世界が輝くの。
ほんの小さな世界だけど、その間だけは魔法みたいに、キラキラと輝くのよ。




STAND BY YOU!!   File5:呪いのジュリエット





それは、2学期の中間テストが終わり気分も晴れ晴れとした秋晴れの月曜日。
熱で寝込んでいたがようやく回復し、俺たちの活動もようやく再開しようとした日の放課後。


「俺、大変なことを思い出しちゃった」
「・・・なに?」


2組の教室の前を一馬と一緒に通りかかると、教室には結人だけがいてはいなかった。は?と聞く一馬の言葉を軽く無視して、結人は俺たちにこそこそと寄ってくるなり顔を近づけ口に手を当て大変さを押し隠した声で言った。
この風船並みにふわふわ軽い結人の脳ミソは一体今度は何を忘れたんだと少々聞くのが嫌なんだけど、放っておくと後が煩いから一応聞き返してみた。


が今月誕生日なんだよ」
「・・・」


俺も一馬も不安や疑心をポロリと落とし、結人の言葉に言葉を無くした。


「え、マジで?」
「マジマジ!前にちらっと聞いたことあったんだよ。そしたら確かに10月だって言ってた」
「日にちは?」
「日にちまでは、多分聞いてない」
「忘れたんじゃないの?」
「・・・そういわれると果てしなく自信ないけど、たぶん聞かなかったと思うんだよ。もうすぐじゃんとは言った気するんだけどさ」


そこまで言っておいてなんで聞かないかなこの風船脳ミソは。


「で、どうすんの?」
「どうするって祝うに決まってんだろ。ケーキとかケンタとか買ってパーッと」
「てかその前に日にち!10月だってもう半分過ぎてんだし終わったかもよ」
「本人に聞くの?」
「ええー?どうせやるならサプライズがいーじゃん!こっそり準備して部屋に入ってきたときにクラッカーぱーん!みたいなさ!」
「じゃあ誰に聞くの」
「先生に聞けばどうにかしてわかるんじゃないか?」
「なるほど!じゃあ二人で先生に聞いてきて!」
「聞いてきてって、結人は?」
「俺?俺は今からちょーっと外せない用事が・・・」
「用事?結人に?なんだよ」
「用事は用事なの!だからお前らだけで調べてきて!」
「・・・」


怪しい。はぐらかす結人に問い詰めても結人は目を逸らしてますます怪しい。
今度は何をやらかしたんだと疑り深い目をしていると廊下の先から先生がやってきて、「若菜ー、教室入れ、追試始めるぞー」なんて声が届いた。


「追試・・・」
「いや!追試って言ってもな、ほんの1教科だけで・・・」
「俺がわざわざ時間割いてあんなに教えたのに追試?どれだけ教え甲斐の無い頭してるのその脳ミソは」
「ごめーん!!」


結人は、今回の中間テストでばっちり英語の赤点を取り、補習プラス追試を言い渡されていたようだ。まったくしょうがないリーダーだ。
そんな理由でわがサイキックリサーチ「セブン」は情けなくもリーダーのみ活動再開を見送ることとなり、俺と一馬はため息をつきながら廊下を歩いていった。


「でさ、どうする?
「ああ、まぁそれはしょうがないから先生に聞こうか。ていうかそのはどこに行ったんだろうね」
「もうベース行ったんじゃないの?じゃ俺職員室行ってくるな」


そう言って一馬は職員室へ階段を駆け下りていった。
ああ見えて一馬もイベントにははりきるタイプだ。結人ほどではないけど、毎年俺と結人の誕生日を几帳面に覚えてるのも一馬だし。結人はあんなだから終わってから大騒ぎすることが多い。
かといって俺たち、女の子の誕生日を祝うなんてしたことないから、どうすればいいんだろう。一馬や結人のプレゼントならあっという間に思いつくのに、にとなると、思いつかない。

考えもつかない悩みに唸りながらひとりベースに向かっていると、本棟から実習棟へ渡ったところでを見つけた。実習棟の階段の下では、落としたのか、床に落ちているカバンを拾ってスカートをはたいていた。
声をかけるとは、驚かしてしまったのか、ビクリと肩を揺らして振り返る。


