手を交差して重ね合わせ、その両手の隙間から眩しい太陽を見る。
特に意味のない、俗に言うジンクスというやつだ。










Planetarium











「じゃーんけーん・・・」
「「ほい!!」」


お互いに勢い良く右手を出し合うと、次の瞬間圭介は机の上にうなだれて、はぐっと拳を握った。


「はっは!またの勝ちー。圭介よえー」
「うっせ!」
「どーもどーもゴチんなりまーす!」
「くっそー・・・」


机の上に置かれた弁当の包みをひょいとが持ち去ると、圭介はそこに残された小さな500円玉を見下ろした。

昼休みになると恒例のように始まる圭介とのジャンケン。それに友達も群がり勝敗を見守るのも毎日の行事と化していた。今週ですでに1勝3敗。もちろん圭介が3連敗中。


「お前には遠慮ってモンがないのか!」
「ジャンケンに遠慮もクソもないっつーのー」
「この幼馴染不幸者!親が泣くぞ!」
「あーおいし〜。さっすが、ケースケのお母さんの卵焼きはサイコーだね」


ジャンケンに勝ったはもうすでに弁当の包みを開けて愛ある手作り弁当を堪能しているというのに、圭介はこれからこの500円玉を持って1階まで下りていき、購買でパンを買って帰ってこなければならない。くぅっ、と嘆きながら重い腰を上げて、圭介は全力疾走で教室を出ていく。いってらっしゃーい!と騒ぐとクラスメートの声が無性に癇に障った。



購買ではすでに目ぼしいパンは売り切れていた。競争率の激しい惣菜系のパンは昼休みのチャイムと同時に走らなければ獲得できないのだ。残っていたのは普通のジャムパンやら小さいアンパンやら。どうにも腹が満たつ気がしない。でも待ちに待った昼飯の時間。買わないわけにはいかない。


「圭介」
「んー?あ、よぉ」


500円で買えるだけ買い占めた圭介は袋をぶら下げて教室に戻ろうと階段を上っていった。そこに、絵の具やら美術の教科書やらを持って声をかけてきたのは、出来立ての彼女。付き合うことになって格段に会話は増え、もう最初ほど緊張することはなくなった。というよりも、圭介自身いつまでも緊張感が持続する性格ではなかった。


「圭介ってパンだっけ?」
「ああこれ?いや俺は弁当持ってんだけどさ、ちょっとジャンケンに負けて、弁当取られたから今日はパンなの」
「なにそれ、とられたって誰に?」
。ああ、知ってる?」
「うん、さんでしょ?同じクラスになったことないから話したことはないけど」


紫と肩を並べて歩いていると、やっぱりそこらじゅうから視線が多く注がれた。圭介はそれを紫だからと思っているのだけど、実際は女子の下級生にも噂は広まっている。そんなことなどまったく知りもしなければ気づかないのも、圭介の性格だ。


「あいつがなぁ、もうジャンケンだけはいよーに強くてさ。俺今週で1回しか弁当食べれてないんだよ。俺の弁当なのに!」
「なんでそんなことになったの?」
「あー、あいつ母親いないから。いっつも購買のパンでさ、だからたまに俺の弁当と交換してたんだよ。それがいつの間にかジャンケン制になって、気がつけば俺ばっかパンになっちゃって、なーんだかなぁー」
「ふーん。仲いいよね、圭介とさん。よく一緒にいるとこ見るし」
「まー仲が良いといえば聞こえはいーけどただの腐れ縁だな。あいつは家が隣で幼稚園時から一緒だからさ。あ、今はもうあっちが引っ越して隣じゃないんだけどな。いわゆる幼馴染ってやつだ」
「へぇ」


隣に紫がいれば圭介は暇もなく喋り続ける。とにかく話題を振りまくことが大事だと何故か思っているし、それによって相手が笑ってくれればうれしいからだ。人と距離を詰めるのは、お互いのことを話し合うことが一番の近道だと理解していた。自分のことはもちろん、友達のことも家族のこともサッカーのことも、圭介は何でも惜しみなく話した。隠すことなど何もなかったし、そんな必要もないと思っている。


「あ、じゃあ一緒にお昼食べない?」
「あーいいけど、どこで食う?」
「圭介いつもどこで食べてるの?」
「俺はいつも教室で友達と」
「じゃあ圭介のクラス行こうかな」


圭介の話を隣でいつもふわりと笑って聞いている紫は、より笑顔を見せて頷く。それに圭介もつられるように笑顔になる。そんな二人はまさに理想のカップルと掲げられるような雰囲気だった。


「こら圭介おっせーぞ!」
「顔緩んでんぞー!圭介君キモーイ!」

二人の空気など構わない。それどころかぶち壊そうと言わんばかりのはしゃぎ声だが、圭介の周りではそれがいつもの空気だった。楽しいにこしたことはない。面白いにこしたことはない。明るいにこしたことはない。圭介自身が求めて作り上げてきた空気でもある。


