怖いって、初めて思った。
誰かがいなくなる事が、こんなにも怖いなんて。










STAND BY YOU!!   File:狐狗狸さん










の足の傷は保健の先生に手当てしてもらったけど、その後もずっと目を覚まさなかった。
その傷というのが、また俺たちに得体の知れない恐怖を植えつけたのだけど。


「こいつの家は?」
は、寮に住んでます」
「じゃー連れてくか」
「俺が、連れてきます」
「お前そのカッコで外出れねーだろ」
「あ・・・」


俺は着ていたシャツをの足に当てて血だらけにしてしまったから上に何も着てなかった。その俺を見かねて三上先輩はまたを寮まで運んでいってくれた。

その間、俺は昇降口の前の廊下に座り込んでじっとしていた。ドアから入ってくる風が床の冷たさと混ざって肌を撫ぜる。気づかない間に夏はもう遠ざかっていっていた。いろんな音を聞いて、でもどれも頭には入ってこない。俺の頭には、ずっとの声が響いていた。ドア1枚向こう側で俺を呼んでいたあの声が、いつまでも胸の奥の心臓をドンドンと打ち付けて止まなかった。

結人っ、結人っ!!・・・

・・・俺は、何も出来なかった。俺に助け求めるに、俺を呼ぶに、何も出来なかった。学園防衛隊だ!なんて面白がって笑ってた自分が無性に憎らしく思えた。の頬に残っていた涙の跡がずっと俺の心に刺さって消えなかった。


「・・・っ」


まだ震え残る手を硬い床に叩きつけた。
何震えてるんだ。はもっと怖かった。もっと震えて助けを求めてたのに、なんで俺は、何も・・・

痛いほど強く拳を握って、熱い目を隠すようにうずくまると、頭の上にバサッと何かが降ってきた。顔を上げると頭の上から何かが覆いかぶさっていて、その合間から誰かの足が見えて目を上げるとそこには三上先輩が立っていた。


「着とけ。それじゃ帰れねーだろ」
「・・・すんません」


頭の上から被っていたのはジャージの上着で、どうやら三上先輩が持ってきてくれたようだ。俺はそれに袖を通して、気づかれないように涙を飲み込んだ。結局は最後まで目を覚まさなかったようで、寮舎監の先生に部屋の鍵を開けてもらい寝かせてきてくれたそうだ。


「・・・センパイ、」
「あ?」
「俺、もうやめます、サークル」


・・・所詮俺たちのしてることなんて、ただの遊びだったんだ。の力を、特別なものだと勘違いして、もっと本格的な活動が出来るなんて身勝手に喜んで。はずっと嫌がってたのに。誰よりもあの力を憎んで怖がっていたのに、俺は、仲間だなんて言葉でを捕らえてたんだ・・・。


「まぁー活動は自由だし、サークルのひとつやふたつなくなったって構わねーけど」
「・・・」
「あいつの部屋、何も無かったぜ」
「え?」
「本とかCDとか、普通なら部屋にゴロゴロ転がってて当たり前なもんが何もない、ただの部屋。あんな部屋で毎日何してんだろうな。マンガの一冊もなくて、机の上に雑誌が一冊あっただけ」
「雑誌・・・」
「怪奇現象特集」
「・・・」


ベースに置いてた雑誌だ。はそんな本や記事を読むことすら嫌がってたのに、それを持ってた。


「・・・」


思いっきり口唇を噛んだけど、堪えきれずに涙は溢れてしまって、ぎゅっと袖に染みこませた。この胸いっぱいに広がっているものは後悔や自責なのか。でもその時の俺の胸には、さっきまでのようにドンドン打ち付けるばかりの胸の痛みじゃなく、きゅっと捻るような痛みのほうが大きかった。





その後家に帰って、英士と一馬に電話で一連の出来事を話した。二人とも当たり前にものすごく驚いて、明日は早めに学校へ行っての様子を見に行く約束した。電話越しでも、英士と一馬がを心配してたのがよくわかった。


