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STAND BY YOU!!   File1:体育館の怪














「えーしー、ここでどうー?」
「いいんじゃない」
「ホントかよ、テキトーくせー」
「結人ほどじゃないよ」


天井の高い体育館に結人の大きな声はやたらと響く。2階の手すりに乗り上がってカメラを設置する結人は、角度や向きを確認しながら下にいる俺に声を降らせた。


「なー、床に温度計置くのもうやめよーぜ。またバスケ部に壊されたらたまんねーよ」
「そうだね。もう買うお金もないし」
「だろー?今度の総会こそは部活に昇進しねーとなー」
「それには最低4人の部員がいるんだけどね」
「だからと、あと一馬を無理やり入れりゃクリアじゃん」
「どっちも難しそうだね」


結人と話しながら、俺は床にガムテープで止めていた温度計をはがして壁に張り替えた。すぐに温度を計れるデジタル温度計はひとつしかない。これを壊されたらもう代わりはないのだ。


「なんではダメなのかな。英士どう思った?」
「誰だって苦手なものはあるよ」
「だって幽霊なんて実際いるわけないじゃん」
「それを結人が言うわけ?」


だったらたまにはなんか反応してみろっつーの。
結人はつまらなそうにカメラを爪先でペンっとはじいた。
夏休みの明けの2学期初日。同じクラスにやってきた転校生に目をつけた結人はすぐさま勧誘したけどあっさりと断られた。そのせいか、いつもの放課後の活動にすら嫌気が差しているようだ。
その結人に目をつけられた転校生、という女の子は、結人の隣の席なんて不運な身の上に置かれながらもいまだ断固拒否しているという。結人が頼み続ければすぐに折れるかなと思っていたのだけど、意外だ。


「とにかく、夏休みも明けて次の総会も近いことだし、俺たちはこの2学期最初のミッションを遂行する事が第一の使命だな」
「体育館の噂は本当にあるからね」
「夜中、誰もいない体育館でボールの弾む音がする。幽霊さんたら夜中にバスケでもしてんのかね」
「じゃあ今回は幽霊バスケット大会レポートで決まりだね」
「ぅわはは!いーなそれ!」


ゲラゲラとツボにはまったらしい結人が手すりから落ちそうになっておとと!と体勢を崩した。そんな結人に気も留めずに温度を測っていると、上から「少しは気にしろ!」とどうでもいい言葉が降ってくる。そんなことをしてると、体育館の重いドアが開いて外からバスケ部員が顔を見せた。


「なんだお前ら。何してんだ?」


ジャージ姿のバスケ部は、明らかに3年。年上は苦手、というか面倒だ。特にスポーツの世界の縦社会はウンザリするほど嫌いだ。面倒なことには関わりたくない、とさり気に背を向けていると、俺とバスケ部員たちとの間に結人が上からドカッと降ってきた。体育館にどしんと音が響いて、結人は無事着地はしたものの足がしびれているようでしばらく動けずにいた。


「どーもどーも。俺たち学園サイキックリサーチ、セブンのモンです」
「は?ああ、あのワケわかんねーサークル」
「ワケわかんねーじゃなくて、サイキックリサーチです」
「なんでもいーよ。出てけよ、俺ら練習するんだから」
「ハイ出ます、もー終わったんで。でもカメラとか温度計とか触んないでくださいね、機械はデリケートなんで」


結人はニコニコと営業スマイルを振りまき、さり気に俺たちが一番気にしてたことを会話に織り交ぜた。こういうところ、結人は俺よりずっと世の渡り方を分かっている気がする。


「俺ら大会あって本気で練習しなきゃなんねんだよ。お前らの遊びとは違うんだから練習のジャマすんなよ」
「べつにジャマはしてないっしょ。練習風景撮ってるわけじゃないんだし。そんなテープの無駄はしまセン」
「あ?なんだその口の聞き方」


結人は笑顔を残しつつ、詰め寄ってくる3年にひるむことなく同じように一歩前に詰め寄った。世の渡り方云々・・・は間違いだったようだ。そんな結人のうしろ襟を掴んで、くだらない揉め事はゴメンだとさっさと体育館から引っ張り出ていった。


