あたたかいもの。
あたたかい場所。
あたたかい人。

普通で、当たり前な。
だけど、なかなか見つからないもの。




STAND BY YOU!!   File5:呪いのジュリエット





小島が出ていったベースで、と遅れてきた一馬と3人で、追試の結人を待っていた。投書もあることだし、これからの活動は小島が持ってきたこの、赤い足跡の解明になるだろうから、ノートに書き留めたことを一馬に説明した。


「部屋の中にまで入ってきたの?鍵かけてなかったわけ?」
「ちゃんとかけてたって」
「それでも入ってきたの?それ、ヤバイんじゃない?」
「ヤバイかどうかは調べてみないと分からないけど、人の手による悪戯なら解決は早いよ。あれだけ大掛かりなことしてればね。犯人の目星もつきやすいし」
「お前・・・。なに密かにワクワクしてんだよ・・・」
「・・・」


ワクワクなんてしてない。ただ次はどんなものが見れるかと思ってるだけ。


「じゃあ今日小島の部屋見に行くの?」
「結人が来たらね」
「そろそろ終わるんじゃないかな、追試」


時計を見上げると、タイミングよくドアの外からバタバタと足音が近づいてきて勢いよくドアが開けられた。10月も半ばに入りみんな冬服に変わっていったにも関わらず、Tシャツ一枚で汗をかく結人が明るい顔を出す。


「終わったあー!!」
「お疲れ様」
「おつかれおつかれ!もーテスト終わったのに勉強なんてやってらんないよな!」
「自業自得」
「なんだよ、まだ怒ってんの?」
「結人、これさっき4組の小島さんから受けた依頼」
「小島?なんかあったのあいつ」


俺たちはノートを見せながらまた結人に最初から説明をする。結人はノートに目を通しながらも隣のにこそこそと「これなんて読むの?」なんて聞いて、俺はまた小さくため息をつく。


「ふーんおもしろそーじゃん呪いのジュリエット。新聞部も食らいつきそうなネタだしな!」
「今から小島の部屋を見せてもらいに行くけど」
「おっけーおっけー。じゃあテスト明け一発目の調査開始だ!」


ぱん!と手を叩く結人の合図で立ち上がり、俺たちはベースを出て放課後の階段を機材を持って下りた。
すると前を歩くを見ながら結人は一馬にそそっと寄っていく。


「なぁ、アレ聞き出せた?」
「ああ、調べとくって」
「なんだよ、まだ聞けてないの?」


そう結人が大きい声を出すとが振り返り、二人はなんでもないと笑いながら首を振った。首をかしげ前を向き直すはそのまま階段を下りていき、その後ろで二人は静かに叩き合う。


「だから明日になれば分かるって」
「そんなこと言ってもし今日だったらどーすんだよっ」
「そんなことゆったって・・・、そもそも結人が忘れてたのがダメなんだろっ」
「あ、そーゆーことゆーんだ?一馬そーゆーことゆーんだっ?」
「言ったらなんなんだよっ」


またバシバシと叩き合う二人には振り返り、なんでもないなんでもないと首振ってへらりと笑う。そんなことを繰り返しながら、俺たちは講堂までを歩いていった。

体育館の隣に位置する講堂には多くの演劇部員が集まっていた。舞台のためのセットや道具・衣装がずらりと並び、それらを作る部員、それらを着て舞台に立つ部員たちが間近に控えた公演のために練習をしている。演劇部は文化部の中でも人気があり、その部員の多さで部費も多くかけられ、こうやって講堂を連日貸しきって練習に励める。
俺たちとは正反対で、結人が練習風景を見ながらくそぉと悪態をついた。その隣でもぽかんと舞台を見上げてる。大掛かりなセットや衣装、本格的な舞台に驚いてるようだ。その舞台の中心に立って発声練習をする小島は、練習だから格好こそジャージなものの、動きのひとつひとつが丁寧で声も迫力があり圧巻だった。部の後輩たちでさえ目を輝かせて見上げるほど。とても”呪われた役”には見えない。


「毎回あの役をやった人間は呪われるって?どう思う?」
「信憑性ないね。3つの演目を毎年ローテーションしてるんだから、前にロミオとジュリエットをやったのは3年前。その時にいた人は誰もいないんだから、1番噂が立ちやすいんだよ」
「でも実際に今、小島に変なことが起こってるんだろ?」


講堂の入り口で練習が終わるのを待ちながら、俺たちは小島が休憩に入るのを待っていた。
すると後ろのドアが開き外からまた何人か部員が入ってきて、その中の一人が俺たちに目を留めた。


「若菜たち、何してるんだ?」
「あれ、水野。お前って演劇部だっけ?」


そう声をかけてきたのは小島と同じく4組の水野。
水野は秋と冬は演劇部をやりながら、春と夏の大会シーズンにはテニス部もやってるそうで、1年かけて忙しい身らしい。


「何、見学?」
「見学ってゆーか、小島に頼まれてさー」
「小島に?」


するりと口を滑らす結人を制止するけど、慌てて口を閉ざした時にはすでに遅く、水野は何のこと?と改まって聞いてきた。脳ミソだけに留まらず、救いようのない口・・・。


「小島にって、もしかしてあの部屋に赤い足跡がってやつ?」
「あれ、知ってたの?」
「ああ、本人から聞いた」
「おーいお待たせ!ゴメンねー」


そこへ舞台から降りた小島がやってきて、しばらく休憩に入るらしく他の部員たちも次々と舞台を降り講堂から出ていった。


「小島、まだアレ続いてるのか」
「あー、まぁアンタは気にしないで練習しててよ」
「だから別の部屋移れって言っただろ」


水野の真剣な言葉にも小島はハイハイと軽くあしらって、俺たちを急かすように押し出しながら講堂を出て行った。小島に公演を間近に控えているから他の部員には心配かけまいと黙っていたようだけど、どうやら水野には話していたらしい。


