少しずつ日が沈むのが遅くなり、星を綺麗に見るにはよほど遅い時間でなければならない季節。
そんなことはお構いなしに、ここはいつでも満天の星空を広げる。










Planetarium











円状に並ぶ座席の中心に大きな大きな機械が重々しく居座っていた。あの機械から光が、この暗いドームの天井に照らされてあの星空を作るのだ。周りからはプラネタリウムなんて、どうせなら遊園地がいい、という声も聞こえていたが、いざここに来ると誰の顔も期待に溢れて、ドームに広がる騒がしい声たちは落ち着きがなかった。完璧に外の光が遮断されたドームの中で、天井の小さな証明が点々と灯る。


「圭介、お土産のとこ行かない?」
「ああ、行く行く」


遠足気分で持ってきたおかしを広げていた圭介は、紫に誘われて座席の間を抜けていった。圭介の席の周りではいつも一緒にいる友達たちが囲んでいて、でも圭介の隣の席だけは空いていて、そこには黒いカバンが置かれていた。

ドームの外、ロビーの一角に、星の本やポスターカードなどが置かれた小さな売店が作られていた。そう大して大きくないその場所にはすでに何人かの生徒が押し寄せていて、それに近づいていくと、いくつか見える制服の後姿の中にを見つけた。は二つの小さな本を睨んで何やらうんうんと唸っている。


「何うなってんの?」
「あ、ねーケースケ、これどっちがいいと思う?」
「どう違うの?」


後ろから現れた圭介と紫に、は持っていた2冊の本を見せた。
それは星座が描かれているポスターカードの冊子。


「こっちが夏の星座のでこっちは冬の星座。ね?悩むでしょ?」
「なんじゃそりゃ。そんな悩むことかい」
「悩むよ。だって夏には天の川の写真があるし、でも冬の大三角形も捨てがたいんだよ・・・!」
「どっち選んだってお前は後悔するよ、どっちも買っとけ」
「やっぱりそう思う?」


すごくそう思う。と圭介は深く頷いた。たとえ圭介が「こっちがいい」と選んだところで、は「じゃあそっちにする」と言うはずもない。結局どちらも買うことにしたは、その2冊を持ってレジに向かっていった。


「紫、なんかほしい?ほしいのあったら買ってやるよ」
「えーほんと?どうしよっかな」
「1000円以内でよろしく」
「あはは」


笑って品物を見渡す紫は、金色のキーホルダーを手に取る。ほんの数百円のものだけど、圭介にそう言われたことが紫は嬉しかった。圭介も同じキーホルダーを買って、二人で同じものを持てたことに笑顔を綻ばせた。

そうしていると、そろそろ始まるからと先生の声が響いて、生徒たちが中へ戻っていく。その波に続くように圭介と紫も戻ろうとすると、がケースケケースケ!と呼んで走り寄ってきた。


「これ持ってってー、トイレ行きたい」
「早くしろよ、もー始まるってさ」
「うん」


そう、は圭介にさっき買ったものが入った袋とパックジュースを手渡してトイレに走っていった。それを預かった圭介は出入り口に歩きながら、飲んでやれ、と刺さっているストローに口をつける。

紫は何度も、そういうところを目にしてきた。飲んでいたペットボトルをにあげるとか、弁当を二人で分けて食べるとか、そういったことを圭介ももあまり気にしない。ごくごく、自然なことだから。


「紫?」


ふと隣を見ると紫がいなくて、圭介はうしろで立ち止まっていた紫に振り向いた。


「どした?」
「あ、あたしもトイレ行くから、先に行って」
「ああ、じゃあまた後でな」
「うん」


他の生徒と同じように流れて圭介は中へ戻っていった。

中へと消えていく圭介は、当たり前だけど振り返らない。
いつからかいついた形ない不安が紫の胸に巣食っていた。


「あれ、佐伯さん」


はと意識を戻すと、手をプラプラ振って水を飛ばすがいた。


「どーしたの?ケースケは?」
「あ、もう中に入ってった」
「なにぃ?佐伯さん置いてったの?あいつめ、あとで殴っといてやるからね」
「ううん、そんなんじゃないよ」
「ん?」
「・・・」


笑いながらも、には紫の表情が雲って見えた。
どうしたの?と何度聞いても、答えずらそうに喉を詰まらせるだけ。


「なに?ケースケとなんかあった?」
「ううん、」
「なになに、どーしたのー。なんかあった?あ、気分悪い?」
「ううん・・・」


紫の顔を覗き込んで、本当に心配そうには顔を近づける。心配してそう何度も何度も聞いてくるは、圭介にそっくりだと紫は思った。


さん、圭介と席、隣なんだよね・・・?」
「え?うん」
「・・・」


席はクラス別に別れていて、その中でも座る場所は決まっていた。でも圭介とのクラスでは誰もそれを守らずにみんなそれぞれに好き勝手に座って、圭介とも当たり前のように隣に場所を取っていた。圭介の隣の空いていた席にあった黒いカバンは、のものだ。