「なんっだあいつら偉そーに!バスケ部がなんだっつーの!」
「部でもない俺たちに言えたセリフじゃないね」
「関係ねーだろ!あの態度はムカつく!」
「あれでも一昔前まではこの学園でも一・二を争うくらいにレベル高かったらしいよ」
「今じゃ地区予選止まりなクセしやがって、なーにが遊びじゃない、だ!俺らだって遊びじゃねーっつーの!」


みたいなものではあるけど。と陰でつぶやいたけど、こんな時の結人に余計な事は言わないようにしてる。余計な火の粉を降りかけかねない。この暑い中余計に熱上げられても困る。
太陽は、夏休みが終わっても高く熱くてっぺんに居座ったままだった。そんな抜ける青空を見上げていると、結人が突然「お!」と隣で叫び声を上げる。


「なに?」
!」


よく聞き取れなかった言葉を口走って、結人はだだっと走り出した。その先には、陰になってる校舎沿いを歩いてる件の転校生がいた。結人は彼女の名を大きく叫びながら寄っていき、遠めで見ても分かるくらい嫌そうな顔をした彼女をがしりと捕まえていた。


「約束の日まであと4日だぜー
「約束?」
「一週間経っても部活決まんなかったらうちに入るって約束だろ?」
「そんな約束してない」
「約束は約束デース!それとももー部活決めたんデスカー?」
「・・・」
「お早目の入部はいつでも大歓迎デース、いつでも待ってマース!」


結人の手厚い勧誘に毎日苦労してるだろう彼女は、それでも入る部活はまだ決まってないようで言葉を詰まらせた。でも結人、今までそんなにメンバー集めに熱心になってたかなぁ。
そう結人がいつまでも流されてくれない彼女にしつこく攻め寄ってると、ゆーとー!と、グラウンドの遠いところから明るく呼ぶ声が俺たちのところまで届いた。これから部活なんだろう野球部が熱いグラウンドの土に水を撒いていて、それが予想通り水遊びになったよう。そんな楽しそうな情景を見逃せるはずのない結人はおお!と目を輝かせてグラウンドのほうへ走っていこうとした。


「あ、悪いけどコレ持ってて」
「えっ」


抱えていたカメラをずいっと彼女に押し付けると、結人はひそかに俺に目配せをしてグラウンドに走っていった。・・・今度は俺に勧誘しろと言いたいようだ。小さなため息混じりに彼女に目をやると、彼女も身勝手な結人に混乱してるような顔をしつつ渡されたカメラに目を落としていた。


「これ、なに?」
「見ての通りカメラ。幽霊が出るって言われてるところに置いて様子見るの。まぁ大抵ハズレるんだけど」
「・・・映った事あるの?」
「前に一度結人が絶対そうだって言ったことあったけど、俺はただの影だと思った」
「そもそも幽霊、とかが、カメラに映るの?」
「さぁね。でもそういう風に科学的に心霊現象を解明してる団体もあるらしいよ。俺たちはそれをただ見よう見真似してるだけだけど」
「そんなことして、どうするの?」
「さぁ。最初は結人が突然言い出して、俺もバカバカしいって思ってたんだけどね」


遠くで結人は水とグラウンドの土にまみれて泥だらけになっていた。
まさに庭駆け回る犬状態。


「でも今は結構楽しんでるかな」


誰が見ても馬鹿げてるただのお遊び。七不思議なんて学校の風物詩みたいなものだし、俺たちの騒ぐ幽霊なんてただのいい話題。そんなバカげたものを、これでも意外と本気で取り組んでて、ほんと時々自分でも何してんだろうって思う。


「暑い。結人いつまで遊んでるんだろ、先行こ」


刺すような日照りに負けて校舎の中に入っていった。結人からカメラを預かっていた彼女は、これどうするの?と俺の後を追いかけてくる。


「あの体育館にも、カメラとか置いたの?」
「置いたよ」
「・・・何かあるの?」
「噂は結構あるよ。ボールの音が聞こえるとか足音が聞こえるとか、よくある話」
「へえ」
「興味でたの?」
「・・・ないです」
「あそ。ちょっとここ押さえててくれる?」
「うん」


