あめあめ ふれふれ かあさんが

じゃのめでおむかえ うれしいな










STAND BY YOU!!   File4:赤い傘のお迎え










夏の湿気を拭い去る雨が降る。秋を呼ぶため雨が降る。
熱気が空へと帰っていく。


「あー、雨はダリーよなぁ。動く気なくなるよなぁー」
「雨が降ってなくたってダラダラしてるでしょ結人は」


ベースの窓から腕を出して、ぼけっと外を見ながら結人はヤル気なくぼやいた。そのうしろでは英士が寄せられた投書をまとめて、一馬はカメラの映像をチェックしている。


「てか最近噂も下火になってきたよな」
「学校新聞であんな事言っちゃったからね」


10月になり新しい学校新聞が配布され、その中には小さくセブンの活動内容も記載されていた。その内容は、先のコックリさん事件の全貌が掲載された。
面白がってコックリさんをしないようにという呼びかけの信憑性を出すために、霊によるポルターガイストが起こったという事実はそのまま掲載した。それを信じるか信じないかは個人の自由だ。・・・学園サイキックリサーチ・セブンのリーダー、若菜結人の見解である。

反応はまさに十人十色。面白かったぞーと煽る者。バカな事言ってんじゃないと諌める者。本当にあるんだと余計に興味をそそらせる者。そして、ごく一部の真実を知る何も言わない者。この学園の生徒たちが各々にどう捉えられようとも、ブームの終わりと共にコックリさんをやる生徒が減っていったことが、心身ともに疲労しきったセブンのメンバーにとっては小さな報酬だった。


「あーやっぱ俺ハーゲンダッツにすればよかったー」
「今更遅いよ」
「だってガリガリ君って安すぎじゃね?」
「いーじゃん、大した額もらったわけじゃないんだし」
「まーそーだけど」


そして、実はあんなにも苦労して調査をし解散の危機にまで立たされたにも拘らず、今回新聞部から貰った報酬は新聞部の2学期予算のわずか20分の1。次回の調査費用にもならないはした金。
なのでこの際、打ち上げとして全額お菓子に変えてしまおうという事になった。そして各々食べたいものを書き出し、誰が買いにいくかの接戦のジャンケンの末の敗者は今、コンビニへ買出しに行っている。


「・・・、遅いな」
「・・・」
「・・・」
「まさか迷ってねーだろーな。あいつあんま外出ないし」
「心配性」
「過保護」
「だってあいつ方向音痴っぽいしさぁ」
「結人じゃあるまいし」
「俺方向音痴じゃねーもん」
「何回俺んち来ても迷うクセに」
「・・・」
「・・・」
「てか、あいつ傘持ってったのかなぁ」
「・・・」
「・・・」


しとしと音をたてる中庭がだんだんと水に浸って曇っていく。見渡す限り空は雲に覆い尽くされて、・・・その雨は学園裏に位置するコンビニエンスストアにも変わらずしとしと降りつけた。
お菓子の名前が連なったメモと少しのおつり、お菓子やジュースの入った大きな袋を持って、は自動ドアを抜けた軒下で重い空を見上げた。しとしと、しとしと、帰れない。


「・・・走るか」


ぽつりと呟いて、は買った袋を胸に抱え雨の中へ走り出た。天からポツポツ雫は降って、下からバシャバシャ跳ね返る。髪に頬に制服に、どんどん染められていくのも我慢して水溜りを飛び越えながら、帰り道をひた走った。

そんな時。


「こいつ本気やべぇっ」
「テメェおぼえてろよっ!」


学園までの細い道を走って、小さな空き地の横を通り過ぎようとしたとき、塀の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。なんだろうと思って走る足を緩めると、急にこめかみのあたりにズキッと痛みが走った。


「痛っ・・」
「うわ、邪魔だよどけっ!!」
「わっ・・・」


頭の痛みに目を閉じると突然空き地の中から数人の男が飛び出てきた。その男たちに怒鳴られ突き飛ばされ、は抱えていた袋ごと地面に倒れこんで手をつき、袋の中身はもちろん手も足もスカートも水溜りへ沈んでしまった。冷たい・・・。でももうコレだけ濡れてしまえば同じかと袋に散らばったものを拾い集める。

