ありがとう・・・ STAND BY YOU!! File6:サイン ![]() 「逃げられたって、何やってんだよバカ!」 「ちょおーっと、ほんのちょびーっと目ぇ離したらいつの間にかおらんなってしまったんやって!」 「こんなときに目ぇ離すなよ!なんかあったらどーすんだよバカ!」 「それより、早く探すよ」 「俺、教室のほう見てくる」 「じゃ、じゃあ俺、昇降口!」 ベースから飛び出しがてらシゲを一発はたいてやって、みんなで学園中を散り散りにを探しに出た。英士と一馬は校舎の中、俺とシゲは外を手分けして探す。出来れば学園の敷地から出てしまってることだけは避けてほしい。今のは、車にだって飛びつきかねない。 シゲと昇降口まで下りてくるけどやっぱり見つからず、靴を履き替え外に出ると俺は学園を左回りに、シゲは右回りにへと別れた。グラウンド、中庭、校舎裏・・・。最初はウサギを、次にウサギを探していなくなったを、そして今度はそのウサギに取り憑かれたかもしれないを探す、今日3回目の大捜索。小さなウサギと違ってのほうが数倍探しやすいはずなんだけどその姿はまったく見つからない。夕方が近づいて気温が下がっていく学園の中、さっきのようにどっかで倒れていたらもう大変だ。一刻も早く探し出さなければ! 空が赤くもならない秋の夕方はだんだんとグレーになって、光はどんどん消えうせていく。グラウンドで部活をしている生徒たちも次々に片付けをはじめて、野球部や陸上部、テニス部にバスケ部と、都内でも上位に成績を残す部活の連中くらいしか残っていない。それでもどこにも、は見つからない。 どこいったんだよ・・・! いつもよりなんだか、日が沈むのが早い気がした。どんどんと時間が流れてくみたいに過ぎていく。ジャージ1枚ではぞわりと寒さが染みてくる。もうそんな季節だった。 学園を一回りして、だけどやっぱり見つからずに昇降口まで戻ってきてしまうと、反対方向からシゲも戻ってきた。 「おったか?」 「いない!あーも・・、どこいったんだよー・・・!」 シゲも見つからなかったらしく、一人で戻ってきた。それでもまだ探してないところがあるはずだと、また手分けして探しに行こうかとしたとき、校舎の上のほうから「結人!」と一馬の声がした。声のほうを見上げると、校舎の2階に位置する窓からやっぱり一馬が顔を出してこっちを見下ろしていた。 「一馬、いたかっ?」 「いや、そっちも?」 一馬の答えにふぅと息を吐き、首を横に振った。一馬も予測していたんだろう俺の返事に気を落とし、窓にもたれかかって頭を抱えた。あーもぉ、本気どこいったんだあいつ!・・・そう、うまくことが運ばない苛立ちで頭をガシガシ掻き毟る。 「結人、がいた!」 「えっ!?」 上の窓口の向こうで落胆してた一馬が、一度校舎の中に振り返ると今度はそう俺たちに叫んだ。 「どこっ!」 「生徒会室だって、英士が見つけた!」 「生徒会室ぅっ?」 なんでまた! そう叫びながら、俺とシゲも校舎の中に戻って生徒会室に走っていった。 本棟の3階、生徒会室がある階段上まで駆け上がっていくと、すぐそこにある生徒会室のドアが開いていて、そのすぐ手前で英士と一馬が俺たちが気づいて振り返った。そのまま二人に近づいていって、がいるという生徒会室に駆け込むと、その中には生徒会の面々が揃っていて、そしてその真ん中、乱れたテーブルとパイプ椅子の真ん中に、藤代と、その藤代にしがみついているがいた。 「!」 やっと見つけてに駆け寄るけど、はこっちの心配なんて知らない風に藤代に抱きついたままゆっくりと振り返った。コレが一体なんの状況なのかまったく分からないが、とにかくを無事見つけることが出来た。俺は二人の前に両手をついてがくっと膝をつき、はぁああと大きく息を吐き出した。 「もーおまえ、急にいなくなんなよ頼むからー!」 「・・・」 「あーもー・・・、良かった、あー良かったぁー・・・」 俺は心の底から安心して、しばらくそこから動けなかった。