かたちあるものは いつか壊れてしまうのか
かたちないものは いつか忘れてしまうのか










STAND BY YOU!!   File4:赤い傘のお迎え










相変わらず天気が悪くて、校舎の中はいつもより薄暗い。夏を一掃する雨は、確実に次の季節を予感させていた。


「もう、どーやったらここまで千切れるの?」
「なはは、勢いだ勢い!」


雨が続くこんな日は、誰しも外への切望と室内の鬱憤を溜めていくもの。特に男の子は快活に外で遊びたい気持ちを抑えて、教室のうしろで暴れたり廊下を走ったり、雨の日の保健室もいつもより忙しそうだ。
我がサイキックリサーチ「セブン」のリーダー、若菜結人もその例に洩れずに廊下でプロレスゴッコをし、結果シャツのボタンを3つも引き千切ってきた。結人はついきのうも窓枠に袖を引っ掛けて破いたばかり。結人のお母さんも大変だなぁと思いつつ、シャツにボタンを縫い付けていた。


「器用だね君も」
「二度と取れないように巻きつけてやる」
「おーそうしといて!なっはっは」


ベースで上半身裸の結人はTシャツか何かきればいいのに、そんなこと気にせずにマンガの雑誌をぺらぺらとめくる。
そうしていると、ドアが開いて真田君が顔を出した。真田君は中を見てギョッと驚いた顔をして立ち止まり、そのうしろでどうしたの?という声も聞こえ、真田君の肩の向こうから英士君が顔を出す。


「結人、何なのその恰好」
「俺ん中じゃまだまだサマータイムなんだよ」
「もう10月だし」
「言ってやってよ英士君、ボタン3つも取っちゃったんだから」


私がボタンを英士君に見せると、英士君は最高記録は全部だと言い返してきた。全部・・・もしかして英士君がそれをつけたの?と言うと、まさかと英士君は言い捨てた。何でも出来る英士君も裁縫まではしないらしい。

取れたボタンを全部付け直し結人にシャツを返すと、結人はさんきゅーとシャツを着た。ボタンもその存在理由を果たしちゃんと服と服とを繋いでくれて、これでやっと今日の調査が始められる。


「じゃーみんな揃ったところで、今回の調査は赤い傘のお迎えだ!」
「赤い傘って、この前言ってた?」
「そーだ。折角連日雨が降り続いてんだから今この機会を逃す術はないだろ」


結人は意気揚々とまたあの七不思議を語りだす。

雨の日、昇降口に赤い傘を差した女が現れる。その女の人は傘を忘れた子供を迎えに来たお母さんだそうで、傘を忘れた人を見つけると寄ってきて「迎えに来ましたよ」と傘に顔を隠してささやくそうだ。そしてその傘に入ってしまうと、そのままどこかへ連れて行かれて、もう二度と帰ってこないのだという。


「それこそただの噂だと思うけど。普通に迎えに来た人が見間違われたんじゃないの?」


前回のコックリさん騒ぎがあまりに衝撃的だった私たちはいろんな現象を現実的に受け止めることを学習したようで、あまりに嘘臭い七不思議にはかなり諦めムードが漂っていた。しかしそうはいかないのが、このセブンのリーダーなのである。


「バッカもーん!俺たちのポリシーはなんだ、英士!」
「七不思議の真偽確認と学園生活の平和維持」
「そのとーり!よーし行くぞー!」
「はぁー」
「お前らもっと気合入れろ!」


叫ぶ結人に急き立てられ、セブン一行は一路昇降口へとベースを出ていく。


「というかいつ出るの?」
「そもそも出るのかよ」
「出る!絶対出る!」
、なんか感じる?」
「いいえ、全く」


あまりにもはっきり言い切ってしまったせいで結人はキッと私をにらんだ。そうにらまれたって、何も感じないものは感じないんだもの。だけどムキになる結人はその辺見回って来いと私に命令を下し、みんな分かれて周囲の温度調査へ乗り出した。


回ってこいと言われても・・・。ぼやきながら私は校舎の外周を、雨に当たらないように軒下を一人歩いていった。そのままぐるりと校舎を1周して、最後に中庭に行き着きそのまま昇降口へ戻ろうとすると、中庭の中央を走る渡り廊下に誰かの背中が見え足を止めた。


「あ・・・」


大きな背中に色素の薄い髪。雨の渡り廊下の真ん中に、あの天城君が、柱にもたれて立ち尽くしていた。うつむいて、何かを見下ろしているようだ。私は進路を外れ、天城君に近づいていこうとすると、彼の視線の先、その手の中には赤い何かが見えた。

おまもり・・・?

