言葉は伝わらなければ言葉ではない。 伝わらなければ、 STAND BY YOU!! File6:サイン ![]() 思ったよりも短い秋。 少し前まで夏休みが過ぎたのにまだ暑いなぁと思っていたら、いつの間にかふと太陽は弱くなっていて。そしてまた気がつけば、もう半袖では肌寒さを感じるほどに風は冷えていて、校庭を囲んでいる木々も少しずつ色を落としていった。 そう、短い秋の次には、長い冬がくる。 「あれー?」 広い敷地を有する学園。本棟と実習棟の2棟を中心に、南側には運動場が2面。4面のテニスコートを挟んで野球場が広がり、その周囲に室内練習場と部室棟が並んでいる。 2棟の校舎の間には綺麗に整備された中庭と、生徒が休み時間のだびに集う小さなカフェスペースがあった。芝生が敷き詰められた脇には放課後に園芸部が育てている花壇が広がり色とりどりの季節の色をもたらしている。 その花壇の奥、中庭の再奥にぽつんと小さな建物がある。古びた金網が所々で途切れツタが絡み付いている小屋。 「いーちにーさーんしーごー・・・」 誰も近づかない中庭の最果て。その小屋の金網に張り付くようにして、中でぴょんぴょん跳ねる生き物の数を数えているのは、生徒会役員の藤代。 「おっかしいなぁ。なぁ、あのちっちゃいのどこいった?」 しゃがんで喋りかける藤代の、金網に掛けられた指の匂いをひくひくと嗅ぐウサギたち。白・茶・灰。いろんなウサギがどんどんと集まり藤代の前に群集した。 どーこいったんだろ? 藤代はまた繰り返し手に持っていたビニール袋からキャベツの欠片をつまみ網目の間からポトリ落とす。その切れ端に数羽のウサギがかぶりつくと、藤代は次々にレタスの芯やニンジンの切れ端を放り込んだ。 落ちてくるごはんにかぶりつくウサギたちを見て藤代はにまりと微笑む。部活前とあってジャージ姿。膝丈のジャージから曝け出された脚は、この風が冷たくなってきた初冬、動き回っていなければぞわりと寒気を呼びくしゅんとくしゃみが飛び出した。 定期的に学園にチャイムが鳴り、もう部活に行く時間になって藤代は袋の中身を全部ウサギたちに与えると立ち上がった。 「あ!」 袋をぐしゃりと握り、小屋を離れようとしたところで藤代はまたその足を止める。網目の前で見送ってくれているウサギたちの、その奥からひょこりと顔を出した1匹のウサギが見えたから。 白くて小さな、まだ子供のウサギ。夏休み前にはいなかったから休みの間に生まれたんだろうと思う。純粋な白の体を砂で茶色く汚し、小さな豆粒ほどの紅い目をくりくりと丸くし見上げていた。ごはんの匂いにつられたのか、他のウサギたちに押されて何も食べれていないようだ。 「いたのかお前、早く出てこいよ」 その小さなウサギに藤代はまた小屋に戻って背負っていたカバンの中からまた別のビニール袋を取り出した。まだ小さな赤ちゃんウサギには野菜よりこっちのほうがいいだろうと、食パンの耳を用意していた。 金網のほつれ部分から中にぐっと手を伸ばし、小ウサギの近くに差し出す。わっと寄って来る他のウサギから食べ物を守り、小ウサギをおいでおいでと手招く。すると小ウサギは小さく駆けてきて、藤代の指先で鼻をひくりと動かし、かぷりと小さな口でパンの耳をかじった。 「よしよし、いっぱい食えよ。冬は寒いからな、早くでっかくならないと」 パンの耳を差し出しながら藤代はにこにこと見守る眼差しでウサギに話す。親にでもなったような心境で、藤代は部活に行くのも忘れて小ウサギに喋りかけていた。 青い空はまだ夏のような色をしているのに、中にはマフラーを巻いている生徒もいるほど、学園内はだんだんと冬模様に変わってきていた。 休み時間に外に出る生徒も減ったし、そろそろ暖房を入れろと生徒から講義が上がるほど。 「ううー、さっみー!!」 「お疲れ様」 ジャージの袖を指先まで引っ張ってブルブル震えながら結人と一馬がベースに戻ってきて、英士との二人だけだったベースに騒がしさと温度が広がる。 「どうだった?」 「ただのイタズラ。便器の奥のほーに赤い絵の具が付いた雑巾が詰まってた」 「やっぱりね」 「ちくしょー、この寒いのに便所掃除なんかさせやがってぇ」 放課後、教室棟3階のトイレの奥から2番目の便器の水が赤く染まる。 調べてみれば案の定子供だましなイタズラで、しかもそれが投書箱に寄せられたからには完全にセブンの活動をバカにしたやつの仕業だ。と結人は寒さに震えながら憤慨して机をドンと叩く。 「はい」 「おー、さんきゅー」 「ありがと」 が差し出したお茶を受け取る結人と一馬は冷えた体を小さく動かしながらそれを流し込む。