教室棟の階段の踊り場で、壁についている大きな鏡に向かってカメラを固定した。彼女にカメラを支えてもらって、画面を見ながら向きを合わせる。


「ここは何があるの?」
「やっぱり興味あるんじゃない?」
「・・・」
「夜中にこの鏡に映った自分が鏡から出てきて、入れ替えに鏡の中に閉じ込められるらしいよ」
「ありきたり」
「まったくだね」


くすり、彼女は少し笑った。


「何かいい部活見つかった?」
「ううん。元々何もしてないし、何も出来ないし」
「うちの学校は何かに入らなきゃいけないって言うだけに、俺たちみたいに個人でやりたいこと立ち上げられるから結構面白いのあるよ。部じゃなくてもサークルとか」
「たとえば?」
「イルカの調教サークルとか?」
「なにそれ」
「近くの水族館に行って習うらしいよ。コレが結構人気。あと三半規管を鍛える会とか。遊園地に行ってジェットコースターに乗るまくるんだって。俺は絶対ゴメンだけど」


彼女はまた小さく笑った。
そんな彼女はずっと堅くしていた表情を溶かすようで、あの顔は作ってたんだなと思う。

最初からそんな気がしてた。わざと人を遠ざけてるような。
この学園に入るまでの、結人に会うまでの俺に似てる。


「えーしー!」


カメラをつけ終えると、タイミングよく階段の下からペタペタと足音が聞こえてきた。ワリーワリーとやってくる結人はちっとも悪がってない顔で現れる。


「お!手伝ってくれたの?ヤル気になった?」


彼女を覗き込むように笑顔を近づける結人だけど、彼女は「ならないよ」とまた堅い顔を作った。おそらく結人に甘いところを見せてまた勧誘されるのを警戒してるんだろう。自分で墓穴を掘ってることに、結人は一向に気づきやしない。


「ちぇ。英士、ちゃんと誘ったのかー?」
「俺は無理してまで入ってもらう必要ないと思うよ」
「お前ね、うちのサークル潰す気?」
「じゃあ彼女にちゃんと話したら?」
「えー?」


結人は「言うのー?」と口を尖らせる。
サークル設立当初は、うちにももっと人数がいたんだ。でもある時期、事故やケガをする子がやたらと増えた。こういう活動をしてるとただの偶然でもみんな「なにかある」と思いたがるから、それで次々とみんな辞めていってしまった。
まぁ、全員がそんな理由だったわけではないけど、一応そんな事情があったことは話しておかないと。無理やり入ってもらっても意味がない。またすぐサークルに格下げされるだけだ。
きっと結人は次の総会に間に合わせたいだけなんだ。毎学期ごとにある生徒総会。そこで人数や目的や結果を出さないと部には昇格できない。たまの機会しかない生徒総会が目前に迫ってるだけにリーダーも焦ってるんだろう。


「でもだからって強要はしたくないし、入ってくれるなら歓迎するし。好きにしたらいいよ」
「・・・だから、入りません」
「ガードかてーよ〜。押してダメなら引いてみろ作戦失敗じゃーん。英士の頼みを断る人間なんてたぶんこの学園でお前だけだぞ?わかってんのか?」


詰め寄る結人からふいっと身を引いて、彼女は暗がりの廊下を静かに歩いていってしまった。どうやら相当堅い彼女の壁はまだまだ乗り越えられそうにない。そんな彼女の背中を見つつ、それでも結人は「引いてもダメなら押して押しまくる作戦だ!」なんてめげずに拳を握り締めた。

不憫に思うけど、結人はしつこい性質なのだ。
あんなに頑なだった俺の壁すら、軽く乗り越えてきちゃったようなヤツだから。
まるで一年前の自分たちを見ているようで、俺はなんだか、おかしかった。


『かーちゃんが韓国人?じゃーお前ハーフじゃん、かっけー!!』


・・・誰かにとっては困難なことでも、誰かにとっては容易い事で。誰かにとっては重たいものでも、誰かにとってはないに等しかったりする。世界はそんなものだと、教えてくれたは結人だった。おそらく本人はそんなこと、気づいちゃいないだろうけど。

それから俺の世界は、不思議なほどに軽く、楽になったんだ。











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