目が覚める、そのとき。










STAND BY YOU!!   File:1体育館の怪













学校はないけど、土曜の朝早く、結人を迎えに学校へ向かった。俺が着く前に体育館の外に出てぼうっとしてた結人は、ずっと寝ずの番で張り込んだけど結局何もなかったようだ。


「じゃあもう体育館は解決でいいよね?」
「あー」
「どうしたの?」
「なーんか体ダルくてさー」
「風邪でも引いた?めずらしい」


結人はダルそうに唸りながら肩や首をコキコキ回す。きっと朝方には寝ちゃって、あの狭い倉庫のコンクリートで寝違えたんじゃないだろうか。


「あ、そーだ英士。1年の脇坂って知ってる?」
「さぁ、知らないけど、誰?」
「俺も知らないんだけどさ、きのうバスケ部の実態を暴いてしまって」
「実態?」
「バスケ部3年による下級生イジメ」
「何しに行ったのさ」
「偶然だよグーゼン。それで1年が話してるの聞いてさ、脇坂ってヤツがけっこーヒドイ目に遭ったらしい」
「そういえば1学期に1年生が一人入院したっていう話は聞いたことあるけど」
「マジ?それが脇坂?」
「それは知らない」


うーむ、と結人はポケットに手を突っ込んで、なにやら深く考え出した。


「結人、何考えてるの?」
「え?」
「それはバスケ部の問題で俺たちには管轄外だよ」
「そーだけどさぁ、あまりにムカッときたもんだから」
「すぐ本題から反れるんだから」
「ほら、俺って悪事は許せない正義の味方じゃん?」
「ただの野次馬でしょ」


ホント、すぐ余計な事に首突っ込むんだから。
でもまぁ、とにかく寝たいよとアクビをする結人はそうとう疲れているらしく、俺たちの今回のリサーチもその件もとりあえず週明けに回されることとなった。俺たちは校舎の裏を通り抜けて校門に向かい、その途中で向かいから歩いてくるが見えた。

歩いてくる彼女は結人の姿に少し警戒した様子を見せたけど、俺がおはようと声をかけると彼女もそれを返した。でも結人は何も言わずに静かに彼女の横を通り過ぎたんだ。結人が彼女に声をかけないなんておかしい、と俺も彼女も思ったんだけど、そんなこと知らない様子で結人はどんどん歩いていく。俺とは顔を見合わせた。


「結人と何かあった?」
「ううん」
「そう、どうしたんだろ」
「・・・体育館に、泊まったんだっけ」
「うん。その代わりに余計なもの見ちゃったらしいけど」
「余計なもの?」
「バスケ部のイジメ。1年生が酷い目にあってるらしいよ」
「・・・」


俺と同じように去っていく結人の背中を見ているは、何か気になるような、言いたいような顔をしてた。


「どうしたの?」
「・・・信じてもらえなくてもいいんだけど。あと、他の誰にも言わないで欲しい」
「何の話?」


結人がどんどんと遠ざかっていく。横に俺がいないことにも気づいてないようだ。は何か話したいようだけど、俺は離れてく結人が不自然に思えて早く追いかけたかった。


「私、死んじゃった人とか、動物とか、見えるの。姿が見えなくても、いればなんとなく感じるし・・・」


ぽつりぽつりと拙くは話す。嘘を言ってるようにも見えなかった。
そんなことを俺たちに言ってくる人は何人かいた。霊感が強いとか、祓うことも出来るんだとか、霊を玩具にすると危険だとか、さも自慢げに忠告してくるやつ。でもその大半は嘘だったり思い込みだったりで、俺はそういうことをいってくる人間をハナから信じなくなった。

でも彼女は結人の誘いをずっと断ってる。そう思われたいような人なら喜んで首を突っ込んでくるだろうし、俺たちにだってもっとアピールしてくるだろう。


「それは、今も何か見えるって事?」
「・・・若菜君、に・・」
「・・・」


思えばこれが、まるでお遊びだった俺たちの、遊びじゃなくなった瞬間だった。


結人に?