「あ、英士君、ビックリした」
「どうしたの?」
「なにが?」


はカバンの埃を払いながらなんでもないよと笑った。
ふとの足に目を落とすと、スカートの裾の下から覗いてる膝がうっすらと赤くなってるのが見えた。


「膝すりむいてる」
「あ、さっき転んじゃって」
「血出てるよ」
「うん、平気」


そう言ってはカバンから絆創膏を取り出し膝にペタリと貼りつけた。さすが常に絆創膏を持ち歩いているだけあって、はよく怪我をする。それも大抵自滅。この前もホッチキスの芯で指を刺していたっけ。プレゼントは絆創膏にしようか。

それから二人でベースへ向かい、は目安箱の中身を取り出して中に入った。


「真田君は?」
「ああ、ちょっと職員室に寄ってから来るって」
「そう。あ、結人追試だって、聞いた?」
「うんさっき。もう知らないよ、あの頭は救えない」


放課後のオレンジ色した空がベースの中までもその色で染めて、やわらかい秋色の中ではふふと小さく笑った。机にカバンを下ろし、投書を纏めてノートに書き込む。


「最近これ多いね。演劇部の七不思議」
「舞台に立つと呪われるってやつ?かなり嘘臭いけど」


生霊に動物霊、守護霊や降霊術に除霊。が来てから俺たちはかなり貴重なものを目にしてきたけど、それでも実際に日々俺たちがこなす仕事のほとんどは、ただの噂話や人の手による悪戯。もしくは思い込み。


「前の学校にもあったなぁ。シゲちゃんがいたから余計にみんな、そういうのと結びつけたがって」
「あの人って生まれつきそういう力があるの?それとも修行、とかしたからそういうことが出来るようになったの?」
「シゲちゃんは実家がお寺で、おじいさんは有名な霊能者だったって言ってたよ。でもおじいさんの子供はみんな女の人で跡継ぎが出来なかったからシゲちゃんは小さいときから色々教え込まれたんだって」
「なるほどね。天性的な能力に加えて英才教育を叩き込まれたってわけだ」
「おじいさん以上に力あるって期待されてたんだけど、シゲちゃんはお寺継ぐ気もなかったみたいで、一人でこっちに飛び出してきたんだって」


カチカチ、シャーペンの芯を出しながらは小さく笑って話した。


「じゃあはいつから霊が見えるようになったの?」
「はっきり覚えてない。幽霊でも普通の人と同じように見えてたから、気付かなかっただけで本当は幽霊だったかもしれない」
「ああ、なるほどね」
「ちゃんと、これは普通の人じゃないんだって思って見たのは、4歳だったかな」
「怖かった?」
「うん。道路の真ん中に人が立ってて、車に轢かれそうになって危ないって思うんだけど、他の人には何も見えてなくて、車もその人通り抜けちゃって。車に乗ってても人がぶつかってきたりして、でもやっぱり誰にも見えてなかったりするの」
「ふぅん」
「ちょっとでも死んじゃいたいって思ったら本当に連れていかれそうで、怖かったなぁ」
「・・・」


死んじゃいたい

もし結人だったら、怒ったかもしれない。死んでしまいたいなんて、結人は頭をよぎったことすらないだろう。

俺もも口を開かなくなってベースが静かになると、コンコンとドアがノックされる音がした。目を向けるとギシリと音をたてて立て付けの悪いドアが開き、その向こうから顔を覗かせおじゃましまーすと声をかけたのは、肩下ほどの黒い髪をさらりと流す女の子だった。


「あれ、二人だけ?」
「うん。何か用?小島さん」
「ちょっと、話聞いてもらいたくてさ」


そう言ってベースに入ってきた、4組の小島有希。小島は俺たちに近づいてくるとに目を留めてニコリと笑った。その小島にはペコリと頭を下げる。


「話すの初めてだね。名前なんて言うんだっけ?」
です」
「あたし小島有希。よろしく」


明るい笑顔と声ではきはき喋る小島に、は少し物怖じしてまた頭を下げた。小島はと同じく寮に住んでいるらしく、でも生活の時間帯も部屋の階数も違うから今まで話したこともないという。
小島に限らず、が女子と話している姿は、初めて見たかもしれない。


