ユーガットメール!




爽やかな5月の風を受け、見下ろすのは手中の携帯電話。
待ち受けは愛犬メロディ。着信音は大好きな恋の歌。
その恋の歌が、流れない。

おはよーと交わされる教室は女の子の声ばかり。さっそく盛り上がる話題はきのう見たドラマの話、今日のファッションの話、人気ある男の先生の話、大好きな彼氏の話。女子の会話は毎日毎日、同じことの繰り返しだ。やっぱり恋する春なだけに男の子の話題が一番多いような気もする。
そんな風にみんながいつもと同じ朝を迎える朝8時。教室に入ってきた前の席の友達がおはよーと声をかけてくれるけど私はその返事もそこそこにケータイから目を離さないものだからその子は首をかしげて前を向いてしまった。

だってはつらつと挨拶できる気分じゃないの。送信ボックスにあるメールは、一番新しくてきのうの夜7時。もうあれから13時間が経ったのだ。だけど受信ボックスの一番新しいメールは2日前の夕方5時。・・・39時間が経っている。
返事こないよぉー。
あのケータイ魔がメール見てないはずないのにぃー。
ケータイを両手で握って机の上でだらりと伏せてみるけど、どの角度から見ようと画面は変わらずメロディだ。かわいい。かわいいけど、そろそろ画面がピカピカと光ってもいいんじゃない?ユーガットメールって表示されてもいいんじゃない?
だけどこのケータイは恋のメロディを流さないんです。
かわいいかわいいメロディがベロ出してるんです・・・。



言葉にもならない声を出しながら机の上でうなだれる私の、頭の上からまさに5月の爽やかな風のような声が降ってきた。頭を傾けてその声の主を見上げると、そこに立っていたのは隣りのクラスの、真田。私はガバッと頭を起こし目を見開いてなにっ?と聞いた。真田は少し引いてる気がする。

「あのさ、きのう結人に言っといてって頼まれたんだけど、今度のサッカーの試合ホームじゃなくなったから、来るの大変だし次にしたらってさ」
「・・・」

真田の伝達事項を聞いて私はあからさまにテンションを落として真っ暗な表情で机にゴツッと頭を倒したものだから、隣で真田は焦って一歩後ろに下がった。

「なんだよ、そんな落ち込むこと?ただの交流試合だぞ?」
「落ち込むよー・・・。何が落ち込むって、試合を見に行けないことじゃなくてさ、それをなんで、」

なんで自分の口で言わないんだぁぁああ!!!
机の上に倒れたままオニの表情をして手の中のケータイをみしみし握りしめると、隣で真田はさらに一歩下がっていった。たぶん真田君はそのまま教室を出て行こうとじゃあと言いかけたんだけど、私が机をドンと叩きながら呼びとめたものだから真田君は後ろを向きかけた足をまた私のほうへ戻した。

「真田君、きのう練習だったんだよね!何時に終わったのっ?」
「きのう?きのうはー、5時には終わったかな」
「5時!私がきのうメール送ったの7時!絶対見てるよね!絶対見てるよねっ?」
「あ、7時なら俺たちまだ一緒にいたかも。マック行ってたから」
「私のメール見てたっ?」
「そこまで知らないよ、結人ケータイはしょっちゅう見てるし。あーでも誰かとメールしてたかな」
「誰と!」
「いや、知らないし」

私はまたケータイを受信ボックスの「ゆうと」と名付けたフォルダを開いたけど、見間違うはずもなく結人から来た最新メールは2日前の5時だ。きのうの5時じゃない。2日前の5時だ。来週はいつ会えそう?って聞いたのに、その返事がこないまま39時間だ。あいつは私のメールを無視して誰かとのんきにメールしてるのだ!ひどい!