「傷痕?」
「うん、なんか、引っかかれたみたいな傷がついてたんだよ。右の足首んとこに。それが結構深くて、すげぇ血が出てさ」
「引っかかれたってなんで?」
「わかんねーけど、あいつ最近、動物の霊よく見るって言ってたし、きのう1組の教室に出たやつもデカイ狼みたいなやつって言ってたから、もしかしてそれが関係してんのかなぁ」
「・・・やっぱり異常だよね」
「・・・」


のところに向かっている途中、俺は英士と一馬にきのうあったことをまた話した。
の足は、何か尖ったもので引っかかれたような、まるで動物に噛み付かれたような跡がついていた。それは皮膚が裂けるほど深く跡を残していて、何もない狭い教室ではどうやっても負うはずのないケガだった。


「どうするんだよ、もう俺らじゃどうしようもないじゃん。そんな見えもしないもの相手に。それに、こうやって被害被るのは俺らじゃなくて結局だろ。俺らじゃ何の役にも立たないし、もうこんなのやめたほうがいいんじゃないの?」


・・・一馬はきのうの電話でもとにかくの事だけ心配してた。ケガの具合とか、今どうしてるのかとか。前々から少し思うところはあったんだけど、もしかして一馬、の事が好きなのかもしれない。


「確かに、これ以上に負担かかるようなことはさせるべきじゃないと思うけど、このまま放っておくのもどうかと思うな。このまま学校中に取り憑かれたらそれこそはここで生活出来なくなる」
「そうだけど、だからって俺らに何が出来るんだよ。今までだって肝心な事は結局全部がやってさ、俺らはいつもただ見てるだけじゃん」
「そもそも俺たちがこんな活動してること自体がコックリさんをやりたがる生徒の興味をそそる事につながってた部分もあったと思う。俺たちにそんな気がなくても、俺たちが元凶なら俺たちの責任でもある」
「そんなの、誰もそんな真剣に捉えてないだろ。遊びの一環としか思ってないんだから、流行りが過ぎればおとなしくなるって」
「それまで待つの?」
「だから俺らに何が出来るんだって」
「やめろよ。今ここで言い合ってもしょうがないじゃん」
「結人・・・」
「俺たちがこんなだったら、はもっと傷つく気がする」
「・・・」


二人とも黙って、一馬が小さくゴメンとつぶやいた。二人とも同じようにを思って心配してるのに言い合いになるなんて、おかしな話だな。

寮の先生に許可を貰って、俺たちは2階の一番端にあるの部屋まで行った。少し、ためらうけど、ドアをノックをして声をかけ、するとすぐにドアが開いてが驚いた顔を出した。


「みんな・・、え、なんで?」
「おっす、足大丈夫か?」
「あ、うん・・・」


は状況が飲み込めないようで表情いっぱいに疑問符を浮かべていた。の制服のスカートの下から伸びる足の先には、白い包帯が巻かれていて、俺たちはまた一度夢でも冗談でもなかったことを再認識する。


「足痛む?」
「平気」
「ほんとに?歩ける?今日は学校休んだら?」
「ほんとに大丈夫。ちゃんと歩けるし」


はしきりに俺たちに大丈夫だと言い張りながら、まだ急にやってきた俺たちに慌てふためいてるようだった。急いで学校に行く準備をするんだけど、カバンに教科書を詰めこもうとすればバラバラと落として、ふでばこにペンを入れてはこぼして。


「はは、何慌ててんだよ落ち着けー」
「ああ、ゴメン・・」
「あー待て待て、拾ってやるから」


俺はの足を気にして床に落ちた教科書や消しゴムを拾った。それをに渡すとは受け取りながら赤い頬を恥ずかしげに隠しす。


「なんだよ、どーしたんだよ。あ、俺らがいきなり来て恥ずかしかった?」
「寮とはいえ女の子の部屋に男3人で押しかけちゃね」
「わはは、俺らの仲でカタイ事言わない!」
「ん・・・」