バッと結人に振り向くと、結人はもう見えなかった。グラウンドを見渡しても結人はいなくて、探しにいこうと俺は走り出したんだけどはそこから動かなくて。


さん、一緒に来て」
「・・・」
さん」


はずっと顔を逸らしてて、俯いてて、その小さい手をギュッと握り締めていた。


、」
「嫌なの。あたし、もう嫌なの、ああいうの・・・もう関わりたくない・・・」


は上手く動かないような口で、たどたどしく、でも頑なにそう言った。
この子は今までどんな大変な目に遭ってきたかもしれない。転校生だということも、周りとなじまないことも、彼女のその顔はすべてを一本の線で繋げるようだった。その特質のせいで辛い思いをしてきた。そんな顔をしていた。

でも今はより結人だ。
俺は動き出さないから目を離して、見えなくなってしまった結人を探しに走った。




結人が歩いていった方を辿って校門まで走るけど、どこにも結人は見当たらなかった。学校から出てしまったのか、そのほうがヤバイ気がしてまず学校の外から探そうと門をくぐろうとしたら、校舎のほうから大きな声が聞こえた。


「おいやめろって!!」


校門近くにある自転車置き場に何人か人が集まっていた。俺の位置からじゃフェンスと木々で見えづらかったけど、その隙間からオレンジのシャツが見えて急いで戻った。


「何すんだよ、離れろって!」
「やめろっ、殺す気かよ!」


騒がしい声がどんどん大きく聞こえてくる。自転車置き場では何人かの背中がもみ合っていて、その中心に誰かの上に乗りかかってそいつの首を絞めている結人が見え、俺は目を疑った。


「結人、何してんの!」


みんなが結人の体を引き離そうとしてる中に入っていって結人の腕を掴んだ。でもその腕も体も押そうが引こうがビクともしなくて、結人は首を絞めている男を見開いた目で見下ろしてギリギリと力を強めていった。

結人じゃない。

首を絞められて、結人の下のヤツの顔ははち切れそうに真っ赤だった。本気で絞め殺す気だと、誰の目にも明らかで、


「結人っ!」


何とか結人の目を覚ませようと叫びながら引き離そうとするけど、結人は俺の腕を振り払ってドンと突きとばした。元々俺じゃ結人に力で適うはずないけど、その力は尋常じゃなかった。
一時結人の手が離れて結人の下でそいつは激しくむせて呼吸を繰り返す。でもまた結人がそいつの首に手を伸ばしてギュッと締め付け出した。他の周りにいた奴らも結人をどうにかしようとするけど、誰も何も出来なくて、逆に弾き飛ばされる。

何が起こってるのか、どうしたらいいか分からなくて、俺たちは混乱するばかりだった。そんな俺たちのところに、ジャリっと地面を踏む足音が聞こえてそっちを見ると、その先にが立っていた。
はさっきまでと同じように強く手を握って、さっきよりずっと怯えた目で結人を見ていた。その顔は本当に、信じられないとかどうしようとかそんなレベルじゃなくて、心底怯えてる。


・・」


そんな彼女は、きっと今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いなんだろう。俺だって同じ。でもは怯えた目で結人を見ながら静かに俺に近づいてきた


「その、男の子の名前、わかる?」
「え・・」
「バスケ部でイジメられてたっていう、男の子の名前」
「名前・・・?えっと・・」


こんな時に何を言ってるのかと思った。
でも、結人に首を絞められてるヤツはもう抗う力もなくなって地面に手を倒して、もうどうすることも出来ない俺はただこの、何者かもわからない子に頼るほかなかったんだ。俺の後ろの、俺と同じようにどうすることも出来ずにただ慌てて見てるだけしか出来ないバスケ部の3年に振り返った。


「なんて名前?バスケ部の一年生」
「は?」
「アンタたちが入院させた一年生の名前だよ、わかるだろ?」
「な、なんだよ、それが今なんの・・」
「いいから答えろよ!」


もう、首を絞められているヤツの顔は赤くもなく、色が引いていった。足掻く力も苦しむ顔もなくなって、うめく声も聞こえなくなって・・


「脇坂、慎一・・・」


そしてようやくその名を出した。目の前の惨状にどうとも出来ず、誰も、意味がわからずとも誰かの言うことを聞くことしか出来なかったんだ。それは俺だって例外じゃなくて。はその名を聞いて結人の方へ歩いていった。結人の隣で目線を合わせるようにしゃがんで、結人の力の篭り続ける腕をそっと掴んだ。


