僕はその世界の真ん中にいる




「だってあいつ、すごい無愛想だし、話しててもどこ見てんのかわかんないんだよ。休み時間も大体一人でいるしさ、寂しい奴だよね。嫌われてんじゃない?そのくせ誰かに告られたりするとさ、女に興味ねぇよみたいな顔で酷い振り方するんだって。最低じゃない?」

誰が。誰がいつ酷い振り方をした。
俺はよく、彼女が友達の前でそんな風に雄弁に語っているところをたまたま目にする。彼女のあまりに酷い言い草に、最初誰の話をしてるのかとつい聞き耳をたてると、彼女の長い台詞の最後はいつもこうして締めくくられていた。

「だから、真田は全然カッコよくなんかないんだよ。あんな奴、いいとこなんて何もない」

・・・まぁ、無愛想というところは、認めよう。これでも昔ほど酷くはないと思うのだが、未だに慣れきっていないのは、確かだ。話してて目線が移ろうのも、そんな理由からだろう。休み時間に一人でいる時間が多いのは、周りに混ざるタイミングが、未だ掴めないから、だと正直に告白しよう。
でも俺は寂しい奴では断固としてないし、嫌われても・・・たぶんない。同じ中学だった奴には話しやすくなったよなとこないだ言われたし、小学校以来話してなかった奴とも何事もなかったかのように自然に話せた。
女とは、あまり話さないけど、話しかけられればそれなりに話す。たまにされる告白も、受けたことはないが、酷い振り方をしたなんて、一度もない。

つまり、俺が彼女にそこまでコケ下ろされてる事実は、たぶんないわけで、なのに彼女は昼休みや放課後になると悠々と俺のことを語っている。その内容は日に日にエスカレートし、聞くに堪えず、聞いてる他の女たちは「えー、そうなんだー」と本気で信じている反応を見せている。

何故、彼女はそう俺を否定するのか。
小中学と一緒だった彼女は他の奴よりもずっと俺を知ってるだろうに。
それとも俺は自分でも気づかないうちに彼女の言うような寂しく酷い男なのだろうか。

「中学の頃なんてもっと酷くてさー、目に見える奴全員見下してたね。俺はエリートだからお前らとは違うんだみたいな態度でさ、みんなに嫌われてたんだよ。誘ってもいつも断って馴染まないから友達も出来なくてさ、いっつもひとりでそれでもつっぱっちゃってさー」

・・・小中学と一緒だった彼女は、話になまじ真実があるだけに余計に痛い。
ガラっと教室のドアを開けると盛り上がっていたやかましい声はピタリと止まり、俺は教室にいた彼女たちの視線を一身に受け、彼女たちは話の的である俺が現れたことにばつの悪そうな顔をしていた。
一番奥にいる話し手の彼女も俺を見て、目が合うけど、彼女は口を押さえわざとらしく目を逸らすだけでまるで悪いことをしているような意識はなさそう。そんな彼女から俺もさり気に目を外し、カバンを掴んで教室を出て行った。
バタリとドアが閉まると、聞こえたかなぁと小さな声がまた教室の中で盛り上がり、聞こえてるに決まってるだろ、と俺は心の中で言い返した。

「まぁーいいじゃん。聞こえてたとしてさ、あそこまで言われて言い返せないってどーなの?プライドないのって思わない?なのに心ん中じゃ聞こえてるに決まってるだろ!とか言い返してんだよ絶対。うわーカッコ悪ー」

思わずこけそうになった。(エスパーかおまえは)
一体どうして、彼女はあんなことを言うようになったんだろう。彼女のあの雄弁のせいか、近頃なんとなく周りの女の目が痛い気がする。まぁ、その代わりにといっては何だが、お前ヘンな噂流れてるけど大丈夫か?なんて、分かってくれる友達もいたりして、クラスで浮くまでにはなっていない。
まったくどうして、困ったものだ。


