空が青く見えるのは、ただの幻。




STAND BY YOU!!   File5:呪いのジュリエット





空高く、綺麗に秋晴れした日の体育の授業。通常体育の授業は1・2組、3・4組が合同でやっていて、でも俺と一馬は5組だからいつも他のクラスより少ない半分の人数だけで授業するのだ。そして週3回ある授業のうち1回だけ他のクラスに混ざれる。試合とか球技とか、大勢いなきゃいけない授業のときだけ大人数になるのだ。俺としては少人数のほうが断然いいと思っているのだけど。


「郭、真田」


まだ授業が始まらず、開始のチャイムを待っていた俺と一馬はグラウンド沿いのベンチに座ってグラウンドを見ていた。その俺たちに声をかけてきたのが体育館に向かっていた小島。今日は週に一度の合同授業の日だから、4組の小島も体育なのだ。


「なにか分かった?」


あの後、小島と同室の子の二人には別室へ移動してもらい、俺たちは小島の部屋にカメラを設置していた。小島たちは先生に説明しても馬鹿にされるだけだと悟って誰にも言わず友達の部屋に寝泊りしているらしい。
でも俺たちはまだカメラを取りにいっていなかった。明るく笑いかける小島の顔から察するに、別室に移った小島にも何事もなかったようだ。


「こっちもきのうは何もなかったのよ。カメラが利いたのかな」
「だとしたらただの悪戯だろうね」
「やっぱりそう思う?」
「で、どうするの?」


もちろんとっ捕まえる!と小島はパシッとこぶしを手に打ち付けた。


「イタズラと分かったら容赦しないんだから。絶対に犯人見つけてやる!」
「そう。がんばって」
「なによそのヤル気のなさは」
「人の手による悪戯なら俺たち関係ないから」
「乗りかかった船じゃない、付き合いなさいよ」


嫌です。そう心の中で突き放しながら無言を通していると、後ろから「もうよせって」と水野が口を挟んだ。俺たちと同じく体育を待っていた水野が後ろを通りかかったのだ。


「イタズラって分かったんならほっとけよ。騒いだって面白がらせるだけだろ」
「そんなの納得いかないわよ。こんな手の込んだイタズラするからには、それなりの理由言ってもらわないとね」
「そんなヒマあるなら台本でも読んでろ。お前すぐセリフ抜かして誤魔化すんだから」
「そ、それとこれとは話がべつよっ」


痛いところを突かれたらしい小島はそそくさと体育館へ走っていった。後ろで水野がはぁとため息を吐く。


「強いな小島。いつもあんな?」
「ん?ああ、まぁ。負けん気強くてすぐ突っかかってくんだ。困ったヤツだよ」


走り去っていく小島を眺めながら、水野はまたヤレヤレと息を吐いた。


「でもイタズラだったってことは、犯人はやっぱり小島に嫌がらせしたかったんだろうな」
「だろうな。前に俺と付き合ってるとかいう噂が出たときも、他のクラスの奴に嫌がらせされてたらしいし。でも小島はあんな性格だから、絶対負けないで向かってくんだよな。こっちがひやひやするくらいさ」
「今回もそれ関係だと思う?」
「どうかな。今回の騒ぎも、小島の同室のやつから他の部員にも漏れちゃってさ、やっぱりジュリエットは呪われてるんだって騒がれて、すっかり部で浮いちゃってるんだよあいつ」
「そんなんでちゃんと練習出来てんの?文化祭近いのに」
「それは全然。あいつはこういう逆境こそパワー発揮するやつなんだよ。後輩はけっこう小島慕ってるからちゃんと部活も出てくるし。だからあいつも今度の役降りずにすんだんだと思うよ」
「ふーん」
「女が強いと男は出る幕ないよな」
「はは、なにそれ。やっぱ水野って小島好きなの?」
「そんなんじゃないって」


慌てて顔を赤くする水野は一馬のからかいに必死に否定した。口よりもその顔が全てを物語ってるように見えるけど。
でも、俺は水野にも小島にも全く興味はない。ただ一馬が喋ってるからその隣にいるだけで、照れてるらしい後ろの水野を見ることもなかった。だってどうでもいいし、そんなこと。なんか天気崩れそうだなって空を見上げてるくらいだし。