「普通彼女からメールきたらすぐ返すよね!真田だってなっちゃんからメール来たらすぐ返すよねっ?」
「はっ?いや、すぐかどーかは、気付けばそりゃ・・」
「だから誰かとメールしてんだから気づいてるに決まってんだろお!なのに返さないって何なのっ?送ってから13時間経ってるんだよ!なのに39時間も待たせてんだよっ?どんだけ待たせてんの!」
「だったらそうメール送ればいーだろ、あいつは急かさないとやんないよ」
「そんなの、なんかすごく重い女みたいじゃん!」

そんなこと言う勇気あったらこんなにひとりで悩んでないよ!
ぎゃあぎゃあ騒ぐ私の傍らで、だんだんどうすればいいのか分からなくなってるような真田はとても居心地が悪そうだ。だけど真田だって悪い!学校が違えばなかなか会えないの分かってるクセして、結人に伝言頼まれたらそんなの自分で言ってやれくらい言ってくれてもいーんじゃないの!気が利かないこの男!

「べつにさ、結人がテキトーなのは今に始まったことじゃないし、メール返さないのなんてしょっちゅうだぞ。そんなの気にしてたらあいつと付き合ってられないっての」
「だって、まだ付き合って3か月だよ?普通ならさ、もっとラブラブな時期じゃない?メールなんて毎日何回もしちゃう時期じゃない?」
「してるだろ?結人なんかあるたびにいおーって言ってるよ。こないだだって練習中に雨降ってきて中止になったとき怒りながらにメールしてたし」
「それは・・・あったけど、でも、付き合いだしたときに比べたらなんかだんだんメールが減ってきてると思うんだよね!」
「あー、倦怠期ってやつかな」
「・・・!」

なんか難しい言葉で大人な発言された・・・!
私はうわんと今度は泣き出してまた机にうつぶせると、隣で真田のため息が聞こえた。言ってみればもう真田の用は済んだのだからさっさと教室を出ていってもいいようなものの、ほっておけない真田の性分なのか、めんどくさそうにしながらも真田はそこにいてポリポリ頭をかいていた。

その時だった。
私の手の中から、ちゃらちゃらとあの、恋の歌が流れだす。
その音に私も真田も気がついて、握りしめてたケータイの画面がピカピカ光ってるのを見た。

「きた!」

私はパッと表情を明るくして、ユーガットメールと知らせてくれてるケータイのボタンをピピッと押した。隣で真田は教室の時計を見上げて「学校ついたのかな、遅刻ギリギリだな」とつぶやいてた。

Time 1999/5/25 8:23
From ゆうと
Sub 遅くなってメンゴ☆
来週はちょっといそがしくて
会えないかも…
ごめん!

---END---


「・・・」
「結人なんて?」

頬を染める高揚から一転して奈落の底へ落された私を覗き込んで、真田は私の反応を待っていた。

「メンゴ☆じゃなーい!なにこれ、みじかっ!散々待たせといて内容うすっ!」
「・・・じゃ、チャイム鳴るから俺もう」
「真田ぁ!どーゆーことなのこれ!なんでこんなあっさりしてんのお!」
「だから俺に言うなって!」

このメールの電波の先で、舌出しながらゴメンね☆なんて言ってる結人が容易に想像つく。つきすぎて腹が立つ。

憤慨する私に隠れて真田はそっと気付かれないように教室を出ていった。
学校中にチャイムが鳴り響いて、おそらく日本中の学校のチャイムが鳴ってて、きっと結人も朝一のチャイムの音を聞きながら、1時間目なんだっけー、あー宿題忘れた誰か見せてーなんて・・・、さっさと私のことも忘れてるのかと思うとさらに腹が立つー!

