友達も先生も、普段あまり喋らないやつにまで声をかけられては、付き合ってんの?と言われる。あいつはほんと、人気者なんだなぁ。 Planetarium 生徒が溢れる、チャイムがなる10分前の校門。圭介を見つけた紫は、何やらうれしそうに含み笑いをして駆け寄ってきた。 「どしたの」 「あのね、今日お弁当作ってきたの」 「え、俺に?!」 「うん」 マジでー!? 同じように登校中の生徒たちが流れていく波の真ん中で圭介の声が大きくこだました。二人でたびたび一緒に昼ごはんを食べるようになって数日、圭介はいつだったか紫が「今度お弁当作ってくるよ」と約束していた。紫が見せるカバンの中の弁当の包みを見て、圭介は更に大げさなほどに喜んだ。 そこへ・・・ 「見せ付けてんじゃねー!!」 バシーン!と頭に響いた衝撃と共に聞き覚えのある声が耳を突き刺した。のほほんとした圭介と紫の空気を横からなぎ払うように、暴走族並みの集団自転車が通り過ぎていく。その中のひとつのうしろに乗っているが、頭を押さえる圭介を見てケタケタ笑うのが見えた。 「いってぇ〜・・、!!」 「朝っぱらからニタニタしてんじゃねーキモイ!」 「おま、紫のお手製弁当落としたらどーしてくれんだよ!」 「手作りぃ!?」 「うらやましーだろー」 「死んじまえー!!」 嵐が去るように自転車族が昇降口のほうへと消えていく。 まったくあいつらは! のカバンがクリーンヒットした頭を撫ぜながら、圭介と紫は騒がしい自転車置き場の前を通り過ぎた。 誰かの弁当のから揚げの匂いが教室に漂う昼休み。いつもなら4時間目が終わると同時に繰り広げられるはずのジャンケン大会が、今日は予定が狂っていた。 「出せ」 「は?」 どう見てもジャンケンなんてする調子でないは、圭介の前に手を差し出して何やら強要してきた。 「何を?」 「お弁当」 「有無言わさずに人の弁当を奪い去ろうってか。さらに横暴だな」 「アンタは彼女のアイラブ弁当があるんでしょー?それも食べて自分の弁当も食べる気?」 「おー食ってやるよ。お前に無償でやるくらいならな」 「バァカ。それじゃあ佐伯さんが足りなかったかなって思っちゃうでしょ」 「・・・」 それもそうか・・・ 思わぬ口撃に圭介は反撃を忘れてしまう。 「彼女の作ったお弁当を気持ちよく受け取るには、彼女の弁当だけを全部食べきること。これ鉄則」 「・・・」 「出せ」 「・・・」 納得いかない気もするが、圭介は言われるがままに自分の弁当をに差し出した。よーし弁当食べるぞー。いつものメンバーが窓辺で集まってそれぞれに昼食を広げた。 なーんだかなぁー、と圭介が首を傾げると、教室のドアから紫が呼んで手招いた。その手にはちゃんと弁当が二つ抱えられていて、圭介はころっと表情を変えて紫によっていく。 「ねぇ、今日は別のとこで食べない?」 「え?なんで?」 「ちょっと恥ずかしいよ」 「ああー」 自分で作った弁当を見られるのが恥ずかしいという。別に気にすることなんてないのに。そう思いながらも、紫がそう言うのなら仕方ないか。 「俺ら中庭で食ってくるからー」 「いちいち報告すんな!さっさと行けバーカ」 「いやいや、キミタチにも幸せを分けてやろうかと思ってさー」 「シネ!シンでしまえ!!」 「なはは!」 割り箸やらパンの袋やらが飛んでくるのを避けながら、圭介は教室を出ていった。 もうすぐ4月も終わる頃。学校の中の桜は全部緑の葉桜へと変わって、短い春も時期に終わる。 「おいしい?」 「うまいうまい、めちゃうまい。すげぇなこんなの作れんだ」 「そのくらい誰でも作れるよ」 「そんなことないって、俺に卵焼き作らせたらヒドイよ?」 中庭で弁当を広げた紫の弁当は女の子らしく色彩に溢れ、少し形が崩れたかわいさ。その若干の未熟さ加減がまさにお手製といった弁当で感動せずにはいられない。 「さんってお母さんいないんだっけ。ごはんとか自分で作ってるのかな」 「んーたまには作ってるみたいだけど、コンビニとかと半々だな。栄養偏ってるから性格も偏ってるんだよきっと」 「でも大変だね、お母さんいないとさ」 「まぁな。親父さんも仕事忙しい人だからあんま会わないってゆーし」 「そうなんだ」 隣で弁当の中のおかずを見つめて、紫は少し、トーンを落とした。何か余計なことを言ってしまっただろうか。そう思って圭介は直前までの会話を思い出してみたが、これといって気になる点は思いつかなかった。 「どうかした?」 「や、なんて言うかさ・・・」 「あ、なんかがむかつくこと言った?後で俺殴っとくから、全部言って」 「ううん、あたしじゃなくてさ」 「ん?」 