「脇坂、慎一くん」


が小さくその名を呼んだ。
すると首を絞めていた結人の手はビクりと止まって力が抜けて、緩んだ結人の手の下で喉を絞められていたヤツはゴホッと息をした。


「もうやめて・・。そんなことしたら、あなたはもっと苦しくなっちゃう」
「・・・」
「この人の体を返してあげて。この人はあなたに何も出来ない。あなたにはあなたの体があるから」


結人に向かって何を言ったのか、俺には聞こえなかった。でもの言葉が届いたのか、結人の全身の力は抜けてその手は男の首から離れた。俯く結人の目からつと涙が毀れて、震える手に落ちて、静かにその目を閉じた。

そして、結人の体はフッと何かが抜け出るように、力なく倒れた。


「結人・・・」


結人の体を受け止めたに近づいて結人の顔を覗きこむと、結人はグッタリとした様子で、それでも寝息を立てていた。深く安堵してはぁと大きな大きなため息をつくと、隣でもまだ小さく震えた手で結人を抱きながら、細く長く、息を吐いた。











「でもさー、脇坂は死んではないんだろ?じゃあ俺に憑いたのはなんだったわけ?」
「死んでなくても精神が体から離れちゃう事ってあるらしいよ。意識だけがさまよって、一番記憶に残ってた場所にいついちゃったんじゃないかな」
「それが体育館だったってわけか」


休日が明けた月曜日の放課後。
俺と結人は先生に、例の1年生が入院している病院を聞いてそこへ向かっていた。


「ところで脇坂はなんで入院してんの?」
「体育倉庫に高飛び用のマットあったでしょ?」
「ああ、あの?」
「それの下敷きにされて倉庫に閉じ込められたんだってさ。自力で何とか出たけど倉庫で倒れてたんだって。それからずっと意識不明なんだって。たぶんずっと息が出来なくて、なんとか這い出たけど力尽きちゃったんだろうね」
「あー、だから体育倉庫にいた俺に憑いちゃったのか。俺って人がいいから取り憑かれ易いのかなー」
「入りやすかっただけじゃない?空っぽだから」


ぶんと飛んできた結人の腕を、避けた。


「それにしてもにそんな力があったとはなー。やっぱ俺の勘は間違ってなかったわけだ!」
「・・・」


ちなみに今ここには、しかめっ面をしたもいる。病院に行く前に学校の寮へ寄っても誘い出したのだ。きっと普通に誘っても出てきてはくれないだろうと結人は「たいへんなんだよ!とにかく出てきて!」と大げさな演技をして、心配げに出てきた結局お人よしなをそのまま拉致してきた。本当の事情を知り帰ろうとするに「みんなにあの事しゃべっちゃうぞー」と半ば脅して今に至る。こういう性格の悪さはホント治らない。

病院に着くと、俺たちは病室を聞いて脇坂がいるだろう部屋に向かった。名前が書かれた病室のドアをノックするとドアが開き、その向こうから小学生くらいの小さい男の子が顔を覗かせた。


「だれ?」
「俺たち脇坂と同じ学校のモンなんだけど」
「・・・バスケット部の人?」
「いや違うけど、えーっと、友達・・でもないんだけど、とにかく心配だったからお見舞いにさ」


本当に何の関係もない俺たちが見舞いだなんてどういったらいいのかと結人はヘタクソに説明するけれど、その子は俺たちを中に入れてくれた。きっと弟なんだろうその子でさえ、兄が学校の部活で苦しんでいた事を知っているのかと思うと、ちょっと胸が痛んだ。
病室のベッドには顔も知らなかった脇坂慎一が眠っていた。この弟は話を聞いてるだけでも相当お兄ちゃんっこらしく、学校が終わるといつもここへ来るらしい。おにいちゃんが起きたらバスケット教えてもらうんだ、おにいちゃんすごくうまいんだよ、と明るく話すその子の話を、結人はずっと聞いていた。