俺たちは出来るだけ普通にと接しているし、に気を使わせるようなことは何もないはずなんだけど、 は顔に手を当て火照った頬を冷ましたり扇いだり、とにかくずっとあたふたしていて。


「ごめん、迎えに来てもらうとか、初めてで・・」
「は?」
「その、どうしたらいいか・・、わからなくて・・・」


は赤い顔をずっとうつむけて、目をあっちこっち、すげぇキョドッてた。迎えに行くとか待ち合わせするとか、そんなの俺たちには日常なのに、にはそれがどういうものなのかわからないみたいで、ずっと照れて慌てふためいて、その目の奥でうっすらと涙を浮かべてた。

きのうの涙とは違う。純粋なの心の涙。


「・・・、あのさ、俺らもう、サークルやめようと思うんだよな」
「・・・え?」


俯いていたがすっと目を上げて、俺はさりげなくから目を離し部屋の中を歩いた。


「や、だってさ、あれはないよな。怖すぎるっつーの。どー見ても俺らの手に負える事じゃねーって」
「・・・」
「それに、俺らがこういう活動してるせいで無駄にみんなの興味を引いてたかもしれないしさ、だったらもうやめちゃえば、お前ももう俺らに付き合って、霊とか見なくて済むんだし。俺らだって他にいくらでも楽しい事あるしさ」
「あ、あたしのせい・・・?」
「は?違うって。お前のためでもあるけど、俺らのためでもあるの!このことはもう専門家さんにでも頼んでさ、俺らはおとなしくしてましょーってことになったわけよ」
「・・・」
「生徒会にも、お前らが何したって部になんかなれねーよーみたいに言われてさ、もうヤル気萎えちゃったんだよな。だから、本日付けで晴れて解散という事で、な!」


俺が笑ってに振り返ると、はやっぱり浮かない顔をしていた。英士と一馬は、何の相談もなしにいきなり解散を持ちかけた俺の話を黙って聞いていた。


「そう、なんだ・・・」
「うん。お前にも怖い思いさせたな、ゴメン」
「ううん・・・」


出来るだけ普通に。いつも通りに。そうがんばってみたけどやっぱりちょっと胸がドキドキしてて、隠れて深く息を吐いて気を落ち着かせた。これはのためでもあり、悲しくも、痛い現実でもある。俺たちみたいなガキが、霊なんて相手にしちゃいけなかったんだ。俺がバカだった。



・・・」


英士と一馬の声に俺はまたに振り返った。
は俯いた顔の下でギュッと口を押さえて、小さく震えて。


「ちょ、、泣いてんの?ほんとにお前のせーじゃないって、俺らで決めたことなんだから」
「ん・・」
「べつにサークルなくなったって、俺ら友達やめるわけじゃないんだぞ?今までどーり、英士も一馬もいるし!」


普通に。いつも通りに。明るく笑っていたけど、は何を悟っているのか、顔を伏せたままちっとも俺を見てはくれなくて、目に涙を浮かべて、


「ごめん、先に学校行って」
・・・」
「すぐ、行くから・・・」
「・・・」


の言葉に仕方なく、俺たちは寮を出て行った。

もう、の涙は見たくないのに。
なんでの笑顔を引き出せないんだろう、俺たち。





その後、1時間目の授業が始まってもずっとは来なかった。
俺は授業中ずっと隣のの席を見ていて、の涙のわけを考えていた。


は?」
「まだ来てない」


英士と一馬も休み時間のたびに聞きにくる。それでもはこないまま。


「なぁ、なんで泣いたのかな」
「自分のせいだと思ってるからじゃない?」
「やっぱそうかな・・・。あいつのせいじゃないのに、」
「あ、
「え?」


俺たちが廊下で話していると、が廊下先から歩いてくるのを一馬が見つけて俺たちは駆け寄っていった。傍まで行ってに声をかけるけど、はもう泣いてない、でも笑いもしない顔で俺たちをまっすぐに見ていた。
まっすぐ、でも、俺たちなんて見てないみたいな。
この顔、いつか見たような。いつだっけ・・・