だけどはなんのことかさっぱり分からない風に目をくりくりと丸めて俺を見ている。まったく人の気も知らずに、コイツはもー! とにかくを無事発見、確保した俺たちはとりあえず生徒会のみなさんに適当な弁解をして(いきなり入ってきて藤代に抱きついたらしい。そりゃあ驚いてた)(そりゃあ驚くだろう)、をつれて外に出ようとした。が、今度のは、もう絶対に藤代から離れようとせず、細い腕で必死に藤代に抱きついていた。きっと一度無理やり引き離したから警戒してるんだろう。無理やり引き離せる力もないし、つるえさももうない。 「じゃあ俺んとここい!な、覚えてんだろ?ゆーと!」 にぱっと笑って言ってみたものの、今のにはまったく効かなかった。この数分のうちにキレーに忘れられたのか俺、ちょっと・・・いやかなりショックだ・・・。 「なぁ、ちゃんどーしちゃったの?」 「・・・」 今更(ほんと今更)、そんな疑問にぶち当たった藤代は、にひしっと抱きつかれたまま俺を見上げてそんな素朴な疑問を投げかけた。 藤代の疑問は最もだが、今はそれよりもだ。 藤代にしがみついて離れない。生徒会室だったからまだ良かったものの、他の生徒の前だったらすぐさまおかしな噂が流れていたとこだ。 「シゲ、どーしたらいい?」 「しゃーないな、ここで1回祓ってみるか。これ以上はさすがにの体がもたへん」 「・・・それって最初っからそうしてくれればよかったんじゃ・・・」 「1回祓ろてもまた別の器探しよる時があんねん。祓うなら完全に取り除いてやるしかない。でも俺今日完璧に準備してきてへんし、得体の知れんもんを除霊すんのはあんま気ぃ進まんしな」 「じゃあに自然と成仏させてやることは出来ないの?」 「このに入ってるもんが何なのか分かれば出来んこともない」 成仏・・・。できるのなら、そのほうがいい。 シゲも悪いものではないと言ってたし、除霊じゃ、かわいそうだ。 もしかしたら、何か言いたいことがあって、こうしての体に入ってきたのかもしれないし・・・ 「そういえば、最初も藤代にだけはなついてたよね。だとするとやっぱり、に入り込んでるのはあのウサギなんじゃないの?」 「藤代、探してたウサギいたのか?」 「んーん、いなかった」 「じゃあやっぱり、」 に入ってるのは、あのウサギ・・・? 「え、待ってよ、話が見えないんだけど、じゃあなに?あのウサギが死んでるってゆーの?」 「まぁ、そうなるな」 「それはないよ!だって俺きのう見たもん、ちゃんと生きてたよ?」 「でも今見つかんないんだしさ」 「ないってば!俺、見落としたのかも。やっぱ他のウサギと一緒に混ざってたかも」 「藤代」 「ほんとだって!ちゃんと生きてたんだよ!きのうだって俺ちゃんとエサやって」 大事にしてたウサギが死んだことが信じられず(いや、きっと信じたくないんだろう)、藤代はずっとそう言い続けた。・・・でもふと目の前にいるに目を合わせると、その口がぴたりと止まった。 「藤代?」 藤代の目の前では、まるで取り乱す藤代を心配するように目を潤ませて見上げていた。くりくりと目を動かし、淡く紅く滲んだ瞳でじっと藤代を見ていた。 「・・・」 ずっと大事にしてた、あの小さく弱い赤い目。 そんなの目を見て藤代は、ぎゅっと唇をかみ締めてうつむいた。たまらず目を逸らした藤代は、涙が落ちるのだけは必死にこらえてた。 俺たちはもう随分と日が暮れた外に出て、またあのウサギを捜すことにした。辺りは暗くて校舎がひっそりと佇む。俺たちと、生徒会の人たちも一緒に懐中電灯を持って小さな白いウサギを探した。中庭も花壇も植え込みも、一度探したところもまた明かりを照らしながら隈なく探し、みんな寒い中、手を泥にまみれながら探し続けた。 「あー、どこにいるんだろ」 「どこかに落ちちゃったのかな」 「かもな、学校の外も探してみるか」 本日4度目の大捜索。