「え?それが何?」
「ううん、べつに・・・」
「・・・」


紫の胸に巣食っていた思いは、二人にはごく当たり前すぎて、気づかなかった。小さい頃から一緒で、それが日常だったのだから。


「・・・あ、じゃあ、席代わろうか」
「え?」
「佐伯さん5組でしょ?プラネタリウムって後ろの席のほうが全体が見えて楽しいんだよ。ね、お願い。代わってください!佐伯さんだってケースケの隣のほーが楽しいでしょ?」
「でも・・」
「いーのいーの、あたしあいつの隣でもちっとも楽しくないし」


からりと笑っては紫の背中を押して中に入っていった。


「はいどいてどいて!」
「おせーよ、もう始まっちゃうぞ」
「うるさいよ、ケースケ、カバンとってカバン!」
「は?」


もう照明が徐々に消えていっていた。そんな中で戻ってきたは圭介の隣の席からカバンを取って、背負う。


「どこ行くの」
「佐伯さんに席代わってもらうんだー。うしろのほーが綺麗に見えるんだもん」
「は?」


じゃーね、とさっさとは紫を置いて、段を駆け上がっていった。場内には音楽が鳴り出して、もう始まる雰囲気を出していたから圭介はとりあえず紫を隣に座らせて、何だよアイツとに渡されてたジュースのストローをまた口にした。


「ごめんなー紫、あいつ我侭で」
「ううん・・」
「まったく、あとで殴っとこ」


体に振動する映画館のような音楽が鳴り止むと、場内はシンと静まって真っ暗になった。ナレーションが流れて少しずつ中央の機械が明かりを持ち始める。


「あたしプラネタリウムって初めて」
「そーなの?」
「うん、来たことないし、行く機会もなかったし」


声を小さくして囁くように話していた。天井に点々と光が映し出されると場内からわっと歓声のような声が上がって、星が光り始める。


「ねぇ知ってる?本当に好きな人とキスすると、星が見えるんだって」


満天に見える天井を見上げながら近くで聞こえる紫の声に、圭介は少しドキリとした。乙女チックだなー。そう笑って誤魔化すのが精一杯で。


淡く浮かぶ星たちは、キラキラと輝いてそこらじゅうからため息が聞こえてくる。ナレーションと共に動いていく星が誰の目も釘付けにさせていた。


「・・・」


でも、みんなと同じそれを見上げているのに、何故か圭介の目には寝る前に見上げる豆電球のように映っていた。やっぱり昔見た星空のような衝撃は、ない。星の量は断然多いのに、なんで響かないんだろう。こんなにも綺麗な星空なのに。














帰りはその場で解散になって、溢れるほどの生徒が電車に乗る。
駅に着くたびに少しずつ人は減っていって、紫も降りていった。

電車がまた動き出すと、圭介はドアにトンと背中をついた。ふと中を見渡すと、ひとつ奥の出入り口にがバーに掴まってだらしなくたっているのが見えて、そっと近づいていく圭介はの後ろからカクンと膝を崩した。うわ、と驚いて振り向くに蹴られるところまで計算済みで。


「お前今日楽しかった?」
「ん?楽しかったよ?」
「そーか?なんか俺あんまり楽しくなかった。あん時の星のほーが全然感動したし」
「まぁそれはね」
「後ろのほーが綺麗だった?」
「さぁ、見比べたわけじゃないし」
「あそっか」


タタンタタン、と電車は揺れて、人が少なくなっていく電車の中は元の静けさを取り戻して、窓の外で景色は流れて、特に話すことのない圭介とは黙ったまま。

別に会話がなくてもなんとも思わない。
そんな時だって当たり前にある。


そのまま電車はゆっくり速度を落としてまた次の駅に着き、バーにもたれていたがしっかりと立った。前までなら降りる駅も一緒だったけど、今は違う。駅に滑り込む電車のドアが開くのを待って、はじゃあね、と口先で言った。





プシュ、とドアが開いて、人が降りたり乗ったり。
一歩電車から降りたが圭介の声に振り返る。


「そーゆーことさ、すんなよ」
「・・・」


圭介は、分かっていた。は紫に席を代わってほしいなんて言わない。昔からは人見知りなところがあって、仲間以外の前じゃ決して横柄な態度はとらないんだ。いくら圭介の彼女、といっても、と紫がそこまで馴れ合ってないのは十分に分かるし、相手に合わせる面のあるは、無理を言わない紫に向かって無理なんて絶対に言わない。

それよりも、何よりも、にそんな気の使われ方をしたくなかった。

そんな圭介の思いを知ってか知らずか、振り返ったはまるで、他人に向けるような笑顔を見せた。


「せーぜーフラれないよーにね」


発車のベルに乗るの台詞が圭介の耳にギリギリ届くと、
ドアが閉まるより先には歩いていった。


ドアが閉まって、また電車は動き出して
景色が流れて、体が揺れて


ゴツン、


ドアの窓に額をぶつけた。














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