「はは。あんなんだけど、いいの?」
「うん」


紫にとっては慣れない空気かもしれない。そういう気配りもわかっていた圭介は一応そう聞いてみたが、紫は笑って頷き弁当を取りに教室に走っていった。紫も紫なりに自分の世界に歩み寄ろうとしているんだなぁ。いい子だなぁ、なんてどこか感動まで覚えていた。

紫が弁当を持って戻ってくると、窓際で集まって昼食を食べている友達の輪の中に入っていった。紫がここに来ることなんて初めてで、誰もが少し戸惑うようにしながらもどうぞどうぞなんてイスを差し出す。清らかな花が一本加わっただけでいつも以上に高いテンション。圭介は余計なことを言われやしないかと内心ヒヤヒヤしながらパンの袋を開けた。


「ねーなんで圭介?いったい圭介のどこに惹かれたんですか」
「え?えーっと・・」
「やめなさいキミタチ。困らせるんじゃないよ」
「だーって勿体無いよなぁー」
「うん、勿体無い」
「勿体無い勿体無い」
「お前らな・・・」


うんうん。周りが総出で深く頷く。まぁこんな反応などわかっていたことだけど、と圭介はパックジュースにストローを突き刺した。


「親族代表としてどうですかサン」
「非常に心配です。彼女の今後の人生と成績が危ぶまれます」
「お前は黙ってろ」
「サッカー以外はほんっっとバカだから、バカうつらないように気をつけてねぇ?」
「その唯一のサッカーもサッカー”バカ”だしなぁ」
「お、うまいこと言うねてっちゃん」
「お前らもっといい話は出来ないのかね!もっとこう、俺の株を上げるような」
「「「「ないないないないない」」」」


お前らなぁ!
口にストローを挟んだまま怒鳴る圭介の口からジュースが飛び散り更に大騒ぎになる。メチャクチャに言われていじられて、こんなことでは紫の目にはただのアホにうつってしまうと心配になるが、もうみんなの輪に溶け込んでる紫も一緒になって大笑いしていたから、まぁいいか、と心の中で思う。


「そーだ、ねぇこれあげる」
「なに?」


が自分のカバンの中から雑誌を取り出して、机を挟んだ紫に手を伸ばして渡した。それはあの、圭介が代表に選ばれた記事が載っているサッカー雑誌。


「ケースケの唯一の威張れるとこなので、褒めてあげてください」
「貰っていいの?ありがとう」


圭介が学校外でサッカーをしている、ということは有名な話だったが、
それがどの程度のレベルでどのくらい凄いことか、まで知る人は近しいごく少数だけだった。雑誌にまで載るなんて、紫も知らなかったのだ。ぺらぺらとページをめくる紫はうれしそうに眺めていた。


「お、いいね。そうだよそーゆーとこを推していきなさいよ」
「褒めるとこが少ないと気ぃ使うわー」
「一言多いんだよお前は」
「そーいやそういうサンも、こないだの記録会で自己新出したんだろ?」
「さっすがてっちゃん。よーく気が回ってらっしゃる」
「お、マジで?」
「マジ。好きなだけ褒めろ」
「はは。お前の足が速いのは、昔から鍛えてやった俺のおかげだ。感謝しろよ」
「いつあたしがアンタに鍛えられたのよ」
「俺がサッカー教えてやったからだろー?」
「アンタがサッカーしかしなかっただけでしょー?」
「そのおかげで今があるんだろー?」
「それしかないけどねー」
「ああんっ?!」


口の止まらない二人は睨み合い、同時にガタッとイスから立ち上がる。


「ちょ、やめなよ、」
「あーいいのいいの。ほっといて、いつものことだから」
「でも・・」


ここではそんなことは、日常のこと。紫以外誰一人として焦るどころか仲裁にも入らず、それぞれに食べ終えたランチを片付けはじめていた。


「佐伯さん、悪いこと言わないから早く目覚ましな。バカがうつる前に」
「え、」
「こんなやつの言うこと聞くなー紫。口の悪さがうつるぞ」
「あの、」
「誰の口が悪いっていうのかしら」
「自覚ないのか重症だな。性格悪いと口が悪くても気づかないんだなぁ」
「アンタの脳みそとどっちが重症かしらねぇ!」
「お前の口の悪さに比べりゃ俺なんてエジソン並みだっつーの!」
「「ッバァーカ!!」」


けっ、とお互いに吐き出して離れていく二人を他所に、クラス中はいつもの余興気分で笑い声が上がる。ケンカの終わりがいつも「「バァーカ!」」なあたり、二人とも同じレベルだよ。誰かの落ち着いた声を聞いて、唖然としていた紫にも次第に笑みが戻った。

まだ怒り覚めやらぬのは、当事者二人、のみ。













 

1