「生徒会室のことだけど、知り合いに除霊出来る人がいるの。このままにしておくのも危ないし、来てもらっていいかな」
「え、ああ、そんな知り合いいんの?」
「うん。連絡しておいたから今日来てくれると思う」
「ああ、分かった」


それだけ言って、は教室に入っていった。


「なんかおかしくない?」
「ああ、なんか、な・・・」
「・・・また、心閉ざしちゃったんだよ」
「え?」


俺たちのうしろで英士が言った。


「また一人になると思ったからその前に自己防衛したんだよ。自分から心閉ざして、そうやって自然と自分を傷つけないようにする癖がついちゃってるんだよ、は」
「・・・」
「分かる気もするけど」


ああ、そうか・・・。あの顔、が転校してきた時の顔だ。心閉ざして、誰とも話さなくて、関わろうとしなくて。・・・ついこの前まではいつもあんな顔をしてたんだ。なのに、俺たちすっかり忘れてたんだな・・・


そして放課後、俺たちはベースでが言ってた除霊してくれる人というのを待っていた。部屋の隅の窓辺にいるはやっぱり一言も喋らず、俺たちとのかかわりを一切なくしてしまったかのよう。そんな、少し重い空気の中、ベースのドアがガチャっと開いた。


「まいどー♪」
「・・・」


俺らはまたどこの芸人が来たのかと目を疑った。軽いノリの関西弁で派手に明るく部屋に入ってきたその男は、見た目も派手なドキンパツ。誰だ?と首をかしげると、その男は入ってくるなりまっすぐがいる窓辺に目をやり、もその男に目を合わせていた。


「よぉ、ひさしぶりやなぁ。変わりないか?」
「よくここ分かったね」
「お前がおるとこなんてすーぐわかるんよシゲちゃんは」


にはまるで似合わないというか、こうして並んでいるとまるで別の生き物のようだ。でもとこんなにも親しげに話すからには、俺たちがまさかと思いつつも、これがの言ってた、除霊出来る人、だ。


「この人がお払いしてくれる人。元お坊さんなの」
「シゲ言いまんねん、あんじょうよろしゅう頼んまっさ」
「ええーっ、坊さんって、見えねー!しかも俺らとそう年変わんなさそうだし!」
「当たり前やーん、まだピチピチの中学2年生やもーん」
「同い年ー!!」


こんなキンパツで今時な服装でこてこての関西弁で、元お坊さん?俺たちと同じ年で除霊できるというだけでもう嘘くさくてたまらないのに、元ってなんだ元って!とんだ破戒僧だ!


「ちゅーか、お前足に何憑けてんねん」
「え?」
「お前力弱なったんちゃうの?そんなんも見えんのか」


そう言って、そのシゲという坊さんはを抱き上げて机の上に座らせた。そしての包帯を巻いた足の前にしゃがむと、何かを小さく呟きながら指先を振った。


「何、の足になんか憑いてたの?」
「ああ、コレ霊にやられたんやろ。霊にやられた傷は治りも遅いし、呪いなんてかかってた日にゃずっと血が流れ続けて死んでまうこともあんねんで。やからお前退魔法くらい憶えろっちゅーたんや」


そのシゲという坊さんはの足に憑いていた霊を祓ってくれたらしく、俺は本当に除霊出来るんだと感心の眼差しを送った。


「で、祓ってほしーんはあのデカイのか?」
「え、わかるの?」
「まぁあんだけ堂々とおったらなぁ。学校にしちゃめずらしいわ、学校に寄ってくる霊なんてちっさいもんばっかりやのに。あれは召喚されたな」
「召喚?」
「コックリさんゆーのがよう流行るやろ。アレは低級霊を呼び出す儀式やねんよ。それよりもっと強い、陣とか札で霊を呼び出す方法があんねん。よーするにコックリさんレベルアップバージョンやな」
「へぇ・・・、じゃあそれを学校でやったヤツがいるって事?」
「やろな」
「あ、」