暗い中点々と懐中電灯の明かりが揺れている。 「センパイたち、タクも、もういいッスよ。後は自分でやるんで」 一緒に探してくれてた生徒会の先輩たちに申し訳なくなったのか、藤代は手を止めてそう声をかけた。言ってみれば先輩たちには関係のない話。さすがの藤代も気が引けたんだろう。 「いいさ、お前が納得いくまで付き合うよ」 「げ。こいつが諦めるの待ってたら夜が明けるっつーの」 「今度なんかオゴってよね」 だけど先輩たちも笠井も、なんだかんだと言いながらその後もウサギ探しに付き合ってくれた。暗くて寒い放課後の学校、さすがに気が沈んできていたのか、テンションの低かった藤代がそれでもまたぐっと笑顔を取り戻し、またウサギ探しに走っていった。 「もし逃げ出したんだとしたらいつ?この小屋は穴とか空いてないんでしょ?」 「ないよ。ちっさいウサギでも通れるくらいの穴は空いてない」 「だったらやっぱりウサギをトラックに移したとき?でも俺らずっとそれ見てたしな、もし逃げ出したんなら誰か気づくよな」 「じゃああとは・・・」 闇雲に探し回っても埒が明かない、と俺たちはウサギ小屋の前に集まって考え出した。 はおとなしく小屋の前に静かに座っている。小さくなって、体をぎゅっと抱きしめて、寒さにぶるぶると震えていた。 「、大丈夫か?」 そう声をかけたけど、は返事もせずにずっとうずくまってぶるぶると震えていた。 「・・・」 すると、そのを見てた藤代が突然、ウサギ小屋の中に入っていった。 「藤代?」 「そういえばあのウサギ、いつも最初はいなくてさ。俺がエサやってるとどっからか出てくるんだよな」 そう言って藤代は小屋の中を懐中電灯で照らしながら、地面や小屋の出入り口を念入りに調べた。すると藤代は小屋の中で「あ!」と声を張り上げ、みんなで小屋の網まで駆け寄ると、小屋の隅の木箱を見ていた藤代が懐中電灯を照らしながらその木箱をどかそうとした。 「なんだよ藤代」 「ここ、これの下に穴が空いてる!」 穴? 俺たちが外から見ていると、藤代はその木箱を押しのけ、その下にある小さな穴を明るく照らして見せた。 「そういやウサギって地面に穴掘るよな」 「え、ウサギって穴掘るの?」 「小学校の時、ウサギ小屋に穴空いてるの見たことあるもん。結構深く掘るんだよな」 「・・・」 じゃあもしかして、この中にいるウサギたちが冬の寒さを凌ぐために地中に深く穴を掘り、そしてあの小さな生まれたてのウサギもまた、この穴の中で生きていたのだろうか。 「あ・・・」 「なに?」 「穴が埋まってる」 藤代が細くて深い穴を掘っていくと、おそらくもっと深くまで続いているんだろう穴が、途中で圧力に耐えられずに潰れてしまっていた。だんだんと藤代の目に真剣さが滲んで、藤代はどんどん穴を掘り下げていく。 すると、掘っていた穴の中で藤代が手を止めた。 何かが、土の感触ではない何かが、その手に当たった。 そしてその手をゆっくり、土の中から引き出す。 藤代の手には、白い毛並みが泥で黒ずんだ、小さな小さなウサギが、 静かに息絶えて、出てきた。 やっぱりいた・・・ 「・・・・・・」 いつの間にか俺たちのすぐ隣、小屋の網のすぐ手前まで来ていたが、小屋の中で両手に小さな体を受け止める藤代を静かにじっと見つめていた。 「ごめん、気づいてやれなくて」 そのを見つめて、ぽつり、藤代は呟いた。 うっすらと空に浮かぶ秋月。その明かりに照らされて、の目がじわりと赤く光る。 そしてふわりと、秋の風が静かにそよぐように、微笑んだ。 ありがとう・・・ ふと、小さく小さく、そんな声が聞こえた。 そしてその後はふっと目が閉じて、柔らかく吹く風に流されるように力なく倒れた。そのを隣にいた俺はしっかりと受け止めて、そして確かに見た。 ぽたり、の白い頬を透明の雫が落ちた。 誰も気づかなかったけど、それと同じように暗い小屋の中で、藤代も同じ一滴を、小さな白ウサギの上に落とした。 