天城君は手の中の赤いお守りをずっと見つめていた。大事なものなんだろうか、いつもあんなに冷たく見えていた天城君の目が、とても穏やかに見えた。


「天城」


私とは反対側の渡り廊下からぞろぞろと男の子の集団が歩いてきた。その姿を見た天城君は手の中のお守りをポケットの中に押し込む。

その時、また私の頭にズキッと頭痛が響いた。
今回のはこの前より大きく響いて、微かに涙が滲んだ。


「相変わらず一人だけ処分なしかよ。親が偉い人だといーよな」
「・・・」
「理事長の息子だからってお前まで偉そーにしてんじゃねーよ。どんだけ金積んだっても消せねーくらいにボコボコにしてやるからな」


わ・・、またケンカ?
しかもこんな学校内で・・・

どうしようと慌てて私は、思わず彼らのほうに走っていった。


「あ、のっ・・・」


すでに掴み合いになって、まさに今殴り合おうかとしている現場に躍り出た私は、彼らの目を一身に集めた。みんなポカンと私を見つめ、さすがの天城君も吊り上げてた目を丸くして私を見る。


「なんだお前」
「え、と・・・」


ああ、どうしよう、どうしよう・・・


「あーあの・・、天城君に、用事が・・・」
「は・・・?」


周りを囲む彼らは天城君を見て、それから完璧にしらけてしまったようにその手を離した。


「絶対潰すからな」
「・・・」


そして彼らはそのまま校舎のほうへ戻っていき、その背中を見送るはずもなく天城君は掴まれた首元を整える。かなり無理があったようだけど、何とかこの場は落ち着いたようだ。お腹の底からため息が洩れた。


「なんだ」
「え?」
「俺に用があるんだろ」
「あ、ああ・・・」


まだドキドキと痛く打つ胸を抑えて、初めて聞いた天城君の声をゆっくり頭の中で処理して考えた。


「あ、傘!傘を返そうと思って・・・」


咄嗟に思いついてポンッと手を叩くけど、天城君は静かに私を見てる。
誰が見たって私は傘なんて持ってない。


「えーと、取ってきます」
「べつにいい。傘くらい」
「え、でも・・・」
「いい」


天城君は淡白につぶやき、顔を逸らした。
やっぱり彼は鋭い目してる。誰も寄せ付けない感じだ。
そう思わず見つめてしまうと、まだなんか用かと天城君は私に言った。


「それ、痛そう」


天城君はケンカの跡か、口元にあざを作っていた。青くなって内出血してる感じで痛々しい。


「向こうが勝手に寄ってくるんだ」
「ちゃんと手当てしたほうがいいよ、保健室とか」
「いい」
「でもそんな傷、見るからにケンカって感じで、心配されるでしょ」
「そんな人間いない」
「あ、そう・・・。でも、化膿しちゃうと大変だし、保健室が嫌ならうちのサークルの教室に救急箱あるからそれで・・・」