シゲの話を聞いていると、一馬が突然声を出して英士と顔を見合わせた。


「なに?」
「そういや言うの忘れてたけど、きのう会いにいった生徒会のヤツ、あいつ生徒会室でヘンな札見つけたって言ってた。でも何か分からなかったから剥がして捨てたんだって」
「誰が仕掛けたかしらんけど、その札は鬼門を封じてあったんかもな」
「鬼門?」
「霊の出入り口や。それを剥がしてしもたから、素人の降霊術でも霊が出てきやすくなってんねん。、こんな中でお前、息苦しゅうてかなわんかったやろ」


シゲは机から下りたの頭をポンポン叩いた。
やっぱり、には酷い環境だったんだ。それでも俺たちに付き合ってたんだ・・・。


「ほな行ってくるわ」
「え、ひとりで?」
「お前らがついてきてどないすんねん。ヒマやったらそこの弱なっとる姫さん守っといてや」


シゲは、相変わらず軽く笑いながらベースを出ていった。


「はー、スゲー。、あの人どこで知り合ったの?」
「前の学校。実家がお寺で、でも継ぐのが嫌だからこっちに出てきたって言ってた」
「へー、それであの金髪・・・?」


は俺たちから離れて窓の外を見た。ベースの窓からは中庭が見えて、その奥に見える本棟には元・生徒会室のカーテンが閉まった窓が見える。


「やっぱあそこに原因があったんだなー。俺らじゃどうしよーもないわけだ」
「・・・」


俺もの横に立って同じように本棟を見て言ったけど、は相槌も返事もしなかった。完璧に、最初の頃に戻ってしまった。こんなつもりじゃなかったんだけど。たとえこの活動をやめたって、俺らずっと友達だって言いたかったんだけど。そんなこと言ったところで、は笑ってはくれないかもしれない。
英士も一馬も大人しく座って待って、静かな時間が流れた。俺たちいつもこの部屋で明るく楽しく過ごしてきたのに、今は嘘みたいに何を話したらいいかわからない。がきたのなんてつい最近なのに、俺たちが塞ぎこんでるだけで、こんなにも暗くなってしまってる。いつの間にかはほんとに俺たちの中に混ざってたんだ。

部屋の中は静かなまま、しばらくの時間が経った。
そしてまたベースのドアが開き、金色の髪が姿を見せた。


「終わったの?」
「・・・」


シゲが戻ってくるなり立ち上がって声をかけたけど、シゲは返事どころか表情ひとつ変えずじっと立ち尽くした。さっきまでとは別人のようだ。少しも顔を変えずに歩き出し、まっすぐ窓辺にいるに近づいていく。あまりの異変に、俺たちは小さな不安を感じた。
シゲはの目の前まで行くと、の首にそっと触れて、そのまま腕を回しぐと抱きしめた。


「なに、どーしたの、何があったの?」


まさか、取り憑かれたとか言わないよな・・・?
俺たちはどうすればいいか分からずにただ二人を見ていて、するとシゲの腕はだんだんきつくを抱き締め始めた。

また、を傷つけるのか?
・・・っ


「シゲちゃん、冗談やめて」
「はは、バレた?」


俺たちがに近づこうとしたところで、の小さな声とシゲのカラカラと笑う声がベースの空気をガラリと変えた。その時にはまるっきりシゲは元の顔に戻っていて、俺たちはすぐに騙されたと気づき俺と一馬は思わずシゲを殴ってしまう。


