だけど必ず星は降る。
きっと君に、星は降る。




STAND BY YOU!!   File5:呪いのジュリエット






その日、俺たちはいつもよりずっと早起きをして学校に集まった。


「おっす英士」
「おはよう」
「出来た?」
「うん」


学園行きのバスの中、もしかしたら来ないかと心配していたけど、結人はなんとかその姿を現した。いつも以上に眠そうな顔で髪のアレンジもいつもより中途半端だけど。俺たちは同じく両手にたくさん荷物を抱えていて、こんな少し早い時間のバスでなけりゃ迷惑極まりなかったところだ。
手に持った紙袋の中身は折り紙で作った色とりどりのわっかが延々連なった飾り。の部屋に飾るもの。


「てかさ、一馬のあの車なんだよ。今日ばっかりはちょっとアイツ本気で殴ろうかと思った」
「ん」
「どうせなら俺らも乗せてけっつーのな」


俺たちが家を出る前に、一馬が車で俺と結人の家を回ったのだ。プレゼント担当の一馬は、俺たちの家からの部屋に溢れさせようと用意したぬいぐるみやら本やらを全部学校まで運ぶ役割も担っていて、大変だなと思っていたんだけど、なんてことはなかった。朝早くに家まできた一馬の、乗っていた車のでかさときたら。普段は気にも留めないけど、一馬の家は結構立派な家名を持ってるのだ。その財力に改めて驚いた朝だった。とか言いつつ、買出し担当の俺も用意したジュースやお菓子を一緒に乗せてもらったから、まさか殴りは出来ないけど。

むしろ殴りたいのは結人だ。飾りつけ担当を自分から名乗り出たクセして、間に合わないと泣き付いて俺に手伝わせたのだから。おかげで俺までほぼ徹夜するハメになった。がさがさがさがさ、飾りが壊れてしまわないように気をつけながら、紙の刷れる音を鳴らし学校に入っていった。


「あ、結人、英士君!」


学園の門をくぐって、ひとまずベースに置いておこうかと結人と話していると、昇降口に差し掛かったところで下駄箱からが俺たちを見つけて走り寄ってきた。俺たちはさっと、寄ってくるにばれないようにさり気に紙袋を背中に隠した。


「おお、どーした?お迎えなんてしちゃって」
「大変なの、寮来て、寮」
「寮?なんかあった?」


早く、と急いで俺たちを引っ張っていくに連れられて、俺たちは荷物を下駄箱に置き訳もわからないまま寮へ向かった。
登校する寮生たちとすれ違いながら走り、寮の玄関からすぐの食堂へ入るとそこには何人かの生徒が集まっていて、その中には小島もいた。小島はまだ制服も着ずに、机に寄りかかるように肘を突いてぐったりとしていた。


「なんだよ、何があった?」
「また出たの、アレが」
「アレって・・・、あの赤い足跡っ?」
「うん」


小島と、小島の同室の女の子はおとついから別の部屋で寝過ごしていたはず。だけど今朝目覚めると、小島の足首に掴むよう纏わり着いた赤い跡がついていたらしい。
二人は驚て叫びあがり、急いで部屋を出て自分たちの元の部屋に駆け込むと、部屋の中はあの赤い足跡がびっしりと部屋中についていたそうだ。しかもその赤い足跡は部屋の左側、小島のスペースにだけ、まるでいなくなった小島を探しているかのようにあちこちに這い回り机やベッド、床や壁や天井にまで埋め尽くすようについていたという。
それを見て動転した二人は、また急いで部屋を出て他の部屋の友達に助けを求めた。だけど、ちょうど朝食の時間で大半の寮生が食堂へ行っていたらしく誰も見つからず、小島は泣きながらの部屋まで駆け込んだそうだ。その後二人は一緒に小島の部屋に戻ったが、二人がその時見たものは、いつもの小島の部屋だった。
二人が行った時には、部屋中の赤い足跡は全て消えていたのだ。


