だからお願い、どうかピリオドを




さよなら、バイバイ。
何度だって言える。


・・・桜が咲いたら一年生、とはよく言ったものだ。
体育館前に並ぶ桜の木はまだ、固いつぼみがその花を締め付けている。元気でね、また会おうね、同窓会絶対しようね。別れの淋しさを噛み締めて、みんな抱き合って、泣きじゃくって最後の最後まで惜しんでる。
ずっと友達でいよう。
抱き合って堅く交わす約束は本当の本当の気持ちで、でもそれは熱射病のようでもあって。最後の制服に花を差している今だからこそ、この3年間を思い返す今だからこそ、交わされる絆で。

「全員移動ー、パーティー出る人ついてきてー」
「はーい」

委員長の「全員〜」の声ももう聞き納めだ。まるで小学生の遠足みたいに委員長を先頭についていって、涙が止まらない子もいるけど、泣いてばかりじゃない。みんな、笑って、最後のバイバイまで抱き合って、笑う。

「真田行くだろー?」
「おー」
「おお、今日は付き合うんだな!」

男の子たちに囲まれて無理やり連れ去られていくような、その背中が前を歩いている。
見慣れた背中。私のこの3年間の思い出を一言でいうなら、もうそれはあの背中しか、ない。

「おまえの付き合いの悪さは西高一だったからなー」
「そーそ、最初はどんな根暗くんかと思ったよ」
「悪かったって」
「おまえサッカーとか全然いわねーんだもんなぁー」

最初のイメージは、孤高。
凛と、まっすぐな目に強い意志を宿して、周りに誰がいなくても迷わないような。

「いきなり真田がテレビ出たときは全員ビビったよなー、これほんとにアイツ?!って」
「あーあったあった。あんときさ、俺らちょーど真野っちんとこ遊びに行ってて、誰かが真田だ!とかいって」
「ちらっとしか映んなかったけどな」
「悪かったな」
「でもレイソルだし、すげーすげー。俺絶対自慢しちゃう。活躍しろよ、俺のために」
「おまえのためかよ」

でもそれは、本当に望んでいたものではなかったと気づいて、どこか、自分から周りと距離をおいてた気がする彼に、ひとつの背中が時間と共に、ふたつ、みっつと増えていくのが私も、嬉しかった。
周りに人が増えると、彼は孤高ではなくなった。見たことのないような顔を見せた。
だからその周りに幾つもの背中が増えようと、最初のひとつを見失うことは、なかった。



最後の別れを惜しむ大騒ぎが始まって、みんなおかしいくらい笑って、そんな空気に真田も混ざってた。私も混ざってた。
でもどうしてもこみ上げるものに苦しくなって、私は逃げるようにその場を離れ、トイレの前で胸につかえる感情を押さえて深呼吸を繰り返していると、私を呼ぶ声に心臓が奪われた。振り返るけど、そんなの、振り返る前から分かってる。

「なに?」
「どーした、大丈夫か?」
「え、なにが?」
「いやなんか、気分悪そうだったから」

身体をかがめて覗き込む真田が優しい声をかける。
神様は、意地悪だと思う。
いえるものならいってみろと、蔑まれているようだ。

「んーん、立ってるの疲れただけ」
「そか。またあれかと思ったよ、集会嫌い」
「なにそれ」
「お前が言ったんだろ?何十人も人集めといて静かにしてろっていう意味がわかんないとか何とか」
「言ったっけ」
「言ったよ。まさか今日来ないんじゃないかと思ったっつーの」

迷ったんだけどねぇ、と私が冗談を言えば、ヘンに真面目な真田はバカゆーな、と呆れてつっこむ。心配してくれたのー?とからかえば、真田はバカ、と少し照れたあとで、でも来てて良かったよ、と呟く。

分かるんだ。長い人生のうちのたった3年とはいえ、きっとこれより長い3年間はもう、ないと思うんだ。今思えばあっという間だったといえるけど、それは決して、短くなどなかった。真田の受け答えを想像できる程度には見続けていたという自信はある。

「もー卒業だな」
「うん」
、進学だっけ」
「うん」
「そっか、おめでとう」
「真田こそ」

・・・真田が私を「」と呼ぶのは、3年の体育祭の時からだ。
クラスみんなでまとまろうと、みんなあだ名で呼ぶことを決めて、真田は最初は誰の名前も呼べずつらそうだったけど、本番が近づくにつれ盛り上がるクラスの雰囲気に呑まれて、ぽっと初めて私の名前を呼んだとき、

倒れそうだった。
死んでしまうと思った。

何も喋らない真田の隣にいるのは、平気だった。だって、その静かな背中を見てきた私に、今更何を動揺することもない。話しかけられるほうがテンパってしまう。死ぬ気で心臓を押さえて、何もかも笑い飛ばして、落ち着いてる素振りして、ヤル気ない態度に命がけ。
すべて、真田を困らせないためだ。

真田は、私の想いに気づいてる。

「最後までいるの?」
「んー、まぁ雰囲気による」
「はは、最後までらしいな」
「まかせなさい」

期待を裏切るような真似は、しない。
私は真田の数少ない、気軽に喋れる女友達として、誇りを持っている。
名前も呼べやしない、学校外で会うこともない、サッカーの応援にも行けない、ただの友達を、貫き通すよ。

バイバイ、なんて、何回でも言ってやる。
笑って、何十回でも言ってやることが出来る。

「じゃ、またな」

もしかしたらこれが最後かもしれない真田を、笑って見送ることが出来る。
お決まりの「またな」に期待せずに手を振れる。
だから、早く行って。

「・・・」

私の見えないとこへ行ってしまって。

「・・・
「・・・」

もう、ほんとうに、我慢ができない。


「・・・・・・ひっ」

一歩踏み出そうとした真田が私のせいでその足を止める。
私はそれを許さずとしていて、でも心の奥ではずっと手を伸ばしていて、
泣き続け、泣き続け、笑い続け。

・・・私は、何か言わなきゃいけない。
やっぱさみしいね、とか、なんとか、なんとか、笑って言わなきゃ。

・・・でも、何も出てこない。
涙ばかりが、想いが溢れて止まらない。もう全身が真田を求めたがってしょうがない。

他の誰にも気づかれないよう、声だけは必死に漏らさずに、見つからないよう小さくうずくまって、きっと困ってるだろう真田の足元で、最後の最後に私は、

私は、



顔を上げればすぐそこにいるだろう位置から、真田の声が聞こえる。
・・・真田はやさしい。真田はあたたかい。
でも私はちゃんと分かってるよ。
私を慰めるためだけだとしても、その手を絶対に私に伸ばさないことが、やさしい真田の答えだと。この体中の痛みは、苦しみは、もう味わいたくないと思おうとも、そんな貴方を想ったことを、自分を、悔やみたくない。

真田が言った。

”ありがとう”

私は救われる。
その一言に、私はいつか救われる。

この想いが綺麗な思い出と模られ、美しき時代の良き初恋として輝き、尊い記憶になる。
今はまだ泣き続けるだけの現実だとしても。


・・・バイバイ、なんて、何回でも言ってやる。
笑って、何十回でも言ってやることができる。
何度でも言える。もうきっと会うことのない貴方に、嫌になるほど言ってやることができる。

だからどうかこの想いも一緒に。
離れていく貴方に私は、さよならを言うから。





だからお願い、どうかピリオドを

O-19Fest*提出作品