空が薄暗くなって、自転車にまたがりシャカシャカ家に帰った。
沈んで見えなくなった太陽のほうに一際光る星が見えた。










Planetarium











家が近づいて自転車から下りて玄関の門を開けようとすると、隣の家の2階のベランダにが見えた。もう部活終わったんだ、と自転車ごと少し戻って、隣の家の前まで行った。


ー」


下から声をかけると、何かを手に持って空を見上げていたがその声に気づいた。


「あ、おかえり」
「おお。何してんの?」
「星見てんのー」


星。
そういえば何年か前にと二人で屋根に上って星を見上げたっけ。星なんていつでも見えるもんだけど、あの時の感動は未だに覚えてる。


「そういやお前、さっき何言おうとしたの?」
「んー?」
「学校でさ、明日言うって言ったじゃん。あれ何?」
「ああ、」


は腕をひっこめて、何か、含み笑いしてるような顔が見えた。


「明日になってのお楽しみってことでどお?」
「なんっだよそれ!気になんなー」
「明日言うよ」
「べつに明日でも今でも一緒だろ?」
「じゃあ明日でも一緒でしょー?」
「えーヒント!ヒントちょーだい!」
「クイズじゃないんだから」


バァカ。そう、薄暗い中で笑うは結局話してくれなくて、まぁいっかって家に入っていった。家の中に入る前にふと隣の家のベランダを見たけど、はまだベランダにいて、こっちを見てた気がした。

なんなんだ?そんなにもったいぶって大したことじゃなかったらコケるぞ俺は。あーんなに引き伸ばして、・・・まさか本当に好きだとか言うんじゃあるまいな。

・・・なんて。あーあ、やっぱ俺も他のヤツらと同じよーに、それなりに気にしてんのかなぁ。


「ただいまぁー」


明るい家の中に入って靴を脱ぐと、リビングからすぐに母さんが出てきた。そういやんち、あんま明かりついてなかったな。


「圭介、もっと早く帰ってきなさいよ」
「え?なんで?」
「もうちゃんにお別れしたの?」
「お別れ?何が?」
「聞いてないの?ちゃん引っ越すのよ」
「・・・・・・。は?!」


玄関から家に上がろうとして、思わず足をつっかけて前に倒れそうになった。ていうか倒れた。


「引っ越し?なにそれ!」
「本当に聞いてなかったの?裏に引越しの車が来てね、お母さんもさっきちゃんに聞いたのよ」
「車?マジで言ってんの?!」


一度踏み外しながら家に上がって、裏口に向かって走った。勝手口を開けて裏の道を見ると本当にでかい引越し社の車が来てて、嘘じゃないんだと自覚した。

ていうか引越しって、俺なんも聞いてないし!
なんで言わないんだよあいつ!


「・・・」


明日言うってそれかー!


「引っ越してから言う気かよあのバカタレ!」


急いでサンダルを履いて、家の外を回って表に出てあの、がいたベランダのほうへ走った。の家はやっぱり明かりがあんまりついていなくて、なんだか寒い感じがした。


!」


はまだ、ベランダにいた。
手に持ってる何かを空にかざして、空を見上げてた。

ああ、あれはもしかして、

星座盤・・・


「お前、なんだよあの車!なんだよ引越しって!」
「ああ、やっぱバレた?」
「バレたって・・・、お前黙って引っ越す気だったのかよ!なんで言わないんだよ!」
「明日言うって言ったじゃん」
「明日じゃおせーだろ!なんで引っ越すんだよ、どこ行くんだよ!」


俺がこんなにも取り乱して叫んでるにも関わらず、はまたふふっと笑った。めずらしいね、ケースケがそんな怒るなんて。こっちから言わせて貰えばなんでお前はそんな落ち着いてんだって感じだ。


「ねぇあれ、覚えてる?」
「は?」


はそう、空を指差した。その指の先にはじわっと滲むように、でもはっきりと、一際輝く星が浮かんでいた。


「北極星」


北極星。夜空の中心。
夏でも冬でも浮かんでる、一番星。

確か、何年か前に、





まるで俺みたいだなって


「なぁ


はベランダから一度家の中を振り向いて、また俺に目を戻した。


「もう行くって。バイバイ」
「おい、!」


暗くて見えにくい中ではひらひら手を振って、ベランダからいなくなった。その後すぐに家から出てきたけど、やっぱり何故か笑って、のお父さんと一緒に車に乗り込んで、いなくなった。

あまりにあっという間で、あっけなくて、世界にぽつんと俺一人だけ置いていかれたような気がした。夜の暗さに近所の家からあったかそうな明かりが漏れる中、の家だけが真っ暗な夜に溶けていた。


その日の夜、母さんから、の両親が離婚したらしいと聞いた。もう何ヶ月か前からの母さんの姿を見なくなってて、引っ越すということは、離婚が確定したんじゃないかって。俺はほんと今更だけど、ここ数年に元気がなかったのはそれが原因だと、やっとわかった。

そんな話も、引越しのことも、まったく俺に話さなかったに、俺は腹が立った。きっと、色々悩んだり泣いたり、しただろうに、なんであいつは俺に何も話さなかったんだろう。

ずっと一緒にいた俺たちって、なんだったんだろう。
そう思うとどうにも悔しくて、その反面寂しくて、不意に涙がこみ上げた。

でももう隣にはいない。まともにさよならも出来ず、新しい家の住所も連絡先も聞けず、明かりがふっと消えるように俺の隣から、は溶けて消えた。

空を見上げればあんなにも星は出てるのに、世界はちっとも明るくなかった。














翌日。ふらふらと学校に行くと行きかう友達たちが「暗いなー」って隣に来てはいなくなる。だって、無理やりだろうと、とても笑えるような気分じゃないんだ。はあ、とまた息をつく。


おはよー」
「おはよー。おっすケースケ」
「おー・・・」


床を見て歩く俺の丸い背中にぽんと手が当たって、隣をが通り過ぎていった。


・・・あれ?


?!」


廊下中に響く素っ頓狂な声を張り上げると、俺の前でが振り返った。 は小さく笑ってた。


「お前、なんでいんの?!引越したんじゃなかったの?!」
「引っ越したけど学校は変わんないよ。学校変わるんだったらさすがにもっと早く言うって」
「はー?!どこに引っ越したんだよ!」
「2丁目のコンビニの裏のマンション」
「はあ!?目と鼻の先じゃねーかよ!!」
「学校も近くなってラッキー」
「おま・・・!!だからあんなさっぱりしてたんだなコノヤロ!」
「その上ケースケが気づいてないだろうことも計画的犯行だ!」
「シネ!シんでしまえ!!」


俺の涙を返せー!!
廊下でに蹴りを入れると「だから明日言うって言ったじゃん!」とも蹴り返してきて、騙された感じで恥ずかしくて、を蹴り続けた。バーカバーカって涙まで浮かべて笑い続けて、こいつはいつもそんなだから俺は今まで何も気づけなかったんだ。


今日という今日は、じっくり話を聞きだしてやる。痛かったこともつらかったことも。じゃなきゃ、俺の気が治まらないっつーの!















 

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