結人は最近クラブが忙しいからとなかなか会えない日が続いてる。学校が違えば休みの日くらいしか会えないのに、休みの日ほど結人は忙しくて会えない。
真田の話を聞いてれば、結人がどれだけサッカーをがんばってるのかも、好きなのかも、わかるし、応援したいと思う。その合間を縫って私のことを気にかけてくれるから、私もいろんな事を我慢してがんばろうと思える。

会いたい会いたいばかり言うわがままを押しつけたくないけど、だけど、結人と付き合って3か月、時間が経つにつれ私はどんどん結人のことばかり考えるようになっている。四六時中、何をしてても必ず頭の中心には結人がいる。どんどん強くなっていく思いを、我慢して押さえつけて、でもこんな風にあんまり結人からの言葉が質素だと、思ってしまうじゃないか。

私と結人の気持ちは、同じじゃないのかな。
どこかから、小さくずれてきてしまっているのかな。
もしかしたら、他に好きな子が、出来ちゃったかな・・・

ねぇ結人
会いたい会いたい思うのは、私のわがままなのかな
疑いたくないのに、どうして、もしかして、ばかり考えちゃうのは、私が悪いのかな

先生が教室に入ってきて、クラスメートたちが静かに席に着きだす。
ケータイいじってる子が先生に注意されて、私も机の下にケータイを隠した。
朝のホームルームで、みんないつもと同じ顔。いつもの挨拶、いつもの会話、いつもの笑い声。そんな中でうつむいてるのは、私だけ。

泣きそうな心を隠しながら、机の下のケータイのボタンを押してメールを開いた。メンゴ☆と明るく笑ってる結人のメールの返信ボタンを押して、気付かれないように静かにメールを打った。

ごめんね結人、わがまま言いたいわけじゃないんだよ。
ただ、
ほんとはもっと、
かまってほしいよ…


---END---


文章を打っては消して、打っては消して、迷って迷って絞り出したこの気持ちを、ぎこちない感情を、ポンと押し出した。爽やかな5月の風に乗って、結人のいるところまで飛んでいった。

時計の秒針がゆっくり回る。
私の心はドキドキ騒ぐ。

ああ、結人見たかな。授業中だから見れないかな。このまままた返事こなかったらどうしよう。うざいなって思われたらどうしよう。結人、人気あるもん。モテるもん。もういいやって思われたらどうしよう。
時間が経つにつれ、自分が送ったメールがだんだん怖くなってきて、本当に泣きそうになってきた。先生の声なんて頭に入らない。周りの誰の言葉も聞こえない。

ぽとり、ケータイに涙が落ちる。

「・・・」

その瞬間、ケータイがジワリと明るくなって、ピカピカと光り出した。
大好きな恋の歌。

だれー?と先生が怒るから、バレないようにボタンを押して音を止めた。
期待と不安が入り混じるドキドキで指が揺れる。
早く押すべきか、押さないべきか、迷って迷って、受信ボックスを開いた。
ディスプレイに「ゆうと」と表示された。

結人からのメールが何時間こなくても、このケータイにはたくさんの結人からの言葉が詰まってる。この「ゆうと」専用の受信箱に増えていくなんでもない会話が、私は大好きだったはず。

「・・・うー・・・」

私の堪え切れない涙声を聞いて、周りの友達たちが振り返り、黒板の前で先生がどうしたのと焦った声をあげていた。だけど私はそれを我慢することができなくて、ぽたりぽたりとケータイを握りしめた手に涙を落とし続けた。

イヤになるくらい、大好きなんだよ、結人。
本当に毎日毎日、気持ちは高まるばかりなんだよ。
結人の全部が恋しくて、いとしくて、しょうがないんだよ。

Time 1999/5/25 8:55
From ゆうと
Sub Re:Re:遅くなってメンゴ☆
マジでごめん!
レギュラー決まったらもーちょっとマシになるから!それまでもーちょっと待ってて!





結人がくれる言葉が全部、特別な宝物になっていく。
ケータイの容量じゃ足りないくらいの幸せが満ちていく。
結人がくれる愛と、安心と、喜びに満ちた言葉たち。

たくさんの改行の後に見つけた、最後の言葉が、
しあわせすぎて見えなかった。







心配すんな
愛してっから!

---END---






ユーガットメール!

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