センチメンタルクラクション




ガタンと揺れた振動で、頼りなくよろめいた君の背中に手を添えた。

「大丈夫?」
「うん。で、英士君元気だった?」
「ヨンサも結人も一馬も元気だった」
「そっか。みんなに会えてよかったね、どのくらい振りだっけ」
「えーと・・・」

並ぶシートの前でつり革に掴まれる自分は揺らいでも平気だけど、つり革に掴まり続けるには疲れてしまう身長のには小さな重労働のようで、会話をしながらも駅に停まるたびにシートが空かないか首を伸ばすんだけど、そんな僕に気づいたは「大丈夫だよ」とくすくす笑う。

「だって座れたほうが楽でしょ」
「しっかり立ってるから。それに立ってるほうが好きだし」
「どうして?」
「んー、座ってると安心しきっちゃって、ユンとふたりだけの世界みたいになっちゃうじゃない。立ってると他の人にも気使ったりするから、私もユンもちゃんとこの世界の中にいるって感じがする」

わかる?はまた少し体勢を崩しながら見上げてくるけど、僕はの肩を捕まえながら小さく首をかしげた。はまたくすくす笑う。

「次だっけ」
「次の次」
「家まで送るよ」
「いいよ」
「行くよ」
「大丈夫、ここまでで十分」

ヨンサの家がある駅はとっくに過ぎて、その時も同じような会話をしたけどその時は僕が譲らずにここまで来た。でも断られるのも二度目となると、意思を通す気力も薄まる。

久方振りの再会は互いに話したい事柄でいっぱいで、会話は尽きずに夢中で話し続け、この各駅停車の電車の中、もっと遠回りしなきゃいけない線路だったらいいのにと頭の片隅で思う。でも電車はまるで迷わずまっすぐ進み、時間通りに駅についてみせる。真面目なまでに道を逸れない。

「ヨンサみたい」
「なにが?」
「電車」

電車が?英士君?
今度はが目の前にいっぱいハテナを浮かべて見上げてくるから僕がくすくす笑った。寒い空気が開いては閉まるドアから流れ込むと同時に時間は確実に過ぎ去って、が降りていく駅を連れてくる。

「降りなくていいよ」
「でも乗り換えなきゃいけないし」
「あそっか。ごめんね」

なにが?と少し不機嫌に返してやると、は今度はそのことにゴメンと謝った。僕がのために時間をかけるのはちっとも謝られることじゃないし、手間隙かかることだろうとたとえ迷惑なことだろうとは謝る必要はない。はただかわいくお願い、とか、ありがとう、とか言っていればいいんだ。それだけで全ての労力を帳消しにしてしまうパワーがあるのだから。

「電車、何分?」
「6分後」

駅のホームで来た道を戻る電車の掲示板を見上げ、と一緒に改札まで歩いていく。少し時間あるね、とは首に巻いていたマフラーを僕にくれて、平気だと断ったけどは聞かずに僕の首にそれを巻いた。の匂いがふわり鼻に届く。

「やっぱり、送る」
「今日は英士君ちに行く約束したでしょ」
「連絡すれば大丈夫」
「うん・・・、でも、ね。英士君の家も久しぶりなんだし」
「・・・」

ね、と僕の帰りを諭すは、僕が求める誘いも優しく断る。

「明日、駅に着くの何時?」
「12時半くらいかな、ユンは朝から行ってるんだよね」
「ん。明日は帰らないよね?」
「うん」
「約束」

はまたくすくす笑い、僕が差し出した小指に小指を絡ませた。

「じゃあね」

改札をくぐって、流れる人の向こうでは振り向いて手を振る。
僕はひとつ頷いて、ポケットの中で冷たい手を握った。

惜しみ惜しみ、が見えなくなっていく改札の向こうを眺めて、乗らなきゃいけない電車のアナウンスを聞いてホームに戻り、流れ込んでくる電車に乗って、来た道を戻っていく。
人が少ない電車の中は楽に座れて、でも隣にはいないから世界は縮まることなく、僕も、同じ電車に乗る人たちもひとつの同じ世界を共有してゆらり揺られて時間をやり過ごした。

ぼんやり映る窓の外の建物を、あんなのさっき見たっけと特に深く考えることもなく見送る。あんまり隣ばかりに気を張っていたから何も見えていなかった。だってが倒れてしまったら大変だから。ううん、ただずっと見てたかっただけ。

電車はのろく僕を運び、やっとの思いで駅につけば流れる人波に乗って改札を出る。寒空の景色を息を吐きながら見上げて、コートの中で何もない感触を握り締め歩く。薄暗い冬の夜は痛くて、先を急ぐ人たちに僕は押し潰されそうになるけど、首に巻いたマフラーが優しくそっと、諭す。

の匂いがする。だからこの寒さも痛さも、愛しく感じることが出来る。
小さく小さく、でもいつもより少し早く心臓は鳴り、時に優しく、時に痛くなるものだから、僕の胸はいつだってここにあると確認できる。

どんなにとの言葉を思い返しても、の仕草、笑い方、指先、肩の柔らかさを思い返しても、僕は満たされることはなく、もう今すぐにでもこの夜を越えて会いたい。ほんとはあんな改札くらい軽く飛び越えて、ぎゅっと抱きしめたかった。

世界でひとつだけのもの。
遠くの空を見上げる僕に、たったひとつでいいんだと気づかせてくれた。
このせつなく泣く胸をやさしく慰める、たったひとりの人。

君にとって僕もそうであればいい。
この寒空の下、君も同じように寒く痛く、それでも小指の感触を思い出して全てに愛しさを感じてくれればいい。

寒さも切なさも抱きしめて、僕を想う君を想って、

この夜の向こう、君がいるからと、愛しさは溢れ、心は鳴く。





センチメンタルクラクション

にゃおに捧げるユンちゃんでした