今まで、何度この景色を見てきたかな。 あと、何度この景色を見るのかな。 STAND BY YOU!! File1:体育館の怪 ![]() 「制服間に合わなかったのか?」 「はい」 「そうか、まぁうちはそこまで服装厳しくないからそんなに目立たないと思うよ」 「はい」 「うちのクラスはうるさいけど、その分明るいクラスだから、早く溶け込めると思うし、分からない事はなんでも聞いてくれな」 「はい」 これから担任の先生となる人のうしろをついて歩き、教室に入る前に廊下で待たされた。先生が教室に入ってくると幾分か静かになった教室で、しかし先生の挨拶は聞かずに教室の中の生徒たちはみんなドアの外に、私に首を伸ばして覗く。先生がこっちに目を寄こして合図してきて、私はその好奇の視の渦の中に足を踏み入れた。 「です」 上がりもせず下がりもせず、どこに焦点を置くわけでもなく言うと、それと同じ私を見るどの目もニコリともせずに受け止めた。ここで拍手が起こったり誰かが声をかけたりする学校もあったけど、このクラスは何もなかった。教室の中はざわざわと騒がしいけど私はもうそれ以上言うことはなくて、そうすると先生が「他に言う事はない?」と聞いてきたから「ありません」と答えた。 「じゃあ席はあの、廊下側の一番うしろな。若菜」 「あい!」 先生が廊下側一番うしろの席の空いている席を指差しながら、その席のひとつ隣の男の子を呼んだ。呼ばれた明るい髪色をした男の子は、くりっとした目をさらに大きく輝かせて手を上げて立ち上がる。 「あいつの隣だ」 「はい」 教壇から下りて教室のうしろの席へ歩いていく間、もちろんずっとクラス中の視は向けられていた。 かわいい? うーん、普通。 なんか暗そう。 なんで転校してきたのかな。 私に聞こえない大きさで話題が飛び交う。それはどこでも一緒だった。 「もしもーし」 集まってくる視線からそれとなく視線を外して、席に座り夏休み明けの先生のお決まりな話と今日の日程が話されている中、その話を聞いてない様子の隣の男の子が私にヒラヒラと手を振った。目を向けると、彼はニコリと警戒心を感じさせない無邪気な笑顔を見せた。 「よろしく。俺若菜結人」 「よろしく」 「それどこの制服?」 「桜木ニ中」 「桜木ニ中?結構近いところから来たんだね」 彼、「若菜結人」君は、机から少し身を乗り出すほど興味津々に話題をかけてきた。この私の水色のチェックのスカートがきれいだと言って、うちの制服は茶色だからそっちのほうがきれいだよな、と笑った。 「このへんに引っ越してきたの?」 「寮に」 「あ、寮に入るんだ。寮入るヤツって今はあんまいないんだよね。地方のヤツだけじゃない?」 「らしいですね」 「はは、なんで敬語?」 笑顔を絶やさない彼から何かの匂いがすると思ったら、彼は口の中に赤い飴玉を入れていた。着色料たっぷりの大きな飴玉。彼が喋るたびにチラりと見えて、口を閉じればコロコロと転がしていた。 「うちの学校って絶対なんかの部活入らなきゃダメなんだけど、なんか考えてる?」 廊下側一番うしろ。そんな教室の最端の席から隣の彼を見ていると、こっちを見ている人と頻繁に視線がぶつかる。そんな目から視を逸らし、隣の彼からも目を外して彼の問いに首を振った。 「前の学校では何かしてた?」 「ううん」 「そっか!じゃあなんかやりたい部ある?」 隣からぐいと頭を近づけてくる彼は目をキラキラさせて私の返事を待った。 「べつにない」と答えると彼は右手をグッと握って「よっしゃ!」と笑う。 「じつはさ、」 「こら若菜!仲良くなるのはいいけどその前に移動しろ」 「え?どこに?」 「講堂だよ、話聞いてなかったのか?」 「あ、はは!聞いてなかった!」 