クラブの練習がない今日。下駄箱で靴を履き替えた俺は昇降口前の階段に座ってケータイを取り出した。結人からメールが届いていて、英士んち遊びいくけど行くかーなんて誘いが入ってる。それに、今日はやめとく、と返信をして、パタンと閉じた。
見上げた空は、長かった梅雨がようやく過ぎ去り真っ青だった。昨晩台風が通り過ぎたせいか、雲がやけに綺麗なモノクロでわたあめみたいな形をしていて、空気中の塵や埃が雨の雫に吸い取られたおかげでいつになく綺麗に見える。こんな日にするサッカーはまたいつもとは違う感じで、結構好きなんだけどなぁ。

人通りの少ない放課後の昇降口。静かな校舎の向こう側から部活の声が聞こえている。地面のコンクリートはまだ水分を含んで黒く、水溜りが天の青と白を映していた。
そんな風に何をするでもなく辺りのものをぼぉっと見ていると、校舎の中からキャアキャアと甲高い声が聞こえてきて、振り向いて見るとさっきまで教室にいたクラスメートたちで、俺はなんとなく立ち上がり水道の影に移動して彼女たちが過ぎ去っていくのを待った。

ってほんと真田君嫌ってるよね。なんかあったのかな」
「ほんともう言ってる顔が最高に嫌そうだもん。相当だよアレは」
「なんでだろーね。こないだ3組の子が真田君にフラれたって聞いたけど、別にそんな嫌な風にフラれたわけじゃなかったって。ただゴメンってだけ言われただけ」
「マジ?でもやっぱモテるんだ、あの顔だもんね。それでなんだっけ、サッカーで日本代表とかなってて、家も金持ちなんでしょ?モテる要素ありすぎでしょ」
「でもなんで彼女作らないんだろ」
「大体そのサッカーが忙しいとか、言ってるらしいよ」
「へー。忙しいくらいのサッカーてどんな?なんか言い訳っぽい」
「ねー」

・・・女の噂話とは恐ろしいものだと、俺は中学も半ばくらいから思い知るようになった。そんな目立つことなんてしてない俺がどうしてここまで格好のネタにされるのか。俺が誰にも言ったことのないサッカーのことも何故かクラスの奴らは知ってたし、放課後の体育館裏なんて人気のないところで交わした会話も次の日には学年中の女子のいいおつまみになってるし。別にうちはそんな金持ちじゃない、と思うのに、何故だかそんなことになってるし。

「でもってほんとは真田が好きなんじゃない?さっきだって、真田ってヘタレっぽいよねって言ったら、急に不機嫌になっちゃってさ」
「あーあー、私も思ったー!」
「実は真田にフラれてんじゃない?だから腹いせに・・」
「うわー悪い女だねー」

・・・ケラケラ笑う、まるで台風一過のような彼女たちが校門を出て行くのを見計らって、俺は元の位置に戻った。ポケットの中でまたケータイがブルって、結人が「デートかー?」なんて、笑顔マーク付きで返してきた。

「・・・デートねぇ」

なんだか幸せそうな響きのその文字を、ちっとも幸せでないように読み上げて、余計に悲しくなった。はぁと息を吐きながらカチカチ打ち返してると、廊下をパタパタ歩く足音がして、軽い鼻歌まで聞こえてきて、急いでメールを打ち返してまたポケットにしまった。
下駄箱で靴を履き替えるのは、さっきまで雄弁に俺の悪口を言いふらしていた彼女。彼女は靴を履くとまた軽い足取りで昇降口から出て、俺を見つけ、この空のように塵一つない晴れきった笑顔でぽんと跳ねるように俺の前に立つ。

「お前な、いい加減にしろよ」
「え?なにが?」

分かりきった笑顔でさらりと言ってのける。
ふふーと笑顔を引きずったまま彼女は階段を飛び降り、黒ずんだコンクリートの上に降り立って水溜りの間を歩いていく。離れていく後ろ姿について俺も歩き出し、水滴を垂らす校門をくぐって出て行った。

