中学に入ると、俺はジュニアユースに入った。
学校の部活をやるつもりだったけど、小学校の時のコーチにそういうところもあるから考えてみろといわれて、そっちのほうが面白そうだったから。










Planetarium











梅雨が終わると後はもう暑いばかりの夏に向かっていった。
プールの水も、校庭の木の葉っぱも、白いシャツも、眩しいばかりだ。


「圭介、今からサッカー?」
「おお、もーすぐ大会だからな。つっても俺はまだ出れないだろーけど」
「ユースってどーなの?選手とか会えたりすんの?」
「んー、たまーにな」
「マジでー?」


学ランの詰襟にも慣れて新しい友達もできて、それでも俺は一人クラブの練習だから遊べる時間は、少ない。その分学校にいる時間は惜しむように遊びたくってる。まぁおかげで中学初の1学期中間テストはいきなり座礁したわけだけど。


「なー聞いて聞いてー!」
「んー?なに」


授業が終わって部活に行くクラスの友達と一緒に昇降口に歩いていると、後ろから走ってきたヤツが何やら興奮しながら俺たちの前に滑り込んできた。


「小林が高田に告って付き合ったってよ!」
「うっそマジでー?小林って高田が好きだったのー?!」
「残念だったなー、お前小林好きだったのにー」
「えーマジでー?!」
「ばか、やめろよ!」


俺たちなんてまだまだ全然ガキだったけど、周りでは確実にこの手の話題が増えていた。中学になって余計に男女で分かれる機会は増えたし(制服とか体育とかな)、誰だって気になり始める年なんだろう。俺はまだ、友達からかって遊んでるくらいのものだったけど。

誰と誰が一緒に帰ってたから付き合ってるんだとか、二人で喋ってたからあやしいだとかすぐ噂になる。しきりに手鏡を覗いている女子も、髪型や服の着方をカッコつけたがる男子も、小学校の時にはなかった風景だ。いや、俺が気づかなかっただけかなぁ。


「でも圭介はが好きなんだろ?」
「・・・は?!」


突然話題は人の話から俺に移り、しかもとんでもない話だった。


「だってお前ら仲いーじゃん。よく一緒に帰ってるしさぁ」
「あいつはそんなんじゃないのー。一緒にいるのなんて今に始まったことじゃないし」
「まぁ圭介とは昔から仲いいよな」


そう。俺とはいわゆる”幼馴染”。
むしろ兄弟みたいなもんだ。


「えー、でも昔から一緒にいた幼馴染が急に気になっちゃうとかさー、あるんじゃないの?」
「ないない。あいつは弟みたいなもんだって」
「そーんなこといっていつかくっつくんじゃないのー?」


ケラケラ笑ってしつこく言ってくる奴らに、やめろってーなんて言いながらからかわれてやる。心ん中じゃわざとらしくため息ついてたけど。


「じゃーな圭介、またなー」
「おーまた明日ー」


それでもわざわざそんなこと、口や顔に出したりしなかった。
オトナだな、俺。

周りで誰と誰がくっついたかなんて、いくらでも面白おかしく喋るしみんなも喋ればいいと思うけど、それが自分にまで降りかかって、それにまで絡んでくるとなると、なんだかいいオモチャにされてるような気になって、気分のいいものじゃなかった。そんなことで頭にきちゃう俺は、あれ、ガキか?


「うーん・・・」
「ケースケー」
「ん?」


珍しく考え込んで頭をかいてると、遠くから呼ばれてその声のほうを向いた。学校グラウンドのフェンス沿いを歩いていた俺を見つけて手を挙げたのは、思ったとおりだ。は部活中なんだろうジャージ姿で、友達の輪から抜けてこっちに寄ってくる。


「今日クラブだっけ。がんばれよー」
「ああ、お前もな。陸部どう?」
「もうチョーハード。噂どおりだね」


中学に入るとは陸上部に入った。うちの学校の中でもとにかく練習がハードで、全国的に成績も残してて、一番力が入ってる部だった。毎日遅くまで練習があるようで、今みたいな夏でも日が暮れるまで練習してるらしい。俺のサッカーと同じくらいハードだ。


「でもお前こないだの記録会に出たんだろ?」
「補欠だけどねー」
「すげーじゃん。そのうち選手とかなれんじゃないの?」
「ふふ。アンタは?」
「あーまぁそれなりに・・」


フェンス越しに二人で話していると、の後ろを同じ部の友達が通り過ぎていった。何コソコソ話してんのーなんてからかってくる言葉に、バーカとは笑って返してた。


「・・・最近さー、あーゆーの多くね?」
「あーゆーのって?」
「こーやって話してるだけでさぁ、からかってきたり変な噂してきたり」
「あぁ多い多い。ウザいよね」
「ウーザイウザイ。なんなんだっつーのなぁ、何がそんな楽しーんだっつーの」
「何、それでなんかイライラしてたの?」
「は?」


イライラ?俺そんな風に見えた?
そう言うとは「だって、アンタイライラすると頭かくじゃん」って笑って言った。そんなクセがあったとは、笑って取り繕ってもそれがバレたら意味ないな。まぁ以外にはそんなことわかんないだろうから、いっか。


「まー言いたい奴には言わせとけばいーじゃん、関係ないし」
「そーだけどさ」
「テキトーに話合わせておけばいーの。そうでなくてもケースケはみんなといられる時間少ないんだからそのくらい笑ってすごさなきゃメンドウなだけだよ」
「なんだそのオトナな発言は」
「オトナだもーん。そんなことで苛立ってるケースケよりよーっぽど」


フン。
そう顔を背けての前から歩き出した。
フンて、自分で言ってガキだなって思っちゃったじゃん。


「あ、ねぇケースケ」
「んー?」


離れてく俺を呼び止めたに振り返ると、はフェンスに手をかけて、一歩近づいた。


「あのー、ね」
「なに?」
「・・・あたしさ、」


なにか、言いにくそうに言葉に切らしながらは、伏し目がちに俺を見ていた。そんな時のがどんな心境なのか。俺の変なクセひとつわかってるのことなのに、俺はわからなかった。


「何、遅刻するじゃん早く言え」
「じゃーいいや。いってらっしゃい」
「なんだよ、気になるなー」
「明日でいいよ、じゃあね」


そう言って、は部活の始まったグラウンドに戻っていってしまった。
なんなんだあいつは。のワケのわからない行動に首を傾げながら、そのまま歩き出した。

あいつが俺に言い出せないことなんて何があるっけ。
深い青の空を見上げながらボーっと考えて歩いてた。


「まさか愛の告白?!」


バッと、すでに遠くなっているグラウンドにいる陸上部の中のに振り返ってみた。
なぁーんてな。はは。
すぐに元に戻って軽く笑いながらまた歩いていった。
そんなの、あるわけないない。


「・・・」


しばらく歩いてまた、そっと振り返ってみた。もう遠すぎて誰が誰だかわからなかったけど、その中でどれがか、くらいはわかった。筋トレしながら笑ってるがわかった。

んなの、あるわけないない。
こくこく頷いて、ふと校舎についた大きな時計が目に入った。


「ヤッベ!」


本気で遅刻しそうなことに気がついて、さっきまで考えていたことも忘れてダッシュで走り出した。














1