その後始まった体育の授業の間に空はみるみる曇っていった。授業中は大丈夫そうだけど、放課後には降り出しそうだ。
体育の授業が終わってグラウンドの片づけをしていると、グラウンドを見渡せる校舎の1階の窓から一馬を呼ぶ先生の声が聞こえた。その先生はきのう一馬がの誕生日を聞きにいった先生で、きっと誕生日がわかったんだと一馬は校舎目がけて走っていった。
俺もその後をゆっくりついていって中に入っていった一馬を待っていると、すぐ近くで何かがカランと音を立てて振り返った。振り返るとそこにはバラバラに落ちているシャーペンやボールペンや消しゴム、そして割れたペンケース。どうやらこの校舎のどこかの窓から降ってきたようだ。
落としたのかな、なんて思いながら上の窓を見上げていると、すこし離れた校舎のドアから出てきたを見つけた。は上履きのまま出てきて、あのどこかから降ってきてんだろう、割れて散らばったペンケースとその中身を拾い集めていた。

のだったのか。そう近づいていって、でも俺はすぐに足を止めた。それを拾うの表情が堅く、静かで、まったくの無表情だったから。なんとなく、近づくことを拒否しているようだったから。
は周りの全部を拾って、校舎の中に戻っていった。


「・・・」
「英士ー!」


が見えなくなると、一馬が俺を呼びながら出てきた。さっきのの表情に後ろ髪引かれながら、でも手を振り呼んでる一馬の元へ歩いていって、なにやら興奮してる一馬の元へ寄っていった。


「英士ヤバイ、明日だっての誕生日!」
「・・・そう」
「どうする?まだなんも決めてないじゃん」
「まぁ、今日一日考えようよ」
「そーだな、結人にも言ってこないと。ああでも結人のとこに行くともいるしな」
「・・・」


空は、今にも泣き出しそうなのに、落ちずに黒ずんでいく、暗い空。




昼休みに俺と一馬は2組の教室へ行き、結人のところへ集まった。


「なに、明日っ?時間ねーじゃん!」
「過ぎてたよりマシじゃん」
「まぁそーだな、大急ぎでなんか考えねーと。どーしよ、何がいいと思う?」


俺たちが来るより先に結人はさっさと弁当を食べはじめていて、ウインナーを口にくわえながらもごもご喋っていた。


「結人、は?」
「あいつ食堂」


結人に言われてそうかと思い出した。は寮生だからいつも昼食は寮の食堂へ行かなきゃいけない。一般生徒は大半が弁当か購買で済ませ、お金を払えば寮の食堂にいけるらしいからそれを利用してる人もいるけど、俺たちは行ったことがなかった。


「どうする?とりあえず明日学校終わったらソッコーケーキ買いに行って、」
「買いに行くの?どっか食べに行けば?」
「いや、あいつはホームパーティー派だ。そのほうが喜ぶ!」
「じゃあベースでやるか。他にも食べ物とかお菓子とか買ってさ。プレゼントはどうする?」
「俺としてはあのサッムイ部屋をどーんとなんかで溢れさしてやりたいんだけどさ」
「なにかって?」
「ぬいぐるみとか小物とか、ポスター貼りまくってさ、女の子!って感じの部屋にしたいわけよ」
「なるほどね」
「でもあんま金ないからさ、俺らの部屋にある物持ち寄ったりしてさ。俺んちプラモならくさる程あるから!」
「それはただ単にいらないものじゃないの?」
「そーんなことないって〜!」


結人の部屋は漫画やゲームやプラモなんかがごちゃごちゃと溢れかえっている。それはもう足の踏み場もないほどに。それらが部屋に持ち込まれてが喜ぶのかは分からないけど、結人の案は意外と的を射ていると思うし、俺もはきっと喜ぶんじゃないかと思った。そんなこと、俺と一馬だったら思いつかなかったとも思うし。