「お前なぁ」 悪びれる様子もなく彼は笑い飛ばす。一見人懐こく見えるこういうタイプは、人に疎まれる事も嫌われる事もない得な性分だ。始終笑ってるからいい人に見えて、でもその笑顔の奥では何を考えているのか、分からない。 「始業式だって。入学式みたいだな!」 彼はそう言って私が席を立つのを待った。誘導してくれる気らしい。教室を出ると廊下にはすでに生徒はみんな並んでいて、私は列の一番うしろに並んだ。他の誰とも違う制服で列の最後尾に並んでいると他のクラスからも注目を集める羽目になる。それは転校生の性というものだけれど、私はその視線が酷く苦手だった。 そんな私の前を歩く若菜君は「どーしたの」と床を見る私の顔を覗き込んできた。苗字が「若菜」だから出席順に並んでも一番最後らしい若菜君は、ポケットに手を突っ込んでうしろ向きに歩く。 「あれ、名前なんだったっけ?」 「」 「ちゃんね。俺は主に若菜とか若菜君とか若菜っちとか、あと結人とかゆっと君とか、いろいろあるよ」 指折り聞かせる彼の多彩な名前は色々ありすぎて余計に迷うけど、結局彼は最後に「俺の一押しはゆーとだ」という結論をはじき出した。ゆーと、とのばすのがいい、らしい。使う日は、きっと来ないだろうけど。 「あのさぁ、緊張してる?」 「べつに」 「じゃあ人見知り?」 「ある程度」 「それに、なんか心閉ざしてる?だからそんな笑わないんだ?」 「・・・」 彼は、思ったことを躊躇いなく言ってのける性質のようで、普通は初対面の人間に向かって面と向かって言わないだろうことを平気で言ってのけた。たとえそう感じ取ったとしても、それとなく離れていくとかふざけてみせるとか、つまんねーと文句を言うとか気づいてないフリをするとか、そもそも気づかないとか、とにかく面倒なことは、人は避けるもの。 「俺そーゆータイプはお手の物なの。ダチにもいるのよ、むひょーじょーなヤツが。ははっ」 どうやら免疫があるらしい。 「結人ー、お前もう仲良くなっちゃってんの?」 「へへー、スゲーだろ」 きっと人気者なんだろう彼に、他の男の子もガヤガヤ回りに集まってくる。軽く挨拶をしたり自己紹介したり、男の子のほうが意外と慣れ親しんでくれる時もある。でもそういう感じになっちゃうと、女の子は余計に引いてしまうんだ。ほら、チラチラとこっちを見てる。 出だし、早くも混迷。 2学期一日目は、始業式とHRとそうじだけで終わり早々と放課後になる。まだ寮の部屋の片付けも残っている私は早く帰ろうとカバンを担ぐと担任の先生に声をかけられ「今日はどうだった?」と聞かれた。他の生徒もいる中で聞かれたって何を言えるわけでもないのに。何を言う気もないのだけれど。 すると、それを隣で聞いていた若菜君が、先生に向かって「バッカだね〜」と笑い飛ばした。 一日目で誰とも喋れなくて、しかも人見知りで表情堅くて、こーゆーヤツは慣れるのに時間かかんの! まるで我が物顔で、訳知り顔で、私の肩をバシバシ叩きながら言った。 「時に君よ。君、部活を決めてないならうちの部に入らんかね?」 先生が去って、帰ろうと教室を出る私の隣を当たり前のように歩く若菜君は、ずっと言いたかっただろうその話題をやっとかけた。きっと今日一日それを言うためにわざわざ転校生のお守りをしてきたに違いない。転校生を誘うという事はきっと弱小で数人しかいなくて、存在すら危ういような部なのだろう。 「何部?」 「実を言うとまだ部じゃないんだけどさ。今から見に来いよ」 イヤだ。 という前に彼はすでにもう「こっちこっち」と私を誘導し始めていた。拒否して帰っても良かったのだけど、このどこかの部に入らなければならないという規則を持ち合わせるこの学園で私は意気揚々と入りたい部もないし、今までずっと続けてきた事もないし、弱小ならそんなに人もいないのだろうし、ちょうどいいかもしれないと思って覗くだけ覗いてみる事にした。 