理由を聞こうとすると、はもっと泣き出してしまって、まるで俺が泣かしてる気分になってわーわーと泣き止まそうとした。でもは一向に泣き止む気配もなく、うずくまって震えて声も出さずに泣き続けるばかりで。 「そんなに大事なの?もう授業終わったじゃん」 「大事だよ、大事にしてたんだもん・・」 「あーあー、ごめんごめん!」 慰める気は満々にあるのに、どうも俺が思いつく言葉はを逆なでするばかりなようだ。そうなるともうかける言葉も思いつかなくて、すっかり言葉に詰まってしまった。どうしようと色々考えて、そして俺はナイスアイディアを思いついてパンッと手を叩いた。 「俺のやるよ!な!」 俺のそんなナイス閃きに、はパチッと目を開けた。 待ってろ、持ってきてやるからな! そこにを残して急いで家に駆け込んで、カバンも持ったまま散らかった部屋の中であの星座盤を探した。しかしもうすっかりブームは去った星座盤。そう易々とこの樹海のような部屋から見つかるものでもない。部屋はさらに散らかって、机の上も中も全部出して探して、部屋の真ん中でグルグル回るうちにようやく本棚の端のほうであの紺色の透明なものを発見した。よし!と拳をぐっと握り急いでの元へ戻った。 「ほら、これやるから、泣くなよ」 ちょっと折り曲がってしまってるし、表面を撫ぜると埃の道ができてしまっていた。でもはごくんと息を呑んで涙を拭いて、赤い目で星座盤を見つめた。 「いいの?」 「いいいい!俺が持っててもほら、埃被るだけだし」 まだ躊躇ってるの手を引っ張って、その手に星座盤を持たせてやった。握ったの手は氷のように冷たかった。でも強張っていたの顔はするりと溶けて、涙はゆっくり止まっていって、俺はほっと胸を撫で下ろしたんだ。 「ありがと・・」 「いーよそんなの」 涙を拭きながらこもった口調で何回も。でもそうしてるとまた、は何故かボロボロと涙を落としだした。 「こら、なんで泣くんだよ、泣くな!」 「ありがとう・・」 「わーかったから!泣くなってば!」 何回言っても泣き止まないの前で、どうにかして笑わせなきゃ、とまた使命感に駆られた俺は変な顔してみたり、冗談言ってみたり、踊ってみたり。 そうするとは、泣きながら笑うという、なんとも複雑なことをした。 俺の心には、今でもあの時のことが強く残ってる。 輝く星に感動したあの日と、の涙を必死に止めようとしたあの時。 小5の冬。 思い出はどんどんあやふやになり新しい記憶に飲み込まれていくものだけど、それだけはずっと色褪せずに残った。 |