それよりも、なんだったんだろう、あの頭痛・・・。
まだ目の上に名残があるような。こめかみを撫ぜながら、足元の水溜りの中に結人が希望したへんな絵のアイスを見つけた。それを拾おうと手を出すと、その上に誰かの足がアイスの上に覆いかぶさった。


「あ!」


思わず声を出すと、その足はアイスを踏んだ事に気がついてすぐにどいた。その足を伝って空を見上げると、黒い大きな傘を差した同じ学園の制服を着た男が、薄暗い目でを見下ろし、目が合った。その目はあまりに暗く冷たくて、小さくどきりと体がすくんだ。
その顔も制服も、泥だらけで傷ついて血が滲んでいた。そういえばさっき飛び出てきた数人も同じ制服を着ていて、同じように顔や体にケガをしていたような。

目の前の男の子は何を思っているのかずっとを見下ろしている。はしばらく見返した後、地面に転がっている結人のアイスを拾った。水溜りに落ちてずぶぬれで、踏まれたせいで中身も割れているよう。結人、怒るかなぁ・・・。

すると、フと雨が止んだ。
それに気づいて空を見上げると、そこには黒が広がっていた。


「え?」


の上に黒い傘が差し出され、その傘を持っている彼とまた目を合わせた。そして彼の手から黒い傘が落ちてきて、傘の柄を頭にぶつけながら慌てて掴み、彼は雨が降る水溜りの上を歩いていってしまった。


「・・・え?」


傘を、置いていってしまった。
空は厚い雲に覆われて、雨は次第に強く地面を叩く。
雨の中、黒い傘をさして、は遠ざかっていく背中を見ていた。





学校まで戻ってきたは、廊下に水滴を残しながらベースまで急いだ。ドアを開けようと両手の大きな袋を片手に持ち替え、そうしていると目の前のドアは先にガチャリと開いておかえりーと結人が顔を覗かせた。

”おかえり”


「うわ、ずぶ濡れじゃん!やっぱ傘持ってなかったのか」
「うん。それより結人、アイス落としちゃって割れちゃったみたい。ごめん」
「そんなことより早く拭かないと!風邪ひくぞ」


髪から頬からぽたぽた水を滴らせるに、英士がタオルを差し出して結人と一馬がジャージ持ってきて、重ねて着ろっと被せられる。寮に帰って着替えたらいいんじゃないかと思ったけど、結人たちがやたらと心配して物を差し出してくれるから、は言われるがままにそれらを受け取った。


「ケンカぁ?」
「うん、裏の空き地で」
「あぶねーなお前、そんなんに首突っ込むんじゃないよ」
「突っ込んでないよ、通りかかっただけ。それで、その中の人が傘貸してくれたの」
「傘?ケンカしてたヤツが?」
「うん」
「どんな不良だそりゃ」


机を囲んでみんなでお菓子を食べながら、は帰り道での出来事を話した。みんなのほうがまだこのメンバー以外の人と関わっていない自分よりも、あの傘を貸してくれた人が誰だか分かるかもしれないと思って。


「制服着てたからこの学校の人だと思うけど」
「ふーん。でもべつにいーんじゃん?ケンカしてるよーなヤツに関わっちゃイケマセン」
「でも傘返さなきゃ」
「下駄箱にでも置いとけばそのうち気づくんじゃないのー?どーせやっすいビニール傘だろ」
「ううん、ちゃんとした黒い大きい傘」
「名前とかなかったの?」
「あ、見なかった」
「やっぱどっか抜けてんね、お前は」


結人に馬鹿にされ、英士と一馬に笑われては返す言葉がなかった。
結局その日はお菓子を囲んで喋っていただけで、調査らしい調査もせずに遊んでいただけだった。気がつけば雨もパラパラと小雨になっていて、今のうちに帰ろうかと英士が呟いた。きっとこれからもっと酷くなるからとやけに自信たっぷりに続けて、それを結人も一馬も信じて受け入れて、それに流されるようにも片付け始めた。