「ほんとなの!ほんとに部屋中に、あの跡がついてたんだから!有希のほうだけに!」
「でも、なんで有希のほうにだけ?」
「やっぱり、あれじゃない?」
「もうヤダ!全部有希のせいじゃん、もうやめてよジュリエットなんか!」
「・・・」


同じ寮生の演劇部員たちが互いに顔を見合わせる。その真ん中で椅子に座ってる小島は、小さく肩を震わせながら必死に涙を堪えてるようだった。

演劇部員たちは口々に言う。
やっぱり、呪いの・・・


が行った時もやっぱり何も感じなかったの?」
「うん・・」


誰の耳にも入らないように小さく聞くが、が申し訳なさそうに返す答えは変わらなかった。
俺たちは設置したままだったカメラを思い出し、小島の部屋に向かった。小島の部屋は確かにもう何の痕跡もない。あんな話自体が信じられないほどにいつも通りの部屋だ。
でも、部屋の前の廊下には小島の足についてたものだろう、赤いしぶきが飛んでいた。


「どう?」
「ダメ、切れてる」


カメラの映像を巻き戻して見てみても、何も変わったところは無かったし肝心の時間にはテープが切れていた。


「部屋中についてたものが一瞬で消えるなんてあるか?」
「・・・」
「でもは何も感じないってゆーし、どうなってんだよ」


結人が頭をかきながら悩み出し、その隣で俺はずっとカメラの映像を見ていた。


「結人、ちょっと見てきて欲しいんだけど」
「なに?なんかわかった?」
「寮のゴミ捨て場と、それから寮生で演劇部の人数と名前を調べて」
「ゴミ箱ぉ?なにすんだよそんなの」
が何も感じないのに幽霊の信憑性を出すのは難しいよ。だったらもっと分かりやすそうなほうから調べよう」


調べやすそうなほう?まだ首を傾げる結人を部屋から押し出した。


、小島の様子は?」
「大丈夫って言ってるけど、すごく怖がってるみたい」
「そう。小島の同室の人は?」
「そろそろ学校の時間だから、他の部員の人たちと学校に行った。小島さんは食堂で待ってるって」
「そう」


それから俺たちは寮内のゴミ箱や裏にあるゴミ捨て場、小島の部屋の周りに住む人間の学年や人数を調べた。学校が始まる時間になると俺たちも小島もひとまず学校に戻り、でも小島はショックが大きかったのか顔色が優れなくて保健室へ向かわせた。

その日俺たちは休み時間を使って走り回っていた。演劇部の部室や小島の周りの人間関係まで。そうして見つけたものは、俺の考えをより確かなものへとしていった。


「なぁこれ、小島に言うの?」
「小島は知りたがるでしょ」
「そーだけど、なんか言いにくいなぁー」


1日調べ回って、今回の一連の騒動の真相と証拠、おそらく原因まで突き止めた俺たちは、放課後に小島がいる保健室に向かった。


「英士君・・・」


不安そうな顔でが見上げてくる。
小島の気を心配してるんだろう。


「大丈夫、小島が強いかどうかは知らないけど、弱くはないよ」
「・・・うん」


まだ不安そうな、でもはしっかりと手を握って、俺たちは保健室に入っていった。小島が1日寝ていたベッドの前には水野がいて、様子を見にきたそうだ。小島は俺たちを見ると、いつも通り華やかで強気な笑顔を見せた。もう大丈夫と笑い飛ばし、立ち上がろうとする。