私は何とか天城君の傷を手当てしようとしたのだけど、天城君は何か、拍子抜けしたような顔で私を見下ろしているのに気づいた。


「え、なにか・・・?」
「・・・心配する人間がいないと言って、あそうと言われたのは初めてだ」


天城君はまた目を逸らして、ぽつりとそう言った。


「だって、心配しない人も、されない人もたくさんいるし」
「・・・そうだな」


そう小さく答える天城君は、今までに見た冷たさや穏やかさを持った目のどれとも違う、空虚な瞳をしていた。

分かっているんだ、この人も。
人なんて簡単に飲み込んでしまう、孤独の威力を。

雨の音の中、立ち尽くす彼のポケットから赤い紐が出ているのを見つけた。
天城君がポケットに突っ込んだあのお守りだ。


「天城君、ポケット、お守り落ちそうだよ」
「!」


天城君はそのお守りに敏感に反応して、ポケットからはみ出していた紐をぐいと押し込んだ。


「貰ったもの?」
「・・・ああ」


天城君は堅い表情を少しだけ崩した。私はそれに少し安心した。
お守りをくれる人がいるんだ。


「あ、いた!ーっ!」


そんな私たちに、中庭の果ての校舎から結人の大声が響き届いた。私を探してくれていたのか、見回りに行けと自分で言っておきながら早く帰ってこいよと怒鳴っていた。小雨が降る中、結人たちの元まで走って、天城君もゆっくりと校舎に歩いていた。結人たちの前まで行くと英士君がタオルを差し出してくれて、結人がぐしゃぐしゃと私の頭を拭き始める。



「痛い、結人痛いっ」
「たくお前は、また雨に濡れて!あんなとこで天城と何してたんだよ」
「あ、傘をね、返そうと思って・・・」
「ふーん。とにかくお前すぐ着替えて来い!本気風邪引くぞ!」


また結人に叱られていると、うしろの窓から校舎に入ってきた天城君を見て結人がふと気づいた。


「なんで天城は濡れてないの?」
「え?」


結人が言ったことにみんなが天城君に振り向き彼を見た。あの雨の中走ってきた私が髪や肩を濡らしているのに、ゆっくり歩いてきた天城君はちっとも濡れてない。天城君も自分の肩を見て不思議がっているようだったけど、でもそのまま目を逸らし、何も言わずに歩いて行ってしまった。


「ったく、ブアイソなヤツめ」


歩いていく天城君を見ながらガシガシとまだ私の頭を拭う結人が言い捨てる。結人の揺らすタオルの下から歩いていく天城君を見ていると、その天城君の周りがまるで夏の陽炎のように、空気がぐにゃりと曲がっているように見えて、私は目をこすった。


「どうかした?」
「うん・・・、なんでもない」
「ってかさ、あれってどう思う?」
「何が?」
「天城が全然濡れてなかったこと!この雨の中歩いて全然濡れてないなんて普通にありえないだろ?」
「確かに不可解だけど、そういうのってあるの?」
「実際に今見たじゃん!」
「だから霊現象的にそういうことがあるのかってこと」
「何かは分からんがあやしい!俺の幽霊レーダーがビンビンに反応している!」
「こっちのレーダーは?」


大張り切りな結人の横で冷静な英士君が私を見る。


「や、なにも・・・」
が何も見えないって言うんじゃあね」
「ほんとに?まったくなんも感じないわけっ?」
「まったく。さっぱり」


またはっきり言い返す私に結人はまた激しく肩を落とした。


それから数日、飽きもせずに雨はよく降った。そんな、学校を打ち付ける雨音をかき消すような、騒がしい休み時間の教室内。


ー、英語のノート見せてくれーぃ」
「ダメ」
「はっ、なんで!?」
「英士君が甘やかすなっていうから見せない」
「がっ!こんなとこにまで英士の魔の手が!」


頭を抱え机の下でジダンダを踏む結人は見つからないようにそっと私の机の上からノートを抜き取ろうとしてきて、そんな結人の頭を筆箱で叩いた。それでもめげずに結人は何度もノートを奪おうとしてくる。


「結人結人ー!」
「ん?なに」


英語のノートを取るか取られるかの攻防戦を地味に繰り広げる私たちの元に、同じクラスの男の子たちが息を切らして楽しそうな顔で駆け寄ってきた。


「アレ聞いた?天城の話!」
「天城?」
「天城ともめてた3年とか3組の川田とかが階段から落ちたりしてケガしたんだって!」
「だから?」
「だからって、天城ともめてた奴らがどんどんケガしてんだよ?セブンの出番だろ?」
「おお!」


おおって・・・、人に言われて気づくのか・・・。


「それは疑惑ありだな!天城かー、あやしーと思ってたんだよなぁ。なぁ!」
「いえべつに」
「こりゃ学園防衛隊として調べるっきゃねーよ!なぁ!」
「いえべつに」
「でも天城、今日は来てないんだよ」
「なにぃ?ますますあやしいっ!なぁ!」
「・・・」