「きっと冗談だし、こんなの気にするほうがおかしいのかもしれないんだけど、さん、よくシネとか殺すとか言うじゃん。ああいうのって、冗談でもあんまり気分よくないかなって。あんまり好きじゃないんだ、そういうの。細かいかもしれないんだけど」 「・・・ああ、」 確かにアイツは非常に口が悪い。言われてみればそんなこと、冗談や面白半分で言うほうが嫌な気にさせるのかもしれない。 「なるほどなー」 「ゴメン、別にあたしが言われたわけじゃないのに」 「いや紫が正しいよ。あー俺も時々言っちゃうなー。うん、やめるよ。ゴメンな」 「ううん、あたしもごめん。細かいよね」 「ううん」 仲間内だと、大抵のことは笑って許される。内輪でこそ成り立つ空気というものもあるけど、まさか世界はそこだけではないんだから、大事なことだ。 ああきっと、紫にこれを言われたことはずっと忘れないだろうな。 そう、圭介はおかずをぱくりと口に入れながら思った。 弁当を食べ終えると校舎に戻っていって、教室の前で紫と別れた。愛ある弁当に胸もいっぱいで、恋人っぽいなぁなんて改めて噛み締めてしまう。かわいくて小さめで女の子サイズで、ちょっと足りない気もするけども。 まぁいいか、今日は練習ある日じゃないし。そう教室に入っていくと、まだ窓辺でたむろっているみんなが張り裂けんばかりの勢いでゲラゲラと笑っていた。 「何笑ってんのー?」 「おお、おかえり圭介。田淵が鼻から牛乳吐いたんだよ!」 「はは、何やってんだよ」 「フザけんなよお前ー!かかったっつーのー!」 「お前が笑かすからだろー!」 「鼻!鼻からまだ出てるから!」 「きったねー!!」 腹を抱えてゲラゲラ笑い転げるみんなの後ろで、圭介は笑いながらも、どこかその空気から漏れているような気がした。最初からここにいて笑いの現場を見たわけではないから、完璧に入り込めなかったのだ。 「よーしもっかいいくぞー、次だれだー?」 「何?俺も混ぜてよ」 「お前は紫ちゃんとイチャイチャしてろよバカ」 「・・・」 軽く頭を殴られて、圭介を無視して何かのゲームが始まる。いつもなら笑いのひとつとして流せたそのささいな行動。そんな何でもないことが今は、妙に圭介の心に巣食った。ぎゃはは!広がる笑いが一枚壁を隔てた向こう側で湧き上がってるような気さえした。 「もー駄目駄目!こーゆーのは恥ずかしがっちゃ出来ないんだって!」 も普通に、ちゃんとこの空気に混ざっている。当たり前だ。それがいつものことなんだから。こんな気になっているのは自分だけか、と圭介は考えないようにしようとした。いつも一番笑いをとってはしゃいでる自分が暗かったら空気が悪くなる。 「はい交代。こーゆーのはケースケが超得意なの」 「え?」 突然話を振られて圭介は意識を戻した。 は机の前のイスを空けさせてそこに圭介を座らせる。 「よしこれ優勝決定戦な。圭介勝てばいきなり優勝だぞ」 「なに?何すんの?」 「口に牛乳入れてにらめっこすんの!」 「・・・バカだろお前ら」 「ああっ?お前だっていつもフツーにやってんだろーが!」 「はいはい、いくよー。ケースケ用意!」 「お前俺に勝てるやつなんていると思ってんのー?」 「ぜってー負かしてやる!」 みんなの真ん中に座らされて牛乳を口に入れると、みんなが声をあわせてにらめっこの音頭をとる。勝負はもちろん、対面しているヤツが堪えきれずに牛乳を吐いて圭介に軍配が上がった。 ほらーケースケ得意なんだってこーゆーのー! ゲラゲラ笑うとみんなの声が、さっきよりぐっと近くで沸き起こって、背中をバンと叩いたのせいで牛乳を吹き出してしまった。 「ぎゃー!吐くなバカ!!」 「っげほ、お前が叩くからだろ!」 「そこは鼻から出さなきゃ圭介〜」 「そんな技持ってねーよ!」 むせ返るほどの大きな笑い声で、チャイムがなるのも気がつかないほど転げた。 やっぱりこんな空気が一番好きだなぁ。 まだむせている涙目の奥の奥で圭介はポツリと思った。 「ケースケ」 昼休みが終わって授業の準備をしようかとみんなが席に戻っていく中で、がぽいと何かを投げて寄こした。それを受け取った圭介が確かめたのは、購買のパンだ。 「ん?」 「余ったからあげる」 「余ったって、お前弁当食ったんだろ?」 「みんなで分けて食べたからパンも買ったのー」 「あ、そう」 「あの弁当箱じゃ足りないでしょ」 「は?」 「授業中におなか鳴らさないでよ。笑うから」 「ああ・・・」 そういえば、足りないなぁと思ったっけ。 席に座るを見て、圭介はおなかを撫ぜながらふと思い出した。 紫といいといい、女は意外と目ざとい生き物なのだなぁ。 午後の授業のチャイムが鳴り響く中、圭介は思った。 |