「小島、水野には相談してたんだな」
「相談っていうか、あいつ変に勘が良くて、私がちょっと調子よくないとどうしたんだって聞いてくるんだよね。それで思わずぽろっと言っちゃって。しまったとは思ってんだけどね。あいつも主役だし、気分良くないじゃない」
「主役?じゃあ水野がロミオ?掛け持ちのクセして」
「うちは男子部員少ないし、アイツあの見た目だから満場一致で王子決定よ」
「そういえば前にも二人して主役張ってたことあったね」
「ああ、覚えてるの?あれは一年だけでやるお披露目舞台で、あれは二人して初舞台だったんだ」
「へー、さすがは噂のふたり」


結人がからかうように言うと、小島はそれはただの噂だとキッパリ否定した。二人は互いに見栄えある容姿をしているし、同じ演劇部だし初舞台以来何かと組まされることも多いようで、2年を中心にそんな噂が後を絶たない。

俺たちは小島と一緒に寮まで行き着き、小島の部屋がある3階に向かった。年々利用する生徒が減っているというだけあって、なるほど滅多と人とすれ違わない。広い廊下がガランと質素な感じだ。
小島が自室の鍵を開け、入った部屋はきちんと片付いていて女の子らしい色取りと香りを放っていた。


「おお、これでこそ女子の部屋。、お前もこんくらいかわいくしてみろ。サムすぎるぞあの部屋」
「べつに寒くないよ?」
「そーゆー意味じゃねーの」


結人にデコピンをされると、は訳が分からないと首を傾げた。


「足跡なんてないじゃん」
「すぐ消したわよ、気持ち悪いもん」
「一番最近の足跡はどのへん?」


小島はちょうど部屋の真ん中あたりを指差して、このままだと幽霊と仲良く添い寝だな!なんて軽口を叩く結人をバシッと叩いた。
それから温度を測ったけど特に他の部屋との違いも発見出来なかった。まさか女の子の部屋にカメラを設置するわけにもいかないし。


「でもさ、ドアに鍵かかってたなら鍵持ってるヤツ以外は入れないってことだろ?鍵は小島と同室のヤツしか持ってないんだし、まさか寮の先生なわけないし」
「こんなドアくらい英士なら3分で開けれるよなあ?」
「え、なんで?」
「英士は鍵開け名人だよ。前に俺んちのトイレに鍵が閉まったときも開けたことあったし、ベースの鍵も開けたことあったよなー」


そんな自慢にも値しない俺の特技を、はへぇーと尊敬するような目で見つめてきた。確かに簡単な鍵なら針金ひとつで開けられる。まぁそれがたいした役に立ったことは未だにない。


「とにかく、はっきり調べたいなら部屋を張り込むしかないな」
「張り込むって、またあれが出るまでずっといるってこと?それは、どうかな」
「同室のヤツと一緒に別の部屋に移ること出来ないの?」
「んー、先生に相談してみる。あ、ヤバ、練習はじまっちゃう」
「俺たちもう少し見せてもらいたいから先に戻ってろよ。あとで鍵届けてやるから」
「そう?あ、じゃあさん鍵持っててよ」
「え?」


は突然小島に話を振られて驚いた。


「練習終わったらさんの部屋に取りに行くから、預かっといてくれない?あとこいつらがヘンなトコ捜索しないか見張っといてね」
「あ、はい」
「なんで敬語?普通でいいよ」
「はい、あ、うん」


明るく笑う小島にはやっぱり物怖じして鍵を受け取っていた。そのまま小島は急いで部屋を出て行って、俺たちはようやく肝心の会話が出来るようになる。


、何か感じる?」
「ううん」
「やっぱな。じゃあカメラどうする?」
「映るとしたらせいぜい悪戯の犯人くらいだね」
「お、もう幽霊の線は消えたか英士。まぁ確かに赤い足跡が日に日に近づいてくるなんて脅かしてるよーにしか思えねーけどな」
「騒いだって犯人を楽しませるだけだよ。霊じゃないってことだけはっきりさせれば、あとは小島次第でしょ」


そうして俺たちは、一応温度計とレコーダーだけ設置して部屋を出て行った。部屋の鍵を閉め、その鍵をに渡す。


「はい。小島に返しておいて」
「うん」


ちゃり。小島の鍵についた、地球のような青いガラス玉のキーホルダーが音を立てた。それを見下ろすは、持ち上げ空に向かってそのガラス玉を太陽の光に透かした。


「なに?」
「綺麗だなと思って」
「そう」
「うん」


ガラス玉を見上げては楽しそうに小さく笑っていた。
真ん中に行くほど深みを増していく青いガラス玉。が嬉しそうに笑いかけるものはなかなかない。
の好きなものを、ひとつ見つけた。










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