若菜君は私の前をスキップでもしそうなくらい軽快に歩く。時折私に振り返って私にニコリと笑いかけ、鼻歌交じりにどんどん先へ先へ歩いていく。 この学園に校舎は3つ。4階に1年生、3階に2年生、2階に3年生の教室が並ぶ教室棟。美術・技術・音楽・コンピュータなど技術を学ぶ実習棟。そしてそのふたつの間に建ち両棟をつなげている、事務室や職員室、教材準備室が並ぶ本棟。 若菜君は3階の本棟を抜けて教室棟から実習棟へ渡ると、人気のない廊下の奥まで足を進めた。遠くで響いていた人の声も聞こえなくなるほど奥へ奥へと、その静かさはやっぱり弱小なんだろうなと思った。 「よーこそ我がホームベースへ!」 ついに廊下の最果てまで歩き続けた若菜君は、ひとつの部屋の前で止まった。廊下側の窓もない、代わりにある掲示板にはなんのプリントもポスターもない。誰もこんなとこに来ない事を示している。その代わりと言ってはなんだが、ドアのすぐ横には使い古されたようなガタガタな机があって、その上に「目安箱」と大きく粗野な字で書かれた白い箱が置かれていた。 「何してる部なの?」 「それは入ってのお楽しみ〜」 立て付けの悪いドアは、開けるとガタっと大きな音がした。そう広くない部屋は壁側にテレビやビデオ、カメラやテープデッキなど大きな機械類が置いてあり、部屋の真ん中にあるふたつの長テーブルをあわせた机にはたくさんの資料や本が置かれていて、私はその中の本の一冊に目を留めた。 『心霊・超常現象特集』 そんな題名が書かれていた。く、と、血の気が引く。 「まーまーテキトーに座ってよ、埃っぽくてゴメンなー。なんせメンバーが二人だからもう一人のヤツが掃除しない限りだれもしねーから。つまり俺がね!ははっ」 「あの、この本はここの部活動と関係あるの?」 「あーそれ?結構面白いよ?読む?」 騒がしいこの人の話はさほど気に留めず、目に付いたその本を指差して問うと若菜君はまるでさらりと臆面もなく言い返した。どうやらこの弱小らいし部活動に関係があるようで、そうなると予想は、おおよそつく。 「あの、・・」 断って帰ろうと口を開くと、またあの立て付けの悪いドアが大きな音を立てて開いた。そのドアの向こうから男の子が顔を出すと「きたきた」と若菜君が手招く。 部屋に入ってきたのは若菜君とは違って、カッターシャツのボタンを上まできちんと止めて背筋もまっすぐに綺麗な姿勢で立ち、立て付けの悪いドアを音をたてないように静かに丁寧に閉める丁寧な人だった。そんな彼は、私を一度見て、すぐに若菜君に視を移す。 「もう来てたんだ。教室にいなかったからテープ回収しに行ってくれてるのかと思った」 「あ、ワリ!迎えに来てくれたの?」 「前通っただけだよ。ついでにテープ回収してきた」 「ぅわはは!さんきゅ!」 どうやら彼がもう一人の部員らしい。確かに若菜君よりは部屋を掃除しそうな人だ。落ち着いてそうで物静かで、大らかに明るい若菜君とは正反対な空気を全面に出している。もしかしたら彼が、若菜君の言っていた「無表情なトモダチ」かもしれない。 見たところなるほど無表情な彼は、机にカバンを下ろしながら乱雑な資料を片付け、私を見ずに「そちらは?」と若菜君に問いかける。 「おお!こちらは今日うちのクラスに転入してきたちゃんだ!あれ、下の名前なんだっけ?」 「・・・」 もう名前なんてどうでもいい。 「帰ります」 「ええっ、ちょっと待ってよ話がちがーう!」 「・・・」 いつ、何の話をしましたか。 「頼むよ、話だけでも!俺ら二人だけで部にもならないから部費もなくて、人手不足で困ってんのー」 「こういうの好きじゃないから」 そう、私は机の上の本に目を向けた。 