「めずらしーじゃない、アンタたちが女の子入れるなんて。いっつも3人でつるんでるのにさ」
「そんなことより、話って?」
「あ、そうそう。あのね、」


話し出そうとする小島には椅子を差し出した。そのに小島はまたにこりと大きな花のような笑顔を返し静かに座る。


「実はさ、私の寮の部屋なんだけど、最近なんか変なの。先週の木曜の夜なんだけど、部屋の前に赤い・・・足跡?みたいなものがついてて」
「足跡?人の?」
「うーん・・・、似てるけどちょっと違う感じ。でもその時はただなんだろうなって思っただけですぐ消しちゃったの。そしたら、次の日の朝にもまたそれがあってね。しかも最初に見つけたものより少し部屋に近づいてたの」
「悪戯じゃないの?」
「私もそう思ったんだけど、でも次の日には、今度は部屋の中にあったの」
「部屋の中にまで?赤い足跡って正確にはどんな?」
「赤い泥の足跡みたいな。足跡がくっきりあるんじゃなくて、所々かすれてる感じ。人の足の形に似てるけど、ちょっと小さいかな」


赤い足跡は部屋の前の廊下から日に日に近づいてきて、とうとう部屋の中にまで入ってきたと言う。小島の言うことを細かくノートに書き留めて、でも聞けば聞くほど悪戯臭かった。


「小島さん一人部屋?」
「ううん二人。でね、私たちもイタズラだって思ったからこないだ二人で朝まで起きてたのよ」
「結果は?」
「朝まで見張ってたけどその日は何もなかったの。で、私も同室の子も眠くなっちゃって、ちゃんと鍵閉めて寝たの。もう明るくなってたから大丈夫だと思ったんだけど、昼前に起きたら、やっぱりまた・・・それがあって。今度はドアからまた1歩進んでて、だんだん、私たちのほうに近づいてきてるのよね。同室の子なんて夜に金縛りあったとか言うし」
「まぁ金縛りは必ずしも悪い意味で起こることじゃないけどね」
「そうなの?でも足跡はほんとにあったの。寮の先生に言っても信じてくれなくてさ、逆に怒られちゃったんだから」
「随分手が込んでるけど、悪戯だったとしてその心当たりは?」
「あるわけないじゃない」


きっぱりと小島は言う。
でもその後、ふと息を吐くと同時に肩の力を抜いて、小島は言いにくそうにゆっくりと口を開いた。


「これは、関係ないかもしれないんだけどさ・・・。私、演劇部なのね。で、今度の文化祭で舞台やるんだけど、その主役に選ばれてるの。演劇部は毎年文化祭で舞台をやるんだけど、3年ごとに演目が変わるの。ハムレットと夕鶴と、今年はロミオとジュリエット。でね、そのジュリエットを私がやるんだけど、うちの部じゃジュリエットの役は呪われてるって言われてるの」
「呪われてる?」
「毎年ジュリエットの役をやる人は悪いことが起きてるんだって。舞台直前に階段から落ちて骨折ったり、病気になって声が出なくなっちゃったり、火事で髪が燃えちゃったり」
「ああ、舞台が呪われてるっていう演劇部の噂だね。そんなこと言われてもやるんだ」
「だって伝統行事だし・・・。本当なら3年生が主役をやるんだけど、先輩たち怖がってやりたくないっていうから私がやることになって。私はそんな話、信じてないんだけど、こんなことがあると、ちょっと不安になっちゃって・・・。ねぇどう思う?」
「どうって言われても。とりあえず小島さんの部屋を見せてもらうしかないかな。あと演劇部の舞台も一応」
「いいよ。テストも終わって最後の仕上げの時期なのに、こんなことで部に迷惑かけたくないの。もしこんなことで公演中止なんかになったら先輩たちにも申し訳ないしさ。お願い、力貸して」
「じゃあ今日でいい?」
「いいよ。今から練習だから休憩中でもいい?あ、あと他の部員には言わないで欲しいんだ」
「わかった」


話しきって、小島は最初にベースを訪れたときよりも少し心が軽くなったような顔をして出ていった。
舞台の主役と、テストと、迫っている本番で、ああ見えていろいろ抱えているんだろう。


、寮で何か感じたことあるの?」
「特別悪いのは何も」
「そう」


演劇部の七不思議。
呪いのジュリエット。
そして、小島の部屋で起こっている不可解な出来事。

テスト明け最初の仕事は、そうして決まった。













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今回の話は幽☆白の読みきりの話を拝借してます。(冨樫大好き)
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