「じゃあいっそあいつの部屋でやるか!あいつにはちょっと仕事押し付けてさ、その隙に部屋飾りつけすんの!」
「あ、いーんじゃんそれ」
「よっし、じゃーそれでいくか!」


そうして俺たちは、どんどん明日に向けての作戦を練っていた。祭り好きな結人はこういう時こそスゴイ集中力とパワーを発揮する。これが少しは勉強に向けられればと思うけど、そんな日はまずこないだろう。
買出し、飾り付け、プレゼントと分担を決めて、明日までの短いタイムリミットで俺たちは抱えた調査も後回しにして作業に追われることになる。そんなことまったく予想もしてないだろうはどんな顔するかな、喜ぶだろうな、なんて笑い合いながら、俺たちは楽しくあれこれ考えていた。

弁当を食べ終えてもまだいろいろ模索していた最中、俺はトイレにたった。その帰りふと、人気のない廊下の先に、と小島が一緒にいるところを見かけた。めずらしいと思ったが、今回の件で知り合った二人が喋っていてもそう不思議ではないか。
それより俺は体育の後の、あのことを聞きたくて、二人に近づいていった。


「大丈夫?」
「はい」
「たく、ひどいことするね」


廊下の角から近づいていくと、二人の会話が聞こえてきた。小島越しに見えたは何故だか髪を濡らして、服も襟周りを黒く染めている。


「着替えたほうがいいよ、寮に戻る?でももう時間ないか」
「大丈夫です」
「でもこの墨汁の跡は目立つよ。嫌でしょ?若菜たちに見られたら」
「・・・」


それを聞いて、俺はピタリと足を止めた。


「あたしも、前に目つけられて色々やられたことあったよ」


の濡れた前髪をハンカチで拭きながら、小島はポツリと話し出す。


「ほら、私水野と何かと一緒になるからさ、アイツのファンに嫌われちゃってさ。自分のファンくらいきちっと管理しろっつーのね?」
「・・・」
「若菜もアレで人気モンだからね。オマケに郭や真田も一緒だし。妬まれちゃったんだね」
「あの、結人たちには・・・」
「言わない言わない。あたしだって水野にバレたときは恥ずかしくって泣きそうになったもん。他の誰に同情されてもさ、あいつには、そういう風に見られたくなかったし」


ふたりは少し肌寒い廊下の隅で、並んで壁に背もたれた。ざわざわと騒がしい周囲から抜け出したように二人の声は小さいのに消えなくて、誰も寄せ付けなかった。


「色々言われるけど、あいつとは付き合うとかじゃなくて、仲間なんだよね。きっとあいつもそう。そりゃ先のことは分からないけど、今は、そういうのナシで付き合ってたいっていうか、考えたくないな」
「ああ・・・」
「分かる?」
「少し」
「若菜たちともそうでしょ?」
「・・・みんなには本当に感謝してて、でも私はこんなだし、いつまで経っても変われないし・・・。今は仲良く、してくれてても、いつかは離れて行っちゃうんだろうなとか、いつかは嫌われちゃうんだろうなとか、どうしても思っちゃって・・・」
「なんで?あんなに仲いいのに」
「ん・・・」
「大丈夫だよ、若菜はともかく、郭や真田が女の子とつるむなんてそうそうないんだから。周りに色々言われたってさ、笑っててやろうよ。自分が間違ってなかったら絶対に強くいられるから。あいつらだって、さんが笑ったら笑うでしょ?」
「ん」
「大事な人とか、居場所とか、そういうものを守るために自分は笑っているの。そしたら大事な人も笑ってくれる。いいことがどんどん起きるんだよ。強くなろうよ、ね」


・・・その二人の話を、俺は隠れて聞いた。
二人の前に出て行くことも出来なかった。でもそれで良いんだと思う。
はきっと、今の自分を俺たちに見られたくないだろうから。

今、この場に小島がいて良かった。俺たちでは上手く埋められないものが、やっぱりどうしてもある。友達だ仲間だといっても、やっぱり俺たちは、男と女だから。
だから俺は、今のが一人でないことに、感謝したかった。









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なんかCPチックですいません。
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