「いったぁ、何すんねーん」
「それはこっちのセリフだ!何やってんだお前はー!!」
「ちょっとしたオチャメ心やん」
「こんなときにオチャメで済むかバカーッ!!」


ゼェゼェ息を荒くする俺たちの横で、英士が密かにをシゲから引き離していた。そんな俺たちを見てシゲはまた笑って、カバンを担ぎなおした。


「ま、久しぶりにの顔見て安心したし、来た甲斐あったわ。こんくらいいつでも来たるけど、お前らちゃんと守っとれよ?は食われやすいからな」
「食われやすい?」
「霊は自分が見える人間がダイスキやねんよ。自分が見える人間や分かったら寄ってきて取り憑いたりすんねん。コイツは人一倍敏感やからな、ちゃんと見とれよ」


シゲはそうの頭をグリグリ撫ぜるけど、はその手から逃げ俺らの輪から出ていった。


「はは、相変わらずやなぁ。ほな俺は帰るよって、ホンマにあいつの事頼むわ。なんやお前らには懐いてるみたいやし」
「や、俺ら今、心閉ざされちゃってて・・」
「あー?なにしたんや。そーいや電話してきた時はえらい質素な声しとったな。しっかり頼むで王子さんがた。あいつはちょっと目離すとすぐ消えんでな」
「消える?」
「人の気も知らんで、すぐいなくなってしまうねん。せやから、ちゃんと見とってや」


シゲは、の事を深く知って、理解しているようだった。
俺たちには見せない顔、言わないこと。いろいろ共有してきたのかな・・・。


、ほな帰るけど、用なくてもいつでも電話してこいよ」
「うん、ありがとう」


礼なんかいらんいらん。
シゲは笑って手を振った。いいとこもあるじゃないかと見直したのも束の間、シゲはそのままスタスタに近づいていくと、の額にチュと口唇をつけた。


「なっ、何してんだお前ーッ!!」
「何ってお駄賃やん。おのれら関西人がタダで働く思うなよ?」
「元だろーが!元・関西人!!」
「元でも何でも関西人は関西人や」
「だったら元ボウズなんだから無償で働けー!!」
「お、お前結構賢いな」


発狂する俺らなんかお構いなしにゲラゲラ笑いながらシゲはベースを出ていった。嵐のような男にあっけに取られる俺らの横で、なぜか一人落ち着いてるの額をゴッシゴシ拭ってやった。世話になっておいてなんだが二度と来るなー!!


「それでなんでお前はフツーに受け入れてんだっ!」
「なんでって、シゲちゃんよくするから」
「よくされるなー!!」


なんっかコイツはヘンなとこずれてる!よく掴めん!
なんだかドッと疲れて、俺たちは3人して脱力し椅子に座り込んだ。


「ったくも・・・。まぁコレで一件落着だから、お前はこれから足が治るまでは事務だ事務!」
「え?」
「相談受付係な。必要な時以外はベースにいるように!」
「・・・でも」
「なにっ!」


俺はさっきのシゲの愚行が頭から消えてくれずにいつまでも沸々と怒り収まらなかった。だってあいつ、あんな・・・!


「結人、自分で言い出したこと忘れてるね」
「こーゆーヤツだよな」


頭を掻き毟る俺のうしろで英士と一馬が何か喋っていたけど、俺はそれどころじゃなくていつまでもひとりでブツブツ怒りの丈を口ずさんでいた。その俺の後ろで立ち尽くしたままのに、英士と一馬がフと笑った。


「あー疲れたっ。今回は今までの5倍は・・・って、うわっ!?!何また泣いてんだお前!!」


に振り返ったらがまた泣いていて、俺は焦って立ち上がる。
足が痛いのか?!まだなんか見えるのか!?
でもは首を振るばかりで、何も答えてくれない。


「なんなんだよ、俺なんかしたかー!?」


もうの涙は見たくないのに。が俺たちと一緒にいたいと言うのなら、俺たちは今まで以上に結託して、何にでも立ち向かっていける。そう強く思えるようになったのに。

はまだ泣き止んではくれない。
笑ってくれない。

だれか、の笑顔の引き出し方を教えてくれー!





狐狗狸さん、一件落着。










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シゲちゃんは、傍にいないのに近い、みたいな距離感がすき。
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