その視線を追うように机に目を落とした若菜君はさっとその本を手に取り、何を思ってかずいっと私に押し付ける。 「いやね、これ読んでみると結構面白いんだよ?一概に幽霊っていっても怖いモンばっかじゃなくて、人守ったりとかもしてくれるありがた〜いモンだったりするんだから!」 「いいよ、そういうの・・」 「そう言わずに!べつに幽霊退治とかしてるわけじゃないんだよ。どこの学校にもあるじゃん?七不思議ってやつ。俺らはそれをウソか本当かを調査して、みんなに安心してもらおうってのが主な仕事なわけ。大体七不思議なんて本当なワケないじゃん?全然怖いことなんてないし、俺たちだって幽霊とか見たこともないから!」 「そもそもやり始めてまだ3ヶ月だしね」 「そう、そーなの!だからかるぅい気持ちでさ!俺らを助けると思って、な!お願いうちに入って!」 若菜君は顔の前で手を合わし、命乞いでもするかのような勢いで懇願する。この人は、こうやって必死な顔をしてかわいげたっぷりに女に物を頼めば聞いてくれると思ってるのだろうか。いや、きっと今までそうやって言う事を聞いてもらってきた実証があるのだろう。だからこんなに自然に頼る瞳を見せるのだ。 「そういうのは嫌いで、悪いけど」 「あーあー!じゃあ、じゃあさ!一週間!一週間経っても入りたい部が見つからなかったらうちに入るってのでどう?!」 「だから・・」 「なんで!なんかあっても俺たちが全力で守ってあげるから!怖い思いとか絶対させないから!」 この人、どのツラ下げてそういうセリフを言ってのけるのだろう。(いや、こういう顔なんだけど) こういう人は知らないうちにさらっと人を傷つけるタイプだ。そしてそれにすら気づかず、気づいても笑って誤魔化したり笑い飛ばしたりするんだ。今までもそうやって許してもらってきたせいで。 「そこまで言うなら、他に入ってくれる人いるんじゃないの?」 「俺たちは本気で取り組んでくれる同士が欲しんだよね。女の子ってさ、色恋が混ざると性格変わっちゃうじゃん?」 つまり、何の先入観もなくそれでいて扱いやすい転校生は誘いやすくラクでいいと。 「何が嫌?」 「え?」 「幽霊とか、そういうもの事態が嫌い?」 騒ぐ若菜君のうしろから、さらりと夏風が吹くように静かにもうひとりの人が声をかけてきた。 この人はなんだか、苦手だ。その静かな目線が見透かされているような感じになる。 「嫌い」 もうこれ以上しつこくされたくない。淡白にそれだけ言い落とすと、しばらく黙ったあとでその人は「そう」と囁くようにつぶやいた。 「仕方ないよ結人」 「え〜、でもさぁ〜・・・」 深く肩を落とす若菜君の隣で彼はあっさりと諦めてくれたようだ。 無理に連れてきたみたいで悪かったね、と彼は謝る。謝られるほどではないのだけど、これだけは期待にはそえない。私は「それじゃ」とその部屋から、彼ら二人から離れて出ていった。 このドアの立て付けの悪さをつい忘れていて、普通に閉めただけなのだがバタンと大きく音が響いた。出口に構える目安箱に一度目を向けて、でもすぐに逸らして歩いていった。 校舎の中は窓が閉め切られて夏の熱気がこもっている。太陽は白くて厚い雲に覆われているけど、その向こうからでも十分にその熱さと大きさをかもし出す。実習棟だけに、どこかから機械の音が聞こえてくる。 「・・・、」 ふと、廊下の床を流れる冷たい冷気が足を撫ぜた。夏なのに、太陽の当たらない廊下の床はひやりとしているのだ。底冷えのようにぶるっと震える体を、頭を振って誤魔化して、私はしっかりと前を見て急いで廊下を歩いていった。 ごめんなさい。 あなたたちの要望には絶対に応えられない。 どうしても応えられない、理由があるの。 |