「おまえひとりなの?お母さんは?」
「お兄ちゃんの学校に行ってる」
「学校?」


これは後から聞くことになる話だけど、バスケ部の3年生の一部、きっとあの場に居合わせた人たちは、自分たちで後輩への暴力を認めたらしい。その話は後に、この件に関係する生徒とその家族と警察まで絡む大きな問題になったのだ。


「俺たちの声聞こえてんのかな」
「えっと・・・聞こえてるけど、それが分からないんだって」
「そっかぁ」


眠っている脇坂を前に結人はじっとその顔を見つめた。結人は体を乗っ取られた事は全く覚えてないらしいけど、息苦しさやマットの湿気臭さは感じたという。そんな脇坂を見下ろして結人は、聞こえてはいるんだよなと脇坂に向かって「おーい!」と呼びかけた。


「がんばれよ、負けんな!あいつらも反省してて、ちゃんと謝らせるから!お前も早く元気になって学校戻ってこいよ!待ってるからな!」


・・・俺たちには脇坂の苦しみを想像するくらいしか出来ないけれど、一日でも早く、彼の目が覚めればいいと思う。


「お前もなんか言ってやれよ」
「え?」
「なんかあるだろ、折角来たんだから」
「な、なんかって・・・」


結人はを引き寄せると、ほらと急かした。は脇坂を前にして何を言えばいいのかわからないんだろう、かなり迷ってから脇坂に少し顔を近づけた。


「脇坂、くん・・・」


は目を閉じてる脇坂に小さく呼びかけた。それでもその先が続かずにえーと・・・と迷っていると、まっすぐ閉じていた脇坂の瞼がわずかにピクリと動いた。


「おい、今動かなかった?動いたよなっ?」
「えっ?」
「ああ、目がひくって動いた!、もっかい呼べ!」


結人にドンと背中を押されてがもう一度名前を呼ぶと、脇坂の閉じた瞼の下で微弱に眼球が動いたのを全員で見た。


「ほらー!」
「お兄ちゃんっ」
「ちょ、病院、救急車!!」
「結人、ここ病院だから」
「そっか、医者!せんせー!」


そうして結人は、ナースコールというものの存在も忘れて叫びながら病室を出ていった。

その後、本当に目を覚ました脇坂は、入院している理由はいまいち思い出せないらしかった。けど、それもいいんじゃないかと思う。長い間意識を失っていると普通身体のどこかに不自由が残るものらしいけど、脇坂はまるで、本当にただ寝ていただけだったかのように、意識も身体もみるみる元気に戻っていったという。


「いやぁ、お前ホントすげーな」
「私はべつに、何も」
「幽霊だけじゃなく生きてる人間まで救えるなんて、俺はお前を誇りに思うぞ。いい仲間を持ったと」
「な、仲間?」
「あ、もうお前うちの部に登録したから。雲研究会は自分で辞めてこいよ」
「何言ってんの、勝手に決めないでよ」
「あれぇ?じゃあみんなに言っちゃおうかなぁー、仲間じゃないなら守ってやる必要ないしなぁ〜」
「・・・!!」
「大歓迎よ、進入部員!」


なっはっは!と馬鹿笑いする結人に、は開いた口が塞がらないようだった。
これから彼女は存分に結人の性格の悪さを実感するようになるんだろう。


「てなワケで英士、新入部員の歓迎会でもするか!」
「結人、忘れてると思うから言うけど」
「ん?」
「俺たち部じゃないよ、総会すっぽかしたから。ちょうど今頃終わる頃じゃない?」
「・・・」


部への昇格をかけた生徒総会。午後5時に町に鳴り響く音楽が総会の終わり時間を知らせていた。


「あーっ!忘れてたぁーっっ!!」


大げさで大雑把でかなり抜けてるけど、人を思う情だけは保証するよ。うちのリーダーは。
こうして意味があるのかないのか分からない俺たちの活動に、またひとり、仲間が増えた。



体育館の怪、一件落着。














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密かに背景絵の色で誰視点か表してます。
赤→結人、青→英士、黄色→ヒロイン。次回、緑の一馬視点です。

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