やっぱり、この学校の幽霊騒動がいつまでも治まらないのは、私たちのせいかもしれない・・・。


「3年生のケガは他校の生徒とのケンカのせい。3組の川田が階段から転落したのは全くの不注意だそうだよ」


私たちは早速英士君に相談を持ちかけ、英士君の完璧且つ俊敏な調査力であえなく結人の期待は撃沈する。


ー!お前今回はやけにおとなしーじゃねーかよ、なんか感じねーのかぁ!」
にあたらない!」


半泣きで急き立ててくる結人にビクッと身を引くと、英士君が結人に資料を投げつけその勢いを落としてくれた。まったく、どっちがリーダーだかわかんないなぁ。


、風邪引いた?」
「え?」
「ちょっと鼻声」
「え、そう?」


今まで口を挟まずにいた真田君がそう言って、自分でわかんなかった?と笑った。それからも熱はないか、だるくないかと聞いてくれて、真田君は鋭いと言うより、常に人をよく見てるんだなぁ。すごくいい人だと思う。


私たちが廊下で集まりそうしていると、廊下の先がザワッと騒がしくなって私たちはそのほうに目をやった。みんなが視線を集める先から天城君が歩いてきていて、廊下にいたみんなが彼に視線を注ぎながらも道を空ける。みんなもうあの噂広がっているようで、元々評判のよくなかった彼だから噂が広がるのも早いんだろと結人が言った。

大勢の生徒の真ん中を歩いていく天城君を見ていると、私の視界がまた濁って頭の中がぐらりと揺れた。なんなんだろう・・・、はっきり感じないから余計に気持ちが悪い。でも霊を感じる時のような嫌な感じはしないし・・・


「どうかした?」


視界が揺れて頭の中も揺れるようで、気持ち悪さを感じているとその私を覗き込んで真田君がまた声をかけてくれた。


「なんだ、なんか見えるのかっ?」
「や、見えるっていうか、見えないっていうか・・・」
「は?」
「こないだから天城君見ると、こう、空気がぐらって揺らぐの」
「なにっ?なんでそれを早く言わないんだよ!それって天城になんか憑いてるって事だろ?」
「でもはっきりは見えないし」
でもはっきり見えないくらい強いのかもしんないじゃん!やっぱ天城になんか憑いてんだよ、あいつはケンカの常習犯だしな、恨みとかいっぱい持ってそーじゃん」
「でも天城君は自分からケンカふっかけたりしないから、他の人が勝手に寄ってくるんだって言ってたもん」
「どっちから仕掛けよーがケンカはケンカっしょ」
「でも天城君は悪くない。何も憑いてないし、天城君のせいじゃないよ」


そう、少し強く言い返すと、みんながきょとんとして私を見つめ返してきた。


「どーした、ムキんなって」
「あ・・・ううん」
「まぁ、が何も見えないって言うんだから、そうなんじゃないの」
「え〜〜〜」


結人はまたガクりと肩を落とす。
だって、天城君はケンカばかりするけど、凄く冷たい目をするけど、でも、あったかい目も出来るんだ。きっと普通に、みんなと同じように、笑うことだって出来るはずで・・・


「きゃあっ!」


バリン、とどこかでガラスが割れる音がして、その後すぐに女生徒の声が響いた。
騒がしい4組の教室に駆け寄っていくと、教室の中では生徒たちがみんな窓際にいる天城君に注目して静まっていて、そこにいる天城君とその前にいる2人男の子は、彼らの周りで飛び散っている窓ガラスを見て驚いていた。


「なに?なにがあったの?」
「急に窓が割れたんだよ。あいつらが噂のこと本当なのかって面白がって天城に近づいてったらさ、急に」
「・・・」


静まっていた教室はだんだんと騒がしさを取り戻していった。
その不可解な出来事が天城君の噂にさらに輪をかけてしまったらしく、元々孤立していた天城君だけど、余計に誰も天城君には近づかなくなった。


「なぁ、本当になんでもないと思う?」
「・・・」


結人が小さく言うけど、私は何も言えなかった。
チャイムがなってみんなそれぞれ教室に戻って、私と結人も教室に戻ろうとしたところで、私は最後に天城君を見た。みんなに遠巻きに見られていても、天城君はしっかり表情を保って、でもとても暗い目をしていた。

でも彼の手はずっとズボンのポケットに入っていた。
私はあのポケットの中の、赤いお守りを思い出していた。











 

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