「これ、寮の裏のゴミ捨て場で見つけたんだ」
「なに、それ」
「ビニールの燃えカス。多分サランラップだと思うけど」
「サランラップ?」


昼休みにもう一度寮へ行ってもらった結人が見つけてきたのは、ビニールの燃えかす。それを小島に見せ、ビニールについた赤い色を見て、小島は目の色を変えた。


「小島が部屋で無数の赤い足跡を見てからと部屋に戻るまで、長くても10分かからないと思うんだ。それがちょうど朝食の時間じゃなくて、もっと近くの誰かと部屋に戻ってたなら別だけど、周りの寮生はみんな食堂に行ってていなかったんだよね」
「うん。だからさんのとこまで・・」
「でも周りの寮生が一斉に朝食に行くことなんてあるのかな。じゃあどうして今日に限って小島の部屋の周りには誰もいなかったのか。それを小島の部屋の近くの寮生に聞いたら、みんな今日はたまたま早く起きてその時間に行ったって言った」
「それが、なんなの?」
「たまたまもそれだけの人数が揃えばたまたまじゃないってこと。小島の部屋の周りの寮生はみんなグルだってこと」
「・・・」
「は、なんだよそれ、どういうことだよ」


言葉に詰まってしまった小島の代わりに、水野が声を荒げ前へ出た。


「小島の住む階の女子はほとんどが演劇部か同じ2年だ。そして鍵がかかってる密室の部屋を密室じゃないようにする事が出来るのは、小島以外、小島の同室の人間以外あり得ない」
「だからたぶん、同室のヤツもグルだよ。じゃなかったら、小島と一緒にここにいるだろ、普通」
「・・・」
「今朝出た足跡は部屋を移動したにも関わらず小島の足についてて、部屋にも小島の場所のほうだけについてた。小島個人が原因だと思わせたかったんだろうね。全部、演劇部の噂に便乗するためだ」
「噂って・・・」


呪いのジュリエット


「じゃああの、部屋中のあの跡が、全部消えちゃったってやつは?」
「どれだけすごい量だったかは知らないけど、数分で部屋中にあったものが消えるっていうのは1人や2人じゃ難しいと思うんだ。だからこのサランラップに赤い足跡をつけて部屋中に貼って、小島が出てった後で数人がかりで全部片付けた」
「・・・やっぱり、周りのヤツ全員でやらないと出来ないってことかよ」
「・・・」
「1年の部員に聞いたんだけど、小島がジュリエットをやることになったのは、怖がった3年に頼まれたからだってこと、1・2年は知らないらしいね。だから小島がジュリエット役に選ばれたことが気に食わなかったんじゃない?2年の部員の何人かが部室でグチってたのを後輩部員たちが見てるしね」
「つまり、これはうちの連中が、小島に役をやらせないように仕向けたってことかよ」
「それはどうか、本人たちに聞かないとね」
「・・・」


みんなが、ベッドの上で俯く小島を見た。
今まで同じ部で、同じ寮で過ごしてきた友達が、みんなして自分をはめていたんだ。
ショックは大きいだろう。


「はっきりと誰が加担してるかは分かってない。部員たちに直接問いただしたわけじゃないから。あとは小島の好きにして、演劇部の問題だからね」
「・・・」
「小島、もうやめようぜこんなの。こんな連中とやってらんねーよ、何が舞台だよ、フザけやがって・・」
「・・・」


黙り込んでしまった小島より怒りを露にしたのは水野のほうだった。演劇なんてものは大勢でひとつのものを作り上げる、いわばチームプレイだ。その中でこんな諍いがあり、すれ違ってしまえば何もうまくいかないだろう。公演どころか練習もままならない。

でも、小島はずっと俯けていた顔を、すと上げた。
にこりと笑い、大輪の花のような華やかさを咲かせた。


「何言ってんの、やるわよ」
「小島、」
「負けないわよ私は。ここで降りたら思う壺。絶対に完璧にやりきって、嫌味だろうと呪いだろうと吹き飛ばしてやるんだから」
「だって、出来んのかよお前、あんな奴らと!」
「私は何がなんだか分からない状況が嫌だったの。これがはっきりと誰かの嫌がらせだって分かったんならもうそれでいい。いっそ清々しいわよ。誰がこれを考えたのかも加担してたのかもどうでもいい。やりたきゃやればいいのよ、受けてたってやるわ。頭から水かけられようが階段から突き飛ばされようが、私はジュリエットをやるの」
「小島・・・」


