移ろいやすい春の陽気が落ち着き、3年になって1ヶ月が経とうとしていた。 それはつまり、彼女が出来てからの日数でもあります。 はい、1ヶ月が経ちました! Planetarium ゴールデンウィークが終わって、久しぶりにみんなに会った。連休だったといっても、これから夏に向けて中学最後の部活シーズン。それぞれに練習やら試合やら忙しかったらしい。そういう圭介もこの連休はクラブの合宿で休みは初日と最終日だけだった。 「ー」 放課後になってみんなが教室から出ていくのに、が一人担任に呼び止められた。教室の中じゃこれから部活に行くサッカー部やら野球部やらが練習着に着替えていて、そんなみんなの間から圭介も「なんだなんだ?」と教卓のほうを覗く。 「お前進路希望の紙まだ出してないだろ」 「ああ、忘れてた」 「もう3年なんだからあんまりゆっくりしてられないぞ?大体の希望は決めてるか?」 「べつに、何でもいい」 「何でもいいじゃないよ、マジメに考えろ」 黒板の前で先生と話してるはどうやら進路の話をしているようだ。中学生活も3年目。進路の話は頻繁に行われるようになってきた。でもは先生の話も気持ち半ばで机の上に座って足をプラプラさせる。 思えば圭介もと進路の話なんてしたことがなかった。というか、圭介の周りでは勉強関係はタブーでテスト中だろうと遊びに行くことばかり喋っているから、ふとそんな時期なんだなぁと軽く思う程度。 「圭介、」 そんなを、同じように机の上に座って見ていた圭介を紫が呼んだ。いつものように教室のドア口から紫が顔を出し、圭介は机からひょいと飛び降りる。 他の友達はみんな部活組。も放課後は遅くまで部活。学校外でサッカーをする圭介はいつも友達が着替え終わるまで喋って、その後みんなと別れて帰っていく。そんなずっと同じだったサイクルが、3年になってからは紫と一緒に帰るというオプションがついた。 圭介がじゃーなーとみんなに手を振って紫と帰っていくのはもう見慣れた光景となっている。まだ先生の話を聞かされてるの背中の後ろを通り過ぎて、圭介は紫と出ていった。 「ゴメン圭介、あたしちょっと職員室呼ばれててさ」 「ああ、じゃあ下駄箱にいるな」 「うん」 「紫も進路?やっぱもうみんな考えてんだなー」 「そーだよー。ノンキなの圭介くらいだよ」 「俺は入れればどこでもいーからな。そして出来れば近くがいい」 圭介は高校に進学しても部活でサッカーをするわけではないから、特に進路に悩む様子もなかった。悩むことと言えば頭の出来とテストの点数と受験。なのに周りでは確実に進路説明会やら塾やら受験戦争やら、忙しそうだなぁと傍観する。でもあんまり大きな声でそんなことを言うと反感を買うから黙っておこう、と学習したところだ。 1階まで降りてくると職員室に向かっていった紫と別れ、下駄箱の前で座り込んでると、さっき教室で別れたはずの部活組が通り過ぎていってしまった。紫は思いのほか職員室から戻ってこないし、圭介は下駄箱前の廊下で一人暇を持て余す。 すると、静かな廊下の先から軽やかに弾む足音と小さな鼻歌が聞こえてきた。なんだか聞き覚えのある鼻歌。そう思って廊下にべたりと寝転がって階段のほうに首を伸ばすと、やっぱり上からが下りてきた。 「ー?」 「あれケースケ、まだいたの?」 「おー紫さん待ちだよ」 パタパタとかけてくるは、弾むように歩いて本当に嬉しそうな顔を満面にしている。アレは浮かれてる顔だな、と体を起こす圭介に、は滑り込んで圭介に激突して目の前に座った。 「ケースケ聞いて聞いて!」 「痛いよお前。はいはい、どうしました?」 「今度授業でプラネタリウム行くんだってさ!」 「え、マジ?!」 「マジー!」 どうりで、バシバシ圭介の膝を叩いて、随分と子供に返ったような顔で浮かれていると思った。は相変わらず星関係が好きだった。でも中学になってから部活が忙しくて、プラネタリウムなんて行く機会もない。そんなを興奮させるには十分な行事だ。 「プラネタリウムなんてさぁ、小学校以来だよねー」 「そーいや社会見学かなんかで行ったな。もう5年前か、年とったなー俺らも」 「だねぇ、まだ小3くらいだったもんねぇ、かわいかったよねぇ」 「そういや、お前あれまだ持ってんの?俺があげた星座見るやつ」 「ああ、持ってるよ?」 「マジ?お前にしてはやけに物持ちのいい・・・」 「殴るよ」 「遠慮しときマス」 が拳を振りかざし、防御の体制をとる圭介だけど、それでもは止められない笑いをこぼした。それはもう腹の奥から気持ち悪いほど。 