「あーあ、早く戻ってこないかなー」 「そろそろ戻ってきてもいい頃だよね」 「休めるだけ休めばいいよ。ちゃんと元に戻ってもらわないと困るし」 「だなー」 あれからはシゲに引き取られていって、まだ帰ってこない。寒さは1日1日深みを増すようで、もうすぐあっという間だった2学期の期末テストが始まる。俺たちはまた少し活動休止となり、その後には短い冬休みを迎えるんだ。 「なぁ、あの時聞こえたよな?ありがとうって。あれって、あのウサギの言葉なのかなぁ」 「は?」 「だって、取り憑かれてる間は全然喋れなかったじゃん。声は出せたけど、何も言葉知らない感じでさ。でもありがとうって。どこで覚えたんだろうな?」 「・・・」 やっぱ俺なんかじゃ解明できやしない不思議なことが、世の中にはいっぱいあんのかなぁなんて。そんなことを思ってると、すぐ目の前に座ってる英士がくすりと笑った。 「なんだよ」 「結人、気づいてなかったの?」 「は?なにが?」 「ありがとうって結人が教えたんじゃない」 俺が?いつ? そう聞き返すと、一馬もあーあってため息ついた。 「ベースで結人が財布なくしたときに言ったじゃん。ありがとうって、何回も」 「・・・あー!」 「これだもんなぁ」 言った言った!確かに言った! でもまさかアレを覚えてたなんて・・・(俺の名前は忘れてたクセに!) 「そっかぁ、じゃああのウサギは、ずっと藤代にありがとーって言いたくて、成仏できなかったのかもなぁ」 「かもね」 なるほどねーと俺は、今回のちょっと胸をせつなく刺した事件の果てに、小さな小さなぬくもりを見つけた。 すると廊下を歩く俺たちの後ろからバタバタと騒々しい足音が近づいてくるのに気づいて、振り返るとすぐそこまできていた藤代が「よーす!」と駆け寄ってきた。その後ろには静かに歩いてる笠井もいた。 「よー、朝からテンション高いな」 「もっちろーん!朝こそ元気にいこーよ!」 「ちゃんはまだ?」 「まだ」 「そっかぁー、戻ってきたら教えてくれよな!」 「なんで」 「なんでって、色々聞きたいじゃん!ウサギに憑かれるのってどんな感じなんだろーとかさ!」 「まぁーったくお前は凝りねーなぁー」 「結人に言われたくないよね」 「なに?」 「ないない!若菜には言われたくない!」 「なんだと!お前にこそ言われたくねー!」 もちろん俺たちも、藤代も、あれからちゃんと学校に来て、いつもどおりの毎日を変わらず送る。あの少し胸を刺した事件の、すぐ翌日にはもうこんなテンションを保っていた藤代は、実はすごいんじゃないかとちょっと思ったりもした。 「でもまさか藤代がこんなにも動物愛好家だったとはなぁ」 「あいこうかって?」 「毎日エサやりに行ってたり、ウサギ小屋守ろうとしたりさ」 「ほんと、俺ら全然知らなかったし」 「あーあれなー。ははっ、まーあねー」 ほら俺ってばやさしーから!そう踊るように歩く藤代は、まるでウサギのように飛び跳ねて教室に入っていった。ただの騒がしい天然バカかと思ってたけど、あいつもいーとこあるんだなぁ。 「あんなの嘘だよ」 「は?」 藤代がいなくなって静かになった廊下に、足を止めて振り返った笠井が俺たちに言った。 「あいつは筋金入りのニンジン嫌いなの。だから弁当にニンジン入れられるたびにウサギに食べさせてただけ」 「ニンジン・・・?」 「ニンジン食べないと会長に怒られるし三上先輩にはバカにされるしで、だからああやってニンジン嫌いを隠そうとしてただけなの。そしたらいつの間にかウサギの世話係りみたくなっちゃってさ。バカだよね」 「・・・」 てこた、なんだ・・・ 「こら藤代ー!抗議してたのもそのためかーっ!」 「えー?なにがー?」 ケラケラケラケラ! 教室の中で、いつものテンションで大笑いしながら笑ってる藤代は、こんな冬初めの季節にだって眩しい太陽みたいだった。 もーあいつにだけは、が帰ってきても教えてやらん! |