ポットに入れた時は熱いお茶だったけど、保温の機能なんてついていないただのポットから出たお茶は、少々冷めている。だけど冷たい水仕事で震えきった体には十分の温度を持っていた。 「なに?これ」 「ああそれ?戻ってくるときに藤代に会ってさ、昇降口の掲示板に張り紙してたから一枚貰ってきた」 結人がポイと机の上に置いた紙をは手に取って見た。その紙には手書きで「ウサギを救え!飼育サークル会員募集」と書かれていた。 「ウサギって、学園にウサギいるの?」 「いるよ。見たことないの?ほら、あれ」 そう結人に連れられて窓から中庭を見下ろすと、結人が示した指の先、中庭の果てに小さな小屋を見た。今までこの窓から中庭を見下ろしたことは何度もあったのに、あんな小屋の存在に気づかなかった。 「救えって、何かあるの?」 「ああ、近いうちにあのウサギ小屋が撤去されるんだってさ。もう誰も世話しないから、近くの小学校に引き取ってもらうことになったらしくて。だからサークルを作ってみんなで世話するから残してくれって藤代が掛け合ってるらしいよ」 「なんで藤代がそんなことしてんの?」 「さぁ、なんか大事なんだってさ」 「ふーん」 後ろの机で英士と一馬が話しているのを、はウサギ小屋を見下ろしながら聞いた。 藤代ってたまーにわけわかんねー事に燃えるよなぁ。 隣にいた結人も軽く笑いながら机に戻っていった。 「あれ、なんだろう」 「ん?何?」 背を向けた結人の後ろで、窓に張り付いていたが窓の外を指差した。それを聞いて結人はまた窓の方へと戻ってきてが指差す小屋の方を見る。その声に英士と一馬も同じように窓に寄ってきた。 中庭の奥では作業用トラックが止まっていた。その荷台から作業服を着た人が道具を下ろし、小屋に近づいていく。 「小屋片付ける気かな」 「え、もう?」 「あ、藤代」 小屋の様子を4人で見下ろしていると、校舎から飛び出て中庭を駆けていく藤代の姿を見つけた。藤代は一目散にトラックの元まで駆けていき、近くに立っていた教師一人を捕まえて騒ぎ出した。だけど作業の手は止まらず、藤代は職員の前に立ちはだかった。 「藤代のやつ、なんであんなにウサギ小屋守ろうとしてんだ?」 「さぁ」 とにかく行ってみるか、とベースを出て行こうとする結人に、英士と一馬はついてこなかった。だけどはうんと頷き結人の後に続き、それに引っ張られるようにしてメンバーはベースを出て中庭へと向かって走った。 中庭では上から見ていた状況と変わらない様子で藤代が職員に立ち向かい声を上げていた。教師も職員も作業を止め困っているようだ。その状況を、傍観するように一歩離れた場所から腕を組み見ている笠井が立っていて、結人たちは笠井の元まで来て足を止めた。 「何やってんだよ笠井。藤代どーしたの?」 「ウサギ小屋の撤去を阻止しようとしてんの」 「なんで?」 「誠二、たまにウサギの世話してたからね。ウサギ小屋の撤去の話は前からあったんだけど、今日だってことは聞いてなかったから怒ってるみたい」 「へぇー、藤代が。ていうか笠井、お前はやけに落ち着いてるな」 「べつに俺はどっちでもいいからね」 「藤代もかわいそうに・・・」 仲間に協力は愚か同情すらされない。 どこか自分とかぶる思いで、結人は藤代に同情せずにはいられなかった。 「だからなんでいきなり今日なんだよ!聞いてないよ!」 「いずれは撤去するって言っておいただろ?」 「だってまだ人集めてる途中だし!」 「誰か集まってるのか?」 「それは・・・」 「お前だって生徒会も部活もあるんだから、世話なんかできないだろ。今残したって、いずれはまた出てくる問題なんだ」 「そうかもしれないけど・・・」 何か言い返したいんだけど、教師の言うことは最もで藤代はうまく言葉を発せられなかった。 悔しいけれど、それは生き物の現実。夏休みも冬休みも春休みもウサギはここで生きている。 飼われているウサギ。飼っている人間。 網に囲まれた小さな世界で、自分たちだけでは生きていけないウサギに毎日エサを与えなければならないのだ。 それはそう容易なことじゃない。 「小学校の方じゃもうウサギがくるの待ってるんだよ。その方がウサギにとってもいいと思うぞ?」 「・・・」 小屋の中では網の外の異様な空気を感じてか、ウサギたちが小屋の隅に集まって身を寄せ合っていた。それを見ると藤代は悲しい気持ちになるんだけど、だけど、自分に出来ることなんて拙くて、頼りなくて。どうとも出来ずかといって納得も出来ず、力いっぱいこぶしを握ることしか出来なかった。 そんな痛いこぶしを、小さな紅い目たちがじっと見つめていた。 |