「まぁお前もあれだけはミョーに大事にしてたもんなぁ。なのになくしちゃってボロボロ泣いてたよな」 「なくしたんじゃないよ、捨てられたの」 「えー?そーだっけ?」 「そーだよ、お母さんにさ」 「そういやおばさんは?たまには会ってんの?」 「全然」 「まったく?そりゃ寂しいな、会いたくないの?」 「べつに」 「べつにって。メシは?ちゃんと食ってんの?」 「食べてんじゃん、毎日ママの手作り弁当」 「アレは俺の弁当です」 「感謝してるわダーリン」 「キモッ」 今度は有無を言わさずにの平手が額に入り、放課後の廊下にペシッといい音が響いた。でも圭介は、はテンションが高い時こそよく手が出ることを知っている。他人には絶対に手を上げないあたり、の下手な愛情表現だと理解している。 昔はそれが全力だったからよくそこからケンカになったものだが、今のはそれなりに力の調節も出来て、オトナになったのだコイツも、と見守る親の心境だ。 「ねーケースケ、あの星座盤もらった時にさ、屋根上って星見たの覚えてる?」 「覚えてる覚えてる!あん時の感動は未だに忘れないね」 「だよね!あたしもさ、今でも星見てきれいだなーとか思うけど、あの時はもっとこう、 目からドーンって入ってくるみたいなさ、すごい衝撃があったもん」 「うん、あれはすごかった」 「あの時の衝撃は絶対忘れられないよ、一生忘れない」 あの日見上げた星空。 も同じように感動を覚えて、今でも覚えている。 「きっとさ、俺たちみたいに星を見てすげぇ衝撃受けた人がさ、今日も明日もあさっても見続けることが出来たらってプラネタリウムを作ったんだろうな」 圭介がそう言うと、は両手で頬を覆って、ビックリしている顔をして 目も口もぽかりと開けてジッと圭介を見つめた。 「なんだよ」 「ケースケ今いいこと言った!」 「は?」 「なによケースケ、アンタ彼女出来てこう、感受性ってモンが上がったんじゃないの?さっすが彼女持ちは言うこと違うわー」 「バァカ、俺は元々オトメチックなの」 「オトメて!」 ぎゃははっ・・・ 部活の声が重なる外と違って、静かな放課後の校舎内に騒がしい声が反響していた。周りを歩いていく他の生徒がみんな振り返るほど笑い声が弾んで、の手もバシバシ圭介を叩いて。その二つの声を、職員室から戻ってきた紫も耳にした。 誰もいない広い廊下の端で向かい合って座り込んで、ゲラゲラ笑い転げる。ケンカしているところもよく見るけれど、それ以上に笑い盛り上がっている二人はよく見るのだ。 「お、紫」 「あ、おかえりなさーい」 そんな二人に近づいていって、の背中に近づいたところでようやく圭介の視界に入った。圭介とは同じように涙目で笑いを引きずって、息切れしながら紫を見上げる。 「何そんなに笑ってるの?」 「え?だってさぁ・・・あれ、なんでだっけ」 「だからケースケが・・・、あれ?なんだったっけ」 なんだっけ、と言いながらまだ笑い続けて、結局二人は思い出せないまま。 「お、遅刻だ。バイバイ佐伯さん」 「うん。部活がんばってね」 「さーんきゅ」 時計を見上げるとすでに4時を回っていては立ち上がった。部活がもう始まってる時間だけど、先生に呼び止められてた、と言えば立派に代議名文が働くだろう、と先生との話の倍は費やした圭介との時間をもみ消してしまう算段を立てた。 靴を履き替えて陸上のシューズを持って昇降口を出ていくの後で、圭介も立ち上がってさぁて帰ろうと靴を履き替える。 「紫ー?」 「え?」 靴の先をトントン、歩き出そうとした圭介は振り返った。 紫がまだ靴も履き替えずにそこに立ち尽くしていたから。 「何してんの、帰らないの?」 「あ、うん」 圭介が履き替える下駄箱の、もうひとつ奥の列の下駄箱で紫は靴を履き替える。 「あ、思い出した」 「え?」 昇降口を出て歩き出したところで、突然圭介が声を張り上げる。なにを?と隣で見上げる紫に振り返って、すっきりしたような笑顔を見せた。 「今度プラネタリウム行くらしいよ、行事で」 「え、ほんと?」 「そうそう、それでアイツ喜んでたんだよ。あいつプラネタリウム好きでなー。それから話が二転三転してただの笑い話になったんだ。うん、それで笑ってた」 「そう。それずっと思い出そうとしてたの?」 「だって人が楽しそうに笑ってんのに自分が混ざれないのってなんかカナシーじゃん?」 「うん・・・」 それから圭介は、昔見た星空に感動したこと、小学生の時に星座の勉強で貰った星座盤のこと、さっきまで笑っていたことを思い出しながら紫に話して聞かせた。それを紫は隣で聞いて歩いた。 |