「あ、名前あった。えーと・・・」


ベースを出て昇降口まで降りてきてあの黒い傘を見てみると、持つ部分の木に小さく名前が刻まれていた。ローマ字で書かれたその名前を、は首を傾けてながら読んでいると、英士に傘をひっくり返せばいいのにとつっこまれ、は静々と傘をひっくり返す。


「R・TENJO・・・」
「てんじょー?」
「天城でしょ」
「げ、天城?お前ほんとーにあの天城にその傘借りたの?」
「誰?」
「同じ2年じゃん。4組の、デカイヤツ」
「ああ、大きい人だった。その人かな」


えー、あいつがぁ?
結人は疑り深く言って、隣で一馬も首を傾げた。


「その人だとおかしいの?」
「だって天城だろ?確かにあいつならケンカとかしてそーだけど、でも傘貸したりするかなぁー」
「怖そうな人なの?」
「怖いっつーか、あんま関わりたくはないな」
「ふーん・・」
「でもまぁ、黒でよかったな」
「なんで?」


昇降口を抜けて振り返る結人が雨を背負って楽しげに笑う。


「だって雨の日って言ったらアレだろ?赤い傘のお迎え」
「なにそれ」
「雨の日に傘がなくて困ってるとさ、赤い傘をさした女が迎えに来るんだよ。で、傘の下に顔を隠して、おかえり、迎えにきましたよって言うんだって。それでその傘に入っちゃうと・・・」
「そのまま連れて行かれる」
「・・・えーし、先にオチを言うんじゃないよ」
「無駄にを怖がらすんじゃないよ」


ちぇ、と結人は水溜りを蹴って、小雨の中に足を踏み出した。
はまたその黒い傘を差して歩き出す。


「あ、真田君、明日体育ある?」
「いや、ないけど」
「じゃあこれ洗濯して返すね。結人のと一緒に」
「あー?いーよそんなん。元々そんなきれーなもんじゃなかったし。なぁ一馬」
「お前と一緒にするなって」
「何ぃ?」
「いいの、洗うよ。じゃあまた明日」


寮門でみんなと別れ、そのまま結人たちはバス停へと向かいはひとり寮の玄関へと歩いていった。空の雨雲は果てまでぎっしり詰まっていて、やっぱり今日は1日やみそうにない。
寮について、軒下で傘の水滴を払うと傘たてに誰かの赤い傘を見つけた。雨の日に赤い傘を差した人が迎えにくる。はついさっき結人に聞いた話を思い出してヒヤりと背筋を冷やす。考えないようにと頭の中のものを散らして傘をたたみ、冷えた体をこすりながら小走りで廊下を部屋に向かった。



翌日の学校、雨ということもあり温度はぐっと下がって肌寒く、きのうまではまだ夏服の生徒が多かったのに今日は長袖が目立っていた。秋が近づき、やっと長袖でも違和感の無い季節になってきたのはいいのだけど、寒がり冷え性のに冬は困る。


「結人、これありがとう」
「おお、マジ洗濯したの?いいっつったのに。洗濯とかも全部自分でやらなきゃダメなんだな、大変だろ」
「そうでもないよ。今まではごはんも洗濯も掃除も全部自分でやってたし。毎日ごはんが出る分ずっとラク」
「へぇ?」


何気なくそんなことを話すと、結人はにジッと目を合わせて何か聞きたそうな顔をした。けど、はそんな結人から目を離して、立ち上がり一馬のジャージを持って教室を出ていった。

結人が何に気に留めたのか、には分からなかった。全部自分でやってたっていうところかな。それって普通の事じゃないのかな。うーん、と首を唸って考え込んでいると、通りがかった廊下で数人の男子が教師に呼び止められているのを見つけた。


「なんだそのケガは。またケンカか?」
「うっせぇなぁ」
「ケンカするなって何度言ったら分かるんだ。どこの生徒とやったんだ?」
「他のガッコじゃねーよ、天城だよ」


顔にアザを作った生徒の口から出たその名前を聞いて、通り過ぎようとしていたは振り返った。はっきりとは覚えていないけど、きのうあの空き地から出てきた人たちのような気がする。雨の中に突き飛ばしてくれた人たちだ。