「だから、俺のことヘンに言いまわるのやめろって言ってんの」
「なんで?あ、一馬モテたいんだ。悪口言われると女の子が近寄ってこないから困るんだ」
「あのなぁ。そんなこと言いふらされて気分いいわけないだろ。女どころか男まで遠ざかってっちゃうじゃねーかよ」
「大丈夫よ。一馬の周りの男子には一馬はちょっと人見知りで、サッカーですごいとこまでいってて、それで付き合い悪いときもあるけどホントはいい奴なのよって言ってるから」
「やっぱお前か。サッカーのこと言ったのは」
「男の子にはちゃんと説明しなきゃダメよ。じゃないとまたハブられちゃうよー?」
「いつの話だよ。そんなの小学校のときの話だろ」

何言ってんの、中学でも十分浮いてたよ。なんて彼女は、人の心をえぐるようなことを軽い足取りで振り返りながら言う。俺の数歩前を、踊るように歩く彼女は楽しそうに、真っ青な空を見上げながら歌う。大好きだといつも歌ってる恋の歌。
またケータイがポケットで振動を伝え取り出すと、それを見た彼女が誰?と歌の合間に口を挟んだ。

「結人。英士んち行くからこないかって」
「えーダメだよ。久しぶりのデートじゃん」
「もう断った」
「うん。一馬だいすき」

くしゃっと笑う彼女は水溜りにはまりきゃあと悲鳴を上げる。バァカと笑ってやると、こともあろうに水溜りを蹴って俺も同じ目に遭わそうとしてきた。やめろといっても聞かない彼女は、まるで俺を災難に遭わせる事を心の底から楽しんでるようなはじける笑顔を見せてくる。

彼女は不可解だ。俺と付き合ってることは、あまり周りに知られたくないらしい。中学卒業からだからもうかれこれ4ヶ月が経つけど、俺たちの仲を知る奴は彼女の親友と俺の親友以外にはない。
俺もわざわざ言うこともないと思うから彼女の好きにさせておくけど、一番困るのは、誰かに告白されたとき、彼女がいるのにそういえない状況。彼女は絶対に自分を理由にするなと言い、そうなると俺はゴメンとしか言えず、彼女から広がるよからぬ噂も合わさって、俺は無愛想どころか実は男に興味があるんじゃないかとまで噂されてるのだ。(やめてくれ!)

「なぁ、なんで付き合ってるって知られたくないの」
「うーん。だって、そのほうが一馬がカッコいいもん」
「は?お前が俺をカッコ悪いって言いふらしてんじゃん」
「それは一馬に余計なムシを寄せ付けないためよ。ベープよベープ」
「なに、ベープって」
「虫除けのアレよ」
「・・・」

世界中で一馬をカッコいいって思うのは私だけでいーの。この世で一馬を好きなのは私だけでいーの!
よく分からない彼女の愛情の持ち方は、何故だか結構心地よく、結局俺は彼女のその不可解な世界の中に収められてしまってるのだ。俺の悪口を悠々と語る彼女は時々ほんとにそう思ってるんじゃないだろうなと疑うほど生き生きとして見えるけど、夏は虫が増える時期だし、彼女もいつも以上にがんばってるようなのだ。

彼女の世界は、辛辣で、ちょっと猟奇的で、したたかだ。
でも彼女が俺を、他の誰よりも好きなことは、思わず全てを許してしまうほどに伝わってくるから、俺はやっぱり今日も、これからも、彼女の後ろを歩きながら全てを許してしまうのだ。

「ねぇ、英士君ち行ってもいいよ」

そんな彼女にも何か不安を感じるときがあるのか、時折俺を試すようなことを言ってくるけど、そんなの無駄だと俺は思う。というか、似合わないんだ。これだけ俺を困らせておきながら何を今更俺を手放すようなことを言うのか。

「行かないよ。てか行ったらお前1週間は口利かないだろ」
「うん。一馬だいすき」

振り返り、臆面なく放つ彼女の「だいすき」に、思いを奪われる。
掴みどころのない、まるで鏡の迷路のようでもある彼女のしたたかな愛はあらゆる光を乱射して、目をくらませながら、それは壮大な一枚の絵画のような広がりを持っている。やさしくもまるくもないけど、何故だか結構、心地いい。

そして、

「なんだかなぁー・・・」

僕はその世界の真ん中にいる。





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