風がまだ冷たい時もあるけど、この薄紅色した花が咲いてるときっと誰でも言ってしまう。
春だなぁって。










Planetarium











「・・・えっ!?」


ハラハラ散る桜の花と同じくらいに頬をピンクに染めて、まともにあわせられずに移ろう視線がかわいらしい。驚きに目を見開きつつ、圭介はその目の前の女の子に思わず見惚れた。


「ま、マジで言ってんの?」
「うん、マジで」
「ほんとに?俺?」
「うん」


まだ驚き顔を押さえられない圭介の表情に、目の前の女の子ははにかんで頷いた。これがまたかわいい!と圭介はしつこいほどに頭の中で繰り返すのだけど。

なんてったって、目の前の少女は学校内では知らないヤツはいない、というくらい人気があって、中学に入学した時から先輩やら他校の生徒やらに騒がれてたような女の子。そんな有名人が何がどうしたら俺の前で頬染めて返事待ちしてるわけ!?と、内心穏やかではない。


「駄目、かな」
「いや、全然!俺で、よければ・・・」
「ほんと?」
「うん」


あー、よかったぁ。
そう胸を撫で下ろして赤い頬を両手で押さえる彼女は、照れ隠すように動く髪を撫ぜる。そんな仕草がまた圭介の胸に突き刺さった。


「いやでも、なんで俺?まさか佐伯に告られるとは誰も思わない、し」
「そうかな。山口君凄い人気あるよ?」
「は?俺?ナイナイ、そんなのない!」
「あるよー。みんないいよねーって言ってるもん」
「俺はさ、それだよ。いいよねー止まりなんだよ。告られるのとか全っ然ないし」
「そうかなぁ」


自然と高くなるテンションで、自分でも「浮かれてんなー」と思った。不必要にそわそわして、無意味に張り切っちゃって、声も身振り手振りも大きい。

昼休みの今、周りに人がいっぱりいる中、こうしてこの彼女と二人でいるだけで近くを通り過ぎてく多くの生徒や教室の窓際にいる生徒が遠巻きに二人に注目している。ああ俺、リンチとかされないだろうな。周囲の視線に痛みを感じる圭介は半笑いで思った。


「じゃあ今日、一緒に帰れる?」
「うん。あーでも俺、サッカーあるからすぐ帰んなきゃだけど」
「ああうん、わかってる」


おお、わかってるのか。
圭介はそんな彼女の発言ひとつにほんとに俺のこと好きでいてくれたんだなぁと感激を覚える。

彼女、佐伯紫はついこの前まで圭介と同じクラス、で3年になった今離れてしまった女の子だった。クラスメート程度には喋っただろうけど、そこまで親しかったというわけではない。お互い知らないことなんて、多様にあるだろう。


「じゃ、またあとでね」
「うん」


手を振って校舎のほうへ戻っていく紫を見送りつつ、うしろ姿までもがかわいいなぁなんて思う始末。一緒に帰ろうだなんてまるで彼氏彼女ではないか。


「ってゆーか彼氏彼女だし!」


己の中でのノリつっこみも冴えまくる。ああ、あれが俺の彼女になったんだなぁ、なんてずっと見てると、振り返った紫とばっちり目があってしまった。また手を振る紫にへらっと笑う圭介の顔の、なんてしまりのないこと。

”初彼女”

その響きだけで圭介の脳内はもう頂天まで昇天してしまっていた。


浮き足立って教室に戻っていく圭介の元に、呼び出されて出てった圭介を待ってた友達が一斉に集まってくる。”あの”佐伯紫に呼び出されたとなれば、友達はもちろん学校中が穏やかではない。


「圭介ー!なんて?佐伯なんて?!」
「はっはっは、それを俺の口から言わせるのかい」
「はー!?マジでー!?」
「ふざけんなよー!マジシネお前!!」
「はっはっは」


殴られてヘッドロックかまされて、ふざけてると思いきや本気で首が締まって。これが男の嫉妬か、コワやコワや。


「よ、スーパースター」
「よぉ」


教室の床で転がってる圭介たちの元へやってきて、さかさまにが顔を覗かせた。首に絡まってる腕を剥がして立ち上がると、が持ってた雑誌に目を留める。


「お、それ見た?カッコいーだろー」


それはサッカー雑誌で、アンダー15日本代表に選ばれた特集記事だった。もちろん代表入りした圭介も写真とコメント付きで掲載されている。むしろ俺の特集だ、と言いはるほど。


「代表選ばれるわ彼女できるわ、お前これで一生分の運使い果たしたな」
「バカ実力だよ実力」
「彼女って?」
「圭介告られたんだよ、それもあの佐伯に!」
「うっそぉ!」


腹の底から出たような声で驚愕するが目を丸くして圭介を見上げた。
誰にからかわれても愉快なだけだが、にバレるとなんだか、微妙だ。
圭介は恥ずかしいやら照れくさいやら、笑いながらも口をこもらせた。圭介にとっては家族みたいなもの。親に彼女がいるのバレたときのような感覚だ。


「あんたバカされてんじゃないの?」
「失礼だねキミ」
「だって佐伯さんでしょー?ありえねー釣り合わねー」
「実力だよじーつーりょーく!いい女にはいい男の魅力ってもんがわかるんだよーお前と違って」
「バカ見る前にやめとけ?佐伯さんのファンに殺されるよ?ああ大丈夫か。バカがバレてソッコーフラれるから」
「お前はそんなに俺の幸せが妬ましいか」
「長く続くといーねー」
「俺はねぇ、昔から物持ちがいーの。すぐなくしちゃうお前とは違うんだよ」
「捨てられないだけでしょ。何でもかんでも溜めるからアンタの部屋いつでも樹海なんだよ」
「っまー!まったくああ言えばこう言う。捻くれた人間に成長したものだな!いや昔っから捻くれてたなお前は」
「ケースケに彼女なんて世も末だぁー」


圭介の手から雑誌をひったくって、は自分の席に歩いていった。二人の言い合いなどすでに日常の挨拶のようなもので、特別いがみ合ってでも憎まってでもない。始まるのが自然なら終わるのも自然。


「こらー、お祝いの言葉がないぞー」
「はいはい。初彼女おめでとー」
「バァカそっちじゃないよ」


圭介は振り返ったの持ってる雑誌を指差した。
ああ、とは気づく。


「おめでと、スーパースター」
「ありがとー」


のどかな陽気の、幸せな春の始まりだった。

















 

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