「そうか・・・。もうケンカするなよ、次見つけたら処分するからな」
「えらそーに」
「なんだと?」
「それ天城にも言えよ。天城には何も言えねークセに、えらそーな事言ってんじゃねー」


吐き捨てて廊下を歩いていく生徒たちに、教師は何も言い返せずに踵を返した。
教師までがあの彼を怖がっている?
きのうは結人も一馬もあまり関わりたくないといっていた。が見た彼は、確かに暗くて怖い目をしていたけど、そんなに悪い人には感じなかったから違和感が拭えなかった。
は静かになった廊下をそのまま歩いていって、4組の教室の前を通った時にチラリと中を見てみた。ドアから見えた教室の、奥の窓際の席にきのう見た彼、天城を見つけた。窓際の一番後ろの席に座って、休み時間で騒がしい周囲を無視して一人でただ座っている。誰も彼には近づかなくて、彼自信からも寄せ付けない空気を感じた。


「・・・」
?」


足を止めて天城を見ていると、正面から呼ばれて前を向いた。正面から一馬がを見つけて歩いてきて、何してんの?と声をかけた。


「ジャージ返しにきたの、ありがとう」
「あ、ほんとに洗濯してくれたんだ。悪いな、ありがとう」
「ううん」


は持っていたジャージを一馬に手渡し、一馬は照れるようにはにかんで受け取った。こんな廊下で渡すのは恥かしかったかな。一般常識がイマイチわからない。出来るだけ周りと同じように、普通でいようと努めているのに、こういう時、今まで自分がいかに人と関わらずに生きてきたのかと思いしらされる。


「天城、ちょっと」


そんな二人の近くで、さっきまで廊下で説教をしていた教師がドア口から天城君を呼び寄せた。教室の奥で天城は静かに立ち上がり、教師の前に立つとその教師より背が高くて、本当に大きかったのだと分かった。雨の中、黒い傘の下では気づかなかったけど、髪の色も薄くて体も大きくて、きっと何もしなくても目立ってしまうんだろう。


「そのケガは、ケンカか?」
「ああ」
「・・・。あまり目に余る行動が増えるとご両親に報告することになるから、よく憶えときなさい」
「・・・」
「今日はもう帰りなさい」


教師の話を黙って聞いていた天城は、一度教室に戻ってカバンを持ってくるとそのまま廊下を歩いていった。その途中、様子を見ていたと天城は目を合わし、天城はを覚えていたのかまた少しに目を留めて、でもすぐに目を離しそのまま歩いていった。


「・・・」
?」
「え?」
「天城がなんか気になるの?また何か見えるとか?」
「ううん、そんなんじゃない」
「そう?きのうから結構気にしてるから」
「うん・・・。なんでみんな、そんなにあの人を怖がってるのかな」
「あの人って天城?」
「さっき先生もあの人にはきつく言えないって聞いて、なんでかなって。真田君も怖いと思う?」
「そうでもないけど」
「でしょ?」


彼は怖いというよりも、からっぽな感じがする。
威嚇、とは違うかもしれないけど、何かを隠してるような。


「天城がどういうヤツかは俺もよく知らないけど、先生がきつく言えないってのはたぶんあいつの親がここの理事長だからだろうな」
「理事長?学園の?」
「ああ、だから問題起こしても大抵もみ消されるし処分とかもないんじゃない?」
「へぇ・・・」


学園の理事長の息子。だったら教師が強くいえなくても、仕方のないこと・・・?はまた天城が歩いていった廊下を見やり、そのを一馬はじっと見ていた。


「なに?」
「いや、なんでも。じゃあ、これありがとな。また放課後」
「うん」


一馬は遠慮がちに笑い返して教室に戻っていった。
なんだか足早に去っていくようで、はどうしたんだろう、また自分が何かしたかなと考え込むけど、分からない。何か、悪いことでもしただろうか・・・?

うーんと悩んで、でも次の授業開始のチャイムがなって、は急いで教室へ戻っていった。















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結人は好きな子からバレンタインチョコを貰ったらその場で開ける。そして食う。一馬はもったいなくて開けれず、そして朽ちてゆく。よってこのジャージも袖を通せず、体育の時間が来ない事を祈ってる。かわいい。


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