心配して止めようとする水野を余所に、小島はキッパリと言い切って、本当に清々しい顔を見せた。
そして、俺たちの後ろにいるに目をやり、またにこりと笑う。


「決めたもんね、何があっても笑っててやろうって」
「・・・」


意思を固めた小島に何を言っても無駄だと悟ったのか、水野はまた深く深く息をついた。

どうやら小島は本当に大丈夫そうだ。いや、きっと本当はもっと色々と思うことがあって、当たり前に傷ついただろう。これからもっと悩み、悲しむだろう。
でも小島は言うだろう。この勝気な笑顔で、何もかもを笑い飛ばしてやるんだろう。
舞台の上で一際輝く、太陽のような花。潔く凛々しく、強く誇らしく、そして美しくあるために。

事の真相を小島に話し、後のことは二人に任せ俺たちは保健室を出て行った。
今日はただでさえ忙しいというのに、予定外の働きまでしてしまって、これから急いでベースに戻りパーティーの準備をしなきゃいけないのだ。


「あーあ、また今回も幽霊じゃなかったか」
「だから最初からそう言ってたでしょ、が」
「そーだけどさ、あんだけ不思議なことが起こったらちょっとはって思うじゃん」
「俺は全然思わなかったよ」


揃って廊下を歩いていく俺たちは、この状況からどうやってをひとり別の場所に待機させようかとそれぞれに考えながら歩いていた。すると、後ろの保健室から突然「!」と声を上げる小島の声がして、俺たちは一斉に振り返る。


「ねぇ、今日誕生日なんだって?お祝いしよーよ」
「え、あ、・・・え?」
「うわ、バカ小島!」


誕生日だと言うことを先に言われて結人は怒鳴った。
でもは、別のことに驚いていた。


「だってさんて堅苦しいじゃない。あたしも有希でいいからさ」
「あ・・」
「ね、行こうよ。表通りのケーキがおいしいの、食べにいこ」
「コラちょっと待て小島ー!」
「なによ若菜、アンタも行きたいの?」
「そ−じゃなくて−!」
「いいよ結人、行かせてあげな」
「なんで!だって俺ら・・」


その軽い口がポロリと零してしまう前に口を閉じさせた。


「ちょうどいいじゃん、小島に時間つぶしててもらおうよ」
「あ、なるほどな。さっすが英士、こざかしい!」
「怒るよ」


そうして、まだ何かおどおどしてるを、小島に押し出した。


「いってこいよ
「え、でも・・・」
「いいか、1時間だけだぞ!1時間経ったらすぐ帰って来い!絶対だぞ!」
「え?なんで?」
「いーから帰ってくればいーの!」
「は、はい」


じゃあいってきまーすとすっかり元気になった小島は、と一緒に昇降口を出ていった。
が女の子と一緒に歩いているのはとても見慣れない風景だけど、そのうしろ姿はとても楽しそうだった。
きっとの、この学園で初めての女友達だ。
誕生日と同じくらい、めでたいことかもしれない。


「よし、じゃーの部屋に行きますか!」
「1時間あれば余裕だろ」
「ヨユーヨユー!その間にあのサムイの部屋を俺好みの素晴らしい世界に仕上げてやる!」
「結人好み?やめてよ、足の踏み場なくなるから」


そんな風に俺たちは、帰ってきたの顔を想像しながら、寮へと向かう。
きっと喜んでくれるだろう。そう微笑みながら。


「そういや、の部屋の鍵は?」
「「あ・・・」」
「・・・英士!今こそお前の出番だ!」
「なんか、嫌な役回り・・・」
「何を言う!お前だけが頼りだ!!」


お祝いのためとはいえ、女の子の部屋のピッキング・・・。
なんだかなぁ・・・



呪いのジュリエット、一件落着。










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もし有希ちゃんが誰かとくっつくなら、私は水野じゃなく、もちろん藤代でもなく、高井君がいい。
プロへ、世界へと羽ばたいていく有希ちゃんを、高井君は八百屋しながら応援するのです。
そして功績を残し引退する小島ちゃんは、今度は八百屋の看板娘になるのですよ。
ナイスカップリング。
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